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DSM-IVでPDDが第1軸(axis I)に変更
されたことの意味


1996年11月、伊地知信二/奈緒美

アメリカ精神医学会の診断指針であるDiagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders (DSM)は、1994年に前の版であるDSM-III-RからDSM-IVに改訂されました。この改訂の中で、自閉症が含まれるParvasive developmental disorder(PDD)は、多軸分類の中の第2軸(axis II)から第1軸(axis I)に変更されています。この変更の意味を考えてみようと思います。

(多軸分類について)
多軸分類方式は、複数診断方式(複数の診断名を併記するやり方)と共に、DSMの特徴です。DSM-IVのそれぞれの軸は、以下のような内容になっています。
第1軸(axis I)臨床疾患とVコード(臨床的関与の対象となるその他の状態)
第2軸(axis II)人格障害と精神遅滞とV62.89(下記)
第3軸(axis III)一般身体疾患
第4軸(axis IV)心理社会的および環境的問題
第5軸(axis V)機能の全体的評定
五つの軸すべてを記載することで、患者を包括的に把握し、患者の環境や背景から多大な影響を受ける精神疾患に関する記録を充実させようというねらいから、このような記載方式を取っているようです。

(DSM-III-Rで第2軸にコードされていたもの)
DSM-IVでの軸
発達障害精神遅滞第2軸のまま
PDD(自閉症を含む)第1軸へ
特異的発達障害(学習障害を含む)第1軸へ
人格障害第2軸のまま
VコードV62.89:境界知能(IQが71〜84)第2軸のまま
従って、DSM-III-RからDSM-IVへの改訂で、第2軸から第1軸へ変更されたのは、自閉症の他、学習障害、運動能力障害、コミュニケーション障害などです(一部は診断名も変わっています)。

(第1軸と第2軸の区別)
五つの軸のうち、第1と第2軸は、DSM-III-RでもDSM-IVでも共に精神疾患であり、その区別については、以下のような説明がみられます。
DSM第1軸と第2軸の区別
III-R第2軸に挙げられている障害は、(発達障害と人格障害で)通常は発症後の寛解や増悪がなく、大人になっても持続する障害であり、第1軸に含まれる障害は、例外はあるものの、原則的には寛解や増悪を伴う。
III-R成人の診断の場合は、しばしば第1軸に含まれる疾患に注意が奪われ、その結果人格障害の存在を軽視しがちである。小児の診断の場合は、発達と関連する障害は、小児に特徴的な状態であるので強調されるべきである。
IV第1軸の病態は第2軸に比べ、より切迫した(pressing)病態であり、患者を把握するにあたり、軽視してしまいがちな状態を第2軸に記載する。
IV異なる軸(第2軸)に記載するからといって、特別な病因をもっているとか、異なる臨床的関与(治療)をしなければならないということではない。
つまり、III-RからIVへの変更に伴い、第2軸の解釈は、「不変性/持続性の状態」から、「病因や治療に関しては第1軸と異なるものではない」というふうに変化しているにもかかわらず、「第1軸に比べ、より切迫(pressing)していない病態」ということになり、定義上の矛盾がみられます(病因・治療については同じだが、より切迫していない?)。

自閉症が移動した第1軸は、“より切迫した病態が入る分類であるが、病因・治療に関する重要性が第2軸に比べ切迫しているという訳ではない”ということになり、第1軸の病態で切迫している内容がはっきりしません。

(自閉症の軸変更に対する評価)
自閉症に関する活発なインターネットリソースのひとつであるCenter for the Study of Autismが提供している論文(Autism-Related Disorders in DSM-IV)の中に、軸変更に関する記載が見られます。和訳しますと、「この変更は、自閉症の症候が変動したり、医学的介入により良くなり得るものなのだということが認識されたことを意味しているのかもしれない。」という内容です。しかし、第1軸の説明は「第2軸よりも切迫した病態」という記載に変わってしまいましたので、説明どおりに考えると、自閉症は、より切迫した病態として認識されたことになり、概ね逆のニュアンスも予想されます。

DSM-III-Rで第2軸にあった疾患が、DSM-IVで第1軸に移って、どういう影響が出たか、客観的に考えてみましょう。まず、同じ精神疾患を二つの軸でとらえる利点には、ひとつの軸内で検討すべき病態が減って、整理しやすいということもあります。ほとんどの疾患が第1軸に移行してしまいましたので、少なくとも第1軸では、併記する診断の数が増えてしまった訳です。この意味ではこの変更では、第1軸がより混雑してしまい、精神疾患を二つの軸に分けた意義が弱められたという解釈もでてきます(文献1)。逆に、記載すべき病態の減った第2軸の方は、特に小児精神科領域では、もともとあった精神遅滞を記載する以外は、第2軸を使わなくなってしまいました。従って、このことから、小児期や青年期における人格障害(第2軸のまま)への注目が喚起されるであろうと期待する専門家もいます(文献1)。区別が曖昧なまま、二つの軸に分けるのであれば、議論の残っている(判定者によって病名が変わる)疾患概念が、一つの軸内におさまるような配慮さえできれば、第1軸と第2軸の診断名の数は、同じ程度の方であっても良いはずです。それよりも、仮に第2軸が一つの病名だけであっても(例えば、第2軸を人格障害だけにして、第3軸を精神遅滞にし、全体の軸数を六つに増やす)、区別がはっきりしている方が、混乱がないように思えます。

(結論)
自閉症の軸が変更された根拠や意味は、今回調べた資料(文献1〜4)からは、はっきりしませんでした。自閉症といっしょに第1軸へ移動した他の病態(学習障害、運動能力障害、コミュニケーション障害など)に対する考え方の変遷も、この変更の一因になっているかもしれません。もうひとつ言えるとすれば、DSM-III-Rで、第2軸を変化に乏しい持続性の病態としたことに対する批判があったであろうことは予想されます。この問題については、今後も調べて行きたいと思います。


(文献)
1. DSM-IV training guide for diagnosis of childhood disorders, Chapter 2: Definition of disorder, Brunner/Mazel, 1996, pp7-15.
2. DSM-IV made easy: the clinician's guide to diagnosis. by Morrison J, Guilford, 1995.
3. DSM-III-R: 精神障害の分類と診断の手引(第2版)、訳 高橋三郎ら、医学書院
4. DSM-IV: 精神疾患の分類と診断の手引、訳 高橋三郎ら、医学書院


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