吸盤

 ドアを叩く音がした。その音を聞いて、ペドロはすぐに親友のユニオンが訪ねてきたとわかった。ユニオンはドアを激しく叩く癖があるのだ。ユニオンは学生時代の親友だった。互いの郷里が離れているため、なかなか連絡をとれなかったが、ペドロの呼びかけにより、ユニオンはペドロの郷里を訪れることになった。
 ペドロには悩みがあった。社会人になってからの友達は、利害や出世などが絡み、なかなか親友のような間柄にはなりにくいものだ。だからペドロは、社会のしがらみとは関係のない唯一無二の親友、ユニオンに会いたいと思った。
 ドアを開けると、懐かしいユニオンの顔があった。トレードマークのあご髭も健在、社会に出ても自分のポリシーは大事にしているのだなとペドロは感心した。ペドロは右手を差しだした。「ユニオン、きみに会いたかった」
 ユニオンはペドロの右手をしっかりと握り締めた。
「僕もきみに会いたかった」
 二人は握手をした後、がっちりと抱き合い、互いの顔を見つめあった。
 ペドロの部屋は整然として質素なものだった。ガラリとした部屋の中央にあるテーブルには、近くの山でとれた山菜、チーズ、スモークなどが並べられていた。
「凄い歓迎ぶりだな。大丈夫か?」
「大丈夫だよ。唯一無二の親友が訪ねてきたんだ。これくらいのことは当たり前だよ」
 ペドロは奥から持ってきた赤ワインをグラスに注ぎ、ユニオンに渡した。
 二人は赤ワインを飲みながら、互いの近況、昔の話などをした。
「なぁ、昔の話はこれくらいにして、言えよ。悩み事があるんだろう。会社のことか?」
「いや、会社は今年に入って辞めたから」
「だったら、就職のことか」
「いや、たしかに就職の悩みもあるが、もっと別の悩みがある」
「言ってみろよ。一緒に戦った同士じゃないか。あの時、僕たちがクーデターを起こしたから、いまのこの国があるんだろう」
「うん」
 ペドロは頷きながら、空になったグラスに赤ワインを注ぎ、それを一口飲んだ。
「ユニオン、これから話すことは他人には黙っていてほしい」
「もちろんだ」
「最近、僕には不思議な力があることに気づいたんだ」
「どんな」
 ペドロは自分の右腕をユニオンの眼前に差し出した。「手だ。この手は未来を予知する手なんだ。握手って、他人に対して好意を表す一つの手段とか、普通の挨拶のようなものじゃないか。ほら、さっきもきみと再会の握手をした」
 ユニオンは頷いた。「ああ、世界共通の挨拶みたいなものだ」
「でも、僕の場合は少し違う。その人間が自分に対して害を及ぼすか及ぼさないかが、握手を通してわかるんだ」
「テレパシーのようなものか」
「それとは少し違う。人の考えまではわからない。具体的にいうと、少し前のことだが、この町にモリコスという爺さんがいた。彼は猟銃の名手だった。モリコス爺さんはよく狩りの土産として、鳥やウサギを僕に分け与えてくれた。ちょうどその日も、家にウサギを持ってきた。モリコス爺さんからウサギを渡された、ちょうどそのとき、僕の手が爺さんの手にくっついたんだ。人から物をもらうとき、ふとしたことで手と手が触れ合うことはよくある。そこまではいい。でも、僕の手がモリコス爺さんの手からなかなか離れなかったんだ。ちょうど、タコの吸盤が吸いつくような感じだ。力をいれて離そうとしたら、すぐにはずれるんだが、そう簡単にははずれない。そのときは不思議だったけど、別にたいしたことではないと思っていた。しかしその次の日に、僕の愛犬のマーシャは彼の猟銃の餌食になってしまった。誤射とはいえ、僕は深く傷ついた」
「つまり、こういうことか」ユニオンは訊き返した。「未来のきみにとってマイナスの要因を起こすであろう人物の手に触れると、きみの手がタコ足の吸盤のようにくっつくってわけか」
「信じられないだろうけど、そういうことだ。昔、恋人だったナターシャにも同様のことが起きた。案の定、ふられてしまったよ。あんなに愛していたのにね。飲み屋のバグにいたっては、かわいい妹と付き合おうとした」
「おいおい」ユニオンはかぶりを振った。「モリコス爺さんの場合は事故だ。ナターシャにふられることだって、きみにとっては不幸なことかもしれないけど、どっちも日常には起こりうることだよ。それに飲み屋のバグときみの妹が付き合うことは、不幸なこととはいえない」
「違う」ペドロは激しく怒鳴った。「バグはろくでなしだ。あいつの毒牙にひっかかって泣きを見た女を何人も知っている」
「よし。そこまで言うなら、バグの店に案内しろ。直接見定めてやるよ。どんな男か」
「いや、バグの店は潰れてしまったよ」
 ペドロはワイングラスを揺らしながら、チーズをひとかけら食べた。
「借金があったのか」ユニオンは言った。「それとも別の職業に就いたのか」
「いや、バグは蒸発した」ペドロはそこまで言うと、ワインを一飲みして、ユニオンの顔を凝視した。「おや、その顔は疑っているな。僕がバグを殺したとでも…」
 ユニオンは「いいや」と答えた。
 ペドロはイスから立ち上がりユニオンに近づいた。「なぁ、僕ときみは親友だ。親友だからこそ、僕の悩みをうちあけているんじゃないか」
「ナターシャは、いま、どこに住んでいる?」
 ユニオンは恐る恐る尋ねた。額には脂汗が滲んでいた。
「ナターシャ…」ペドロは少し目を細めながら、天を指差した。「ナターシャはあっちにいるよ。あんなに愛している僕をふるから、こんなことになるんだ。おや、ユニオン。そんなに汗をかいて大変だ。拭いてあげるよ。なにせ、僕ときみは親友だから」
 ペドロはユニオンに近づき、額の汗をハンカチで拭こうとした。
「やめろ」
 ユニオンはペドロの右手を払いのけようとした。が、ペドロの右手とユニオンの左手はタコの吸盤に吸いつかれるようにくっついた。
「きみもか。きみもそうか」ペドロの目から涙が一滴こぼれた。「きみだけは親友だと思ったけど…」
 ペドロはテーブルの上に置いてあった赤ワインのボトルを左手で持ち、それをユニオンの脳天に振り落とした。
 ゴツリと鈍い音がした。ユニオンは膝から崩れ落ち、血まみれになって倒れた。割れたボトルからは大量の赤ワインがこぼれ、ユニオンの血と混ざりあっていた。これほど美しいワインレッドがこの世に存在するのかと思えるほど、濃くて淡い紅だった。
 ペドロはこの紅を見て、サンギフ叔父さんが印刷屋をしていることを思いだした。このときペドロは、少なくとも就職の悩みは消えたと思った。ザンギフ叔父さんと握手をしてみなければ、わからないことだが…。


  指宿百名人49

 塚本 喜佐男さん

 山川成川在の塚本さんとは時々お会いする仲。わらじ作りの名人と聞いていた。前からそのことをお聞きしようと思っていたが、当のご本人が謙遜してなかなか話してもらえなかった。ここ一年ほど姿を見なかったが、どうも風邪をこじらせて命を取られるところだったらしい。

塚本さんは元々耳が遠い。補聴器を今日は忘れたと言うので、これは幸い、一緒におられた娘さんから色々聞きだした。「医者さんがもうだめだから皆を呼ぶようにと言うので、親類が集まったんです。そしたら皆とまた話がしたかったんでしょう。生き返りました」「じいちゃんは小さい頃から親がわらじを作るのを見ていたんです」誰に教えられるでもなく昔からわらじを作っていたという。「本当は靴職人。若い時に関西に修業に出て、山川で靴屋をしていました」ところが60歳代に脳梗塞になり左半身不随に。同時に眼も見えなくなってきた。靴屋をやめてわらじ作りを始めた。「良い藁をもらってきて一から作ります。必要な道具も全部ありました。三年ほど前まで不自由ながら作っていました。今でもわらじが欲しいと電話がきますよ」確かに塚本さんの左手は動きが悪い。耳元で大きな声で「塚本さん手を見せてください」と叫んで撮った写真。手が大きい。こんな手でもまれたら大概の藁も素直に言うことを聞いたことだろう。あらぬ方向を見ているのははっきり記者の顔が見えないから。塚本さんのわらじはきれいで履きやすかったという。実物を見てみたいと切望しても、三途の川を引き返してきたばかりの塚本さんにお願いするわけにはいかない。

当年88歳。家族で米寿の祝いも済ませたという。様々な障害にめげず淡々と時代を生き抜いてきた老匠に満腔の敬意を表したい。

        


         蓮太郎

 暖かい午後である。
 たまには乗らないとだめになるよ、と言われていたので久し振りに250CCのバイクに乗った。行きたい所があったし、乗るのが旨くないし、途中で故障でもしたらと池田まで行く事にした。走り始めてあせった。バックミラー(サイドミラーなのかな?)が風の抵抗で内側に曲がってしまうのである。ただでさえヘタなのに、ミラーが使えないのだから大変である。ガチガチで運転して無事に池田に着けてホッとした。Kさんとおしゃべりをして、工具を借りてミラーを直してからエプロンハウスに寄った。お目当ての豆腐は月曜日で休みだった。慣れてきたせいもあり、帰りのグリーンピアの山越のバイクは見てもらいたいくらい颯爽としていた。
 普段しないことをするのがこんなに楽しいのかと思う位だった。それに、小さな旅をしたようだった。
 寝る時に思い出した。今年の年賀状の抱負に「バイクで旅をしたい」と書いたのを。でも抱負にしては小さすぎた旅だ。
 恐がっていたらいつまでたってもバイクに乗ることが旨くならないだろうから、思いきって決めた。連休が取れたら、宮崎県の綾までバイクの旅をしようと。そしてバイク以外でも恐がらずに…。


の幸ちゃん

サスペンス劇場」をTVで観た。久し振りだ。昔は刑事・探偵・犯人位が有名人役者が出ていた。びっくり、私が見た番組は脇役まで顔を知ってる有名人ばかりだった。端役の方が少なかった。…皆、仕事が無いのだろうか?監督やTV局の主旨だったのか?又、歌手・俳優・歌舞伎役者がバラエティ番組≠ノ出てバカな事やってると悲しくなって来る。事務所の都合、視聴率稼ぎでしょうか? 「想い出の温泉」母とハワイ・ロサンゼルスへ旅行に行く時、私は東京で友人の結婚式に出席の為、母とは大阪空港で待ち合わせた。 東京から新幹線で大阪へサウナへ泊し、午前中は温水プールへ。振るチンで、深いプールの中でイルカの如く(?)泳ぎ回っていた。今までに体験しない快感であった。私はすっかり魚になっていた……。「スーパーのレジで」つい、腰を押されて(アッ!!)と痛い想いをする。気付いた客は、「あッ、済みません」と謝るが、こっちはもう何も言えない。殴られた位に痛いのだ。スーパーに入る前に「押すな。触るナ。腰痛!!」と云う垂れ幕でも貼りましょうか。車の後部にも、「腰痛」とか紅葉マークや身障者マーク(車イス)でも貼りましょうか。私、右目の後方からの視界も狭く、右後ろから割り込み・追越には気付きにくいので、常に右側車線に車を走らせます。社会保険も無いので「保険なし。事故時は現金で!!」とベタベタ、シールを貼りましょうか?どうしましょうか? 「糖尿病か痛風か?」昨年の盆過ぎから、足・手等、首までのアチコチで血管か、筋がピクピクする。夜も眠れない時もあった。自分の手でマッサージもする。糖尿病だろうか?足を切断手術した人も居たらしい。TVで云ってた。バイパス手術をするには北海道まで行って血管手術をするらしい。現金で払うとなると考えたら、気が遠くなって来た。 「ジャニーズ系から」昨年NEWSがデビューした。握手会に8万人だか集って三万人で中止したとの事。NEWSは四方八方から記事が集ると言う意味だが、日本語にすれば北東西南となる。これはアメリカ的、考えで有り、日本では東西南北が一般的だ。これはたぶんに中国方面の麻雀からの使い方が慣用されている事だと思う。(間違いだったら、ゴメン。詳しい方は浮来亭まで御一報を) 「想い出の温泉」「県酪牛乳」配送の仕事の前に「トライアングル」という社名(?)で、普通トラック一台で水道やクーラー工事の手伝いで企業とタイアップして仕事していた頃、志布志に出張した旅館での事。疲れて帰ればヒノ木貼りの湯。外観は古かった旅館も、温泉は良かった。懐かしくて、その後個人的旅行ででも、又再度行った私だった。 「温泉の底」鹿児島県の地図を拡げて見て、殆どの町に温泉が有る。同町に三〜四軒集中していたりする。皆、掘削して温泉商売しているが、地底では繋がっているのでは?いつかは枯れるのでは?私、取り越し苦労でしょうか? 「海外旅行先で」色々な盗難に合っている日本人をTVで報道していた。――日本人は日本並に気楽に考えて海外旅行しているのですね。私も20代にグアムへ行った時、ホテルから歩いて10分位のスーパーに買物に行く途中、かっこ良いスポーツカーに乗った金髪の青年が「どこまで行くのか?乗せてってやる」と言うので、私もつい乗りかけた。その時、ガイドさんが一人で車に乗らない様にと言われたのを思い出し、「ケッコーです」と断わった。「本当に?」と云う外人青年。私は両肩にカメラをかついでいた。 あの時、乗ってしまえば、今、ここに居ないかも。カメラか体か、命を奪われたのではないかと思うと、ゾッとして来た。


縄文の森をつくろう会よりお知らせ

アコウの石積み会
3月21日(日)10時
フェニックスホテルの駐車場集合







 年を取ってきたせいか、物忘れがひどくなりました。浮来亭に原稿を書いてきたことが良かったと思うようになりました。



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