61号

 大の大人が泣いていた。周りを気にせず泣いていた。
 菜の花マラソンの制限時間を2時間くらい過ぎた午後7時のゴール地点でのことだった。たった今片付けを済ませて来た私には少し異様な雰囲気だったが、すぐ去年のことを思い浮かべ理解できた。去年もそれに近いことがあった。それは菜の花マラソンを走りきったランナーのことである。長い時間自分との戦いをして、自分に勝った喜びなのだろう。
 菜の花マラソンの時期になると必ず交わされる会話がある。
「何でお金まで出して、あんな辛いことをするんだろうね。私には理解できないね」「走ってみればわかるよ」である。私も走る前は理解できなかった一人である。それが一度走ってからは「走ってみればわかるよ」に変ってしまった。走っている時にはきつくて「バカみたいだ」と思っているのだが、ゴールする時にはそんなことはすべて忘れてしまい、ただ喜びと満足だけである。
 ゴールする時のランナーの顔はすばらしい。特に遅いタイムでゴールするランナーの顔が輝いて見えるのは私だけではないだろう。
 世の中には色々な遊びが数多くあると思うが、遊び終わってあんなに喜びを味わえるのはそんなに多くないのでは。
 3600円で遊べます。走ってみませんか?

 大の大人が泣いていた。周りを気にせず泣いていた。
 菜の花マラソンのフルを10時間かけて完走したランナーである。


62号

「………」
「………」
 女房と喧嘩するとこんな日が何日か続く。
 最近はこんな状態はあまりなかったが、昨夜久しぶりに意見の違いがあり、こんな状態になった。
 ところが今日、仕事が忙しかったのか家に帰ってからは普通に何もなかったように喋っていた。
 寝る前に、無口が続くよりはずっといいなとも思ったし、忘れることもいいもんだなとも思った。


63号

「考えてからしたら」と言ったら、「考えてやれなくなったら嫌だから」といわれた。
 その夜はぐっすり寝られた。


64号

お母さんの初七日でお寺に行った。
 お経のあと、お坊さんが説法を話された。その中に、『諦める』は「あきらかに見極めることです」とあった。小さい頃によく「男はそう簡単に諦めるな」と言われていたことを思い出して、しばらくもやもやしていた。
 夜、気になったので辞書を引いてみたら、『諦める』は思いをきる、と出ていた。そう言えば、『人間諦めが肝心』というのもあった。
 これからは『諦める』ことを大事にしてみようかなと思っていたら、ぐっすり寝られた。


65号

 浮来亭の原稿を構成していて「皓以兆さんの原稿」から感じたことがある。
彼が以前から自然に関したことに興味を示していたのは感じていたが、最近はそれが特に感じられる。玉利に行かれて一年。これがポイントのようだ。住居と職場を離した所にあるような気がする。
お日様とお月さんを見るところが二ヶ所あるのはいいなと思った。


66号

「巨人また負けたの」と女房が言った。
 野球とはおよそ縁のない方が野球の事を聞くなんて、と不思議に思った。
 聞いてみたら、機嫌が悪く、恐い顔をしているという。
 確かに巨人の負けた日は途端に元気がなくなり無口になる。別に腹が立っているわけではないのに、周りにはかなり迷惑をかけているようだ。
 巨人は一年で135試合あるから、半分近く負けるとしたら、かなりの日が無口病になってしまう。
 と言って40年も続いた巨人ファンを今更止める訳にはいかないし、全部勝つのも無理だろう。
 仲の良い夫婦を続けたいし、仲の良い家族を続けたいから、巨人に3連敗以上しないように頼むしかないようだ。


67号

 浮来亭に20代半ばの青年が来てくれた。最初は遠慮してたのか口数が少なかったが、慣れて来てからは思っていること感じていることを喋ってくれた。特に指宿の対する愛情とか、こんな生き方をしたいとかを。私の20代よりしっかりしているように思った。
 いつもより活気のある浮来亭の夜を満喫した。
 次の日、トイレの暦の言葉の「流水は腐らず」を見た。浮来亭も私も腐らないようしなければと思った。


68号

 職場の同僚が「花火が大好きだ。九州管内の花火は見に行きたい」と言っているのを聞いたので、今年の温泉祭りの花火をゆっくり観ることにした。
 ひゅるひゅると上に上がってパッと花開くものだと思っていたら、色々な花を咲かせたのでびっくりしたし、少々感激した。
 祭りは参加して騒ぐものだと決めていたので意地を張って観なかった訳である。
 その日の日記を書くときに、来年の温泉祭りは花火を大事にしなくてはと思ったし、人が楽しいと言っていることは食べてみるべきだなとも思った。


69号

 朝から大雨だ。昨日は風が強かった。一昨日は大変暑い日だった。親しくなった木の気持を考えてしまった。


70号

 夜の9時頃までは最悪の日だったのに、今日まで生きてて良かった日になった。巨人がほとんど負けていた試合を逆転で勝ち、優勝した。死みたいと思っても生きていれば良いことが有る事がよく分かった。


71号

 パソコンで『…がさくしていたのだが…』と打って漢字に変換しようと思っても、漢字にならない。何でだろうと?辞書を見ても、出ていない。暫くいろいろ考えてみたが解らない。Nさんに電話したら「かくさくでは?」との返事なので、打って見たら出てきた。
 30年以上も使ってきた画策を『がさく』と読んでいたのだ。こんな事はいつもである。恥かしさもあったが、パソコンのお陰で、発見できたと又パソコンに感謝した。


72号

 外でカラスがうるさく鳴いている。行って見ると、魚を食べているトンビの回りに3羽のカラスが鳴きながらその魚を狙っていた。カラスが交互にトンビを攻め立てる。トンビの餌は取られるなと思っていたら、いつの間にか空にはたくさんのトンビが輪をかいていた。カラスを威嚇していたのである。カラスは徐々に後退していって、悔しそうに残念そうに引き上げていった。トンビたちは近くの木に止まり、そのトンビが食べ終わるまで見守っていた。
 いつも仲良くグループで行動しているのがよく分かった。


73号

 非常に寒い日に外で作業があった。夏は良かったなーと思いながらやっていた。でも夏の暑い日の草取りの時は冬が良いなーと言ってた事を思い出した。
 次の日はもっと寒い日だったが、家庭の事情で自転車で出勤した。最初は寒かったが段々身体が温かくなり気分が良くなった。
 嫌の事も状況を替えれれば、嫌でない事が分かった。
 状況を替えれる事が鍵だなとも思った。


74号

 ある役を頼まれて、悩んでいた。
 自分にはあっているような気がするから、引き受けてもいいなと、自分の時間が削られそうだから、断わろうかなである。
 10日で返事をしますからと言ってあったので、もう結論を出さなくてはいけなくなった。
 今迄、大体の事は自分で決めていたが、今回は50対50で自分では決めかねた。
 ある方に相談してみた。
 そうしたら『引き受ける時は重く引き受けて下さい。断わる時は軽く断わって下さい』と言われた。
 次の次の日、重く断わってしまった自分をまだまだだなあと思った。
 


75号

 天文舘を友と歩いていた。
 向こうから派手な色と柄の着物を着た女性が歩いてくるのが見えた。その女性はすれ違う中年男性に声をかけているが、応えてくれないようだ。
 段々近づくに連れて、色っぽく着こなしているが女性ではない事がわかった。
 あっけに取られた後、友は『あれだけ自分を捨てれれば良いね』と云った。少し間を置いてから『いや、自分を見つけたんじゃないのかなあ』と応えた。
 …と、二ヶ月前から鹿児島に住んでいる息子が、指宿に帰って来た時に聞かされた。
 ぞっとしたし、都会に住みたいなとも思った。


76号

春の高校選抜を見ていた。
21世紀枠で出場の宜野座高校を同じ九州と言う事も有り、応援しようと見ていた。エラーをしても、監督始め選手全員がかばって笑顔で迎える。見ていて気持ちが良い。選抜の始まる前は鹿児島県勢が出ないので物足りなく思っていたが、とんでもなく益々宜野座高校が好きになり応援に力が入った。
結果的には、予想もしていなかったベスト4に入ってしまった(宜野座の人たちには怒られるかもしれませんね)。めでたしめでたしだった。
義母の一周忌でお寺に行き、法要のあと説法を聞いた。
『諦める(あきらめる)』という言葉のお話だった。掻い摘んで言えば『明かに見極めることが諦める』という事らしい。二三日前から沈んでいたのが、快晴とまではいかなかったが晴れた。これからも嫌なことがあったら『諦める』事が大事なのではと悟った。
寝る時に、宜野座高校の事を思い出した。
エラーをした後に笑顔でいられるのだから、エラーを明かに見極めていたのではないかと思った。
笑顔の多い人は『諦める』の早くできる人なのかもしれない。


77号

 ゴールデンウィークに砂むし会館の駐車場の整理をした。全国各地(北は北海道から南は沖縄まで)からたくさんの方が見えられ、指宿は大繁盛だった。
 4人の方が車から降りてきた。3人は凄く疲れているように見えた。どうも運転していた人は元気らしい。
 人間はどんな時に疲れるのだろうかなと考え始めたら、疲れて眠ってしまった。


78号

 浮来亭には4つの部屋がある。一番奥の部屋が倉庫の様にガラクタが積まれていた。ちょっと片付けたら、落ち着けそうな部屋になった。
 パソコンを好きになって早4年半。おかげでパソコン関係の本は読んでいるが、普通(小説類)の本は読まなくなった。三段論法が当てはまって自分を見つめる能力が殆ど無くなってしまった。これではいかん、このまま放っといたら大変なことになってしまうのではないかと考え始めた。
 幸いにも、片付けた部屋は使っても怒られそうもないので、机を運び入れた。本も運んだ。秘密の部屋が出来たようで大変嬉しかった。落ち着けるし、自分を見つめることもできそうなので、時々泊ることにした。本も読めるようになった。
 本を読んでいて、いいことが書いてある個所はメモしておいた方がいいのではと思い、頂いたパソコンも運んだでパソコンにメモすることにした。
 いつの間にかもとの生き方に戻っていた。
 どうしたらいいんだろうか?


79号

 草取りを2時間位した後に吸った煙草が大変美味しかった。2時間も吸わなかった後だから美味しいだと思った。
 昼食後の煙草も美味しく吸えた。
 夕方、家に帰ってから吸った煙草は美味しくなかった。美味しく吸えない煙草が時々ある。
 寝る時に何故美味しくなかったのか考えてみたが分からなかった。
 次の日「禁煙しなくちゃ」と思って吸っていた時に分かった。
 これからは、体に悪いかもしれないが、美味しく吸うために「禁煙しなくちゃ」と思わないようにしようと決めた。


80号

巨人の勝ち試合を見てから風呂に入り、ビールを飲んでパソコンをしていたら、「やりたい事ってなに?」と息子に聞かれた。
すぐには返事が出なかった。
「……」の末、「全国を山頭火のように放浪したいかな」と答えた。
寝る時に、本当に全国を放浪したいなとカッコ良く思った。
気持ち良くぐっすり寝た翌朝の市民会館に出勤する時、会館の横にバンが止まっていた。荷物を積む所に家庭用品のようなものがたくさんあった。車で生活しているんだ、と思った。全国を放浪するなら、車で行くのが良いのだと参考になった。
寝る時、放浪する時のシミュレーションを考え始めた。少し興奮して来てナカナカ眠れない。
車は寝ずらいかもなと思った。巨人の試合は見れないかもな、風呂にも朝晩なんてとんでもないな、ビールもたまにだろうな、パソコンはどうだろうかとマイナスがたくさん出てきた。少し不安になって寝た。
やや寝不足で起きた。朝風呂に入りながら「やりたい事って結構毎日しているんだ」と「他にもやりたいことをたくさんしているかもしれないな」と思い直した。
でも、息子には言えなかった。


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