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脳梁の大きさの遺伝(マウスにおけるQTL)

Le Roy I, et al. Quantitative trait loci implicated in corpus callosum midsagittal area in mice. Brain Research 811: 173-176, 1998.
(概訳)同系交配純系マウスの中で,NZB/BINJマウス(Nマウス)は,C57BL/6Byマウス(Bマウス)よりも脳梁が小さい(大脳半球に対する比率で比較).我々は284ひきの2世代マウスを使って,脳梁の大きさに関するQTL解析を行った.その結果,脳梁の大きさに関連する二つの遺伝子座が第1染色体と第4染色体上に見つかった(CCrSQTL1とCCrSQTL2).二つの遺伝子座は有意に相関しており,遺伝的バリエーションは,観察される脳梁の大きさの多様性の25%を規定していることになる.

脳梁の形状は種によって異なる.脳梁欠損は人においては比較的高頻度(0.3〜0.7%)にみられ,多遺伝子性と考えられている.脳梁欠損マウスなどによるかけ合わせ実験の結果では,複数の遺伝子の関与が示され,関与する遺伝子の数はさまざまである.また,人においては病気と関係のない形態および大きさの個人差が知られており,双生児研究では遺伝子の重要性が示された.また,純系マウスに関するデータでも脳梁の正中矢状断での違いがあり,遺伝素因の影響があることが示唆された.人においてもマウスにおいても脳梁の欠損や形状に関与する遺伝子はまだ同定されていない.

我々は,正中矢状断での脳梁の計測値に関与するQTL(quantitative trait loci)の存在を調べるために,純系マウスであるBマウスとNマウスの交差分離法を選んだ.予備的な研究でこの二つの純系マウスは脳梁の計測値が著しく異なっており,QTL解析に不可欠な両者間の多型DNA変異の割合が十分に多かった.脳梁に関与するQTLを同定することは,脳梁欠損の遺伝的背景にも関連して有意義であり,少なくとも2つの論文が欠損においても正常範囲の多様性においても共通する遺伝素因が関連してることを示唆している.さらに,マウスでの脳梁関連遺伝子の同定は人の脳梁関連遺伝子に関する示唆を与えてくれる.

Bマウス36ぴき,Nマウス32ひきに加え,BマウスとNマウスの相互交配により2種類(Bオス×NメスとBメス×Nオス)のF1(第一世代)50ぴきを作り,さらにその2種類を相互交配して4種類のF2(第2世代)を284ひき作成した.6〜7ヶ月の年齢で解剖により大脳半球および脳梁の正中矢状断の計測をイメージ解析システムを用いて行った.大脳半球の大きさと脳梁の大きさはある程度相関するため,脳梁の計測値は大脳半球の大きさに対する%(CC%H)を算出して比較した.

両純系マウスとF1については,two wayANOVA解析を,F2についてはthree wayANOVA解析を行った.NマウスとBマウスでは,CC%Hは危険率0.0001以下でNマウスの方が小さかった.

表1:各マウスにおける脳梁の大脳半球に対する%値(CC%H,平均値±S.E.M.)
Bマウスvs.NマウスB母N父F1vs.N父B母F1
Bオス:1.89±0.05
Bメス:2.00±0.04
Nオス:1.30±0.05
Nメス:1.32±0.05*
B母N父のオス:1.75±0.06
B母N父のメス:1.75±0.06
N母B父のオス:1.67±0.07
N母B父のメス:1.81±0.06
*p<0.001(同一性でマウス系統間の有意差)

至適適合モデルによる検討では,脳梁の大きさの遺伝素因は多遺伝子性であることが示唆され,脳梁の大きさの多様性の25%に遺伝素因が寄与している.284ひきのF2マウスはそれぞれ遺伝子型を同定した.しっぽからDNAを抽出しPCR法を用い,20個の染色体上にある65ヶ所の遺伝子多型(マーカーはSSLP:simple sequence length polymorphism,平均間隔は25cM)について検討した.B純系(B//B)型とN純系(N//N)型とヘテロ(N//B)型にそれぞれ分類した.その結果第1染色体と第4染色体上に脳梁の大きさ(CC%H)に関連する(Lodスコア解析)遺伝子座が見つかった.CCrSQTL1は第1染色体上で有意差は0.00001以下,CCrSQTL2は第4染色体上で有意差は0.011以下.この二つのQTLは有意に(P<0.02)相関しており(epistatic effect),このepistatic effectは脳梁の大きさの多様性の4.9%に寄与している.CCrSQTL2が何型であれ,CCrSQTL1がB//B型であれば脳梁の大きさは最大になる.N型は優性の傾向を持ち,CCrSQTL1がN//NかB//Nであれば脳梁は小さい.脳梁の大きさの多様性の13.5%をCCrSQTL1が,8%をCCrSQTL2が決定しているのでepistatic effectの分を加算すると26.4%をこの二つの遺伝子座が規定している.この結果は前述した至適適合モデルでの予測値と合致し,脳梁欠損に関与する遺伝子座が二つある可能性を示唆すると同時に脳梁の大きさの発達が環境の影響を強く受けることを示す(100-25=75%).


(解説)マウスでの話ではありますが非常に重要な論文です.その理由は:
  1. 脳梁は右脳と左脳を連絡する神経繊維の束である.
  2. 男性は女性よりも脳梁は小さい.
  3. 男性に多い自閉症では頭が大きい割に脳梁は小さい傾向があると言われている(文献1).
  4. 機能的な解剖学的形態にQTLが関与.
  5. 疾病(脳梁欠損)と正常範囲の多様性(個人差)の両者を同じQTLが連続性に規定している可能性を指摘.
などです.QTLはquantitative trait lociの略ですが,多遺伝子性の正規分布を示す形質の遺伝素因で,それぞれの遺伝子は必ずしも必要というわけではなく,かつその遺伝子があったからといって100%特異な形質が出現するわけでもない遺伝素因のことです.最近ではアルツハイマー病のQTLとしてのアポリポ蛋白E遺伝子の第4アレルが有名ですし(文献2),その他の病気でも話題になっています.人において先天的に脳梁がほとんどなくても,通常はそれによる症状がないことが知られています(文献3).通常は脳梁が欠損していても自閉症にはなりませんし,脳梁を何らかの原因で切断した場合でも自閉症にはなりません(いくつかの特異な症候が知られていますが)(文献3).自閉症者での脳梁の低形成は特に脳梁の後ろの部分が小さい傾向が報告されている程度で(文献1),注意欠陥/多動性障害(AD/HD)でも同じような報告があります(文献4).右脳と左脳の連絡がうまくいかないことだけで自閉症を説明することは不可能なわけですが,2次的な関連はありそうに思います.この論文の最も重要な点は,疾病と個人差の連続性についてです.脳梁欠損と脳梁の大きさの正常範囲の多様性の両者を同じ二つのQTLが連続性に規定している可能性が指摘されています.自閉症はもっと複雑なわけですが,複数の因子の正常範囲の多様性がいくつかそろった場合を自閉症と言っているだけかもしれないという考えを改めて確からしく感じました.


(文献)
1. Piven J, et al. An MRI study of the corpus callosum in autism. Am J Psychiatry 154: 1051-1056, 1997.
2. Plomin R & Craig I. Human behavioural genetics of cognitive abilities and disabilities. BioEssays 19: 1117-1124, 1997.
3. 後藤文男,天野隆弘著.臨床のための神経機能解剖学.p54-55.大脳皮質連絡路(2)半球間連絡路.中外医学社,1992.
4. Semrud-Clikeman M, et al. Attention-deficit hyperactivity disorder: magnetic resonance imaging morphometric analysis of the corpus callosum. J Am Acad Child Adolesc Psychiatry 33: 875-881, 1994.

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