イシ―民間学の壮大なドラマ

鶴見俊輔(鶴見・佐高対談から)

 

すでにできあがった体系を、何が一番新しくて権威があるかと探して、その見本を見つけてから学ぶ。工学部はちょっと違うんで、あれはスコットランドから、エディンバラからもってきた。それは鉄道をつくる必要があったからですね。鉄道は山あり川あり、いろんなことを新しく工夫しなくちゃならない。東京駅前に銅像が立っている井上勝、鉄道の父といわれますが、長州の脱藩浪士だ。長州からイギリスヘ行った。長英戦争で、同行の伊藤博文と井上馨は帰って来るけど、井上勝は帰らない。それは鉄道のことを勉強しているから、途中で帰れないんですよ。だからそこはちょっと違うんですけど、人文系、つまり法学、文学、歴史とか哲学というのはプロシア流で、だいたい体系から学ぶ。

それをまったくひっくり返した、別の手本に、イシという人がいます。これは今世紀の初め、北米で石器時代の生活をしていた。最後に五人くらいで暮していたのが死に絶えちゃって、一人っきりになった。それで、あるとき自分の決断で、西洋文明の都市に向かって歩き出す。そのイシに出会ったのが、これがもう歴史上の偶然で、ものすごい偶然なんだけど、初期に出会ったのがアルフレッド・クローバーです。クローバーはドイツ生まれの文化人類学者で、近代の欧米の学者のなかで数少ない、偉い学者だった。彼はイシを見て、「これは偉い人だ」という直観をもつんです。そしてイシに向かって、好奇心から、いろんな質問をする。クローバーの直観というのは、イシは偉大な人間、つまり言葉の本格的な 意味における「ノーブルマン」なんですよ。それを見抜いた。ところがクローバーの凄さだと思うんだけど、クローバーはイシと一緒に現地に行って、イシが生きていた所で、イシがどういうふうにして火をおこしていたか、どういうふうに家を建てたか、また川を下るカヌーを造ったか、それを全部見て帰って来るわけです。つまり、そこではイシは驚くべき学問をもっている。クローバーはそれを見抜いた。それでクローバーは自宅へ帰るんだけど、帰ってからものすごく悩むんです。一人で悩むんです。つまり、イシに入れ込んで、アイドルなんですね、小泉今日子に入れ込むと同じようなもんだ。(笑)うちへ帰って一人でこう、悩みに悩むんです。こういう偉大な人間を苦しめて、つぶしてきた近代文明とは何かという間題なんですよ。それに打ちひしがれて、悩みに悩む。それで死んでしまうんですけれど、クローバー夫人にだけは話をするんですね。そしてクローバーが死んでから、夫人は、亭主からいろいろ聞いてますから でメモをたよりに構成して、最初でただ一つのイシの伝記を書くんです。イシも死んでしまってますから、クローバー夫人はイシに会ったことはない。それでもイシの伝記を書いた。それから夫人は自分の娘と、執筆中のイシの伝記について話をする。娘はその、クローバーのうちに充満していた悩みとか気配を継承するんですね。それで娘が書くのが「ゲド戦記」(邦訳、岩波書店)です。つまりSF作家、ル=グウィンです。イシの世界は男性優位だけど、それを転倒させた女性優位の未来、イシが過去の人間で忘れられた人間なのを、娘の段階になってそれを転倒するんです、人類の未来に向かって。驚くべきドラマがその一家のなかにあるんです。  

 

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