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アスペルガー症候群:単なる白質の素質?

Ellis H.D. & Gunter H.L. Asperger syndrome: a simple matter of white matter? Trends in Cognitive Sciences 3: 192-200, 1999.
(概訳)
アスペルガー症候群(AS)は,広汎性発達障害(PDD)のひとつで,認知能力・社会性・運動能力に関連する一群の症候に基づいて診断される.視・空間認知能力の問題,良好な言語能力,未熟な社会性,そして不器用さなどが特徴である.ASにみられる多くの障害(difficulties)は右大脳半球の機能不全に密接に関連している.この点では,非言語性学習障害に類似している.ここでは,ASと非言語性学習障害の両者を,同一のあるいは共通する原因による密接に関連した状態として扱う.つまり,両者を大脳白質に影響を及ぼす神経発達異常(neurodevelopmental abnormality)として把握する.このアプローチ法が,ASの多彩な特色を説明し得るかどうかを模索するとともに,“心の理論”アプローチと比較する.“心の理論”アプローチはASの二次的徴候を説明するには不十分である.

広汎性発達障害(PDD)のひとつであるアスペルガー症候群(AS)は,認知能力・社会性・運動に関する一群の症候により特徴づけれられる(ICD-10,DSM-W).これらの症候には,正常の言語発達,共感や社会的理解におけるいくつかの問題点,お決まりの行動パターン,奇異な韻律(平坦で感情のこもらないしゃべり方),運動技能上の不器用さなどが含まれる.

例外がない訳ではないが多くの場合で,右側の大脳半球機能障害としてASを説明することができる.また,我々は,大脳白質の機能不全をきたす神経発達障害が内在すると考える.もちろん,神経発達障害は脳活動の全てに影響を及ぼし得るものであるが,ASの場合は主に右大脳半球に局在する脳機能が選択的に障害されていると信じる.我々の主張はまた,半球間コミュニケーションの問題を含んで展開される.

Box 1 症例:レイモンド
アスペルガー症候群(AS)の理解のために,アスペルガーが最初の論文で“autistic psychopathy”として記載した特徴の多くを有しているケースを紹介する.レイモンドという名の彼は,30歳代後半で初めて「相手が誰だかわかりにくい(poor face recognition)」と訴え受診した.結果的に彼は,ASの診断基準を満たしていた.彼の言語性IQ(WAIS-R)は125,非言語性IQは74であった.言語性IQと非言語性IQの間の著明な解離は,彼の認知能力において特徴的であった.レイモンドは新聞を読み,会話言語能力も良好であったが,彼がよく知っているはずの場所ですぐに迷子になった.彼は,奇異な韻律(平坦で感情のこもらないしゃべり方),普通でない目つき,全く不適切な社会性,そして偏った興味などを呈していた(レイモンドはクラシック音楽を楽しみ,クリケット統計に傾注していた).

ASの診断はクリアカットなものではない.全ての症候がAS全例にあるわけではなく,さらに,最近では,現行の診断基準からするとアスペルガーのオリジナルケースはASには分類されないのではないかと言われている.他のケースであるトムの場合は,レイモンドよりも強迫的な興味が強く,時計に非常に執着していて,通りですれ違った見知らぬ相手の腕時計を,許可を得ないでリセットしてしまう.

アスペルガー症候群
ハンス・アスペルガーは,1944年にアスペルガー症候群(AS)を記載したが,彼の功績はFrithとWingが彼の記述を英語に翻訳して紹介するまで広く知られることはなかった.Wingは,5歳から19歳,34人のASについて記載し,その中で19例は典型的であるが,残りの15例はASの症候が全部は揃っていない.このような臨床的混在性(heterogeneity)は特徴の一つであり,そのためにASの定義は明確にすることが困難である.Wingは,一万人の出生について0.6人のASが生まれると推定しているが,他の研究者は1000人に3人と報告している.自閉症の場合と同様,男性に多い.

Wingは6例のASについて詳細に記載している.そのうちの5例は言語性IQが非言語性IQよりも優れており,Box1に記述したレイモンドと同じであるが,その程度は様々である.言語性IQが正常あるいは優れており,非言語性IQが劣っている解離状態はASケースに共通してみられるようである.このことは,ASが右大脳半球の機能異常であることの傍証である.叙述言語(propositional language)能力は十分あるいは優れており,言語の記号的使用(pragmatics)ができない場合もある.

ASにおける社会性(social functioning)
比較的良好な言語能力や視空間認知能力(visuospatial skills)における問題や不器用さに加え,アスペルガーが4例の症例報告で記載した共通する特徴の一つは,普通でない目つきである.アスペルガーの症例の中の3例と共通して,Box1に記載したレイモンドもまた,相手の頭の背後を見ているような目線で,いつも相手を困惑させた.この注視のパターンはASと診断される人の多くで共通しており,また,おそらく関連する状態と考えられている社会性感情処理障害(Social-Emotional Processing Disorder)と診断されるケースでもよくみられる.

注視に関するもう一つの側面は,相手がどこを見ているかを判定する能力である.Ellisらは,頭の角度や視線の方向がいろいろの顔の組み合わせを用い,AS児とコントロール群でこの判定能力を比較した.検査される者は二つのうちどちらの顔が直接彼らを見ているか決めるよう指示される.この検査では,ASグループは明らかに成績が悪く,Box1のレイモンドはまったくだめであっが,他のAS成人例(SH)は満点であり,おもしろいことにSHは,会話中のアイコンタクトもまたきわめて正常であった.このこともまた,ASの徴候を全員が持っているわけではないことの例であり,注視と社会適応の関連も簡単には説明できない..

心の理論(Theory of mind)
通常ASは,自閉症関連状態の一つとしてとらえられている.自閉症では他人の心を理解することに基本的な問題があると考えられており,健常者と比較すると,自閉症者は共感(感情移入:他人の立場になって考えること)を必要とするような課題は簡単なものでもこなすことができない.ASの社会性における問題も,他人への共感に関連する障害で説明することは可能である.みせかけや罪のないうそなどを見抜けないことも説明できる.Happeらによると,自閉症者が持つ問題の核心は,Happeの言う“中心的首尾一貫性(central coherence:中心性統合)”における基本的な欠落にあるとしている.“中心的首尾一貫性”とは,より広い文脈の中で情報アイテムを理解する能力のこと(文脈の情報を統合させて意味を読み取ること)である.また,意欲や動機における問題も存在するかもしれない.例えば,Box1のレイモンドによると,彼は,チェスでは相手の次の指し手を読むことが賢明な戦略であることを知っていながら,けっして相手の次の手を読まないので,いつも負けてしまうということである.加えて,ASに合併する因子(注意欠陥/多動性障害やうつ状態など)が果たす役割にも目を向けなければならない.

Box 2 心の理論
自閉症の根底にある欠陥(deficits)を心理学的に説明するために考え出されたのが“心の理論(The theory-of-mind)”である.第一段階の心の理論とは,自分自身あるいは他の誰かが,信念や要望や意図などの精神状態を所有していることを認識する能力のことである.これは行動の意味を理解したり,行動を予測したりするための一手段でもある.心の理論では,自閉症者はこの能力が障害されているため,社会性におけるあるいはコミュニケーション上の異常が出現するとしている.第二段階の心の理論では,他人の知識(knowledge)を理解することが必要とされる.

心の理論仮説は,自閉症やアスペルガー症候群(AS)において多くの研究成果をもたらした.研究の当初は,第一段階の心の理論課題の単純な評価が行われた.例えば,Baron-Cohen・Leslie・Frithらは,絵で表現したストーリーを考案し,人と物体の単なる機械的因果関係などの単純ストーリー(Mechanical),精神的状態を想定する必要のない日常生活における行動のストーリー(Behavioural),複数の人間の精神的状態を想定する必要のある日常的ストーリー(Intentional)などの理解力を評価した.その結果,健常児やダウン症児に比較して,高機能自閉症児の場合はIntentionalストーリーの理解がより劣っていることが示唆された.このことは,精神年齢が健常者よりも優れている自閉症者においても同様であった.MechanicalストーリーやBehaviouralストーリーは,健常児でもダウン症児でも自閉症児でも同じ程度理解され,何人かの自閉症児はむしろ健常者よりもいい成績を残した.第二段階の心の理論の評価には,さらに複雑なテストが必要で,ある人が,他の人の思っていることに関連して何を考えているかを判断するなどの課題が評価された.例えば,Baron-Cohenは,自閉症者を対象として,4つのステージからなる人形劇を考案した.

  • ステージ1:メアリーとジョーンが公園にいた時,アイスクリーム屋さんの自動車が来た.
  • ステージ2:ジョーンはアイスクリームが欲しかったが,お金を持っていなかった.アイスクリーム屋のおじさんに,その日は一日公園にいることを聞いたジョーンは急いで家に帰った.しかし,おじさんは予定を変えて教会に移動することになりメアリーにそのことを伝えた.
  • ステージ3:ジョーンは,たまたまおじさんに会って教会のところに移動したことを教えてもらった.
  • ステージ4:メアリーは,ジョーンの家に行き,ジョーンがアイスクリームを買いに行ったと聞かされた.
人形劇を見た後,「メアリーはジョーンがどこに行ったと思っていますか(教会ですか公園ですか)?」と質問し,正解は公園であるが,自閉症者は教会と答えてしまう.つまり,ジョーンがどう思っているかについてのメアリーの誤解を認知できないのである.

これらの結果から,自閉症者は他人が持っている精神状態を理解することが困難なことが示唆される.しかし,ASの人を評価してみると,結果は全く異なる.最近の報告では,ASの人は第一段階でも第二段階でも心の理論課題をこなすことが可能であることが示された.このことを,ASの人が心の理論に問題がないことの証拠とみなすことができるかどうかは結論が出ていない.自閉症者で心の理論課題をこなすことができる人がいても,正常の社会的人間関係を保つことはできず,精神的な状態を表現したり,心を読むことはできない.彼らは,課題特異的戦略は獲得することができ,人工的課題をこなす術はマスターしてしまうのである.健常者は第一段階の心の理論課題を4歳までにはパスし,第二段階の課題は6歳頃にパスできる.従って,これらのテストはそれぞれ4歳と6歳の発達指標にすぎない.

心の理論能力をさらに評価する目的で,Baron-Cohenらは成人用のあるテストを考案した.目と眉毛の部分のイラストを見て,二つの選択肢の中からその目つきがどんな感情を表現しているかを選ぶテストである(やましさ/尊大,考え中/尊大,なめてかかる/幸せ,尊大/やましさ).また,Baron-Cohenらは,目だけのイラストと顔全体のイラストからその表情を読み取るテストを実施し,ASの人は目だけからその表情を読み取ることが苦手であることを示した.これらの結果は,IQが正常以上のASを含む自閉症者の場合でも,やはり心の理論課題が苦手なことを明らかにした.Baron-Cohenらはこれらの結果が,課題やテストでは把握しにくい心の理論障害(problem)が存在することの証明であると述べている.

Box2にあるように,ASの人は,通常の心の理論課題は解くことができる.しかし,たとえ解くことができても精神状態を把握して具体化できているわけではない.顔を突き合わせる人間関係の場合の社会的な問題を解決するのはやはり苦手なはずである.Baron-Cohenは,目の表情を読み取る課題を考案し,ASの人は目のイラストから的確な精神状態を把握することが困難であることを示した(Box2).

他の人の精神状態を理解することができないことで,ASを理解し概念化すると,多くの点を説明することができる.しかし,この心の理論説が,ASに関連するいろいろな側面の全部を説明することができるのかは結論がでていない.AS者の声韻律の欠如(平坦で感情のこもらないしゃべり方)は,心の理論説で説明できるかもしれない(他人に与えるインパクトを意識しないので声のアウトプットを調節しないなど)が,言語性IQと非言語性IQの解離を心の理論説で説明することはできないし,顔で相手を判別する能力を含む視-空間課題が苦手なことも説明できない.とりわけ,AS者によくみられる運動機能における不器用さは,認知能力における欠陥では説明することができない.もしこれらの所見がASの純粋な臨床像のひとつであれば,心の理論説では不十分である.

心の理論説が包括的なものでないとすれば,我々はもっと基本的なレベルで原因を模索しなければならない.次に,非言語性学習障害に関する研究に由来する仮説を紹介する.この仮説は,当初はMyklbustにより示唆され,Rourkeらが発展させた(Box3).

Box 3 非言語性学習障害
Byron Rourkeは,数年間に渡る非言語性学習障害に関する経験的理論的研究を行った.その研究結果はいろいろな意味でアスペルガー症候群(AS)に関して知られていることの多くに共通している.非言語性学習障害は,他の神経発達障害との関連も示唆されているが,非言語性学習障害の遺伝素因はいまだ検討されていない.

その名前のとおり,非言語性学習障害と診断された子どもは,触覚,視-空間課題,算数,両側協調運動,非言語性記憶などにおける問題点を含むいろいろな非言語性認知障害を呈する.また,社会性-情緒性の問題点も特徴的であり,社会性の欠如,会話韻律の欠如(平坦で感情のこもらないしゃべり方),探索行動の欠陥,年長児における無気力などを来す.非言語性学習障害者の長所は,優秀な言語能力であり,言語性単純記憶においても優れている.

Klinらは,ASと非言語性学習障害の合併例が多いことを指摘し,臨床的重複が不完全であることから両者の間に未知の差異がある可能性を示唆した.Rourkeは,非言語性学習障害は,まだ特定されていないいくつかの神経発達異常(特異的に大脳白質に影響する)に起因すると説明している.その結果,特異的に右大脳半球の効率が悪影響を受け,非言語性課題における成績がより悪くなることになる.両手を必要とする運動技能などの半球間協調に必要な脳活動にも問題がある.

非言語性学習障害
非言語性学習障害とASに関する記述のいくつかは,非常に類似している.つまり,言語能力には問題がないが社会性には問題があり,視-空間認知能力に乏しく,会話韻律が減じており(平坦で感情のこもらないしゃべり方),運動機能にも問題がある.Rourkeはまた,非言語性学習障害における触覚の問題点や算数能力の障害を協調したが,この点についてはASでは体系的検討がなされていない.

あるレベルでは,Rourkeによる非言語性学習障害の説明はシンプルであり,またASと共通する全ての徴候を説明することも可能である.本質的な原因として,Rourkeは非言語性学習障害は大脳白質の神経発達障害に含まれるいくつかの特定されていない疾患の結果であるとしている.これには遺伝的素因の関与や出産前後の障害などが関与する可能性が考えられる.遺伝素因についてはしばしば話題になっており,Gillbergらは部分的には支持する証拠を報告している.

大脳白質仮説は,なぜ右半球依存課題がASにおいて特異的に障害されているかを説明する補助となるかもしれない.左半球に比べ,右大脳半球はより長い神経軸索を含んでいるため,白質/灰白質比が高い.このような細胞構築上の違いは,連合野が右大脳半球により多く,各領野間の統合が発達していることを意味しており,右大脳半球が新しい反応や複雑な反応を必要とするような課題に対してより適応していることが示唆される.

右大脳半球の機能
3例のSPECT検査(局所脳血流イメージング)では,ASにおける右大脳半球機能不全に関するいくつかの証拠が報告されている.トウレット障害を伴ったAS6例におけるMRI研究でも概ね右側の大脳異常が示された.左半身の障害などの右半球徴候も2例のASで報告されており,右大脳半球に関連した学習障害の子供たちは,ASに酷似している.

(相手を顔で判別する)
ASの人は,身近な人でも顔で判別するのが苦手と言われており,この機能は右大脳半球の下側頭部に限局する機能である.例えば,Box1のレイモンドは,よく知っているはずの人でも,予測できない状況で会うと,誰だか認識できない.Warrington認識記憶テストでは,右大脳半球に障害がある患者は,単語の認識には問題がなく,それに比べて顔の認識能は障害されている.左大脳半球障害のケースではその逆のパターンになる.ASの場合は,右大脳半球障害のパターンに類似している訳である.

(感情表現)
顔で相手を判別する能力は,社会的な相互関係にとって不可欠なものであるが,他人の気分(mood)を理解する能力の方がさらに社会的に重要かもしれない.我々はある程度顔の表情を観察することによって,相手の気分を把握しているが,ASの人は顔の表情を読むことが苦手であることが判明している.殊に,怒りと嫌悪の表情を理解することが困難である.

アウトプットに関しては,既に述べたように,ASの人は平坦で感情のこもらないしゃべり方をする.この傾向は心の理論説でも説明可能であるが,会話韻律の欠如は右大脳半球症状のひとつでもある.

(複雑な絵の描写能力)
右大脳半球機能テストで以前から行われているものに,Rey-Osterreith複雑絵テストというのがある.Box1のレイモンドにこのテストをやってもらうと,全てのステージで問題があることが判明した.彼は,正確な模写さえもできず,絵を隠して思い出しながら描くテストはさらに下手であった.8歳児のAS例でも同様な結果であった.運動能力における不器用さも関与しているかもしれないが,主な問題は構造的な首尾一貫性(organazational coherence)の欠如である.事実,描写能力が優れているからといって,必ずしも構造的であるとは言えない.

(埋め込み絵テスト)
ASの人は健常者よりも埋め込み絵テストにおいて成績がよく(速い),このことは複雑な物体の細部にこだわる傾向で説明できるかもしれない.このテストでは,被検者は複雑な一覧図の中からシンプルな幾何学図形を見つけなければならず,複雑な図形の構造的首尾一貫性は全く関係のない能力が必要のようである.我々が主張するASにおける右大脳半球機能不全は,構造的首尾一貫性を認知する能力を減ずる(Rey-Osterreith複雑絵テスト)と同時に,逆説的に埋め込み絵テストでは成績を良くしている.

(言語)
ASは,言語能力が優れていることが特徴であるが,ASの人が苦手な言語分野がいくつか存在する.6つの右大脳半球言語テストのうち4つを使い,ASの8例でユーモアに関する能力に問題があることが判った.彼らは“おち”がどこにあるのか判らないのである.不自然な隠喩(メタファー)に意味があるかどうかを判断するテストでも,成績が悪かった.このようなより実際的な言語能力における障害もまた,右大脳半球の機能障害を示唆している.Happeは,ストーリーを統合する能力やジョークや言葉になっていない発声の意味を理解する能力などの低下は,右大脳半球の障害で見られる良く知られた徴候の一つであると報告している.ASにおいてこれらの異常が見られるという事実は,ASと右大脳半球機能不全との関連をさらに支持する.

社会的な判断
ASの人は,社会的な状況を把握したり,自分の行動をそれに的確に適応させたりすることが非常に苦手である.例えば,Box1のレイモンドも前述したトムも,社会適応の過程では不器用な試みしかできない.他のAS例は,自分たちがこだわっている時計や列車時刻表などが健常者にはつまらないものであることに気づいておらず,結果的に彼らはこだわりに関する長話を相手に応じて加減するということをしない.このような逸話的な証拠は,もちろん定量的なものではなく,社会的な常識の理解に問題があることを計測するためのいくつかの試みがなされている.社会的判断力を調べるテストでは,ASの人は,子供でも大人でも典型的な社会的状況を読むことができず,しばしば型にはまった反応しかできなかったり,社会的に非常に不適当な判断を下す(Box4).

Box4 社会的判断の評価
多くの仮説的社会的状況が,Margaret Deweyにより,彼女の息子と他のアスペルガー症候群(AS)の成人例の行動を検討する過程で記載された.Ellisらは,これらを改案し,同じ年齢コントロール群と比較してASの人の判断を評価するための,大まかな点数化法を考案した.下の例の中で,それぞれの判断点で,被検者はその行動を次の方法で評価することが求められる.

A=その状況ではかなり正常の行動
B=その状況ではむしろ奇異な行動
C=その状況では大変常軌を逸した行動
D=その状況ではショッキングな行動

下記の()内の判定は,AS以外の36人(14〜20歳)の解答の最も頻度の高かったもの.

スーパーマーケットにて:
Davidがいつも買い物をするマーケットは,ドアに「素足での立ち入りは法律で禁止されています」という張り紙がしてある.ある夏の日,Dabidはかわいい女性がくつを履かずにその店に入っていくのを見かけた.彼女は20歳ぐらいに見え,髪が長く,かかとまでとどくような古風なドレスを着ていた.Davidは彼女に張り紙のことを教えたかったが,声をかけることができなかった.結局,彼は店のマネージャーから彼女の素足を隠そうと決断した.彼は,マーケットのカート(手押し車)を彼女に密着させて彼女の後にくっついていった(評価B).一回か二回,彼女は不機嫌な顔でDavidを振り返った.突然,彼女は12個の買い物をしていたにもかかわらず,商品10個以下の‘おいそぎ・ご会計’の列に並んだ(評価A).Davidはさらにあせった.彼は,「彼女は,また規則をやぶろうとしている」と思った.レジの店員が何も言わずに彼女の会計を済ませたので,Davidはほっとした.ちょうどその時,素足の彼女は振り向き,Davidに「どうして私の後についてくるの?あっちへ行ってよ!さもないと警察を呼ぶわよ」とさけんだ(評価A).

このストーリーの場合,ASの人の評価判断は健常者の平均的な判断とは明らかに異なっている.しばしば彼らは,何が社会的に受け入れられるのかを知らず,しばしばルールに関して融通が利かない.10個以下と決まっている‘おいそぎ’レジで12〜13個の買い物をすることのような,通常はだいたいでいいような状況を理解できないのである.

不器用さ
前述したように,ASにおける心の理論説に疑問を感じる原因の一つは,多くの(全てではない)ケースにおいて明らかである運動機能における不器用さを説明できないことである.情報の半球間におけるやり取りの点から,このような特徴は吟味すべきであろうが,その前に,右大脳半球障害は一般的な運動機能障害に結びつくことを考慮すべきである.特に長い時間運動を維持することができないことに起因する運動機能障害は,右大脳半球障害に関連している.例えば,Box1のレイモンドの場合は,片足立ちは数秒しかできない.しかし,このことは高機能自閉症でもみられるので,必ずしもASの診断指標には成り得ない.

大脳半球間情報伝達
Rourkeらの白質仮説では,ASの人は,大脳半球間の同調を必要とするような課題ができないと想定している.これには,大脳半球間の協調が順次的な場合は必ずしも含まれていない.脳梁の異常を示すいくつかの傍証がMRI研究により報告されており,このことは,ASにおける問題が成長初期に顕在化することにも矛盾しない.一方,Lincolnらは,定量的MRI研究により,ASでは前脳梁が健常者より大きいと報告している.

このような解剖学的所見にもかかわらず,実際はASにおいても非言語性学習障害においても,半球間コミュニケーションの効率が減じているかどうかの経験的証拠はほとんどない.Box1に紹介したレイモンドは,それぞれの大脳半球にタキストスコープ(画像を投影し,視覚や記憶などを検査する装置)で別々に提示された部分的な情報を統合する課題はほとんどできなかった.この課題において,二つの同じ顔あるいは二つの異なる顔の画像が,単眼または両眼の片側だけに短時間提示された.レイモンドの反応時間は長く,左半側の視野に提示された(右大脳半球に情報が入る)二つの顔が同じか異なるかを判断するのに特に時間がかかった.彼はまた,一つの顔の情報が片方の半球にインプットされた後,続いて反対の半球にもうひとつの顔の情報がインプットされた場合(比較する前に半球間コミュニケーションを必要とする場合)にその異同を判断する速度も非常に遅かった.

もうひとつの新しい(論文として報告していない)研究では,キメラ顔(異なる顔を部分的に複合したもの)を健常者とASの人に提示してみた.例えば,コンピュータースクリーンの中央に男女の顔の半分づつを合成した画像を短時間提示し,顔の右側と左側が同じか異なるかを判断させた.脳梁リレーモデルによると,このような課題の結論が導き出される前に,右側の顔半分は左半球,左側の顔半分は右半球にインプットされた後,右大脳半球に両方が統合されて認識されなければならない.この課題では,ASの小児はコントロール群に比較して非常に時間がかかり,ASの成人例であるレイモンドとSHも時間がかかり,レイモンドは正答率も低かった.

半球間協調を必要とする運動機能テストでも,レイモンドは非常に成績が悪かった.子供用のEtch-a-Sketchゲームを使って,斜線を書かせるテストは,両手で2つの取っ手を同時に操作して斜線を引かせるもので,脳梁切除や交連切除を受けた患者の場合は,この課題がうまくできない.レイモンドは間違いが多く,36%よけいに時間がかかった.また,彼はビーズの糸とおしテストでも,コントロールに比べ70%よけいに時間がかかった.

今後の研究は,ASにおいては,どういうタイプの情報が半球間コミュニケーションしやすく,どういうタイプがしにくいのかなども解析する必要がある.それによって,脳梁のどの部分に問題があるのかが明らかになるであろう.

結論
アスペルガー症候群(AS)に加え,非言語性学習障害に関する議論を提示した.これらの疾患は大脳皮質における情報コミュニケーション不全としてとらえることができる.しかし,白質仮説には,直接的な組織学的証拠はない.少なくとも,ASの中には,右大脳半球の活動が減じており,脳梁を介した半球間コミュニケーションに異常がある例が存在することは確かである.これらの始まったばかりの知見は,右大脳半球における情報処理不全を示す経験的な証拠と両大脳半球皮質間コミュニケーションの効率の低下という事実に支持されてはいるが,仮説を証明するには至っていない.皮質経路の効率に関する直接的な情報が得られるまでは,白質仮説は単なる仮説的説明のひとつにすぎない.

Rourkeのアプローチが,一般的に自閉症にも適応可能かどうかについても結論はでていない.Wingを初めとして,多くのコメンテイターがASは自閉症関連疾患のスペクトルの端に位置するものと述べている.もしそうであれば,同じ機序で自閉症とASを説明することができ,その差は機能異常の程度だけということになる.遺伝子レベルでの研究は,心の理論仮説と自閉症やASの症候の間の関連を検討することを目標とした場合,このような議論に大きな役割を果たすであろう.心の理論に問題がある場合には,右大脳半球に障害があることが報告されているが,心の理論課題には左正中前頭域の活動が関係しているとするPET研究の結果とは矛盾している.研究を進めるためには,このような矛盾点を解明していかなければならない.自閉症と同じように,ASには,いろいろな病態が含まれており,単一の機序では説明できない可能性も残る.

Outstanding questions
  • アスペルガー症候群(AS)を診断するための基準はどれがよいか?現在使われているもので軽症者が除外されていないか?
  • 疾患(disorder)ではなく,状態(condition)として扱うべきではないか?
  • ASの臨床的多様性は,複数の病態が含まれていることを示しているのか?
  • ASと自閉症とを区別して考えた場合,何か利点があるか?(遺伝素因などに関連して)
  • 心の理論アプローチだけで,ASを理解することができるか?
  • 白質仮説は,ASの全てを説明することができるか?包括性においては十分かもしれないが,特異性は十分か?
  • もし,ASが神経発達障害として位置づけられた場合,療育手段があるか?特に,社会的判断能力は,ASの人に教えることができるのか?


(感想)最後のOutstanding questionsの2番目の「Given that some people with AS function in a reasonably normal fashion should terms like 'disorder' be replaced by a less pejorative one, such as 'condition'?」には全く同感です.この点においては通常の自閉症も同じだと個人的には考えております.示唆に富むすばらしい論文です.



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