sakura_fubuki home page 1992年  そいつかみんぐいんざだーくれいん

1992年 4月22日

事件は清掃の終わりに

これは92年の春にわたしの身に起きた本当の事件で、ノンフィクションです。 戻る home
当時わたしは志布志にある飼料会社で製造の仕事をしていました。大きな飼料工場、製造の部署は配合係で、日夜いろいろな餌を配合していました。当日の勤務は二交替制の夜勤グループで、16時半から24時半までが定時です。夜勤は三人で行います。そして1992年4月22日(水)時計は午前3時を回ったころだったでしょうか。残業もようやく終りかけたので上司のTさんは3階にあるコマンド室で日報の打出し。U君は6階ぐらい上のところで掃除。そしてわたしは1階で掃除をしていました。掃除の主なものは大きなバケットエレベーターの底部の清掃です。使う道具は長さ1メートルほどの鉄パイプの先にヘラ状の金属を溶接したものでバケットのなかをガシガシ掘り出して綺麗にします。ほどなく掃除も終わりバケットのそばの大きな電動シャッターを開けるボタンを押して外の様子を見ることにしました。シャッターがゆっくり上がると、暗闇の中で雨が激しく降っているのが分かりました。傘を持ってきていなかったのでどうしたものかと考えていたようです。そして、突然そいつがわたしの目の前に現れました。浅黒い肌。ちりぢりの頭髪。外人?

ファイト!

そしてそいつは何も言わずにいきなり殴りかかってきました! 戻る home
とっさによけたわたしに、そいつはくるりと身を返して後ろ蹴りを入れてきました。わたしの左足の膝頭の上に命中。わたしはそのままつんのめり、雨が激しく降る中、シャッターの外へところげました。そしてそいつはまた殴りかかってきました。身を引いてよけましたが、体がカッと熱くなるのが分かりました。何かが緊急放出された感じでした。たぶんアドレナリンだったのでしょう。いまだかつてなかった緊急事態に落ちいったのは、後にも先にもこのときだけです。
「なんだお前は?」
 と言うつもりだったのですが、わたしの口から出る言葉は抑揚の取れないもので、訳のわからない言葉となりました。土砂降りの雨が降りしきる深夜、まわりに誰もいない工場の片隅でわたしはそいつと謂れのない闘いをせざるをえない状況になりました。いつか見たなにかの三流映画の中のような出来事ですが、現実でした。

反撃

わたしはとにかく工場の中に入ることにしました。 戻る home
そいつも工場の中に入ってきて執拗にもパンチを繰り出し、キックを入れてきます。もうこの時点でわたしは徹底的に闘うことにしました。
わたしの右がそいつの左側頭部にかすかに当たりました。
そいつは動きを一瞬やめました。まさか反撃してくるとは思っていなかったようでした。でも次の瞬間そいつは得意の後ろ蹴りで攻勢をかけてきました。その足を避けながらわたしは後ろ向きに工場の奥へじりじり入って行きました。<br> よく見るとそいつは上半身裸で半ズボンという格好です。
わたしには考えがありました。さっきまで掃除をしていたとき使っていた鉄パイプ。あれがあれば……あたりをつけながら横目で鉄パイプを置いた場所を確かめました。そして鉄パイプを手にすると、さすがに頭はまずいだろうなぁと考えながら、そいつの左肩にガツン!と一発いれました。
そいつは右手が当ったところを押えています。明かにそいつはひるんだようでした。そしてくるりと後ろを向くやいなや工場の奥へと逃げて行きました。

追跡

なんだか野性の血が騒ぎました。 戻る home
薄暗がりの工場の中、わざと大きな声を出してそいつを追いかけました。激しく揺れるわたしの視界のなかに割れたガラス窓が見えました。誰が割ったのか?
そしてわたしはそいつを工場の端に追い詰めました。その近くのシャッターは開いていました。そいつに逃げる気があれば逃げられたはずなのですがそいつは工場の物影に隠れてこちらを見ていました。わたしは近くの照明を点け、シャッターを閉め、そいつを監視しながら近くの場内電話で中央コマンドへ連絡しました。
「Tさん、ちょっと降りてきてもらえませんか? 変な男がいます」
しばらくしてTさんが降りてきて懐中電灯でそいつの顔を照らしながら宮崎弁で言いました。
「何しょんのね、こら、出てこんか!」
しかしそいつは言葉がわからないのか出てきません。
「警察へ電話するから見ちょって」
「わかりました」
懐中電灯でそいつの顔を照らしながら見張っていましたがそいつはゆっくりと移動して工場の機械に足をかけ、壁に手をかけ、上の階へと逃げようとしました。そいつはサンダル履きで、わたしは逃げられるはずはないとたかをくくって安心していたのですがが次の瞬間身軽にも上の階へどんどん登っていきました。

逃走

ダンダンダンダン 戻る home
そいつは足音だけを残して姿をかくしました。懐中電灯を向けてもそいつの姿はどこにも見えません。舌打ちをしながらも、そいつを追いかけることはしませんでした。工場内のことは良く分かっていても一人では不利。工場内にそいつがいることは確実で出口は閉めてあるんだから……。
ほどなくTさんが戻ってきました。
「Tさん、逃げられた」
「どっちへ?」
「まだ中にいるはず」
「まだ警察はこんとよ……Nくんはコマンドへ上がって中におって」
「わかりました」
わたしは右手に鉄パイプを握りながら、全ての照明を点けてコマンド室へ上がって行きました。コマンド室は異状なし。
と、ここで、上の方で掃除をしているU君のことを思い出し、場内放送でU君を呼び出しました。
「U君、U君、大至急コマンドまで。大至急コマンドまで」
ほどなくコマンドの電話が鳴りました。
「何?」
「U君、掃除は終った?」
「だいたい終り」
「変な男が工場に入っているから、気をつけて降りてきて」
「変な男?」
「ああ……もうすぐ警察がくるはず……棒を手にして降りて来て」
「本当ね。わかりました」

確保

しばらくして降りてきたU君とわたしはコマンド室に鍵をかけて下に降り、Tさんと一緒になりました。 戻る home
警察はまだ来ていない様子。そして何だかんだと言っているうちにパトカーがやって来ました。二人の警官と一人の刑事。事情を簡単に説明した後、二人の警官は手に警棒を握りそいつが逃げた方へ、そしてわたしたちも後についていきました。しかしみつからない。なんてったって工場は広い。百人ほど動員してもまだ足りないくらいです。
三十分ほど過ぎても見つからない。窓ガラスが割れたそばにはなぜかボロ切れのようなものが置いてありました。時間もだいぶ経って、応援を呼ぼうかという頃、遠くから「おーい」という声。
気負い立って声のするほうに走る警官と刑事。声がわーわー聞こえた後、二人の警官に両脇をかかえられてそいつが連れられて来ました。
争っていたときの印象は筋肉モリモリの大男と思えたのですが、警察に確保されたそいつの印象はだいぶ小柄な男に見えました。
そしてそいつはパトカーの後ろに引っ張られて簡単な質問をされていたようです。警官にはそいつに蹴られた足が痛いが大丈夫と答えました。
そして興奮も醒めやらぬなか、後始末をして夜明け前に工場を後にしました。このとき雨はすでに上がっていました。

呼出

朝方9時ごろ、電話の音で起こされました。 戻る home
「警察の方が事情を聞きたいそうです。会社に来てください」とのこと。
う〜眠い。3時間も寝ていないぞ〜。
会社に着くとTさんも来ていました。警察の方が八人前後、そいつが一人、そしてそいつの保護者が一人。そいつは小さくなってなんかごちゃごちゃ言っていました。「雨宿りに来ただけ……」とか言っているようでした。
刑事 :「雨宿りに来たと言っているけど、そういう感じでしたか?」
わたし:「違います。いきなり殴ってきました」
そいつはわたしに握手をしようというのかわからないが手を差し出してきた。わたしは後ずさった。(馬鹿野郎〜 近寄るんじゃねえ)
そいつの保護者:「挨拶はしたのか?」
そいつ    :「ハイ」と言っておじぎの真似をする。
刑事     :「おじぎをしましたか?」
わたし    :「違います、殴ってきました」

拘束・解放

なんでも、そいつは工場に隣接する埠頭に係留された船から降りてきたようでした。 戻る home
また犯人を自分たちで捕まえて警察に突き出した場合は逮捕できるそうなのですが、そうでない場合逮捕できないそうです。
そしてそいつの乗っている船が今日明日中にも出航するらしく、長く拘束できないらしいということでした。
窓ガラスが割られた場所での現場検証ではそいつの足後らしいものが見つかりました。それでもそいつはしらを切っていました。ボロ切れはそいつのシャツだったようです。
時間がすこし経ったころ、工場の保全担当から報告がありました。内容は、窓ガラスが割れている裏の方のモーターの配電盤内の電線が切られ、機械の一部が動かされていたそうです。
結果的にはそいつは逮捕できなかったようで、わたしの足はその後、三週間ほど痛みを残しました。

ヒーロー

社内では一躍ヒーローになったりしましたが、この事件以来、夜勤のときは恐くて、恐くてたまりませんでした。 戻る home
工場の外に外国の船が接岸している夜などは警戒に警戒して夜勤をしたものでした。護身特集をしているコンバットマガジンを買ってみたり、ブルース・リーのLDを買って見ていました。以来ブルース・リーのファンになりました。
そいつは一応フィリピン人ということになっています。
疑問なのは、そいつが大雨の中で何故素手でわたしを襲ってきたのか?ということ。わたしから追われている際に開いていたシャッターから外へ逃げなかったはなぜ? そもそもシャッターはどうやって開けた? 何故モーターの配電盤内の電線を切った? どうやって切った?
そして、ひとつ悔いが残っています。そいつの名前を聞かなかったことです。警察で聞いたら教えてくれるでしょうか?

有刺鉄線

事件後7ケ月が過ぎた11月末、工場の周囲にちゃちな有刺鉄線が張り巡らされました。 戻る home
まあ、ありがたいのですが、そんなモノで侵入者が防げるものですか!あっはっはー。
トルコ帽とかターバンとかをかぶった方々も多々見られる国際的な志布志なのでした。

おわり