の幸ちゃん

▼お忍び(?)で指宿を訪ねたら→永田先生も相変わらず、お元気。連ちゃんは新春飲み方続きで、お疲れ気味。取材続きの今村さんだけが肌ツヤお元気で活々!!指宿もまだまだお元気な様子で私もホッとした次第です。5〜6年振りか?御三家(?)と対面できて、私も元気を頂きました。あの人、この人と逢いたい人もいましたが、仕事と時間の都合がアレコレあって‥‥。又、次の楽しみに。「金曜飲ん方」も月一回は行きましょうか。自宅に居ても腰や肩が痛くて動かねば太る一方。指宿でダイエットする方法、有りませんか?「新し物がり屋で、すぐ飽きる私」はダイエット話も何度か「浮来亭」にも書きましたが、続く訳ない!!この辺は永田先生にも見抜かれているのでは?先生の記憶力有る話に感動しっ放しで帰鹿した私です。(この原稿はTVを消して音楽テープを聴きながらペンを走らせたのです。ロッド・スチュアートのリズミカルな音楽でした。) ▼川辺か知覧にR・スチュアートを好きなラーメン屋さんがプレハブで営業している噂を聞きました。配送トラックがケッコー止まってるそうで旨い様です。私も尋ね歩きましたが、見付からなかった。どなたか御存知でしたら、編集部迄、御一報下さい。行って旨かったら抽選で一名様に、私から金一封、差し上げます。
▼「道の駅」がオープンしましたネ。行かれましたか?焼酎も有りで、他の道の駅とは一味、違う様です。指宿の魅力がフンダンです。――一度、行かれてみては‥‥? ▼美しい唄がヒットして作曲家の顔を見たらイメージダウンした事、無いですか?「私の写真は浮来亭に載せないで」と言ったのに一月号に載ってた。(こんな人が書いてるの!!)と思われたのでは?!肖像権侵害だ。(え〜い、訴えてやる)アハハ‥‥(笑い)

●霧島を抜けて小林迄行った。私は出発前日に目的地に合わせ、地図の上に直線定規を乗せ、それに近いルートを走ります。(国分〜都城のあの坂は最近、嫌になっています)小林の「出の山公園」を目指す。10月からサメのキャビアが宮崎でも六千円で販売されるとか。私は鹿児島のTV「天気予報」の背景に写っていたもで、行こうと考えていたが、公園内に魚類の養殖プールが有り、鯉か鮒かと思い覗き込んだら、サメの背鰭が私の方へ向かって来た。「ジョーズ!!やばい!!」とビビった。ここがキャビアの研究所と判って納得。20代中途で日南に初日の出を見ようと、都城から日南迄、走破したのだが、深夜だったので、周囲の風景は殆ど判らず。S字カーブを何十度も走った思い出が有った。(良っし!明るい内に走ってみよう旅したのだ。――台風21号は中国方面へ行きそうだった)バイパスが出来て222号線はスムーズ。大きな高い陸橋も出来ており昔のイメージも無く、「道の駅」すら、出来ていた。「飫肥城跡」等、サンメッセ日南、サンチェリー北郷の温泉に浸かっている頃、台風は九州へ90゜、コースを変え始めた。(サンメッセはモアイ像が有る所。温泉の湯はびっくりする位のいい温泉だった)――海岸線で高波を浴びたくない、山間部で土石流に合いたくない。ケガをするより動かない方が良いと考え油津駅前のホテルに三泊。NHKドラマ「わかば」では、昨日行った飫肥城でロケをしている。台風明けに都井岬等を回遊して帰鹿したのだった。(油津の居酒屋でタコの卵の煮付を食した。初めてで旨かった)●ラジオで某学者が右効きの人は、全ての右の物は早く老化すると聞いた。(足・目・手・耳等) 忠告を受けて左手も使用する特訓をした。車の運転・物を掴む等、なるべく左手も使う様にしている。右脳・左脳の関係らしいが、今では生活の中で両手を使用する事で体のバランスが良い気がする。座った時、足を組む人=上に乗せる方が効き手でも有るのです。 左手で文字書きと食事は出来ませんが、今後もなるべく左右、使用しようと考えています。スコップを使用する時も、手を換えて右の方へ、左の方へと掘り方を換えてみて下さい。疲れ度も違う気がします。●「原稿のテーマを5回考える」まず思いついて一回目。(忘れる事も有って)メモる時二回目。原稿を書く時。推敲する時。連ちゃんへ送る前に再確認(特に誤字・脱字)の時。掲載されてから、最近2回は読みます。書いてても、書いてなくても、頭の中で文案している事も有り、段々と内容が重複しているかも知れません。文案中に書いて送った様な気になって来る事も有ります。こんな時は「浮来亭」に載っているのを読んでいる自分を連想したりするからです。
■温泉で虐待劇?→市内の温泉に行った或る日。体を洗っていると、五歳位の少年とおじいさんらしき二人。大きな声で「○○!!こっちへ来い」と風呂場内で響く位の大声。少年を洗っていたおじは言う事を聞かない少年の背中を二度程、バチリと叩く。「痛いよ〜ッ」と逃げる少年。又、こっちへ来いと大きな声で浴場内に響く声。仕方なく少年はオジの元へ。大人しく洗っていたかと思うと何故か又、頭をバチッとたたぅ。少年泣く。私の一m位近くでやり合っている。まるで私が怒られているみたいだ!!「今、流行の幼児虐待か?」この子は将来、温泉を嫌い、おじを金属バットでなぐるのではと思った。湯舟に浸かっている私の傍らにおじと少年もいた。わめく割りには少年の目に涙は無かった。日常茶飯事で演技だったのだろうか?脱衣所でも何事も無かった様な二人。警察に通報しようかとも頭をよぎったが、掃除に来たオバちゃんが二人に楽しく話しかけていた。私の思い過ごしなら良いのだけど。■ポケットの中に二千円。―以前、いつ飲みに行ったのか上着のポッケの中にお金が。酔って居ただけに前回の事は記憶に無い。洗濯もした上着の中のお札は散り々りにも無らず原形のまま。まるで二万円位に思えた一瞬だった。■どんな時に孤独感を思いますか。私の場合@大雨の中を一人で傘さして歩いている時。Aパーティが終って時間的にも行く所が無くて一人で帰るしか無い時。B味方だと思っていた人達に全てソッポを向かれた時。C温泉に行くしかない今?一人事を言いながら生きてる自分に気付いた時。――その他。さて、読者は?■桜島の裏側(付け根)部分にバイパス道路が出来上がっています。大浪の時、旧道は通行止になっていたらしい。現在、福山方向から桜島へ、海を大きく乗り上げたアーチ状の橋を制作中です。<工事完成予想図>も工事現場に有ります。■食事中、何かの拍子に舌を噛んでしまった事って有りませんか?鏡を見ると出血しだして…。処が焼酎を飲んでいる時はすぐ、血の気が引いてドンドン白くなり、あれよ〜あれよと治って行きます。舌は生命にかかわるからでしょうか。痛いけど、びっくりして人間の生命力パワーみたいな物を感じます。■洗剤のブレンド→外に置いてあった洗濯洗剤が台風により、びしょ濡れになり、箱は目茶苦茶。もったいないのでA・B二社製品を半分ずつ使用して洗濯。日陰干ししてから乾いた服は、すっごく良い香り。二つの製品の成分が合体したのか?気候のせいか…?とっても幸福な気分なのだ。■再映画館の事を書いて締め括りたい。劇場で終わった映画は半年か一年位でビデオ・レンタル化されている。やはり映画は劇場のスケールで観たい。 すぐビデオ化せずに、こんな時代だからこそ再映画館があっても良いのでは。2〜3本上映を千円位で。自宅でTV画面で見ても良い映画も有るが、このスケールの大きいドラマ内容は劇場画面で!!と云う作品も有るのだ。「映画協会/組合」さん、再考を。昔の白黒映画も某BSだけで無く、企画的に日本中の映画館で再映して……!!(この続きはビデオ編で書きます)



     51

 「最後のニュース」を聴いて

             
 一雨ごとに梅花が開き春がそこまで来ています。おなじみぶうめらんの幸ちゃんもあちこちの温泉巡りを続けているようです。近いうちにユニークな鹿児島温泉マップが出るかもしれません。密かに期待しています。

 先日ドライブしていた時のこと。ラジオから井上陽水の歌が流れてきました。早口の歌で中身がさっぱりわからない。聴いているうちにドキッとしてきた。「暑い国の象や広い海の鯨 滅びゆくかどうか誰が調べるの 原子力と水と石油達の為に 私達は何をしてあげられるの  薬漬けにされて治るあてをなくし 痩せた体合わせどんな恋をしているの 地球上のサンソ、チッソ、フロンガスは 森の花の園にどんな風を送ってるの  今 あなたにGood-Night ただ あなたにGood-Bye」 さらに続く「機関銃の弾を体中に巻いて ケモノ達の中で誰に手紙を書いてるの 眠りかけた男達の夢の外で 目覚めかけた女達は何を夢見るの 親の愛を知らぬ子供たちの歌を 声のしない歌を誰が聞いてくれるの 世界中の国の人と愛と金が 入り乱れていつか混ざりあえるの  今 あなたにGood-Night  ただ あなたにGood-Bye」 これは2番と3番の歌詞。1番の歌詞は聴きそびれた。「最後のニュース」という初めて聴く歌だった。1990年に作詞作曲したらしい。1970年代「傘がない」「氷の世界」「夢の中へ」などよく聴いたものだったが、それから20年近く経過し、ちょうどバブルがはじけた頃にこの歌ができたことになる。井上陽水の若い時の苦悩と葛藤、夢と希望、歌い続けることで到達した心境が淡々と歌われ胸に迫ってくる。通り過ぎていく景色を眺めながら歌の力を思った。陽水と言う人は、いつも「人間力」を考えてきたのではないか。自分を表現するとは一体どういうことか。どんな時も自分を信じ、全力で走り歩きぬいてきたのか。家に帰り着いてから1番の歌詞を探した。「闇に沈む月の裏の顔をあばき 青い砂や石をどこへ運び去ったの 忘れられぬ人が銃で撃たれ倒れ みんな泣いたあとで誰を忘れ去ったの  飛行船が赤く空に燃え上がって のどかだった空はあれが最後だったの 地球上に人があふれだして 海の先の先へこぼれ落ちてしまうの  今 あなたにGood-Night ただ あなたにGood-Bye」
 今度はCDで何度も繰り返し聞きながら、人の喜びや悲しみのことを思った。


■少しずつ葉を増やしているアコウ横に、説明板が設置されました。MBCで放映されたためでしょう。多くの方が見学に来られているようです。



■1837年モリソン号で山川港に来航し、結局帰国がかなわなかった日本人漂流民7人のことは「五人番のアコウ顛末記」に詳しく述べました。その7人の消息は不明のままでした。しかし、昨年シンガポールでその中の一人、音吉の墓が発見されました。その遺灰が昨20日173年ぶりにふるさと愛知県美浜町に帰ってきました。中部国際空港に降り立った斉藤宏一町長は「伊勢湾で遭難した音吉が、同湾にできた空港に戻ってくるとは感慨深い」と話したそうです。(20日毎日新聞)
 モリソン号には五人番のアコウの湧水を分け与えたと伝えられています。


 
皆が元気になったアコウ

                今村俊一

 近頃あちこちで、合う人によく言われる。「見たよ。」「良かったね。」「感動した。涙が出た。」「すごかったねー。」皆ニコニコしながら、楽しそうに、自慢そうな顔をして話してくれる。わざわざ電話をかけてきた人もいた。丹波小の走ろう会の子どもたちも、「おじちゃん見たよ。」目を輝かせて、言ってくれた。
 2月3日(木)に、放送された「どーんと鹿児島 五人番のアコウ」の事である。
 昨年の12月から今年の1月にかけて、「縄文の森をつくろう会」や「菜の花咲かせ隊」の事で新聞の取材や、テレビの撮影が続いた。NHKやMBCの人とも親しくなった。NHKは、スタジオまで行って生放送も経験した。又、楽しい思い出が一つ出来た。
 「放送があった次の日には、さっそく太平次公園にアコウを見に行ったよ。」「元気そうだね。芽も出ているし」「他にも何人かの人が見に来ていたよ。」と言ってくれる人がいた。
私が行った時にも、「放送を見て、鹿児島から来た。」と写真好きと言う、年な夫婦が大きなカメラを担いで来た。「これから定期的に来て、写真を撮り続けて、成長を見守ります。」と言ってくれたので、嬉しくて、これまでの事を色々話したら、とても感動してもらい、写真をぱちぱち撮っていた。
 アコウの木は、今までは殆ど人の来ない五人番にあったのに、皆に注目されて、幸せ者だなーと私は、思った。でも実は、「ちょっと静かにしてよ。」と言っているのかも知れない。
 とにかく、「アコウよありがとう。」と言いたい。沢山の人を結びつけて、元気付けて、感動を与えてくれて
 これからもあなたを見守り、大事にします。いや、それは逆で私たちのことを見守って下さい。

     


               

 鹿児島に用事があったので、前日、息子の所に泊まろうと出かけた。飲みながらいろいろ話をした。親子の話・男同士の話と結構盛り上がった。
二次会は息子が友達に合わせると言い、10人の若者と飲んだ。20〜30歳との事で9人が黒の衣装を纏っていた。ちょっと見は異常である。最初は身構えて飲んでいたが、酒が進むうちに垣根はお互いにとれた。
着ているものはブラックでも人間は鮮やかなブルー・イエロー・ピンクに見えた。
 先に失礼して息子のアパートに帰った。私はちょっと派手目なボーダーのセーターを脱ぎながら、これからは黒のセーターを着てみようかなと思ったが、黒に黒はダメかもなと‥。


●「森の声inいぶすき」
(チャリティーコンサート)
・期日 3月20日 午後2時開演
・場所 ふれあいプラザなのはな館
・入場料 500or1000円
 そこで、
浮来亭の読者の皆さんにお願い!
3月19日午後7時 準備
3月20日午後4時 片付け
    を、手伝ってください。

●「オールドカーフェスタ」
・日時 4月16・17日
・場所 開聞ふれあい公園

縄文の森を作ろう会より
■17年度の総会の日程が決まりました。
・日時 4月24日(日)午前10時
・場所 五人番アコウ前(太平次公園)







 いよいよ合併が現実見を帯びてきた。浮来亭の話題も広げたいものである。アンテナは立てているつもりだが、なかなかキャッチできてない気がする。皆さんご協力をよろしくお願いします。






                     
                    -トップページへ-