101号

膝に良い・ガソリン代がいらない・車がない…という訳で自転車に乗っている。
仕事に行く途中に公園の中を通る。いろいろな生き物と会う。まず、朝多いのは鳥類。カラスだけは知っているが後は知らない鳥が多い。襲われるのではないかとびっくりするような小鳥の大群の時もある。今、カラスと友達になれたら襲われないかもと声をかけているのだが、なかなか仲良くはなれない。蝶と蛾。蛇とか虫類。先日は市役所とひばり保育園の中間でリスのような動物が前を横切った。あとで黄鼬(てん)と教えられた。
 自動車学校から五郎ヶ岡に行く道ではカニが道路を横切っていた。そういえば、前はもっと沢山いたことを思い出した。
 自転車もなかなかいいものである。


102号

 午後5時に仕事が終わり急いで帰り、法被に着替えた。法被を着たとたんにビールを飲みたくなって350ml缶を一気に飲んだ。初めてのデートの時のように胸がドキドキし、ワクワクした。きっと顔はだらしなくニヤついているのではないか?
 6時半の集合なのに、6時10分には駅前の集合場所に着いた。私とたぶん同じ気持ちの子供が3人いた。お互いに気持ちを隠しながらも確かめるような目で見つめあった。
『おじさん、飲んでるネー』
『あたりまえよ、祭りだもん!』
『おじさん、祭り好きだよネー』
『悪いか?』
人をバカにしたような目をしたが、嬉しそうでもあった。
湊上の子供たちと祭りを楽しむようになって、もう20年も経っている。去年と今年は神輿を担げなかったが、ハンヤ踊りは踊った。
最初は子供たちのことに気を使いながら踊っていたが、途中からはいつものように自分のことしか考えない。騒いで祭りを楽しむだけである。


103号

 都城に行く用事が有り、乗物を何にするかで悩んだ。
 車が一番便利がいい。でも疲れるかもしれないから、電車で本を読んだり寝ながら行くのも良いかもとも考えた。まだある。たまには乗らないと悪くなってしまうからと250CCのバイクである。でも運転には自信が無いから都城までなんてとても不安である。交通費・時間・便利さ・天気…。悩んだ末にバイクに決定した。選んだ理由は「若さの維持」だった。
 朝6時半に指宿を出た。昨日500mくらい試走したので順調である。ガソリンは半分以上有ったのだが、リッターどのくらい走れるのかを知りたかったので、中名のスタンドで満タンにした。
 トラブル発生。
 エンジンがかからない。何度キックしてもダメである。暑い朝で汗をびっしょりかいてしまった。スタンドの青年が観かねてキックしてくれたがかからない。予定が狂ってしまい約束の時間に着けないのでは思い始めた。青年は押してかけてみようと言ってくれた。悪いから私が押すからと言い、スタンドの中をぐるぐる回り押したがダメである。汗はかくし疲れが限界の感じだったので諦めて電車で行こうと決め、これが最後だというキックをした。天は若さを選んだ私に同情してくれたのかかかった。
 少し遅れたが、無事に都城に着けた。
 用事を済ませた帰り道。19時だから今朝の青年はもう居ないだろうが、お礼を言いたいのとガソリンもかなり減ってきていたので、又中名のスタンドに寄った。やっぱり青年は居なかったが朝の出来事を喋って、御礼を言って帰ろうとしたが又かからない。しゃれにもならない朝の再現である。同じように20分位かかってからかかった。申し訳ないのと恥かしさで身が縮んだ。
 寝る時に考えた。
 一度起こった事は二度起こるんだ。又、バイクも条件反射するのかもしれない。と。
 三度目と条件反射を確かめるために、今度も必ず寄ってみようと決めた。


104号

 現実的な夢を見ていたつもりだったが、目が覚めたら思い出せない。暗闇の中でリモコンを手探りで見つけテレビをオンにした。まだ5時半だった。暗いはずだ。もう一眠りと思ったがダメそうなので、そのままテレビを見ることにした。おもしろくない。ビデオを見ることにした。スカパーで撮っておいたビデオが15本もあった。1本に映画が3本入っているビデオが9本とパソコンの勉強の6時間ものが6本。かなりあるからと喜んだが、どれを見ようかなと迷っているうちに疲れてしまった。結局見なかった。7時半に仕事に出かけた。
 その日の夜、午前中に撮っておいた大リーグのビデオを楽しんだ。そう言えば巨人戦はビデオをいつも撮っているが殆どその時に消化してしまっているので見て無い物はないし残っていない。
 野球が大好きなのがよく分かったし撮っておいた方が良いという程度のビデオは撮らなくてもいいんだと寝る時に思った。又「ビデオは撮らないでその時に見るようにしている」と言った友の顔を思い出した。


105号

 いつも行っているT温泉が改装とのことでI温泉に行くことにした。T温泉はいつでも入れたので朝出勤前に寄っていたが、I温泉は午後の一時からなので、朝風呂には入れなくなった。少々残念である。
 夜の9時過ぎに、新参者らしくそっと入っていったら見覚えのある方と目があった。場所が違うが裸友達である。それも二人もいた。T温泉のときには挨拶程度の付き合いだったのに、古い友の様に良く喋った。一遍に縄張りが広がったようで、出る時には堂々と出た。
 風呂の後、ビールを飲みながら、人とは「いつもの場所でいつものように」会うのも良いが、「違う場所でいつものように」会うのも良い物で有ることが良く分かった。今度は「いつもの場所で違うように」会ってみようかなとも思ったし、「違う場所で違うように」会ってみようかなとも思った。


106号

 仕事が終わる時間になったが、気分がすぐれない。精神的にも肉体的にもである。なぜかと言うと、この6日間で5回の飲み方があったからである。今日がその最後の5回目の飲み方である。昨夜も続くから早めに切り上げようと思っていたのに…、1時半になってしまったし、飲み過ぎでやや二日酔い気味である。いや四日酔いであった。
 風呂を済ませ気を引き締めて飲み方に臨んだ。途中までは初心(二次会には行かない)を忘れずに飲んでいたが、何年か振りの知人と会い話が弾んだ。私のことを心配もしていてくれてた様子が良く分かり大変嬉しかった。もう70過ぎなのに大変元気である。ついついこちらも元気になってしまった。
 一軒行こうかと言う事になり、昔行っていた店に顔を出したら、又々話が弾み、もっと元気になってしまった。
 次の店では若い女性に会わせて歌をたくさん歌った。もう最高の気分であった。
 お腹が空いて来たねといって居酒屋に行った。おいしい魚がたくさん出てきた。残すのはもったいないと全部食べてしまった。それで時間もかかり飲むほうもすすんだ。結局2時半だった。
 次の日、二日酔いになっていなかったし気分もすっきりである。休みという事でもあるのかもしれないが、どうもそれだけじゃないようだ。楽しく飲んだからであろう。飲まないほうが良いのではと少しでも思って飲むのは精神的にも肉体的にも敵のようだ。
 寝る時に思った。今月はまだ後3回の飲み方があるが、もう大丈夫だと。


107号

 大晦日に、息子達が帰ってくるかもと家に行った。結局帰ってこずに別れた女房と二人で飲んでいた。だいぶ酔いが廻ってきた頃に紅白歌合戦で長渕剛が「出会った頃の二人に も一度戻ってみよう そして二人で手をつなぎ しあわせになろうよ…」を歌い始めた。二人とも無口になってしまった。
 12時になったら、花火が上がった。すてきな花火だった。
 何となく落ち着かず家に帰ってきた来た時は酔いはかなり醒めていた。
 今年の年賀状の抱負に「胸をときめかしたい」と書いたのを思い出した。もう、達成したように思った。ひょとしたら離婚はしたけど、別れてはいないのかとも思った。


108号

 暖かい午後である。
 たまには乗らないとだめになるよ、と言われていたので久し振りに250CCのバイクに乗った。行きたい所があったし、乗るのが旨くないし、途中で故障でもしたらと池田まで行く事にした。走り始めてあせった。バックミラー(サイドミラーなのかな?)が風の抵抗で内側に曲がってしまうのである。ただでさえヘタなのに、ミラーが使えないのだから大変である。ガチガチで運転して無事に池田に着けてホッとした。Kさんとおしゃべりをして、工具を借りてミラーを直してからエプロンハウスに寄った。お目当ての豆腐は月曜日で休みだった。慣れてきたせいもあり、帰りのグリーンピアの山越のバイクは見てもらいたいくらい颯爽としていた。
 普段しないことをするのがこんなに楽しいのかと思う位だった。それに、小さな旅をしたようだった。
 寝る時に思い出した。今年の年賀状の抱負に「バイクで旅をしたい」と書いたのを。でも抱負にしては小さすぎた旅だ。
 恐がっていたらいつまでたってもバイクに乗ることが旨くならないだろうから、思いきって決めた。連休が取れたら、宮崎県の綾までバイクの旅をしようと。そしてバイク以外でも恐がらずに…。


109号

 休みなのでゆっくりの8時半頃起きた。昨夜の焼酎が少し残っているようだったが、天気が良いので直ぐに忘れてしまった。
 10時になると子ども劇場のお母さん達が来るかもしれないと思い台所での用事を済ませ、テレビの前に。スカパー(BS)で映画を見始めた。スカパーの映画は洋画が殆どで、もちろん字幕スーパーである。英会話の勉強になると思っていたが進歩は殆どない。
 今日の映画は「サルサ」という題名だった。最初のうちは内容がよく分からなくてつまらなかったが、婚約者のいる女性がダンスとダンサーに傾斜していくストーリーであると読んだ。まあよくある話ぐらいに思っていたが、踊りが始まり目と耳とハートが点になった。立ち上がり体を動かしていた。どうもサルサというのは中南米のダンスのようだ。リズムもダンスも私にピッタリである。そう言えば以前レゲエを聞いたときの事を思い出した。その時と同じように、私の体の奥の奥のどこかを何かが指すのである。音楽とかダンスとかを習う事もしたことがない私にである。映画が終わっても暫らく興奮していた。
 インターネットでプエルト・リコを探した(本当のことを言うとプエル・トルコと思っていてなかなか見つからなかった)カリブ海の回りの島の一つだった。レゲエのジャマイカもあった。行ってみたくなったので旅行会社のホームページも見てみた。そしたら結構手頃な料金(10万円位から)で行けることが分かった。夢がドンドン広がって恐くなってきた。京都に行って坊さんの修行をしたいと言っていたが、それより私にはカリブが似合っているように思えてきたし、私のルーツはカリブなのではと確信した。もっと辿ればアフリカかもしれない。私がよく外国人と間違えられるのもその辺かもしれない。
 寝る時に思った。ひょっとしたらお袋は外国旅行をしたことがあったのかな?と。そしたら、テレビの横の冷蔵庫の上のホコリをかぶったお袋の写真と目があった。お袋は笑いながら「連ちゃん、何を馬鹿なこと言ってんだよ!」と言ってるように見えた。あわてて「失礼しました」と言って布団をかぶった。


110号

 休みなのにいつもの仕事の日と同じ時間に目が覚めた。もう一度寝ようかなと思ったが寝れそうにないので床を離れた。
 天気予報では午後から雨が降りそうである。気温もちょうどいいし、曇り空だから丁度いいと草取りを始めた。1時間ぐらいで終わった。汗を拭きながら自分をほめた。
 ちょっと遅い朝ご飯を食べた。大変美味しく食べれた。
 ヤンキースの松井が活躍している場面に出くわした。満足である。
 天気予報が当たって午後から降り出したので、スカパーの映画を見ることにした。主人公は大変かっこがよく、男でも惚れてしまいそうな感じである。後半は主人公に成りきって見ていたのでもてて嬉しかった?
 夜はお待ちかねの巨人戦。ホームラン攻勢で逆転勝ち。もう最高である。
 寝るときに思った。
 今日は一日中いいことがあったので、顔はゆがみっぱなしだったに違いないと。でもニコニコ顔よりもニタニタとかニヤニヤの顔だったのではと気になった。狭い部屋で一人でニタニタしてるのを人に見られたら、どんなに思われるのだろうと思ったらゾッとして来た。一人笑いとか思い出し笑いは気をつけようと反省した。


111号

 朝、目が覚めたら非常によい天気になっていた。台風はどうしたんだろうと思って天気予報を見たら、もうそれて通過していた。気持ちよく自転車に乗って仕事に向かった。
 昨夜寝る前にあんなに心配していたのが嘘のようである。
 夜、テレビで長崎の女の子の事件を見ていて感じた事がある。それは両方被害者であり、哀しい事件だという事である。
 寝る時にさらに考えてみた。
 台風にしても長崎の事件にしても、もし知らなかったら別に心配もしなかったし、哀しくもならなかったのではないかな?と。
 だとしたら、情報って知らないほうがよいものが多いのではという事である。『イヤな世の中になった』とよく聞くけど、今も昔もそんな変わらないのかもしれない。世界の悪いニュースをこんなに沢山聞かされたり見せられていれば憂鬱にならないほうがおかしい。
 そんな事を思いつつ今夜もニュースを見ながら寝てしまった。


112号

 昨夜の飲み過ぎなのか、休みでなのか、目が覚めてからグズグズと床を離れる事が出来なかった。ここ二、三日がそうなのだから酒も休みも関係無いようだ。
 トイレに行きたくなり、起き上がる時に「よし!」と気合いを入れた。簡単に気合いが入ったのか、その後の行動は自分で誉めてあげたいほどだった。
 夜、風呂上りのビールが大変美味しかった。
 寝る時によーく考えた。お金も大事だが健康だと。それも心の健康だと。
 イヤな事があったりするとずっとその事を考えてさらに憂鬱になる。ほかの事を考え始めてもすぐに又考えてしまう。心の病気のようだ。

 クラリネットポルカの曲が流れた。私の携帯の着信のときに鳴る曲である。番号を見ると、053…である。またワン切りだと思ったがなかなか曲が終わらない。出る分にはかまわないかと勇気を出して、かなり低い声を意識してドスをきかせて「はい…」と答えた。するといきなり「連太郎さん?長尾です」ときた。一瞬ぼっとしてから、あーそうか05383は静岡県の磐田市の市外局番だった、と気付いた。高校時代の一級下のテニスの後輩である。8月の盆過ぎにあるテニス部のOB会の欠席の確認から是非出席しないかとの誘いに変わり、おそるおそる私の近況を尋ねてきた。静岡の磐田でもいろいろな噂が流れているようである。元気のある姿を聞かせた方がいいかな?それとも沈んでいる様な声の方がいいかな?と考えた。どうも私は意地悪な性格のようだ。いや違う。相手の望んでいる方をと考えたからである。でも、一言では心境なんて語れないし、自分でも自分の事がわかっていないのだから、しゃべることも当り障りのない事を喋った積りである。最後に「折角一人になったから、今若い女性を口説いているよ」と言ってしまった。又、噂が広まるだろうなと反省したが遅かった。
 寝る時に今日の電話のことを考えた。一級下だから高校時代には二年間しか接していないわけだが気持ちは十分に通じている。もし磐田に帰ってくるなら仕事もあるよとのことだった。本当にうれしい事である。でもその仕事内容が気になった。女子高校の守衛である。
 と言うことは、私は高校時代にも女性好きだったようだし、今も変っていないんだと後輩はすぐに察したわけである。
 穴があったら入りたくなった。


113号

本を読んでいた。その本はある人の好きな作家と言う事で読んで見たくなった本である。
 文中で山本周五郎と松本清張の本の事が出ていた。凄く嬉しかった。その人との会話で、私は「好きな作家は?」と問われ即座に答えた好きな作家の二人だったからである。又、この本の作家の宮部みゆきも先の両氏の本を好んでいる事が考えられるし、五段論法でいけば、宮部みゆきの本を好むある人も好みは私と似ているのではと結論付けたからである。
 本が頭に入らなくなった。
 口説くなら『迷惑でなかったら、好きになります』とか『赤い糸って知っています?』(知っていたら)『私も信じます』って言ったらかっこいいかもなとか夢が広がり、色々考えていた。
 少し冷静になり、又本に戻った。
 今度は「赤い糸のことが出ていた」
 寝る時に考えた。これは「赤い糸」ではなく「赤い綱」に違いないと思わざるを得ない、と。
 文芸いぶすきの原稿の〆切は9月末だから、こんな感じをベースにしてのストーリーで恋愛小説が書きたいなと思って寝る事にしたが、熱くて寝づらかった。


114号

孫が出来た。
いよいよおじいちゃんになったのだ。自分としては20歳前半の人の多い青振連の友と楽しく飲んでいるので、なかなか“年だ”という実感がわかない。連休を利用して孫に会いに行った。立派に生きていると思っていないので会うのが少し恥ずかしかった。2540gで生まれたとのことで小さくて、手も足も強くにぎったら折れそうで怖かったが、思い切って抱かせてもらった。やっぱり血がつながっているようで、私にそっくりである。息子は自分に似ていると喜んでいるが、息子は私の赤ちゃんの頃を知らないから無理もない。ここで言い争ってはいけないと、黙って我慢した。
夜、嫁さんのお父さんと飲みに出かけた。そしたらお父さんは孫が出来たと嬉しそうに話していた。良く考えたら私だけの孫ではなかった。少しがっかりした。でも皆に分からないように可愛がればいいんだと考え直した。どうすれば好かれるのかも考えなくちゃならない。胸をときめかすのは女性だけじゃないことを悟った。
 寝るときに不思議なことを発見した。それは孫から親、その又親と数をたどっていけば2・4・8・16・32・64・128…となり、先祖って何人になるのだろうか?
疲れて眠くなり寝てしまった。


115号

 野球が終って(日本シリーズはまだあるけど)夜の楽しみはスカパーの映画である。
 いやいやながら音楽教師になった主人公が徐々に生徒達に夢中になっていくドラマであった。生徒達が生きると言うことを教えられ考え、目が輝いていく、いつものヒューマンタッチのストーリーだと思って見ていた。やっぱりそうであった。最後も今までの教え子達に感謝されるという感動のシーンだった。また涙してしまった。今からでも遅くない、あの教師のようになろうと心に決めて寝た。
 次の日の夜、飲み方があり楽しく飲んだ。心がウキウキしていたので二次会に一人で行ったら、店は暇で私一人だった。ママと女の子と3人で飲んで歌ってはしゃぎ回った。酔って帰り、ちょっとHなビデオを見、自らを慰めて酒と女はいいなあと確認して寝た。
 次の日の夜、溜まった日記を書こうとして、一昨日と昨日の決意と願望の違いの差が分りショックだった。私はずっとこんないい加減な生き方をして来たのだ。今からではもう遅い、あの教師のようにはなれないなと諦めざるを得なかった。でも、そう決めたら気持ちが楽になり、グッスリ寝れた。


116号

 毎日、お昼になると迷い考える事がある。つまらない事だと笑わないで下さい。思い切って打ち明けます。
 頼んでいるお弁当は幕の内のようなものだから、おかずの種類が多い。食べる順番で迷うわけである。悩んだ末に好きな物を最後に食べている。以前にある人が「好きな物から食べれば、いつもある物の中で一番好きな物を食べれるよ」と言われたことが、頭に浮かぶからである。そうだなと思いながら、今日も好きな物を最後に食べた。
 寝る時に考えた。人生も、楽しい事を最後に取っておくよりも早く楽しんだ方が良いのではと。明日の弁当は好きな物から食べることに挑戦するぞ!


117号

 テレビで新潟被災者のインタビューを見ていたら、ある人が『仮設住宅に移れたのは良かったけど、一人で寂しい。皆でいた時の方が良かった』と暗い顔で言っていた。そうかもなと思った。
 画面が変わって、まだ体育館での共同避難所の人のインタビューでは『プライバシーがないので辛い』と怒った顔で言っていた。そうかもなと思った。
 どっちにしてもいやだよなと思った。
 子供達が映し出され、皆で仲良く遊んでいた。一方大人達は一所懸命助け合って片付け等をしていた。どちらも明るい顔をしていた。
 映し出された映像だけで判断するのは早計かもしれないが、暗い顔・明るい顔も本当の気持ちなんでしょう。さっきまで暗い顔の方もちょっとしたことで明るい顔になって居るかもしれないし、その逆もあるような気がした。生きていくってそんな事のくり返しかもしれないなあと思った。
 その夜、寒いから今日は走るのは嫌だなと思ったが、走りに行って風呂に入ってビールを飲んだら大変おいしかった。走る前は暗い顔、走った後は明るい顔だったに違いない。年を取ると言うことは色々な経験を多くする事だから、楽しい事もつらい事もたくさん経験したに違いない。と、言うことは嫌な事は早くクリアーできるに違いないし、楽しい事は長く味わうことができるに違いない。後少しで新しい年を迎えるわけだが、年を取る事を嫌がるのは愚の骨頂だった。やっぱり年末にする忘年会は望年会とすべきだとはっきり分った。
 そしたら寝つきもよく、グッスリと寝られた。


118号

「この部屋汚たないねー!」
と、言って三歳くらいの可愛い女の子が私の部屋に入ってきた。
休みで、のんびりとビデオの映画を見ていたところである。
その後も何か色々喋ってくるのだが、こちとらは今良い場面でそれどころではない。適当に相槌は打っていたのだが、私の気持ちを察したのかすごすごと出ていった。女性にこんな冷たい態度が取れるとはびっくりした。
 映画を見終わって一服の煙草を吸ってもおいしくない。「この部屋汚たないねー!」が気になって仕方ない。部屋を見渡す(そんな大げさな広さではないが)と、言われた通り酷い。気合を入れて掃除をした。整理整頓もしてすっきりして気持ちが良かった。
 夕方、メールを開いたら高校時代のサッカー一筋の後輩からメールが届いていた。二人とも大雑把な人間なので音信は至って薄いが、心は通じ合っている。なぜかと言うと二人とも高校時代に同じ女性を好きだったからである。お互いに自分の方が勝っていると思っていたに違いないが定かでない。話を元に戻して、メールは一人暮しを心配して?の文であった。世間が考えている様な不幸な人生を送っていないのだが、ありがたいものである。会いたくなった。(ちなみにサッカーの好きな方はサッカー一筋の後輩のサッカー日記風HPを見てやって下さい。タイトルは「直助の球けり妄想記」でアドレスは  http://aoshima.exblog.jp/です )
 寝る時に静岡・東京の事を思い出していたら、たくさんの会いたい人・会いたい場所が出て来た。
 部屋だけでなく、人生もたまには掃除をして整理・整頓するのがいいのではと思った。定年の暁にはボンゴに乗って北上しようと決めたら興奮して寝付きが悪かった。


119号

 鹿児島に用事があったので、前日、息子の所に泊まろうと出かけた。飲みながらいろいろ話をした。親子の話・男同士の話と結構盛り上がった。二次会は息子が友達に合わせると言い、10人の若者と飲んだ。20〜30歳との事で9人が黒の衣装を纏っていた。ちょっと見は異常である。最初は身構えて飲んでいたが、酒が進むうちに垣根はお互いにとれた。
着ているものはブラックでも人間は鮮やかなブルー・イエロー・ピンクに見えた。
 先に失礼して息子のアパートに帰った。私はちょっと派手目なボーダーのセーターを脱ぎながら、これからは黒のセーターを着てみようかなと思ったが、黒に黒はダメかもなと‥。


120号


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