自閉症スペクトルの原因

Szatmari P. The causes of autism spectrum disorders: multiple factors have been identified, but a unifying cascade of events is still elusive. BMJ 326: 173-174, 2003.

訳者コメント:

Szatmari氏のエディトリアル記事は,平均的な見解をまとめているなと感じましたが,その下に紹介しました小児精神科医の投稿レターの内容には偏った意見が含まれています.自閉症とアスペルガーは全く異なるものとしており,専門医の中で見解が異なることを示す資料としては重要です.

自閉症スペクトルの原因

(概訳)

自閉症は幼児期にオンセットがある発達障害である.臨床的には相互社会関係および他人とのコミュニケーション障害,そして反復性お決まり行動志向で特徴づけられる.自閉症の臨床像に関する我々の理解は,異なる年齢,異なる機能程度において見られる行動の巾に関するより深い理解によって,過去10年間の間に劇的に変化した.もうひとつの鍵になる変化は,これらの同じ基本的症候は共有しているが,特異な症候,オンセット年齢,あるいは自然経過において異なるいくつかの密接に関連する障害が存在することがわかったことである.これらの障害は,アスペルガー症候群,非典型的自閉症,そして崩壊性障害を含んでおり,しばしば自閉症スペクトル上にあるものとして概念付けられる(従ってこの集合体は自閉症スペクトル障害と呼ばれる).最近の自閉症有病率の推計値は1万人当たり16人であるが,この推計値は全ての自閉症スペクトル障害が含まれると1万人あたり63人となり,過去の報告よりも非常に多い.

用語におけるこれらの変化と共に,自閉症の原因についても理解が進んだが,明らかに自閉症において全盛を極めている構造的および生化学的イベントの流れ(カスケード)の図式化は依然として困難である.しかし,確かに,我が子に対して冷たく無関心であると主張された母親に非難がまともに向けられた数年前よりは,現在の方が進歩はしている.これらの主張が原因となった苦しみは,発達障害や精神障害の子供を持つ全ての親たちにとって,原因に関するエビデンスに基づく情報がいかに必要であるかを,痛みを持って思い出させてくれる.

発達遅滞,てんかん,異形態症候,産科的合併症,性比の偏り,そして頭のサイズの極端化は,自閉症が神経精神疾患であることの非特異的サインを提供する.自閉症の原因に関する我々の理解の変遷における最も重要な進歩は,おそらく遺伝素因が鍵を握る役割をもっていることを発見したことであろう.1977年,FolsteinとRutterは,自閉症に関する最初の双生児研究を発表し,一卵性双生児一致率が,二卵性双生児一致率に比べ非常に高いことを示した.この発見は,現在,数度も確認され,よく知られた事実である.しかし,自閉症遺伝素因の伝播モードは既存のいかなるパターンとも一致せず,自閉症の遺伝は複雑である.モデリング研究は,相互作用のある複数の遺伝子が自閉症の背景にある遺伝的複雑性を説明するであろうと予想している.

この意味では受精後のいかなるイベントも環境に含まれると考える限り,これらのデータは同様に環境リスクファクターの関与を否定するものではない.そのような因果関係の予備的エビデンスを持つ唯一の環境因子は,胎児障害(embryopahty)の原因となるサリドマイドと妊娠中に母親が内服する抗痙攣剤である.最近発表されたにもかかわらず,MMRワクチンに関しては自閉症の環境リスクファクターにはならないとする良好な疫学的エビデンスが存在する.

家族研究および双生児研究において観察された強い遺伝素因の関与は,実際の易罹患性遺伝子を同定するための連鎖研究・関連研究の実施を誘導した.いくつかの有望な発見(特に15q11-13領域)は,候補遺伝子研究に基づいているが,再現性を検討しなければならない.いくつかのゲノム全長に渡る連鎖研究は,第2,第7,そして第13染色体上の領域がひとつあるいは複数の易罹患性遺伝子を含んでいることを示唆したが,実際の易罹患性遺伝子は未だに同定されていない.さらなる進歩は,非常に大きなサンプルサイズを得られるかにかかっているかもしれない.もうひとつの補助的アプローチは,易罹患性遺伝子である可能性のあるこれらの遺伝子のより直接的な生物学的効果を同定することである.死後の検査やMRIを使った研究は,一般的に白質のボリュームが比較的大きいことと,特に辺縁系において細胞の密度と並び方における難解な構造的変化があることを発見した.また,機能的脳画像研究は,社会的刺激に対して起こる,扁桃体とその近隣構造の非典型的活動を報告した.

自閉症児の一部は,自閉症の原因となることが予想されている中枢神経システムの合併症を有している.全体的には,これらの合併状態は症例の10から15%だけを説明するに過ぎないであろう.しかし,臨床的意義を持つかもしれないので,これらの合併状態についても心にとめておく必要がある.合併する医学的障害については,消化管システムの障害は一般ポピュレーションに比べ,自閉症児においてより多いわけではないことを示す良好なエビデンスが存在する.アスペルガー症候群のようなスペクトル上の他の状態を有する児から自閉症児を識別できるような原因因子は存在しない.このような関連状態がひとつの家系に,おそらく遺伝的メカニズムを背景に出現していることを示す良好なエビデンスが存在する.

自閉症の原因に関する研究が,この状態が心理的な原因を有していると思われていた頃に親がしばしば経験した罪悪感をやわらげる手助けになったことには満足感を感じる.しかし,原因に関するしっかりとした研究を行うにあたっての困難性が災いとなって,現在何人かのヘルスケアー実践者は結果的に,親が非常に低質のデータに踊らされたり,仮説的な原因を精力的に追い求めたりするよう扇動してしまっている.しかし,一般的な予想では,より新しい技術と研究デザインをもってすれば,最終的にこの深刻な障害をもたらす因果関係の鎖を開始するリスクファクターは近い将来に同定されるであろう.そう考えると,より決定的な治療が自閉症スペクトル児全てにおいて長期アウトカムを改善するために開発されることが期待される.

 


自閉症スペクトルはそれほど確立した概念ではない(上記論文に対する投稿レター):文献1

Szatmariのエディトリアル記事は,自閉症スペクトルの存在と,自閉症の原因に関して,是認されている内容よりもより確定的に主張している.自閉症の広範囲な定義の正当性と有益性については,議論が続いているのである.

自閉症とアスペルガー症候群は異なるものであり,確かに社会的な関係や強迫性において共通する障害を共有してはいるものの,両者はこれらの症候において区別することが可能である.

自閉症児は落ちこぼれる.一方アスペルガー症候群の児は社会的な接触を欲するが,規則をうまくこなすことはできない.

自閉症においては,アスペルガー症候群とは異なり精神発達遅滞に関連しており,強迫性は通常ルーチン行動や物体に対してであり,一方アスペルガー症候群においては強迫性は奇異性やしばしば高度に知的な興味に対してである.

この区別は統合失調症と統合失調症様人格障害の関係に比較される.自閉症とアスペルガー症候群の様に,統合失調症と統合失調症様人格障害は症候や遺伝素因の役割を共有しているが,臨床的にはその違いは決定的である.広範囲な定義は,混乱や,過剰診断のリスクになり,これらは心配した親が確かな診断を要求する時に増加する問題である.

自閉症は神経精神障害であるとするSzatmariの主張が,この件に関連する.神経学的問題は自閉症に関係するが,その関連は不明瞭なままであり,自閉症が一次的な神経学的障害であるとの示唆はほんのわずかなエビデンスに基づいている.遺伝学的リンクは必ずしも神経学的なダメージを意味しない.

Szatmariは,環境因子を認めているが,社会的情緒的因子は無視している.これらの因子は心理学的発達および脳の発達において重要であることが確立されているのである.自閉症におけるこれらの因子の役割を示唆しているエビデンスはルーマニアの養子研究で得られている.

Szatmariは気質的な因果関係を支持する研究が,親の罪悪感をやわらげる手助けになると信じている.私の経験では,児についての認めがたい罪悪感を理解するように親を手助けすることの方が,因果関係に関する確実性については時期尚早なままで不安をやわらげるより,より実りが多い.


(文献)
1. Simpson D. Autism spectrum disorder is not as certain as implied. BMJ 326: 986, 2003.

www.iegt.org


ご意見やご質問のある方はメールください。

E-mail: jyajya@po.synapse.ne.jp