第29話 「主観と客観 3」
〜 知識はフルーツのしぼりカスである 〜


テストの時は
「客観」が大切である。
「客観」で答えなければ点数にならない。


では,「客観」ばかりで勉強はOKか?

(いな)である。

むしろ
普段の勉強で大切なのは
「主観」である。

様々な知識や考え方に対する
「自分の考えや意見」である。

ただ,中途半端な主観では困る。

「カン違い」や「独りよがり」のような「主観」なら
全く役に立たないので
決められた日にキチンと処理してゴミステーション出した方がよい。



勉強で様々な知識や考えに出会ったとき
先ずは,それらを正確に「わかる」必要がある。

正確に「わかる」ためには「客観」である。

教科書の文章も,先生の説明も,板書も
「客観的」に考えないと,わからない。


先生が説明しているときに
「先生が信じられない…」
「この先生,ツマラナイ…」

などというような,「雑念」という「主観」にやられるとダメだ。


教科書を読んでいて
「英語を学んで何になる!」
という自己中心的な考えに浸っているようでは絶望的である。

まず
「わかる」までは,「客観」に徹したいものである。



正確に捉えられれば,あなたの心が動く。

人はそれを
「感動」と呼ぶ。

それは,涙を1リットルも流すような
派手な「感動」ではないが
少なくとも,アナタの心は「ピクリ」とぐらいは
動くのである。



昔のクイズ番組
(トリビアの泉…知らないかなあ…)
「へ〜〜〜」
がそれだ。

「おもしろい・・・」
とか
「なんでぇ〜?」
とか
「そ〜だったのか・・・」
という場合もある。


だが,そのチッポケな感動は
時が過ぎるとスグに忘れてしまう。


家に帰って,野良ブタなんかをプロデュースしているうちに
きれいサッパリを洗い流されてしまうのである。

で,最後に・・・「知識」だけが残る。
(残れば,まだイイ方か?)

もったいない・・・実にモッタイナイのである。



「知識」は言ってみれば「フルーツのしぼりカス」である。

テスト前に
「しぼりカス」だけを大量に詰め込むような
勉強をしていると
「つらさ」「苦しいさ」だけの味がする。

「オモシロイ」とか「楽しい」とかいった
ジュースの「おいしさ」を味わうことができない。


それでは,
勉強全体が「マズイ」ものになってしまう。


これは,勉強ができる人も,できない人も同じなのだ。

「しぼりカス」をどれだけたくさん食べても
「マズイ」ものは「マズイ」のである。

テストで大量点を獲得しても
それは「オナカがイッパイ」になっただけで
肝心の「おいしさ」は味わっていないのである。



どうせ頑張るなら,「おいしく」頂きたいものである。

自分の心が「ピクリ」としたら
その感動を記録に残しておきたい。

そして
「へぇ,これがワタシの主観なんだぁ」
トコトン感心したいモノである


その「ピクリ」の部分こそが
これからのアナタの勉強を
何倍も「オモシロイ」ものにしてくれる。

そして,アナタを
「多くの知識を持っているだけの人」から
「深く考えることができる人」へ・・・

さらには
「教養のある人」へと導いてくれるのである。



さて,ムツカシイ,ゴチャゴチャしたお話は
この辺で終わるのである。

次回からは
「客観を鍛え,主観を研く勉強法」
その実践編
をお送りするのである。

う〜ん・・・実に長かったね・・・この3話。
それに,文章や主張がねじれっぱなしダネ〜
まくべんが「客観的」に反省するとこうなる・・・。

まくべん自身の構成力のなさを反省するコンテンツになったなあ…。


お粗末!