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心の理論(Theory of mind)と自閉症

U Frith: Social communication and its disorder in autism and Asperger syndrome. J Psychopharmacol 10:48-53, 1996.
(概訳)WingとGouldのいう自閉症の3主徴は、社会適応困難/コミュニケーション障害/イマジネーションにおける問題の三つである。我々は、「この三つの状態の背景にある障害は何か?」という疑問にせまる仮説を提唱してきた。

ある場合の社会的行動には、“心の理論”(Theory of mind)が不可欠となる。この“心の理論”が年齢相応に発達している子供は自閉症でなく、発達していなければ自閉症である。つまり“心の理論”が育つために必要な能力が備わっていないのが自閉症ということになる。この能力は、精神的な状態を心に描くことや、思考を現実から切り離して考えるときに必要な能力であり、"mentalising"とも呼ぶことができる。この能力がなければ、精神的な状態を把握することができないので、社会性・コミュニケーション・イマジネーションの全ての発達が期待できなくなるのである。具体的には、“心の理論”が育たなければ、共感するとか、ユーモアを理解するとか、相手が話したがっていることを見抜くとか、皮肉やうそを見抜くといったようなことができなくなる。自閉症児が“ごっこ遊び”をすることができないことも、“心の理論”の発達障害で説明できるのである。この“心の理論”の観点から、自閉症者にできることとできないことを検討することで、社会的行動と呼ばれるものの中に、“心の理論”を必要とするものと、必要としないものの両者があることが明らかとなる。

(Sally-Annテスト:自閉症児は“思い込み”を理解できない)
Sallyは、自分のおはじきをかごの中に入れてから、部屋をでる。Annは、Sallyがいなくなってから、Sallyのおはじきを自分の箱の中に隠してしまう。そこにSallyが自分のおはじきを取りにもどってきて、まず、どこを捜すでしょうか?という問題である。自閉症者の約80%は、Sallyが事実を知らずに、最初にかごを開けてみるということを予測できずに、「まず箱を開けてみる」と答えるのである。一方、健常な4歳児やダウン症候群の子供の約80%は、この問題に正答できる。

(Vineland適応行動スケール:simple active sociabilityとinteractive sociability)
自閉症者は、他人に対する感情的執着やおもちゃの共有が可能であり、自分から会話を始めることもできる(active sociability)。反対に、与えられたヒントから類推するとか、他人の秘密を守るなどといった行動(interactive sociability)は不可能である。

(うさぎさんとおおかみさんテスト:自閉症者は妨害はできるが、うそはつけない)
うさぎさんは友達で、おおかみはどろぼうだよと教えておいて、友達を助けても、どろぼうは助けないようにと指示しておく。鍵のついた箱の中にはキャンディが入っているので、おおかみさんが来たら鍵をかけて妨害し、うさぎさんが来たら箱を開けたままにしておくという発想がうかぶかをテストする(妨害テスト)。鍵のついていない箱については、おおかみさんが「この箱には鍵がかかっているの?」と聞いてくるので「かかっているよ」とうそをつき、うさぎさんに対しては、正直に鍵がかかっていないことを伝えることができるかをテストする(うそテスト)。このかなり類似した状況に対し、自閉症者は友達を区別してあつかい、友達にキャンディをやるにはどうしたらいいかを理解している。また、どろぼうに対して妨害することはできるが、どろぼうに対してうそはつけない。

(コード化されたコミュニケーション)
自閉症者は、例えばモールス信号のようなコード化されたコミュニケーションは可能である。言葉がでない場合でも、サインやあるいは特異な行動によって自分の要求を示すことがある。反対に、精神状態を把握すること(“心の理論”を使うこと)を必要とするコミュニケーションは非常に困難である。自閉症者は言葉を文字通りあつかうので、例えば、食事の時に「Can you pass the salt?」とたのむと、自閉症者は必ず「Yes.」と答えるが、まず食卓塩を取ってくれることはない。取ってもらいたければ、「Pass me the salt.」のようにダイレクトに言わなければならない。

(Pernerらの実験)
ある人にその情報の一部分を教えておき、必要な全情報は自閉症者に教えておく。この場合、自閉症者は、その人が教えてもらいたがっているとか、その人には残りの情報が必要なのだというようなことを配慮しない。

(くりかえしあそびとごっこあそび)
自閉症者は、単純なくりかえしでのあそびはできるが、みせかけ・いつわりを必要とするようなあそび(ままごと/ごっこあそび)はできない。ごっこあそびには、概念化とか、現実とみせかけ(現実かもしれないこと)の区別とか、みせかけとつもりの区別を必要とする場合があり、そのためには、“心の理論”を使う必要がある。

上記のいろいろな実例が示すように、自閉症者は、“思考・考え”というものの存在に気づいておらず、記憶や想像が思考に及ぼす影響についても認識していない(“心の理論”を使えない)。一方、上記の例で証明されるように、“心の理論”を必要としないコミュニケーションへの参加はできるのである。

アスペルガー症候群の場合は、自閉症者が正解できないような“心の理論”を使う課題のほとんどを正解してしまう。しかし、アスペルガー症候群も、やはり自閉症のスペクトルに含まれており、自閉症との差を説明するものは、“心の理論”の障害の程度的なあるいは質的な違いである。おそらく、アスペルガー症候群と呼ばれる人々は、“心の理論”を健常者とは異なる手順/方法で獲得するのであろう。また、その獲得する時期は、健常者より遅れるため、成長の過程のある重要な時期に“心の理論”を使えなかったという事実が、永続的な精神的瘢痕を残すというふうに考えることで、アスペルガー症候群の人がかかえている多くの問題を説明することができる。

最近、Fletcherらは、ボランティアの被験者に“心の理論”を必要とする課題を与え、新しい脳機能の検査法(PET)を使い、“心の理論”には脳のどの部分が使われるのかを検討した。その結果、左の正中前頭域(Brodmannのエリア8)が使われているようであるが、自閉症者での検討はまだなされていない。


(解説と感想)いくつかのテストについては、Happeの1994年のモノグラフ(University College Press)から、その内容を具体的に記述しました。この“心の理論”説を使うと、自閉症者に共通する不思議な行動パターンの中のかなりの部分を論理的に説明することができます。しかし、このような高度な脳の機能をつかさどる解剖学的部位が独立して(他の機能とオーバーラップせずに)存在する可能性はほとんどないように思います。つまり、“心の理論”は、連合野を含むある程度の範囲に、他の機能とも複雑に絡み合って形成されるべき神経回路の結果であって、特定の部位の障害や伝達物質の欠失・低下などではとても説明できるものではないように思います。従って、こういう仮説をたてている先生方が、論文の文頭とまとめの部分で、脳の解剖学的局所損傷を、“心の理論”の障害の原因として考察している(注:全部は訳してありません)こと自体に不自然な印象を感じました。


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