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注意欠陥/多動性障害についての総説

Swanson JM, et al. Attention-deficit hyperactivity disorder and hyperkinetic disorder. Lancet 351: 429-433, 1998.
(概訳)

診断
性比(男:女)は,3:1から9:1と報告により異なり,年齢が高いほど女性の比率が増加する傾向がある.現行の主な診断基準としてはDSM-IVのADHD(attention-deficit hyperactivity disorder)とICD-10のHKD(hyperkinetic disorder)の二つがあり,診断を受けた子どもは,加齢と共に多動性/衝動性の徴候を減じるが,注意力障害は通常不変.加齢と共に行為障害や不安障害の合併は増加する.3分の1は大人になっても診断基準を満たしており,20%は大人になると非社会的人格障害を併記されるようになる.

ADHD(DSM-IV)とHKC(ICD-10)の診断基準の違い:

  1. ICD-10の基準では,注意力障害,多動性,衝動性の3領域全てに症候がそろっていることが診断の条件であるが,DSM-IVでは,注意力障害型,多動/衝動型,混合型の3タイプに分類し,例えば注意力障害だけで多動がない場合でも診断される.
  2. ICD-10は,行為障害の合併の有無でサブタイプ化しているが,DSM-IVは基本的には診断名を併記する方式.
  3. ICD-10は,基本的に,不安障害や気分障害(うつ病など)がある場合には,HKCと診断すべきでないとしている(一患者一病名方式).ICD-10では複数診断名方式.
*ICD-10のHKDは,DSM-IVの混合型にだいたい一致する.

診断のための情報は,日常と同じ環境の中(家庭や学校)で観察されることが望ましい.環境が変化すると,症候は一時的に消失してしまうことがある.特に5歳以下の場合は,反抗的行動との区別は困難な場合があるので,この年齢では,診断は慎重に行うべきで,場合によっては仮診断とすべきである.ストレス障害や適応障害の存在が見逃されないよう注意を要する.

疫学
定義の違いによって,報告されている頻度は異なる.DSM-IVで5〜10%,ICD-10で1〜2%.公的機関が把握している罹患率は,概念の変遷により変化し,例えば,アメリカでは3年間でADHD児の数が2倍になったと公表されたが,実際の増加の証拠はない.

治療
ヨーロッパでは,行動療法(behaviour modification),認知療法(cognitive therapy),家族療法(family therapy),指導相談(teacher consultation)などの社会心理学的なアプローチが主流であるが,北アメリカでは薬物投与に依存する傾向がある.

薬物療法:
methylphenidate(リタリン)やamphetamineなどのカテコラミン(主にドーパミン)放出物質による治療が知られている.薬物投与後4時間が薬効のピークで,一日に2回か3回の内服を要する.内服により80%で何らかの効果があり,食欲不振,睡眠障害,チックなどの副作用が報告されている.薬効は短期一過性という指摘があり,効果を維持するために内服量を増量する必要はなく,成人例でも一般に有効である.健常児に投与した場合も,活動性が低下する.一年以上の投与で長期的な効果も報告されている.アメリカのNIMHの治療指針では,最初にmethylphenidateを通常量(5〜20mgを一日2〜3回)使用.無効なら他の薬剤(三環系抗うつ剤,clonidine,carbamazepine,amfebutamone,venlafaxine,risperidoneなど)を試みる場合があり,この場合はより厳密な副作用のチェックを必要とする.

社会心理学的な治療:
行動療法(behaviour modification)の基本は,反応促進(reinforcement:報奨などでより適切な反応を強化する),罰則(punishment),消去(extinction),刺激制御(stimulus control)であり,家庭と学校の両方で試みられている.多動に関しては短期効果しか確認されていないが,反抗的態度や防御反応や攻撃性については約半数の例で大きな効果が期待できる.

薬物療法と社会心理学的治療の併用:
両者の併用により,より長期的効果が期待されている.担当医は,個々のADHD児の問題点と特徴を慎重に吟味し,療育環境や親の考えも考慮に入れ,より現実的な指導法を推薦すべきである.

予後
一般には,同様の行動パターンは終生不変である.小児期に多動がひどければ,成人期の精神科的疾患の合併や反社会的行動が多くなる傾向があり,小児期の対応の重要性が指摘されている.

病態生理
前頭基底核領域の異常が示唆され,ドーパミン神経路の関与が指摘されている.事象関連電位(ERP)や,SPECT検査やPETスキャン検査で,前頭基底核神経ネットワークの異常が報告されており,MRI検査の結果でも,ADHD児では,前頭葉,基底核,脳梁がコントロール群に比べ小さい.50%から90%は,遺伝がその発症に関与していることが言われており,ドーパミン移送蛋白遺伝子やD4受容体遺伝子の多型性が関与していることが予想されている.前頭葉-基底核神経ネットワークの発達に影響する出生前環境因子の関与も想定されている.


(解説)DSM-IV的な診断法では,自閉症児や学習障害児の多くが,少なくとも一時期は,注意欠陥/多動性障害という診断名を併記されることになります.また,アメリカでは,注意欠陥/多動性障害と診断される児童が急増しており,大きな社会問題になっているようです(実際の増加ではなく概念や基準の変遷によるものと本論文は記載しています).診断のための客観的な情報が得難いことに加え,社会的問題の多面性,専門分野によるとらえ方の違い,診断基準のあいまいさ,概念の変遷などが問題をより複雑にしており(文献1),自閉症や学習障害と同様,できるだけ集学的な対応を必要とする状態です.

神戸の小学生殺人事件の犯人(中学生)は,ADHDという診断を以前に受けており,また,精神鑑定の結果は行為障害であった訳ですが,ADHDと診断された時に,早期の集学的な指導を受けてさえいたら,あの様な悲劇を起こさずにすんだかもしれないという予測は,この総論を読んで容易に結論できます.日本では,仮にADHDと診断を受ける機会があっても,その後に続くべき学校や地域での実践的な指導環境は,自閉症の場合がそうであるのと同様,多くの地域で期待できない現状です.本総説の指摘どうり,日本でも欧米と同じ頻度でADHD児が存在するとしますと,5〜10%ですので,多い場合,10人に一人がADHD児ということになります.


(文献)
1. Beach R and Proops R. Management of hyperactive, inattentive children. Lancet 351: 387, 1998.

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