141号

 高校時代のテニスの仲間の具合が悪い、と言うことで、今年二度目の静岡行きとなった。
 新幹線での喫煙はかろうじて一両あった(鹿児島ー八代はなかったが)ので嬉しかった。でも以前に比べて吸う人が少なくなったような気がした。
 乗り物に乗る時に本を読むのが好きだから当然本を読んだが、読んだ本がややまずかった。伊集院静で、彼は一年中「飲む・打つ」の人で、内容もそんな感じばかりである。身体のために節煙・節酒とか食事に注意とかを色々考えるのがバカらしくなるような本で、何故か嬉しくなった。
 磐田に着いて6人で食事をした。当然飲むと思っていたら、4人は飲まなかったし、煙草は私しか吸わない。話は弾んだが飲まないので早いお開きとなった。二次会に行く雰囲気は全然無い。仕方ないからマージャンを付き合ってもらった。
私は時代の流れに逆行しているのではと思いながらすぐ、ぐっすり寝てしまった。


142号

 長男のところで二人目の子が産まれる(女の子で二月一日が予定日)との事で、指宿で長男の長男を預かることになった。すなわち、私にとって孫(これから太一と書く)である。
 別れた女房が「私一人では大変だから」と私が泊りがけで応援に行く事になった。最初は当然ながら息子にべったりであった。でも鹿児島に仕事が有るので、連れて来た次の日の夜には太一を寝かせてから鹿児島に帰っていった。次の日の朝、太一は起きて、辺りを見回し「パパ行く。パパ行く(パパの所に行きたいの意味らしい)」と目一杯泣いた。可哀相だが仕方ないので「パパは仕事、太一はお兄ちゃんになるのだからしっかりしなくてはダメだ。頑張れ!」と言って聞かせたら、すぐに泣き止んだではないか。親バカではなく爺バカかもしれないが、太一は考える能力の有る天才ではないかと思った。
 その日の夕方は温泉に連れて行った。前の日は息子と三人で行って、ずっと甘えて泣いていたので少し心配だったが、その日は全然泣かなかった。泣かなかったというより、一人で頭からお湯を掛けたりして遊んでいた。やっぱり天才に違いない。
 私が余り怒らないのか、私にべったりになった。凄く嬉しい。おしめを変えるのも旨くなった。私を親父と思い始めたのかもしれない。なぜかと言うと、私も仕事が有るので太一の起きる前に仕事に出かける。すると、太一が起きて、辺りを見回し「パパ行く。パパ行く」と言うそうだ。やっぱり嬉しい。
 何日かして、太一が寝てから爺と婆で太一の話をして結論が出た。太一はやっぱり天才だ、と。自分を可愛がってくれる人を悲しませてはいけないと思って泣いていたようだ。
 久しぶりに浮来亭で寝る時に思った。
 一人の自由もいいが、家族の賑やかさもいいもんだなと。

143号

 石田衣良という作家を見つけた。ブロードキャスターという番組でコメンテーターをしている人である。感覚が合いそうなので本を読んでみた。やっぱり馬が合いそうだ。
 文中に「心の天気」とあった。何となく納得した。
 寝るとき思った。明日の「心の天気」予報は晴れだな。と。

144号

「結婚しました。いや、再婚でした。実は、復縁です」
すると相手は「おめでとう。良かったですね」と言ってくれて、大変恐縮してしまう。
 何故かと言うと、離婚を知ったときに「なぜ?」と思われて、心配していただいた方が多かったし、離婚の訳も相手によって色々と言ってきたので、自分でも良くわかっていなかったからである。
 遠方も方にも知らせなければと、メールを送った。
すると相手は「おめでとう」の後に、色々意見を書いてきてくれた。人それぞれで、楽しく読ませていただいた。
 寝るときに、「なぜ、結婚したんですか?」と聞かれたら、なんと答えるんだろうと考えた。そしたら、離婚の第一の理由がわかった。「一人で暮らしてみたかった」だった。
 でも、こんなことを言えば、又「安間さんはいい加減だよね」と言われそうである。

145号

 暑くなったり、寒かったり、地震があったりで、天候が不順である。桜の咲くのが遅いとか、色々心配したが、心配した割には大きなずれはなかった。市民会館の周りの草達も4月の頭には立派に伸びてくれた。草達に少しすまないと思いながら刈った。終ったときは奇麗になったので良かったと思った。
 寝るときに思った。人間は忘れないようにメモを取るのだが、草達もメモを取っているのかもしれない。だって、毎年同じ頃に伸びるから。と。でも取ったメモを何処に置いたか忘れないから感心だ。



146号

 前の夜遅く寝たのに、いつもより1時間も早く目が覚めてしまった。年を取ってきたのかなと思いつつタバコを。もう一眠りと思ったが寝れなかったので、そのまま起きる事にした。いつものように朝ご飯・トイレ・風呂を済ませ、パソコンでメールの確認、天気予報とスポーツ情報を見ても、仕事に出かけるにはまだ時間はタップリある。部屋でボーとしててもタバコの本数が増えるだけだと家を出た。雨が降っていなければ自転車だから今日も自転車。時間があるからと、いつもは通らない道を選んだ。へー、こんな道・家があるんだと楽しみながらだった。仕事についてからも、周りを見る目が違い、いろいろ発見というか気が付いた。
 寝る時に思った。余裕を持っていればいろいろ発見できるのかもしれないと。何かえらくなったようで嬉しくなって来て自分をほめた。そう言えば、「急がば回れ」というのがあったなと気が付いた。更に「先んずれば制す」というのもあったとことわざを考えた。益々えらくなったようで更にほめた。ほめ過ぎ興奮して寝つきが悪かった。
 次の日の朝はいつもの朝だった。時間はギリギリで、自転車で車道を斜めに渡った時、少しヒヤリとした。仕事も忙しく、少しヘマもした。常にソワソワしていた。
 寝る時に思った。「急いては事を仕損じる」だなと。でも今日のほうが自分にはあっているのではとも思った。なぜなら時間の経つのが早かったし、何となく楽しかったような気がしたからである。


147号

 てんちの杜で田植えがあるというので出掛けた。広報担当ということで、デジカメで写真を撮った。昨夜からの雨で子ども達の参加は少なかったが、四家族と縄文の森のメンバー合わせて20名弱が集まった。幼稚園にもいってない小さな子もいたが、皆楽しそうにしていた。狭い田んぼだったので30分もかからず終った。その後は田んぼの周りの池と小川の中とかを見て楽しんだ。天然記念物にもなる草とかも教えてもらった。短い時間だったけど快い時が過せたようで気持が良かった。
 寝る時に思った。てんちの杜には色が少なかったようだ。緑色と茶色が殆んどだったようだ。木と草と水が主役の世界なのだろうか。花のないのもいいものだと思った。そういえば私の生活も6年間くらい花も色も少なかった。結構良かった。でも、だから花とか色の良さも判ったのかも。
 メリハリとか変化が大事だなと思いつつ寝た。


148号

 お祭りの会合があって参加した。青年振興連絡協議会という。
 いつものように、若い人たちと楽しく飲んで、祭りのことをワイワイガヤガヤやるわけである。今年は18才の青年と会った。彼は同じ湊上地区であり、私の息子よりはるか下である。息子より10才も年下だし、私より41才も下である。それでも祭りでの付き合いは長いから話が合う。私のガッツをほめてくれて、焼酎が旨い。したたか飲んで千鳥足で帰った。
 寝る時に思った。59才でも、何の違和感も感じないで青年達と同じ仲間として飲んでいて幸せだなあと。そこで、はたと気が付いたことがあった。私が違和感なく参加できるのは、私より年上のNさんが参加していてくれるからであった。そう言えば、私より1つ下のIさん・2つ下のSさんも楽しく参加していた。
 Nさんに後10年くらい頑張ってもらえれば、私もその後を引き継いで10年くらい頑張りたい。
 Nさんに感謝して、祭りの夢でも見たいなと思って寝た。


149号
 無し


150号

 孫の太一の幼稚園で敬老の日の行事があるという事で、鹿児島まで50CCで出掛けた。自分では年なんてと思っていたのに幼稚園に行ったら、本当におじいさんでした。自分の孫が全てで一番と思っていたが…。
 お遊戯とか色々見せてもらい楽しかった。
 色々な子が居るんだから、色々な大人がいて当然だなと寝る時に思った。


151号

 市民体育祭が近づいて来たので市民会館の芝刈りをする事にした。芝刈りではなく、草刈りである。予定を立てていたが、雨の日を計算していなくて、日数が足らなくなって来た。最後の日は大変気合いを入れて頑張った。頑張り過ぎて、午前中で腰がパンクしそうになった。昼食の後、あと少し残っていることで悩んだ末、最後まで頑張ることにした。ペースを落としてしたが全て終ってほっとした。腰もそんなにきつくなかった。
 寝る時に思った。午前中はあんなに腰が痛かったのに、午後は何故そんなに痛くなかったのだろうと。その時、菜の花マラソンのことを思い出した。マイペースを知っている人は身体を痛めないでほぼ予想に近い時間でゴールすることを。
 人生もそうかもしれないな。早くしないと、あと半年で60歳になってしまうなと思っていたら寝ていた。


152号

 野球が終わったので、映画の季節となった。
 今年も90本は観ている。観ているといっても、映画館に行って観る訳ではない。もちろんスカパーである。二ヶ月間、3チャンネル観れて1890円とすこぶる安い。恋愛物とか社会派物(法廷)を好んで観ている。
 今夜も恋愛物を観た。
 中年の夫婦が、気持ちのずれができ別居する。離婚寸前まで行ったが、最後にお互いの愛を確信して元の鞘に納まるという至って平凡なストーリーであったが、途中からは自分が主人公のような気持ちで泣きながら見入っていた。いつでもそうであるように、終わったあとは「やっぱり人生は恋愛だな。」と締めくくってしゃんしゃんである。
 寝る時に、
 最近、映画を観て泣いたり怒ったりと感情の起伏が激しくなったのは年を取ったのかもしれない。そう言えばあと5ヶ月で還暦だ。身体の年齢は40歳位と、はしゃいでいた自分を反省した。「人生は恋愛だ。」と言わないようにしよう。でも素直に生きるのも大事だし……。とりあえず、明日はどっちにしようか悩んだ。


153号
 駅前でナイトバザールがあるから協力してほしい、と何人もの方から頼まれたので出かけた。
 任務は盛り上げてほしいとのことでサンタクロースの叔父さんをする事にした。キャンディー・チョコを籠に入れ「メリークリスマス!幸せになれる飴だよ。チョコだよ」と言って配って回った。舞台が始まれば横に立ち大声で応援し、踊った。缶ビールを1本飲んだだけだったのに、周りの人は「酔っ払ったサンタ」に見えていたようだったし、ちょっと静かにしてほしいと注意もされた。これでも気を使っているのになあと思いつつ、又騒いでしまった。
 していることは普段と同じようなことだから、どうと言うこともなかったが、衣装がサンタなので大変もてた。特に子供と女学生に。久しぶりにもてて大変嬉しかった。
 寝る時に思った。
 楽しいことをするにも、ちょっと演出すればもてるかもしれないな。と。
 来年はもっと良い年になるなと確信して寝た。


154号
 毎朝、一つ年下の横浜在住のサッカーおじさんと静岡の長兄の娘のブログを見ている。
今日は妹の娘、つまり姪から手紙が来た。
アメリカに長く住んでいて、とうとうアメリカの人と結婚したとの事。どんな人かと思ってジェイソン(姪のだんな)のホームページを見てみたら、顔は日本人だった。日系三世ということで納得。アメリカ国籍だと思うからアメリカ人に違いないが何か不思議な気がした。そういえば、今村さんの従妹はフランスの方と結婚してフランスに住んでいると聞いている。やっぱりフランス人になっているのかもしれない。
さらに、スリランカに行っている高校の時の友からメールが来た。これもまた何か不思議な気がする。遠くにいても日常的になってきているような気がするし、アメリカがどうのこうの、外国がどうのこうのと言いたくない気がした。
寝る時に、何年かすれば、国が無くなるかもしれないし、無くなれば人は仲良くやっていけるかもなとも思った。


155号
 残念なのか、良かったのか。
 休みの日の穏やかな午前の事。
「あなた、髪を染めてあげる」と新婚だけど、充分に私の手の内を知っている女房に声をかけられた。そんなに考えもせず、「うん」と答えた。
 その日の夜、会合に出かける前に鏡を見てびっくりした。当然だけど黒く染まっていた。自分では無いような、鬘を被っているような、全然違う自分がいた。
 40名位の会合で女性が9割位だったので、少し緊張しながらもルンルンだった。半分以上の方は知っている方なので当然髪のことに気付いてくれると思ったが、反応はゼロだった。気取っていてもしょうがないと飲むことに気合を入れた。後はお決まりの宴会部長を又してしまった。
 家に帰って来てから、結婚する時に「もう少し若ければ、若い子か外国人にモテルかもよ!」と言って威張っていたことを思い出した。「そんなの関係ねえ!あなたが一人で大変だと思って結婚してあげたのよ、オッパッピー!」と言っているような大らかな寝顔を見て酔いが冷めてしまった。
 若くなっても、もてないことが解って残念。ふらついた気持ちが落着けて良かったのかも。でも4月で60才になるが、今さら落着くのもしゃくであるような気がするが…。


156号
『二番目のキス』(間違っていたらごめんなさい)という映画を見た。主人公は物凄いレッドソックスのファンである。人生が野球という感じで見ていて大変納得した。ある時、素敵な女性と会い、恋をする。恋を大事にしているようだったが彼女には通じなかった。見ていて辛かった。結果はもちろんラブストーリーだからハッピーエンドで終わった……。
 明日から巨人が始まる、とウキウキしたが、少し引っかかる。『あんた!私と巨人とどっちが大事なの?』の声が聞こえてきそうな気がした。同じ失敗をしてはいけないなと思いながら寝た。


157号
 天気が良く、暖かくなったので、出掛けたくなった。
 60才になったので、年金の手続きをしに鹿児島へ50CCで出掛けた。スピードを書くと捕まってしまうかもしれないから、あえて書かない。でも、1時間ちょっとで鴨池の南社会保険事務所に着いた。気分良く颯爽と入って行き順番待ちの番号札を貰った。沢山の方が待っていたので、待ち時間を尋ねたら、およそ1時間とのこと…。
 予習をして置いたので大変スムーズに済んだ。5分くらいだった。
 最後に、一番楽しみにしていた受取見込み額をさりげなく伺った。
 書類が二通渡された。答案用紙のようにそっと見たら、一枚目は64才までは年額15万ちょっと。二枚目は64才からで年額111万ちょっと。
 寝るときに思った。まだ10年位は働けるんだと。


158号


159号
 テレビを見ていたら、煙草が1000円になるかもしれないと言っていた。すぐに計算した。煙草は日曜休みはないので一カ月3万円だし、一年で36万5千円。10年で365万円になってしまう。煙草を止める人が増えるに違いないと思った。
自分はどうだろう?やめることは出来ないような気がするが減らすことは出来るかもしれない。でも減らさなければと考えたら憂鬱になった。
 今までやりたい事をやって生きてきたと思っていたが、どうもそうではないなと思った。法律とか道徳とかを意識しながら生きてきたようだ。あれが食べたいと思ってもお金がなければ買えないし、人の物を取るわけにもいかない。
よく子ども達に「やりたい事をやって生きなさい」と言っていたのを考えなくてはとも思った。
 楽しく生きていくって大変なのだなと寝る時に思った。


160号
 研修旅行に出かけた。知らない人が数人いた。食べて飲んでしゃべった。次の日は大変仲良くなった。家に帰って来て思った。女房ともたまには旅行に行くべきだと。


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