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自閉症児の家族におけるうつ病と社会恐怖
(BAPとの関係,複数発症家系での検討)


Piven J & Palmer P. Psychiatric disorder and the broad autism phenotype: evidence from a family study of multiple-incidence autism families. Am J Psychiatry 156: 557-563, 1999.

訳者コメント:

自閉症児の親族には,うつ病や社会恐怖の人が多い傾向があるが,個々の親族の自閉症的傾向(BAP)とは無関係であったという内容です.

(概訳)

(目的)いくつかの研究結果が,自閉症発端者の家族に,DSM-IV分類での第1軸(人格障害と精神遅滞を含まない精神科的疾患群)に属する疾患が多いことを示している.今回の研究では,自閉症複数発症家系における家族を対象とした第1軸疾患頻度を検討した.また,これらの疾患と広範囲自閉症形質(broad autism phenotype:BAP)との関係を考察した.

(方法)第1軸疾患の頻度は,半構造的(semistructured)家族歴インタビューにより評価した.結果は,自閉症複数発症家系25家系の家族歴と,ダウン症家系30家系の家族歴で,親,おじいさんおばあさん,おじおばのそれぞれで比較した.いくつかの精神科疾患と広範囲自閉症形質との間の関連は,半構造的インタビューと観察による程度判定値により直接的に評価し,2グループの親において検討した.

(結果)自閉症発端者の親は,大うつ病性障害と社会恐怖の頻度が,ダウン症発端者の親に比べ有意に高かった.自閉症発端者の親におけるうつ病頻度が高いことに加え,自閉症家系家族歴において,おじいさんおばあさん,おじおばにおいて検出されたうつ病と不安(障害)の頻度も同様に高かった.それぞれのケースにおいては,うつ病と広範囲自閉症形質の間にも関連の証拠はなく,また,社会恐怖と広範囲自閉症形質の間にも関連の証拠はなかった.

(結論)自閉症者の家族には,大うつ病性障害と社会恐怖の頻度が高率であり,個々のケースでは,広範囲自閉症形質との間に関連はなく,また,この傾向は自閉症児を育てることに関連して増加したストレスでも説明することはできない.これらの所見の,その他に考えられるメカニズムや科学的・臨床的意義について考察する.

(イントロ)

自閉症では遺伝素因の果す役割が大きいことは,双生児研究や家族研究が証明しているが,背景となっている遺伝的な自閉症になりやすい傾向の発現形質の性質や範囲は,依然として結論がでていない.FolsteinとRutterの歴史的な双生児研究以来,自閉症になりやすい遺伝的傾向は,自閉症の原因であることに加え,マイルドではあるが,質的には自閉症に類似した行動や認知特性として,その家族において発現している可能性を示唆するデータが出現するようになった.この一連の行動や特性は,広範囲自閉症形質(broad autism phenotype:BAP)と呼ばれており,自閉症の確定的特徴のよりマイルドな形での表出形として概念化され,社会的障害,コミュニケーション障害,および常同的-反復性行動を含んでいる.広範囲自閉症形質と特定の認知障害との関連は,いくつかの研究により自閉症者の家族に特定の認知障害が集積していることから示唆されたが,はっきりとした結論はでていない.

背景となる遺伝的な自閉症になりやすい傾向の質やはばに関する議論に関しては,自閉症者の家族におけるいくつかの精神科疾患の頻度が通常よりも多いことを示唆する研究結果が興味深い.比較研究で直接的な精神科的評価を行った3つの家族研究が報告されており,その結果,自閉症発端者の家族にはいくつかの精神科疾患の頻度が高いことが示された.我々は,42人の自閉症発端者の親81人を調査し,ダウン症18人の親34人と比較して,半構造的精神科的インタビューを行った(SADS-L: Schedule for Affective Disorders and Schizophrenia−Lifetime Version).その結果,不安障害(全般的不安,パニック,恐怖障害)と大うつ病性障害(4週間の持続)が自閉症発端者の親において高率であった(27%対14%).その後,Smalleyらは,自閉症家系36家系において,1親等家族をK-SADS-E(Schedule for Affective Disorders and Schizophrenia for School-Age Children−Epidemiologic Version)とSADS−LA(Schedule for Affective Disorders and Schizophrenia−Lifetime Version Modified for the Study of Anxiety Disorders)にて検討した.コントロールと比較して,自閉症発端者の1親等家族では,大うつ病性障害(2週間持続)と社会恐怖の頻度が有意に高かった.我々の結果とSmalleyらの結果の両方において,大うつ病性障害を呈した家族は,かなりの割合で,最初のうつエピソードは自閉症児が生まれる以前であった.このことは,うつ病性障害が多い原因は単にハンディキャップのある子どもの療育(のためのストレス)の結果ではないことを示唆している.最近,Boltonらは,99例の自閉症発端者の218例の1親等家族をダウン症発端者の87例の1親等家族と比較して直接的評価を行っている.その結果,全般的不安,恐怖(単純恐怖を除く),およびパニック障害に関しては差はなかったが,大うつ病性障害(SADS-Lで4週間持続)は自閉症家族でより高率であった.Boltonらは,さらに,自閉症発端者の家族に多かった大うつ病性障害を検討し,広範囲自閉症形質(コミュニケーション/社会性障害か興味や活動の制限されたパターンの何れかがある場合,家族歴インタビューによる)とは関連がないと報告した.自閉症発端者の1親等家族における強迫性障害(obsessive-compulsive disorder: OCD)が多いという証拠は,直接的評価によるものではない.しかし,家族歴法を使った評価では,自閉症発端者の1親等,2親等,3親等家族は,ダウン症家族に比較して,強迫性障害疑い例(possible OCD)が有意に高率であることが示された.また,家族歴法では,この強迫性障害疑い例と広範囲自閉症形質との有意な関係が報告された.

これらの結果は,2つの疑問点を生じさせる.第一に,自閉症者の家族に集積しているのはどの精神科疾患なのかという疑問である.大うつ病性障害は自閉症家族においてより一般的にみられることは,各報告で一致しているが,不安障害,特に社会恐怖については各報告で結論が異なる.2番目の疑問は,自閉症家族において高頻度にみられる精神科疾患があるとした場合に,その背景となるメカニズムは何なのかである.自閉症児を育てることに関連した心理的ストレスで,精神科疾患が多いことを説明できるであろうか?これまでのデータでは,子育てに関連するストレス説は否定的である.それでは,最近提唱された広範囲自閉症形質(社会的あるいはコミュニケーション障害,または常同的反復行動)が,家族に多いために精神科疾患の頻度が高くなっているのであろうか?あるいは,広範囲自閉症形質に無関係なのであろうか?また,精神科疾患の頻度が,自閉症者の家族における広範囲自閉症形質に関連するのであれば,広範囲自閉症形質の特徴や弱点の結果なのであろうか?それとも,単に共通して背景となっている病因のいろいろな発現形としての結果なのであろうか?

今回の検討では,我々は,上述の疑問に答えるために,自閉症複数発症例(自閉症者が兄弟内に2人)の親と,ダウン症児の親における,精神科疾患の頻度を比較検討した.自閉症複数発症家系の場合は,一人だけの自閉症発端者の家系に比べいくつかの利点がある.複数発症家系の発端者の場合は,自閉症が一人だけの場合の発端者に比べ,非遺伝性の原因が関与する可能性が少なく,ゆえに,複数発症家系の家族は,より病因的に単一な研究対象と成り得る.加えて,自閉症複数発症家系の家族は,一人だけの家族よりも,自閉症になり易くする遺伝素因をより強く持っている可能性があり,この遺伝素因は広範囲自閉症形質やおそらく精神科疾患の背景にもなる可能性がある.しかし,複数発症家系の場合は,自閉症児が一人の家系やダウン症児家系よりも,より大きいストレスを療育のために受ける可能性もあり,結果の解釈に注意を要する.

広範囲自閉症形質を検出するための家族歴法の感度は,不明である.そして,家族内の実際の広範囲自閉症形質頻度よりも,低い評価結果がでる可能性がある.ゆえに,精神科疾患に関する直接的な親の評価に加え,我々は,広範囲自閉症形質に関しても,盲検法で直接的に親を評価した.この論文において,我々は,自閉症複数発症家系における第1軸の精神科疾患の頻度を検討し,精神科疾患と広範囲自閉症形質との関連を調べた.広範囲自閉症形質は,以前,同じ対象を使って提唱された概念である.自閉症家族において過去に報告された,いくつかの精神科疾患の家系内集積の所見をさらに再検討することに加え,本研究のデザインでは,このような現象の背景となっているメカニズムについてさらなる考察を加えることができる.

(方法)省略

(結果)

自閉症複数発症家系25家系のうち,25人の母親と23人の父親を対象とした.また,ダウン症の30家系から,親全員を対象とした(母親30人,父親30人).自閉症家系の親は,その自閉症兄弟(二人)の親である場合のみ対象とした.父親の年齢,父親の教育レベル,母親の年齢,母親の教育レベルには2グループ間に有意差はなかった.父親の職業レベルにも有意差なし.

(家族における精神科疾患)
Research Diagnostic Criteria(RDC)により,自閉症児の親とダウン症児の親における精神科疾患の頻度を比較した結果,自閉症児の親において大うつ病性障害の頻度(lifetime rate)が有意に高いことが明らかとなった(33.3%対11.7%).自閉症発端者の親では,また,ダウン症児の親に比較して,社会恐怖の頻度も有意に高かった(14.6%対3.3%).自閉症児の親においては,大うつ病性障害と社会恐怖の間には相関関係はなかった.2グループ間で有意差がなかった精神科疾患は,アルコール依存,薬物依存,そううつ病,パニック障害,全般的不安障害,単純恐怖,強迫性障害であった.大うつ病性障害であった自閉症児の親16人中,12人は母親であった(75%).

我々は,以前の研究同様,より厳密な診断基準を用いて大うつ病性障害の頻度を検討した(4週間持続する症候の再発).基準におけるエピソードの回数と症候持続期間を増加させること加え,ライフイベント(知人・親戚の死や発端者の自閉症の診断,離婚,結婚,うつ状態の器質的原因,重症な医学的疾患,妊娠)によるストレスの3ヶ月以内に起こるうつエピソードは除外された.このような大うつ病の改訂基準を使っても,自閉症児の親は,やはりダウン症児の親よりも大うつ病性障害の頻度が高かった(18.8%対1.7%).自閉症児の親では9人がこの改訂基準を満たし,そのうち8人は自閉症児が生まれる前に最初のうつ病エピソードを経験している.

自閉症児の家族におけるうつ病性障害の頻度が高いことの証拠をさらに得るために,我々は,家族歴データを検討した(Family History Interview for Developmental Disorders of Cognition and Social Functioningの疑いと確定).この家族例データの検討で,うつ病と不安障害の有無についておじいさんおばあさんおよび,おじおばを調べた.自閉症複数発症家系においては,自閉症以外の兄弟の数が少なすぎて,兄弟における意味のある比較は不可能であった.また,いとこに関しても解析に耐えられるだけの数がなかった.おじいさんおばあさんと,おじおばについては,男女別に検討し,自閉症家族とダウン症家族においてそれぞれの親戚の年齢,それぞれの親戚の教育レベルに有意差はみられなかった.うつ病と不安(障害)の頻度は,おじいさんおばあさん(p=0.04),おじおば(p=0.01)において,自閉症家族群の方が有意に多かった.うつ病と不安(障害)の疑い例と確定例の合計は,自閉症家族のおじいさんおばあさんで17.7%,ダウン症家族のおじいさんおばあさんで8.4%であった.また,おじおばの比較では,自閉症家族で13.2%,ダウン症家族で5.4%であった.

(精神科疾患と広範囲自閉症形質)
大うつ病性障害と広範囲自閉症形質,および,社会恐怖と広範囲自閉症形質の関係を調べる目的で,大うつ病性障害および社会恐怖と診断された家族の広範囲自閉症形質の有無(スコア2以上を有り,スコア0をなし)でかい二乗検定で検討した.広範囲自閉症形質は,質的には自閉症者に類似した特徴を有し,よりマイルドなレベルでの形質のことで,自閉症家系での集積が確認されている.このかい二乗検定では,大うつ病性障害も社会恐怖も共に,広範囲自閉症形質との関連はなかった.さらに広範囲自閉症形質の総スコア(0−4)との有意な関連もみられなかった.さらにより細部に渡る解析でも,大うつ病性障害の存在と広範囲自閉症形質との相関はほとんどみられなかった.相関のなかった成分は,よそよそしさ,柔軟性のなさ,心配性,Pragmatic Rating Scaleと言語測定値のスコア,フレンドシップスコアである.しかし,例外的に大うつ病性障害と相関がみられたのは,批判に対する過敏性であった(p=0.03).社会恐怖は,実用言語や会話に(Pragmatic Rating Scale)有意な相関を示した(例えば,実用的言語の障害を測定する変数との有意な相関など).しかし,社会恐怖の存在は,広範囲自閉症形質の他の成分(フレンドシップスコア,よそよそしさ,心配性,批判に対する過敏)などについては有意な相関はなかった.

(考察)

(意義と限界)
過去の研究結果にはなかった意義が,本研究にはいくつかある.第一は,直接的評価が精神科疾患と広範囲自閉症形質の両方を評価するために使われたことである.特に不安障害に関しては,SADS-LA-Rを使い,より完全な把握を試みた.広範囲自閉症形質およびその成分の評価は,インタビューをビデオで録画し,患者情報を隠して評価することを基本にし,広範囲自閉症形質の存在の決定は,経験的に作られたアルゴリズムに従った.2番目の意義は,本研究では,我々は,家系内に2人の自閉症者がいることから系統的に確認した親を検討したことである.系統的確認は,外来サンプルや複数発症家系を宣伝で集めた場合におこり得るバイアスを少なくする.また,一人の自閉症発端者から集めた家系を検討することとは異なり,自閉症複数発症家系を対象群として使うことは,理論的には対象グループの病因的単一性を強め,そしておそらく自閉症とその家族の広範囲自閉症形質の両者の遺伝素因が検出されやすくする.しかし,本研究にはいくつかの限界も存在する.第一の限界は,我々のコントロール群が,どの程度正確にダウン症家系における精神科疾患の頻度を評定しているか不明である点である.2番目の限界は,本研究の対象者数は,自閉症家族群とダウン症家族群における大うつ病性障害の頻度の差を検出するには十分であったわけであるが,自閉症児の親の中のより小さなグループ内での関係を検出するには至っていない.

(自閉症児の親における精神科疾患)
過去の報告は,自閉症者の家族は大うつ病性障害と社会恐怖の頻度が高いことを示したが,本研究によりこのことが確認された.直接評価法で,親におけるケースコントロール比較を行い,大うつ病性障害と社会恐怖の頻度における有意差が検出され,また,家族歴に基づく検討では,うつ病と不安障害がおじいさんおばあさんとおじおばの両方で自閉症児の家族の方が多かった.大うつ病性障害の頻度の差は,大うつ病の従来基準でも示された.

Smalleyらの報告は,大うつ病性障害の頻度を本研究と比較できる唯一の論文である.彼らは,我々と同じ診断基準を用い,うつ症候のエピソードの持続期間を2週間として,我々と非常に類似した研究手段を使っている.Smalleyらは,SADS-LAを使い,我々は,改訂版のSADS-LA-Rを使った.Smalleyらの研究での大うつ病性障害は,自閉症の1親等家族の32%にみられ,コントロール群では11%であった.我々の結果は,大うつ病性障害の改訂基準による頻度(うつエピソードが4週間)が18.8%であり,我々の一例の自閉症発端者による結果(エピソード4週間)の16%とほぼ同じ値であった.しかし,コントロール群としたダウン症児家族の頻度では,今回が1.7%で,一例自閉症発端者のデータが6.0%と異なっていた.Boltonらの研究は,4週間エピソードの基準で,自閉症者の一親等家族で19.7%,コントロール群で5.7%と報告している.これは,2週間エピソード基準の報告(Smalleyらは32%,我々は33.3%)より低く,4週間エピソードの報告(一例自閉症発端者からの我々の報告:16%)より高い.従って,これらの報告されている4つの論文において(直接評価,コントロール研究),結果はかなり一致したものである(矛盾が無い).我々の結果では自閉症発端者の親にみられた社会恐怖の高頻度も,SADS-LAを使った唯一の報告であるSmalleyらの結果と一致した.また,我々が以前行った,一例の自閉症発端者からの家族研究の結果で,不安障害が親で高率であると報告したが,これとも一致する.

Boltonらの研究では,直接評価法で一親等家族に強迫性障害(OCD)は高頻度でなかったが,家族歴法で核家族や親戚を調べると,強迫性障害の頻度は高い.我々の以前の結果と同様に,本研究でも自閉症児の親において強迫性障害の頻度が高いという証拠は得られなかった.直接評価法と家族歴法の結果の違いは,おそらく柔軟性のなさと強迫性障害の区別を家族歴法ができないことによると考えられる.この柔軟性のなさは,「変化に対する興味が少なかったり,変化に適応することが困難な」性格特性である.我々の過去における検討では,柔軟性のなさは,自閉症複数発症家系の親において高率であったが,強迫性障害はそうではなかった.

(精神科疾患と広範囲自閉症形質)
大うつ病性障害と社会恐怖が自閉症家族に集積しているという所見は,背景に存在するメカニズムに関するいくつかの疑問を生じさせ,部分的には本研究の結果がその疑問のいくつかについて言及している.第一の言及は,今回の結果が「自閉症児の親における大うつ病性障害の頻度が高いのは,自閉症児を育てる際のストレスが原因」とする仮説を支持する何の証拠も示さなかった点において,過去の研究結果に一致していることである.また,大うつ病性障害または社会恐怖は,広範囲自閉症形質や広範囲自閉症形質の成分とは関連が存在せず,このことは,大うつ病性障害や社会恐怖が自閉症児の家族で多いのは,広範囲自閉症形質の間接的な結果でもなく,また,広範囲自閉症形質の原因となっている遺伝素因の直接的な影響でもないことが示唆される.この点が2番目の示唆である.大うつ病性障害と広範囲自閉症形質との間に関連がなかったことは,Boltonらの報告(家族歴法,一例自閉症発端者研究,一親等家族)とも一致している.しかし,我々の研究は,大うつ病性障害と広範囲自閉症形質との間の限られた関係しか検出できない感度であることにも注意すべきであろう.

個々のケースにおいて,大うつ病性障害または社会恐怖と,広範囲自閉症形質との間に関連がなかったことから,自閉症家系で大うつ病性障害および社会恐怖が高率である理由を理解するために,いくつかの付加的な可能性が考えられる.第一に,大うつ病性障害も社会恐怖も共に,一般的には,病因の非単一性が知られており,故に,一因子以上かあるいは複数の因子の相互作用がこの所見に関与している可能性がある.2番目に,自閉症の病態理論で有力な仮説は,複数遺伝子が相互関係を伴って関与しているとする説であり,また,自閉症が病因的に非単一性であることも知られている.従って,自閉症家族における大うつ病性障害と社会恐怖は,広範囲自閉症形質に関与しているものと異なる遺伝子が原因となっている可能性があり,単に病因的非単一性の反映であるのかもしれない.複数発症家系を対象とすると,環境による類似形質(phenocopies)の影響を減らすが,研究対象グループ内に存在する遺伝的非単一性の可能性を除外することができない.しかし,自閉症と広範囲自閉症形質の両者の原因となる単一の遺伝子あるいは複数の遺伝子が存在し,それとは別の遺伝子が自閉症と大うつ病性障害(あるいは社会恐怖)の遺伝素因となっていると考えるのは困難ではある.

3つめの可能性は,自閉症家系において大うつ病性障害や社会恐怖が集積していることが,部分的であるかもしれないが,広範囲自閉症形質を持つ親が大うつ病性障害(および社会恐怖)を持つ配偶者と好んで結婚していることの反映である可能性である.スコアが2以上の広範囲自閉症形質を持つ27人の親のうち,11人(40.7%)は,大うつ病性障害の既往のある配偶者と結婚していた.一方広範囲自閉症傾向のない11人のうちたった2人が大うつ病性障害の既往のある配偶者を持っていた.大うつ病性障害の配偶者を持つ広範囲自閉症形質の親のオッズ比は1との有意差を指摘できず,今回の研究規模では,はっきりとしたことは言えない.しかし,広範囲自閉症形質を持つ人がうつ病の人と結婚する傾向があるという仮説は,Boltonらの家族歴研究の結果とは矛盾する.Boltonらは,うつ病と広範囲自閉症形質は,家系内では関連がないと報告している.

まとめると,自閉症者の親には,いくつかの精神科疾患の頻度が高いという過去の報告の結果を,本研究は確認した.今回の結果から,いくつかの示唆を得ることができたが,家族歴における所見の原因をさらに理解するためには,今後も検討を加えていく必要がある.ことに,自閉症の関連遺伝子が同定されれば,自閉症者の親において精神科疾患の率が高い理由をより厳密に知ることができるであろう.最後に,我々は,自閉症児の療育に関連する親や家族のストレスでは,自閉症家系における大うつ病性障害の集積を完全に説明することはできないことを示唆したが,本研究からだけでは,親が大うつ病に罹るリスクやうつ病エピソードの回数や期間が,育児ストレスの影響を受けないと結論することは不可能である.本研究では,家族における精神科疾患集積の病態を理解することはできなかったが,大うつ病性障害と社会恐怖のリスクが高いことは,明らかな臨床的意義を持っており,自閉症臨床に携わるものは,この点に注意しておく必要がある.


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