第23話の18 どうして「美術科」を学ぶのか
〜 美術科をナメるベカラズ 〜



中学校生活のクソ忙しい時間割の中で
なぜ
ワザワザ「美術科」を学ぶのか?



「もっと受験に関係ある教科を勉強したい」とか
「どうせオイラには芸術のセンスなんてないのに…」とか
「私は絵がヘタなのに…」とか
「まあ,息抜き時間みたいなモノなんじゃない?」とか
感じる中学生も多いことだろう。


また,通知表で「美術科」だけ良い成績をとっても
「え〜,どうして他の教科は頑張れないの?」
「なんの役にも立たないじゃない。アンタ絵描きにでもなるつもり?」

な〜んて,御両親から
イヤミたらたら言われてしまう中学生も多いモノである。



あるアンケート調査で,中学生や保護者に対して
「最も必要のない教科は何か」という質問をしたら
圧倒的に
「美術科」という答が多かったという報告もある。

さらに現実として
ここ20年の間に図工・美術科の時間は
だんだんと少なくなってきているのである。
最近では小学校の低学年から
危うく「図画工作科」が
消滅するところだった…とも聞く。

実に
恐ろしいコトである。
正に「絶滅危惧教科:図画工作科&美術科」である。



なぜに「図画工作科」や「美術科」は
ここまで忌み嫌われ
役立たず教科としてボコボコに言われなければならないのだろうか。
実に
カワイソーであり,アワレでもある。



え?
「美術科がカワイソウーだって?」
違うのである!!


「美術科にそれだけの価値しか見いだせない人がカワイソー」

なのであり
「美術科なんて必要ないと考えている人がアワレ」
なのである。



では,
「美術科」を学ぶ意義についてお話を進めるのである。

「どうして中学校で美術科を学ぶのか」と聞かれて
気の利いた中学生,意識の高い中学生なら
こんなふうに答えるだろうと思う。

「上手な作品ができるようになるため」
「美術的なセンスを磨くため」
「心を豊かにするため」
「芸術を理解するため」


まあ,それはそれでヨイのである。
決して間違いではないのである。
しかし!

将来,美術でメシを食っていくつもりがないのなら
特に上手な作品を作る力は必要ないのであり…
自分がスキなように適当にファッションが楽しめれば
美術的なセンスは必要ないのであり…
今の自分に満足していれば
今さら心をみがく必要はないのであり
特に芸術作品に興味がなければ
芸術なんて理解できなくても生きていけるのである。

すなわち…
将来,美術にかかわる仕事に就かなければ
将来,美術と深くかかわる人生をおくらなければ
特別,美術を勉強する
「必要性」を感じないのである。

だから,多くの人々は
「美術はイラナイ」
と感じてしまうのである。



はい,そこのアナタ!
美術の時間を「仕方なく」過ごしていませんかぁ?
こっそり「他教科」の宿題などをやっていませんかぁ?
内申点だけのために作品づくりのノルマをこなしていませんかぁ?
いつもナゼか体調不良になって保健室で爆睡していませんかぁ?

なのである。

そんなことしていると…
そんな態度や気持ちで授業を受けていると
とっても,とっても
大事な力を失うコトになるのである。


それは…
二つの力

「思いつく力」「段取る力」
である。



先ず…「思いつく力」とは何か!

読んでそのまま,思いつく力である。
様々な問題の解決方法や答,斬新なアイデアを
「思いつく」能力や技術である。


少々,専門的な話になって申し訳ないが…
(まあ,その気があったら読んでくれたまえ)
美術科の勉強のひとつに
「発想・構想」の学習というものがある。

「思いつく力」は,この「発想」の中で鍛えられるのだ。
小学校から中学校の図工・美術科の多くの作品づくりを通して
作品そのものを作る前に
「何を作ろうか」
「どんなものを描こうか」
「どんな形や色にしようか」
「どこに飾ろうか」

色々なことを考え
そして「思いつく」経験を重ねているのだ。
自分の様々な経験や思い,考えを基にして
アナタは「思いついて」きたのだ。

もっとも,その段階で
安易にマンガのキャラやブランドのロゴマークなどの
「すでにあるもの」を選択すると
「思いつく」経験ができないのだ。
よって「思いつく力」は身に付かないことになる。




この
「思いつく力」は美術科の学習だけで役立つものではない。

国語や社会や数学や理科や英語の問題を解決するときに
その解決方法や答を
「思いつく力」になるのだ。

しかし,
美術科以外の教科では
この「思いつく力」を鍛える学習活動は
ほとんど用意されていない
のである。
「考える力」を鍛える学習はいくらでもあるが
「思いつく力」を鍛える学習はない。

美術科の授業で
出来上がる作品が
「上手」だろうが「下手」だろうが
それは重要なことではない


この「思いつく」学習で
どれだけ考え思いを巡らせたか
重要なのである。



次に
「段取る力」についてである。

美術作品を作るとき
いくら考えても,思いついても,苦しんでも
作品が自動的に出来上がることはナイ。
「思いつき」を基に実際に作る必要がある。
当たり前のコトである。

また,作品を作るためには
「どんな形にするか,大きさはどれくらいか」
「どんな順序で作るか」
「設計図はどうするか」
「材料は何を使うか,どこで手に入るのか」
「材料がそろわなければどうするのか」
「予算はどうするのか」
「どんな技術が必要なのか」
「いつまでに完成させるのか」
「どのレベルまでできれば,ヨシとするのか」


そんなこんなの作戦を立てなければならない。
それらを
「構想を練る」というのだ。

これも図画工作や美術でしか体験できない内容なのだ。
「構想」がまずければ,思ったような作品はできない。



中には
「オイラ,絵がヘタだし…」と考える中学生もいるだろう。

絵がヘタな中学生は
「構想」の段階で次のような判断をすべきである。

「絵がうまくなるように訓練する」

「絵のうまさを必要としない作品に仕上げる」
かである


絵がヘタなのは仕方がない。

今まで絵がうまくなる訓練(多くの絵を描く経験)を
してこなかったのだから仕方がないのだ。
絵もスポーツと同じで,どれだけ練習・経験したかが
「上手」と「下手」を分ける。
生まれつきサッカーが上手い人がいないのと同じに
生まれつき絵の上手い人なんていないのである。

「ウソだ」と思うなら,毎日毎日2時間ずつ
自分なりの絵を描き続けてみるとヨイ。
半年も続ければ
それはそれは上手な絵が描けるようになる。
当たり前と言えば,当たり前なことである。

「構想」するときに作品づくりに必要な技術が
「すぐに身に付けられるものなのか」
「身に付けるのに時間がかかるものなのか」

を見極める必要がある。

絵がヘタ…と分かっていながら
絵のうまさが必要な絵を描こうとするから
思ったような絵にならない。
それは「絵の才能がない」という問題でなく
「構想する力」すなわち「段取る力」に問題があるのだ。




この
「段取る力」も他教科はもちろん
社会で生きていくために,とても重要な力である。

「段取り」が悪いと,ろくな仕事はできない。

どれだけ「知識」を持っていようと
どれだけ「思考力」を持っていようと
どれだけ「発想力(思いつく力)」を持っていようと
最終的に目的を達成できないのである。

なんと恐ろしいことに…
学校で身に付けた力すべてを生かせるかどうか…
「段取り力」の有無にかかってくるのだ。

そして,この「段取り力」は
「作りたい作品にするには,どうすればよいか」
が転じて
「なりたい自分になるためには,どうすればよいのか」
という自己実現のための力となるのだ。

この「段取り力」
他教科では全く身につけることができない…
とまでは言わないが
もっとも
強く鍛えられるのが「美術科」である。

アナタの「段取り」が悪く
日常生活がうまく転がらないのは
今まで美術科の勉強をナイガシロにしてきたからではなかろ〜か。



以上
「発想・構想」=「思いつく力・段取り力」
のお話であった。


世に中の中学生諸君
そして保護者殿
さらに文部科学省のお役人様方!

これからの時代をたくましく生き抜くために
「思いつく力や段取る力は不要」
とおっしゃるなら
「いや,それより知識だ,思考力だ,判断力だ,表現力だ」
とおっしゃるのなら
どうぞ美術科を中学校の時間割から
何の躊躇もなく
抹殺していただきたいのである。



というワケで
中学生諸君!!

「美術科」が中学校の時間割の中に
いつまであり続けることができるのかは不明だが…
必修科目としてある以上
精一杯の心構えで勉強に取り組むのだ。
「思いつく力を鍛えるぞ!!」
「段取る力を鍛えるぞ!!」

そんな気持ちで授業に臨むことで
アナタは格段にそれらの力をアップさせることができるのだぁ。

だから,ねえ…美術の先生も
そんな授業を展開して欲しいものである。