脳梁の形状は種によって異なる.脳梁欠損は人においては比較的高頻度(0.3〜0.7%)にみられ,多遺伝子性と考えられている.脳梁欠損マウスなどによるかけ合わせ実験の結果では,複数の遺伝子の関与が示され,関与する遺伝子の数はさまざまである.また,人においては病気と関係のない形態および大きさの個人差が知られており,双生児研究では遺伝子の重要性が示された.また,純系マウスに関するデータでも脳梁の正中矢状断での違いがあり,遺伝素因の影響があることが示唆された.人においてもマウスにおいても脳梁の欠損や形状に関与する遺伝子はまだ同定されていない.
我々は,正中矢状断での脳梁の計測値に関与するQTL(quantitative trait loci)の存在を調べるために,純系マウスであるBマウスとNマウスの交差分離法を選んだ.予備的な研究でこの二つの純系マウスは脳梁の計測値が著しく異なっており,QTL解析に不可欠な両者間の多型DNA変異の割合が十分に多かった.脳梁に関与するQTLを同定することは,脳梁欠損の遺伝的背景にも関連して有意義であり,少なくとも2つの論文が欠損においても正常範囲の多様性においても共通する遺伝素因が関連してることを示唆している.さらに,マウスでの脳梁関連遺伝子の同定は人の脳梁関連遺伝子に関する示唆を与えてくれる.
Bマウス36ぴき,Nマウス32ひきに加え,BマウスとNマウスの相互交配により2種類(Bオス×NメスとBメス×Nオス)のF1(第一世代)50ぴきを作り,さらにその2種類を相互交配して4種類のF2(第2世代)を284ひき作成した.6〜7ヶ月の年齢で解剖により大脳半球および脳梁の正中矢状断の計測をイメージ解析システムを用いて行った.大脳半球の大きさと脳梁の大きさはある程度相関するため,脳梁の計測値は大脳半球の大きさに対する%(CC%H)を算出して比較した.
両純系マウスとF1については,two wayANOVA解析を,F2についてはthree wayANOVA解析を行った.NマウスとBマウスでは,CC%Hは危険率0.0001以下でNマウスの方が小さかった.
表1:各マウスにおける脳梁の大脳半球に対する%値(CC%H,平均値±S.E.M.)
Bマウスvs.Nマウス | B母N父F1vs.N父B母F1 |
Bオス:1.89±0.05 Bメス:2.00±0.04 Nオス:1.30±0.05 Nメス:1.32±0.05* |
B母N父のオス:1.75±0.06 B母N父のメス:1.75±0.06 N母B父のオス:1.67±0.07 N母B父のメス:1.81±0.06 |
至適適合モデルによる検討では,脳梁の大きさの遺伝素因は多遺伝子性であることが示唆され,脳梁の大きさの多様性の25%に遺伝素因が寄与している.284ひきのF2マウスはそれぞれ遺伝子型を同定した.しっぽからDNAを抽出しPCR法を用い,20個の染色体上にある65ヶ所の遺伝子多型(マーカーはSSLP:simple sequence length polymorphism,平均間隔は25cM)について検討した.B純系(B//B)型とN純系(N//N)型とヘテロ(N//B)型にそれぞれ分類した.その結果第1染色体と第4染色体上に脳梁の大きさ(CC%H)に関連する(Lodスコア解析)遺伝子座が見つかった.CCrSQTL1は第1染色体上で有意差は0.00001以下,CCrSQTL2は第4染色体上で有意差は0.011以下.この二つのQTLは有意に(P<0.02)相関しており(epistatic effect),このepistatic effectは脳梁の大きさの多様性の4.9%に寄与している.CCrSQTL2が何型であれ,CCrSQTL1がB//B型であれば脳梁の大きさは最大になる.N型は優性の傾向を持ち,CCrSQTL1がN//NかB//Nであれば脳梁は小さい.脳梁の大きさの多様性の13.5%をCCrSQTL1が,8%をCCrSQTL2が決定しているのでepistatic effectの分を加算すると26.4%をこの二つの遺伝子座が規定している.この結果は前述した至適適合モデルでの予測値と合致し,脳梁欠損に関与する遺伝子座が二つある可能性を示唆すると同時に脳梁の大きさの発達が環境の影響を強く受けることを示す(100-25=75%).