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自閉症と第15染色体長腕(15q11-q13)の関係証明されず

Salmon B. et al. Absence of linkage and linkage diseqilibrium to chromosome 15q11-q13 markers in 139 multiplex families with autism. Am J Med Genet 88: 551-556, 1999.

(概訳)第15染色体長腕にある15q11-q13部位には自閉症に関係する遺伝子が存在することが示唆されている.この部位に顕微鏡的染色体異常がある自閉症者が報告されており,小規模の自閉症複数発症家系調査でこの部位と自閉症との連鎖(linkage)が指摘されている.さらに最近,この部位にあるγ-アミノブチル酸受容体サブユニットの遺伝子候補部位のマーカー(GABRB3-155CA2)を使い,自閉症との連鎖不均衡(linkage disequilibrium)が報告された.我々は,139家系の自閉症複数発症家系の中から自閉症者の147ペアを検体とし,第15染色体のこの部位の8つのマーカー(microsatellite markers)を用い連鎖を検討した.また,我々はGABRB3-155CA2で連鎖不均衡解析も行った.結果は,この遺伝子部位では用いた複数のマーカーにおける過剰なアレル共有(allele sharing)つまり連鎖は証明されなかった.加えて,GABRB3-155CA2部位を含み連鎖不均衡を見出すことはできなかった.従って,多くの自閉症者においては第15染色体のこの部位が果す役割はあったとしてもマイナーなものであることが判明した.

(INTRODUCTION)
双生児研究や家系調査は,自閉症の原因において遺伝素因がはたす役割を強く支持している.一卵性双生児における一致率は二卵性の一致率よりかなり高率で,自閉症者の兄弟として再び自閉症者が生まれる確立は,一般の発生率の50〜100倍であると言われている.遺伝形式ははっきりしておらず,多遺伝子の関与が考えられている.関与するそれぞれの遺伝子の影響も絶対的なものではなく,遺伝素因間の相互作用も想定されておりさらに遺伝的メカニズムをわかりにくいものにしている.第15染色体の15q11-q13部位の顕微鏡的遺伝子異常と自閉症との関連が(一部の症例で)示唆されており,この部位に自閉症に関係する遺伝子が存在する可能性がある.さらに,この部位の変化によって発症するPrader-Willi症候群とAngelman症候群の患者における自閉症症候が報告されている.Prader-Willi症候群は父親の15q11-q13が遺伝しなかった場合(父親からの第15染色体のこの部分の欠損や二つの第15染色体がどちらとも母親からの場合など)であり,Angelman症候群は逆に母親の15q11-q13が欠損したりしている場合である(注:この論文の記載はまちがっておりましたので訂正してあります).自閉症で最もよく見られる顕微鏡的遺伝子異常は15q11-q13部位を含む重複異常(duplication)であり,Cookらは2人の自閉症児がいる一家系で,母親由来の第15染色体長腕の重複異常と自閉症との相関を報告し,他の自閉症者においても顕微鏡的遺伝子検査で検出できない小さな遺伝子異常がこの部位にある可能性を示唆した.最近,いくつかの連鎖研究が自閉症と15q11-q13の関係を調べている.Cookらはこの部位におけるマーカーにより連鎖不均衡マッピングを行い,γ-アミノブチル酸受容体サブユニットの遺伝子候補部位のマーカー(GABRB3-155CA2)によりGABRB-3領域で連鎖不均衡の証拠を発見した.しかし,マーカーD15S97では連鎖不均衡は検出されなかった.父親由来か母親由来かでの違い(インプリンティング効果)は見られなかった.この報告の140家系のほとんどは家系内に自閉症者が一人だけあった.一方,Pericak-Vanceらは,自閉症複数発症家系37家系を検討し(兄弟ペア解析)GABRB3領域から5cM離れているマーカー(D15S156)でロッドスコアのピーク2.5,GABRB3においてはロッドスコア1.4と報告している.全ての遺伝子の連鎖スキャン研究では,第7染色体上にロッドスコア2.5の部分が検出されており,第15染色体上には有意な連鎖はないが,この研究では第15染色体上のマーカーはD15S128のみで検討している.我々は,第15染色体長腕の近位領域における8つのマーカーを使い,自閉症との連鎖を兄弟ペア解析で検討した.139家系から147ペアを検体とし,蛍光ラベルしたmicrosatelliteマーカーで遺伝子型を決定した.自閉症児は全員ADI(Autism Diagnostic Interview)の3症候を満たしており,また3歳以前に発症している.この研究は全遺伝子を対象としたより大規模な研究の部分的な報告であり,全体の結果は別の報告で行う.この我々の研究結果では,第15染色体長腕,特に15q11-q13領域は自閉症との連鎖が証明されなかった.さらに,GABRB3のmicrosatelliteマーカーであるGABRB3CAやGABRB3-155CA2でも連鎖不均衡は認められなかった.

(方法)
対象家系と診断基準:兄弟の中に少なくとも2人以上の自閉症者(自閉症あるいはpervasive developmental disorder-not otherwise specified: PDD-NOS)がいる家族の中から以下の方法で対象家系を選別した.全ての児はAutism Diagnostic Interview(ADI)およびAutism Diagnosis Observation Schedule(ADOS)で評価され診断された.ADIはICD-10やDSM-IVに基づく親への問診式評価法で,ADOSは児の行動観察評価である.ADIおよびADOSはビデオテープに録画され 別の検査者によって再チェックされた.対象自閉症児は各評価法における自閉症の3臨床側面(社会性・コミュニケーション・こだわり)の基準を全て満たし発症年齢が3歳未満である.ADOS評価時のビデオテープで明らかな社会性の問題点やコミュニケーションの問題が2人以上の観察者によって観察されなかった場合は対象自閉症児から除外された.また,最終的には2人とも自閉症の基準を満たした家系のみを対象とし,PDD-NOSの場合を含む33家系は除外された.自閉症兄弟が全員IQ30以下の場合(7家系)と,合併疾患のある場合(6家系)も除外された.IQや精神年齢は,可能な場合は,非言語性IQをウェクスラー知能テストのサブテストやスタンフォード・ビネー知能テスト(第4版),Leiter国際到達度スケール,またはMerrill-Palmerスケールなどで評価した.これらの検査データがなく,スタンフォード・ビネー知能テストの第3版やSlossen知能スケールまたはMcCarthyスケールの結果を使用したケースもある.検査を受けていない児においては,精神年齢とIQはいろいろな成長評価法(例えば,Vineland Adaptive Behavior Scaleの日常生活スケールやBayley精神スケール,成長調査表Uなど)の非言語性スケールから算定した.

遺伝子型解析:自閉症児および可能な場合は親と兄弟の採血を行い,培養前または培養した末梢血リンパ球からゲノムDNAを抽出した.遺伝子型解析は,2つの研究施設で独立して行われた.3種類の蛍光色素を使ったプライマーラベル法でPCRを行い,Applied Biosystems(373 or 377)Genetic Analyzerで検出し,Applied Biosystems GenescanおよびGenotyperソフトウェアで解析した.PCR条件は施設間で若干異なっている.第15染色体上の15q11-q13部位の約25cMを網羅する8つのマーカー(D15S128, GABRB3CA, GABRB3-155CA2, D15S822, D15S156, D15S165, D15S1232, ACTC)を検査.

統計的分析:自閉症の兄弟重複例(二人とも自閉症)の場合,連鎖するアレルは共有されることに基づく複数ポイント兄弟ペア連鎖解析を行った.それぞれの遺伝子部位で帰無仮説はアレルの共有確立が50%であるとし,ロッドスコアは兄弟ペア(sib-pair)毎に計算された.総合ロッドスコアは全ての兄弟ペアの合計であり,−2以下であれば連鎖がないことを示唆し,3以上であれば連鎖があることが示唆される.6家系において自閉症兄弟が3人以上であり,この場合はn(自閉症兄弟数)−1ペアを無作為に設定し,全体で147の自閉症兄弟ペア(二人とも自閉症)を対象とした.伝播不均衡テスト(transmission disequilibrium test:TDT)を用い,使用したマーカーにおける連鎖不均衡を評価した.この場合はMonteCarloリサンプリング法により,2×n表におけるカイ二乗統計と,それぞれのアレル間の最大カイ二乗値を計算する2方法を採用した.全ての統計的解析はスダンフォード大学のASPEXにより行われた.

(結果)
対象家系:139家系から147の兄弟ペア(二人とも自閉症)を検討.それぞれの家系には二人以上の診断基準を満たす自閉症兄弟が含まれており,4家系が3人,2家系が4人の自閉症兄弟を含んでいた.対象家系の自閉症児の性比は3.4:1で,対象家系健常者では0.8:1であった.115家系においては,両親からのDNAも採取され,残りの24家系では片親のDNAを入手することができた.片親のDNAだけの家系では,可能な場合は健常兄弟も採血し(8家系)採血できなかった方の親からの遺伝子型を決定した.ADI施行時には,対象自閉症者の年齢は2.8〜40.9歳(平均8.7歳).精神年齢およびIQは知能テストと学校での記録を基に算出.非言語性IQは平均64(15〜160).170人(59%)はIQが70未満.平均精神年齢は61ヶ月(13〜373ヶ月).自閉症兄弟が全員IQ30以下の家系は最初で除外してある.4家系において,一人の自閉症児の精神年齢が18ヶ月以下であった.家系の約90%が混合ヨーロッパ系の白人家系であった.残りの10%はアフリカ人・アフリカ系アメリカ人の混合やアジア系およびラテンアメリカ系(ヒスパニック)であった.

多ポイント兄弟ペア分析:自閉症兄弟(二人とも自閉症)における各マーカーでのアレルの共有については,連鎖のない場合の50%から有意に増加しているものは一つもなかった.8つのマーカーのうち6つが50%かそれ以下で,残りの2つは50%を少し上回っているだけであった.多ポイント分析に基づく共有の計算値でもほぼ50%で,多ポイントロッドスコアもまた検討した全ての領域でマイナス値であった.Cookらは母親由来の15q11-13の重複異常が自閉症と関連していることを報告しており,インプリンティング現象が示唆されているので,各マーカーの共有率を父親由来のものと母親由来のものに分類して検討した.結果は,統計的有意差はないものの,逆にいくぶん父親由来の場合の共有率の方が大きかった.

連鎖不均衡:TDTにより連鎖不均衡を検討した.GABRB3遺伝子に近接するGABRB3CAおよび,GABRB3遺伝子内にあるとされ以前自閉症において連鎖不均衡が報告されているGABRBR3-155CA2を含む8つのマーカー全てを検討し,2つの方法により有意なアレル伝播のかたよりは証明されなかった.GABRBR3-155CA2の各アレル頻度分布はCookの報告に非常に似ているが,Cookが有意に多く自閉症者へ伝播しているとした103アレルは我々の結果では108アレルに相当し有意差はなかった.

(議論)
139家系の複数自閉症発症家系においては,多ポイント兄弟ペア解析により第15染色体上の15q11-q13部位の自閉症と関連する遺伝子の存在は証明することができなかった.ロッドスコアの結果では,この領域には少なくとも中等度以上の効果を持つ関連遺伝子は存在しないことになる.我々の結果はPericak-VanceらやCookらの報告と逆の結果であった.Pericak-Vanceらは,38ペアの兄弟自閉症例と9例のいとこ自閉症例において15q11-q13が自閉症に連鎖することを示唆する証拠を報告した.彼らのデータでは,D15S156マーカーにおける最大ロッドスコアは2.5で,有意と判断される3.0よりは低い.我々のデータでは,このマーカーの共有率は53.7%で,このマーカーでの多ポイント共有率でも50.3%であり,連鎖のない場合の値(50%)に近かった.国際自閉症協会が報告したデータでも,39の複数自閉症発症家系において第15染色体長腕に自閉症に関連する部位は同定されず,我々の結果と同じであった.Cookらは複数アレル伝播不均衡テストにより自閉症とγ-アミノブチル酸A受容体サブユニット遺伝子のマーカー(GABRB3-155CA2)との間に連鎖不均衡が報告された.我々はこの領域の二つのマーカー(GABRB3CAとGABRB3-155CA2)を用い,連鎖の証拠は検出されなかった.自閉症のような複雑な精神科的疾患において,関連する遺伝子をつきとめることは非常に困難であり,それぞれの研究結果が異なることも多い.分離解析(segrigation analysis)や双生児研究の結果は,自閉症の関連遺伝子が複数であることを強く示唆している.大きな影響を及ぼす遺伝子が無い場合も考えられ,自閉症に関する遺伝子の研究の結果が異なっていることは,関連遺伝子が存在しないことによる統計結果の変動の可能性に加え,遺伝子との連鎖はあるもののその影響が弱かったり,一部の自閉症者に限られた連鎖であることによる統計結果の変動の可能性も考えなければならない.もし,影響の弱い連鎖である場合には,説得力のある連鎖の証拠を得るためには非常に数多くの症例を検討しなければならない.また,一部の症例に限られた連鎖である場合には,第15染色体長腕関連自閉症を臨床的な側面などから分離抽出し,均一な対象グループを得ることによってその連鎖の証拠を得ることができるかもしれない.15q11-q13に関する我々の強力なネガティブ結果にもかかわらず,この遺伝子領域を検討することの意義がなくなったわけではないが,我々の結果はこの領域に自閉症発症に強く影響する遺伝子は多くの兄弟ペア症例では存在しないことを示している.


(解説)Cookらの論文(文献1)も以前紹介しましたが,この報告では関係ないという結果でした.このような報告間の結果のばらつき自体が,自閉症の遺伝素因が性格などと同じQTLであることの傍証になると考えます.


(文献)
1. Cook E.H.Jr et al. Linkage-disequilibrium mapping of autistic disorder, with 15q11-13 markers. Am J Hum Genet 62:1077-1083, 1998.

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