他の誰かになりたかった

多重人格から目覚めた自閉の少女の手記


藤家寛子 花風社

ISBN4−907725−62−0


文責: 伊地知奈緒美

表紙の色彩、タイトルは、衝撃的で暗い感じがして、自閉症圏であることを否定的に捉えているのかと心配になったが、帯の『この世界に、違和感がありすぎて、私は私でいられなかった。「もう一人の私」と話し合って、私は再び「本物の私」になった。そして知った。違和感の原因は、私が「アスペルガー症候群」だったからなのだと。』という文章が、これまでの苦悩とこれからの希望を感じさせてくれた。

もちろん中を読むと、彼女が言葉遊びやユーモアのセンスにあふれ、豊かな想像力と創造力の持ち主であることがわかり、また、そういったことや、鮮明な記憶力などを「アスペルガー症候群からの贈り物」として彼女が感謝していることがわかる。

出だしがまた印象的である。彼女の小学二年生のときの衝撃で始まるのだが、『夕暮れに明かりの点いた民家...私は見てしまったのです。中に人がいるのを。中に人がいるという現実は、私の世界を大きくゆすぶりました。物事には「内側」がある。...「驚愕の極地」』

心の理論(他の人の心の存在に気づく)も、この気づきに含まれると考えられるし、自閉症者はその気づきが一般より遅れる。でも、気づくんだよ。と教えてくれる。

『この世界で生き残っていくためには、私はこのままの「私」でいるわけには行かないのですから.』幼い頃から小公女セーラなどお手本になる人になりきって切り抜けてきた彼女の中に、小学4年生で、完全にもう一人の人格ができていた。そして、『もう一人の私「彼女」が、私を守ってくれた。』『私は自分を守るために解離したんだと思う。そうならなければ生きてこられなかったことに、自閉的な特徴を持って生まれたことが関わっていたと思うわ。』また、自閉症者は自分を守るため豊かな想像力と創造力で空想の世界(自分の世界)に逃げるので、解離性障害?もその一つと考えられる。しかし、いじめや周囲の過度の期待(超素直に受け止めてしまう特性はあるが)など彼女を追い込むものがなければ解離する必要はなかったのだ。

また、第2章のアスペルガーとして生きていく では、はじめに親戚に「変人」がいっぱいいることが紹介されていて、普通にキャラクターの遺伝であるというEGTの考え方と一致する。また自閉症者の「認知スタイル」(彼女はこの表現はとっていませんが)が直接的にまとめられいるので、わかりやすいし、パニックやフラッシュバックになったときなどの自己回復手段シート作成など、とても参考になる。

彼女は、親の愛情には気づかずにきたが、祖父の愛情はしっかりとわかり、受け止めている。そして、祖父が彼女の良心(良き助言者)となっていることがわかる。いつも穏やかな雰囲気の中、彼女の頭を撫でて「お前はいい子だね」と愛情を表し、「自分がされて嫌だと思うことは、人にもしてはダメだよ」「動物にも心があるのだから、優しく扱ってあげなさい」などなど言葉で大切なことを教えてくれた。とても幼少時に亡くなられたようだが、自閉症であるおかげで彼女の記憶はどんな小さなときのことでも鮮明であり、今でもおじいさんとの記憶に救われるのだ。それが彼女のいう「アスペルガーからの贈り物」の中の一番の宝物なのだ。

最後に、この本を読んで得た、良き助言者像をまとめたい。

良き助言者とは

・穏やかで温かい家庭、環境を作る

・大切なことを穏やかに教えること

・愛情をいっぱい注ぎ、ちゃんと言葉や態度で表すこと

・「頑張り過ぎちゃダメよ」と言うこと

・美しいパーソナリティの持ち主(自閉症者)と過ごす幸福を感じること

   自閉症者: 素直、裏がない、嫉妬心がない、他人にどう思われるか気にしない  ... 一緒にいて心地よい美徳の持ち主

・周囲に良き助言者を増やす