アルコール依存症

1 はじめに

 アルコール依存症の概念について一般社会においては多くの誤ったイメージがまかり通っている。
大量飲酒や常習飲酒者がアルコール依存者であると思い込まれがちである。
 
 アルコール依存症は飲酒量や飲酒の仕方によって決定づけられるものではない。
飲酒の仕方は常習飲酒,周期飲酒,機会飲酒に分けられるが,一般には常習飲酒者のみが本症患者であるかのような誤った概念がある。
 
 確かに常習飲酒者が圧倒的に多いことは事実であるが,周期飲酒者の中にも本症患者の1/3〜1/4の人々が含まれている。
渇酒症と呼ばれる患者の多くはこのタイプである。
さらに病的酩酊と呼ばれるものは極めて稀にしか飲酒しない機会飲酒であるが,ひとたび飲酒すると突然に意識障害が現われて,急激な興奮,攻撃的態度となり,周囲の状況の認識を欠く状態となり完全健忘を認めることが多い。
このような人々も断酒をしなければ社会生活をスムースにおくることはできないし,医療の対象となる。
 
 また,飲酒量によってアルコール依存症を簡単に診断することはできない。
アルコールに対する受容量は個体差が大きく,体質的(先天的)に大量の飲酒が可能で,身体的にも精神的にも社会的にも何ら障害を示さない人々もある。
しかしながら多くの人の場合には飲酒量が増加し,飲酒回数が増すにしたがってアルコール耐性が形成されて,さらに飲酒量が増加する危険性をはらんでいる。
 
 最後にアルコール依存症とは,生活破綻者や浮浪者のような人々のみを指しているのでは決してない。
日常生活に問題もなく,社会的にも立派に活躍している人々の中に,驚くほど多くのアルコール依存者がひそんでいることを前置きしておきたい。

2 中毒について

 薬理学の立場からは中毒とは,毒物または薬物を生体の受容能力を越えて過大量摂取されておこる全身障害とされている。
中毒は急性中毒と慢性中毒に区別され,その障害の現われ方や症状も当然のことながらちがっている。
 
 中毒には自分で求めた結果としておこるものと,全く本人の意志に反して予期せずおこるものとがある。
前者は自殺を企てる場合に多く,ガスや大量の睡眠剤,農薬,殺虫剤や毒物が用いられて急性中毒をおこして死亡または未遂となる。
特殊な事情のもとではフグ中毒がある。
自分で求めながら予期せずおこる場合である。
アルコール依存も自分で求めながら,まさか自分が依存症になるとは予想していない点ではフグ中毒に似ているように思われる。
麻薬や覚醒剤はその薬物の薬理作用の面で依存が形成されやすい点から法的にもその使用を禁止されていながら,自分でそれを求める人々がある。
麻薬と同じような快感を求めてシンナーやポンドなどの乱用が知られているが,医薬品(特に鎮痛剤)の中でも乱用されているものがある。
 
 自分で求めずして予期せず中毒をおこしてしまうものに産業中毒と呼ばれているものがある。
化学工場などにおける有機ガス中毒や重金属中毒もあれば,塗料に含まれる揮発性ガスなどによる職業病もある。
炭坑爆発などによる一酸化炭素中毒などのように突然の事故による場合もある。
特殊な例としては水俣病(水銀中毒)のように一般市民が産業中毒の被害者になることもある。
医療の場における医原性中毒は薬剤の投与量や服薬の誤りによっておこる危検性もある。

3 アルコール依存症の概念

 一般にアルコール依存症と呼ばれているものは急性中毒症を含まない。
周期的または持続的にアルコールを摂取することによっておこる慢性中毒が問題になる。
ところが「アルコール依存症」という用語の概念は極めて曖昧で,専門家のあいだでも明確な定義がなされていない。
それぞれの立場によって本症の概念にずれや拡大が生して統一が困難である。
「アルコール依存症」は最も古くから普及した一般的名称であるが,その形成過程を重視する立場からは「アルコール嗜癖」または「依存」が好まれて用いられている。
さらに英語のアルコホリズムAlcoholismの訳語としては「アルコール依存症」が近年,特に精神科臨床において用いられ,一般化しつつあるといえよう。
 
 WHOにおいては,本症を薬物依存のひとつとしてとらえ,特に「依存」という概念を重視している。
1968年WHO薬物依存専門委員会では「薬物依存とは,生体と薬物との相互反応から生ずる精神状態および身体状態であって,行動上その他の反応がつねに強迫的であるという特徴をもっている。
この強迫とは薬物の精神効果を経験したいことや,ときには薬物がないと生ずる不快を避けたいために持続的か周期的に薬物を使用することである」としている。
すなわち,強迫的飲酒とは個人の自由意志によって選ばれ楽しまれる飲酒ではなく,いやおうなしに周期的または持続的に飲まなければならない渇望状態に陥ったことを意味している。
 
 そして,飲酒をやめると,精神的,身体的に何らかの不快な異常(障害)を生じるような状態をアルコール依存症の概念としてとらえることができる。

4 アルコール依存の形成

 はじめての飲酒(初期体験)によって、アルコールの作用はさまざまであり,好ましい味覚と快感が得られた場合(報酬効果),嫌悪すべきものとしての効果であった場合(罰効果),そのどららでもなかった場合い(中性効果)とに区分される。
報酬効果の得られた人にとっては当然の結果として繰り返し反復飲酒の欲求がおこってくる。
 
 報酬効果には2種類があり,アルコールの中枢神経抑制による陶酔作用との積極的快感と,アルコールが作用した結果生ずる現在の身体的,精神的苦痛の軽減または消失による快適状態としての受身的快感とがある。
一般に前者は明るい陽気な酒飲みであるが後者は現在の苦痛や苦悩が解消されない限り,連続的,反復飲酒になりやすい危険性をはらんでいるといえる。
そこで,連続的な飲酒がひきおこすであろう種々の障害を認め予測しながら飲酒欲求を抑制し,反復飲酒を自制する能力が問題となる。
 
 報酬効果の得られた人にとって,積極的快感であったか,受身的快感であったかはその後の経過と直接的な因果関係はない。
むしろ飲酒者の遺伝的素質,性格,生育環境,現在環境,精神状態,とりわけ自我の確立や自制心(自己統制力)が飲酒欲求を抑制できるが否かにかかっている。
 
 1970年WHOの専門委員会では依存形成の本質を理解するのに重要不可欠な問題として次の3つをあげている。
 1)薬物自体の依存性,耐性         (薬理学的要因)
 2)依存者の心理特性,パーソナリティ要因(人間的要因)
 3)社会環境要因                (環境要因)
 
 すなわち,1)においては,アルコールのもつ薬理作用としての依存性(習慣性)によって反復欲求を生ずること,さらに連続的飲酒によってアルコールの効果は低下し,身体的耐性が生じて飲酒量が増加してくることがひとつの要因であるとするものである。
2),3)は先に述べた飲酒者の人間的,環境的要因の重大さを指摘している。
 
 アルコールの身体的耐性は遺伝的体質として全く飲酒できないアルコール不堪症と呼ばれるものもあれば,最初から大量飲酒のできるものもあり,これらを生得性(先天性)耐性という。
しかしながら本症において問題になる耐性とは,連続的,周期的飲酒によっておこる獲得性(後天性)耐性を指している。
耐性は飲酒者の全てに生ずるアルコールの薬理作用であるが,ここにおいて人間的,環境的要因の差によって飲酒量増加の傾向と飲酒欲求に対する抑制(自制)が依存形成へのわかれ道となる。
自制が減退したり失われた場合には,すみやかにアルコール依存が形成される結果となるのである。
 
 アルコール依存は精神的依存と身体的依存に区別される。
すでに反復飲酒欲求や自制の減退は精神的依存のはじまりである。
その点では身体的依存よりも早く精神的依存が形成されると考えられている。
精神的依存は,個人の自由意志によらない強迫的飲酒やアルコ―ルヘの渇望状態であり,飲酒を中断すると精神的に不快なイライラ感や欲求不満,不眠などの障害を認める状態である。
身体的依存は耐性の結果として形成されてくるもので,飲酒量を減少したり,断酒することによっておこってくる刺激性の亢進や運動亢進(じっとしておれない),幻覚,妄想,手指および全身的振戦(ふるえ)けいれんなど振戦せん妄状態と呼ばれるような身体障害(離脱症状,禁断症状)を認める。
アルコールが体内に減少したり,存在しなくなると,身体の正常な機能が営めない状態である。

 
5 耐性強化と悪循環

 アルコール依存が形成されると,もはや自力では抑制し難い飲酒欲求と強迫的飲酒がくり返されることになる。
飲酒量を減少したり,断酒することの努力は精神的,身体的に耐え難い苦痛をひき起す結果となる。
そのために,さらに飲酒量の増加をまねくことになり,大量のアルコールに依存せねばならない状態に陥る。
このようにしてアルコール耐性は日増しに強化され,従来の飲酒量や飲酒回数ではほとんど満足感を味わうことはできなくなり苦痛と不快,欲求不満はさらに耐えられないものとなる。
 
 ここに飲酒欲求の高まりによる飲酒量の増加と,その結果生じてくる耐性強化による苦痛と欲求不満の悪循環がくり返されることになる。
 
 身体的,精神的に衰弱し,自ら自己の崩壊を知りつつも,その危険をのがれるためにはさらに飲酒量を増加しなければならないアルコール依存の悪循環は終着点を見出すことのできない世界へ落ち込んでゆくのである。
この段階では飲酒は頻回の反復乱用の状態となり,自制不能であり,耐性強化と身体的依存の強固な壁を打ちやぶることはほとんど不可能で,悪循環のサイクルは完成してしまうのである。
このような状況の中でアルコールを入手することのみに全ての精神エネルギーが消耗される時,精神的依存の二次形成と呼ばれている。

6 アルコールの代謝と薬理作用

 アルコールは胃,腸からそのままのかたちですみやかに吸収され血中に入り,肝臓のアルコール脱水素酵素によって分解され,アセトアルデヒドとなる。
さらにアセトアルデヒド脱水素酵素によってアセテートとなり最終的には炭酸ガスと水に分解される。
 
 アルコールの中間代謝産物であるアセトアルデヒドは著明な交感神経様作用を示す物質で,カテコールアミン分泌(遊離)効果をもつとされている。
過量の飲酒により,アルコールの代謝が不充分になってくると,生体内にアセトアルデヒドが過剰に産成蓄積される結果となる。
この状態は生体にとって交感神経緊張状態(心身のストレス状態)となり,カテコールアミンの血中増加は精神的緊張や不安,抑うつ状態をひきおこすことになる。
二日酔,悪酔いの原因もこのアセトアルデヒドが原因とされており,生体にとっては―種の毒素的な作用を示している。
アルコールの身体,精神に及ぼす影響については,いまなお充分に解明されたとは言えないが,この方面の研究は急速に発展しつつあるといえよう。

7 アルコール依存症の症状

 連続的で頻回の反復するアルコール乱用は必然的に身体的,精神的,社会的な問題(障害)を生ずる結果となる。
これは,もはやアルコール依存症の症状というよりも,その結果生じてくる合併症と改めた方が妥当なようにも思われるが,本症の診断の大きな手がかりでもあり,治療対象として見落してはならない点でもある。
本症の延長線上に待ちかまえる重篤な障害(症状)が数多くあり,生命の危険と廃人への―路をたどることになる。
 
 アルコール依存症の症状は下表のように身体均症状,精神的症状,社会的症状の三大症状に大別される。
身体的症状 消化器系症状 慢性胃炎,胃潰瘍(腹痛,食欲不振,吐気,嘔吐,吐血)
大腸障害(下痢)
アルコール性肝炎すなわち脂肪肝(肝肥大,右上腹部痛,全身倦怠感)
肝硬変症(黄疸,腹水)
膵臓炎,騨石(腹痛)
糖尿病
循環器系(心臓,血管系)症状 血管拡張(酒焼け,赤ら顔くも状血管腫)
動脈硬化症,高血圧症,循環障害
アルコール性心筋症(心肥大,不整脈、瀕脈)
アルコール性脚気心
脂肪心
神経系症状 神経機能低下
脳神経症状(頭痛,めまい,耳嗚)
小脳変性
振戦(手指,全身)
言語障害
多発性神経炎(神経痛)
アルコール性弱視(視神経萎縮)
眼筋麻痺
腱反射減退,消失
インポテンツ
筋肉系症状 筋脱力
筋炎,筋肉痛
筋強直 けいれん
その他の症状 低蛋白血症
貧血
電解質異常(低カリウム,低マグネシウム)
尿酸増加
感染症発生増加
ペラグラ
精神的症状 精神不安定状態 情動的敏感,焦噪感(イライラ感)衝動性,気分易変,憤怒(おこりっぽさ)抑うつ気分,不眠
人格レベル低下 倫理道徳感減退,自己中心的,虚言,無責任,無関心,無頓着,感情爆発性,感情失禁,意欲低下,注意力低下,記憶障害,思考力低下,作業能率低下
アルコール精神病 1.振戦せん妄
 急性に発症する意識混濁,幻視(小動物の群など),幻触(蟻走感など)見当識障害,精神不安,興奮,不眠,全身的振戦,自律神経症状,発熱などを認め,症状は数日間持続する。飲酒量を減量したり断酒した場合の離脱症状(禁断症状)として発症することが多い。
2.アルコール幻覚症
 身体症状はほとんどなく,意識清明,見当識は保たれ,幻聴が主である。(侮辱,おどしなどの声)。自傷,自殺などもおこりやすい。症状は数日から数週間持続する。
3,アルコール パラノイア(妄想型)
 妻に対する嫉妬妄想が最も多い。被害妄想,追跡妄想などもある。
4.アルコールてんかん 
 脳波上特異的所見はないが,真性てんかんと同じような症状経過を示し,壮年期以後にみられる。離脱症状として発作がおこることが多い。
5,コルサコフ病
 振戦せん妄に続発する脳の器質的症状で最も著明なものは健忘症候群である。記憶障害も著しく,失見当識,作話などがみられる。身体症状として多発性神経炎,感覚異常,筋肉痛などがおこり,断酒によって数カ月ないし数年で症状の―部は軽快する。
6.ウェルニッケ脳炎(出血性上部灰白質炎)
 最も重症のアルコール精神病で,急性のせん妾,健忘症状,傾眠,昏睡に移行して,10日ないし2週間で死亡する例が多い。
7.アルコール痴呆
 大脳の器質的変性が進行し精神衰弱状態,記憶障害,判断力低下,知能低下が徐々に現われる。
8.他精神病との合併症
 精神分裂症や噪うつ病に合併することが多い。
社会的症状 家庭において 暴言,暴力,夫婦不和,親子断絶,孤立,家出,別居,離婚
職場において 飲酒して出勤,怠業,欠勤,仕事上の失敗,信用喪失,人間関係のトラプル,無責任,失業,経済的破綻など
地域社会において 他人への暴言,暴力,迷惑をかえりみない行為,友人,知人,近所隣の人々に酒を要求,借金,他人の財産や公共の器物,施設破壊,場所を選ぱず眠り込む,火気などの不仕末など警察保護,救急車の出動など
犯罪として 無銭飲食,窃盗,恐喝,傷害,殺人など。
自殺または自殺未遂 幻覚,妄想に基づくものや,生活能力の低下,自信喪失などによる。

8 予防

 アルコール依存症の進行過程において,反復する飲酒欲求による周期的,持続的な飲酒によって,アルコール耐性が形成されて,飲酒量が徐々に増加する段階から,すでにアルコール依存症のはじりであることは先に述べた。
飲酒するたびに何か口実をつくり,言訳けがましい飲酒欲求の状態は,すでに飲酒者自身がアルコール耐性の形成を自覚し,強い飲酒欲求と飲酒量の増加を認めている段階である。
 
 この時期に飲酒抑制(自制)され,飲酒回数や飲酒量をコントロールする努力がなされることが本症予防の第1段階であろう。
この飲酒抑制が減退したり失われてしまうと,たらまちのうちにアルコール依存が形成され,アルコール依存症が完成されてしまうことになる。
 
 次に,飲酒量増加と耐性形成,さらに飲酒欲求の高まりから,さらに過量飲酒へと悪循環をくり返すサイクルの完成以前に充分な飲酒抑制を行なうか,完全断酒を試みる努力が予防の第2段階であり,もはや治療の第1歩ともいえる。
 
 悪循環のサイクルが形成してしまうと,自力ではほとんど断酒することが不可能となる。
 
 その時期には,すでに身体的,精神的,社会的三大症状の多くが出そろってきており,断酒への意欲や生活向上を志向する高い精神的レベルのエネルギーは消耗されて,人格レベルの低下をきたしているために,もはや自発的な治療意欲さえ失われているのが実状である。
9 外来治療及び断酒会
 アルコール依存形成の段階で充分な飲酒抑制や断酒の努力がなされることが治療上最も望ましいことではあるが,一般社会における概念では,いまだこの段階をアルコール依存症と認めることは極めて困難である。
 
 医療の対象となるのは,悪循環が完成して,その結果生じた身体的,精神的,社会的三大症状のみの治療を依頼されるのが現状である。
 
 予防の第2段階はすでに治療の第1歩であることを先に述べたが,この時期は断酒会や外来治療に最適であり,節酒療法としての抗酒剤の服用や,断酒している人との交流によって節酒や断酒が比較的スム一スに継続可能な時期である。
 
 しかしながら,一般的には飲酒者自身も節酒もしくは断酒したいと望みながらもアルコール依存症の認識を得ることは極めて困難であり,病院を受診することや,断酒会に入会することへの動機づけが困難ではあるが,最近になって,この段階での受診者や断酒会参加者も増加しつつある。
本症に対する厚生省の動き,ジャーナリズムの関心,一般社会における知識の普及が極めて徐々にではあるが浸透しつつあることの現われであろう。
10 入院治療
 アルコール依存が完成され,悪循環が完璧なものになった段階では,当然のことながら三大症状の治療を要することになるが,患者自身に対する治療への動機づけはさらに困難となる。
多くの患者は身体的症状の治療には比較的応じやすいので,内科,外科における身体的治療のみが行なわれている。
 
 身体的に快復すると患者はすでに病気が全快したものと認識して直ちに飲酒が継続されることを反復する。
 
 精神科を受診する患者の多くは,飲酒のために身体的に重篤な症状を認めるようになるか,もしくは精神的にアルコール精神病を発症するか,あるいは,社会的に完全な生活破綻の状態にまで落ち入ってから,はじめて来院するものが圧倒的に多い。
精神科における初診では,その患者がアルコール依存症であるか否かの診断(判断)はほとんど不要な状況であり,あまりにも治療のスタートが遅きに失していることを痛感する。
 
 この段階の患者では直ちに入院治療となるが,まず治療のスタートでは患者に治療の必要性を認識させることからはじめられる。
身体的,内科的治療が優先されるが,何よりも大切なことは,患者の病気がアルコール依存症であることの自覚(病識)をしっかりともたせなければならない。
それなしに患者は断酒の必要性を認識することは不可能である。
 
 患者が病識をもつことに必要不可欠の作業は,アルコール依存症という病気の概念をまずはっきりと知ることと同時に,自己の過去の生活態度や身体,精冲的状況をふりかえって,その概念とみごとに一致することを患者自身の内部で確認することにはじまる。
 
 ともすると患者にとって断酒は自分の「意志ひとつである」,「気持ひとつである」と言いたがるが,まさにその通りである。
しかしながらその意志(精神)に力がないのであり,精神的に極めて不安定で,人格レベル低下をきたし,自我の弱さや,自制心(自己統制力)の弱さを認識していないのである。
 
 沼のような弱い地盤(精神)にどんなに大きな断酒の杭(断酒の決意)を打ち立ててみても,その翌日には,杭はもろくも倒れてしまうことを知らなければならない。
 
 入院治療の最終目標は,この地盤(精神)の強化であるといえる。
そのための作業がアルコール依存症患者に対する精神療法として必要であり,最も困難な作業が精神科医療には課せられている。

出典:鹿児島県精神衛生センター機関誌「心の衛生」第8号(1979年)「アルコール中毒症」