第23話 どうして「○○科」を学ぶのか
〜 それぞれの教科を学ぶ理由 〜



日本語を話すことができるのに
どうして国語を勉強しなきゃいけないんだ?!




中学生なら,誰でも持つ疑問である。

国語だけではない。

どうして,数学を勉強しなければならないんだ?
どうして,社会を・・・・
どうして,理科を・・
どうして,英語を・

(以下,省略である)



何の疑問もなく,ただひたすらに勉強している諸君には
まったく興味のない話である。

しかし,勉強がイヤになったとき
誰もが皆,「どうして,国語を・・・」と考えてしまうものである。

そして,あまり深く考えないうちに

「普通に生活していくだけの日本語はマスターしているのに」
「古文や漢文なんて,勉強しても何の役にも立たないのに」
「漢字なんて辞書を見れば,すぐに分かるのに」
「ひょっとして,なんだかムダなことをしているのではなかろうか」


そんな邪悪な考えに囚われてしまい
勉強への情熱や意欲は
「風前の灯火(ふうぜんのともしび)」となる。

こんなパターンで,勉強がキライになっていく人は結構多いのである。



バツグンの指導力を持つ先生なら
1学期の最初に「教科を学ぶ理由」を教えてくれるはずである。

しかし,皆が皆とはいかないのが現実であろう。

ひょっとして,先生は熱く語ったのに
アナタがキレイサッパリ忘れてしまっている可能性もある。

それは半分はアナタが悪い。
残りの半分は,アナタの心に火を着けられなかった
アナタの先生の「失敗」によるものである。




それは,さておき

「教科を学ぶ理由」に出会えていない諸君のために
「聞いたような気がするが・・・」という迂闊(うかつ)なアナタのために

「教科を学ぶ理由」を,今一度,考えてみるのである。


それがキッカケで,苦手な教科が好きになるかもしれない。

特定の教科に対して,妙に「やる気」が出てくるかもしれない。

今まで担任の先生の言っていた
「意味不明」が「そ〜だったのか」に変わるかもしれない。

逆に,何の効果も無いかもしれない。
(その可能性は怖ろしく高いが,できれば避けたいところである)



最後に・・・
これから以降の「教科を学ぶ理由」は
「まくべん」の独断と偏見により書かれたものである。

決して「真実」とは限らない。

むしろ,専門の学者が御覧になりましたら
「なんじゃコリゃ〜〜〜ぁ!」
かもしれない。

そこんところは,十分にわかって呼んで頂きたい。

あ,「読んでいただきたい」が正しい。

(そんなことは,今回に限ったことではない)
(いつものことである)
(しかし,話題が話題である。ついついナイーブになってしまうのである)