第3話  焼酎ん勢い
    
           13年3月8日
  25年ほど前、阪急ブレーブスに今井勇太郎という酒仙投手がいた。 彼は新人の頃、球に力はあるのだが、気が弱くてなかなか実力を発揮できないでいた。 見かねた当時の上田監督が試合前にビールを飲ませてマウンドに上げたところ、人が変わったような快投乱麻のピッチングでバッタバッタと凡打の山を築いたと言う。 そして、完全試合達成者として球史に名を残している。
  これは未来永劫賞賛さるべき焼酎の勢いの良例であろう。 私もゴルフなどでこれにあやかりたいと常々思っているが、適切な酒量摂取とベースとなる技術がないので成功した試しがない。(^^ゞ)
  しかしながら世の中には、大人に対する信頼を著しく損なう焼酎の勢いもある。
  子供の頃、ダイヤメ(晩酌)をしている時の父はとにかく機嫌が良かった。 まあ、いつもガミガミ言う人ではないけど、飲んでいるときは特に気が大きくなるようである。
  私が「父ちゃんの跡を継いで、歯医者ぃなっでな!」なんて言おうものなら、機嫌良さのボルテージも上がり、よく乾き物のショケ(つまみ。なぜだか父はこんなつまみが好きなのである。これだけは全く遺伝していない。)を沢山食べさせてくれた。 ビールでダイヤメの時は必ず泡を吸わして貰ったものである。
  私は小さい頃から人並みに?物欲が強かった。 しかしながら私たちの小学生の頃はまだ豊かさを実感できる社会では無かったし、田舎の歯医者にしても世間に後ろ指をさされるような暮らしぶりでは決してなく、むしろ貧しかったと言う印象の方が強く残っている。 まあ、もっともこれに関しては、情けない事ながら今も大差ないのだが・・・。(^_^;)
  まとまった小遣い(50〜100円)を貰えるのは7月の竹田神社の六月灯と12月の歳の市だけだった。 そこで親父がダイヤメをして良い気分になっているときに、「父ちゃん。艦上攻撃機彗星のプラモデルをこてくいやん(買って下さい)」と、おねだりする。 すると父は気が大きくなって「どひこすっとか?(幾らするのか?)」と答える。 私はすかさず「たった300円じゃっど。」 すると父は「やしぃもんじゃ!こっくるっが。(安いもんだ!買ってやろう。)」と簡単に籠絡されるのである。
  翌朝早速父にプラモの小遣いをねだると、「おいはそげんなこちゃゆちょらん!(俺はそんなことを言った憶えはない!)」と必ずすっとぼけられてしまう。 ここからは壮絶な親子げんかである。
  まあ、結局最終的には母が出てきて、「あんたしょちゅん勢いじゃったたっよ!(あれは焼酎の勢いだったんだよ!)」と諭されて、泣く泣く諦めることを中学卒業まで延々と繰り返した。
  翻って今の自分を観ると、焼酎ん勢いで確かに気が大きくなり、後悔必至の安請け合い連発であるが、愚息どもがそこに付け入るようなことが全くない。 今の子供は物質的には恵まれているし、何より父など足元にも及ばないほど慈悲深い母親がいる。 さらに大甘の極め付け、お祖父ちゃんお祖母ちゃんと言う切り札を持っている。 どうやら、厳格な父には何一つ期待していないようだ。


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