第24スキル
「『三日坊主』に勝つ(喝)!」
〜 それはアナタの「意志の弱さ」のせいではない 〜



人は自分の三日坊主をなげくとき
その原因を,自分の
「意志の弱さ」のせいにする。

「自分は意志が弱いから,何をやっても続かない。」
例えば
受験勉強であり
部活動であり
ダイエットであったりする。

「意志」とは・・・
何かを
決断
それを「やりとげよう」とする
「心の働き」である。


難しく言うと…

目的や計画を選択し
それを実現しようとする精神の働きである。
(そんなに難しくなかったかっ…!)



人はあるとき
なんらかの理由で
「こうしよう!」と決断する。

しかし,それは
「こうしたい」という「思い」
常に同じとは限らない。

自分としては
「そうしたくないんだけど,でも…」とか
「そうしなければいけないし…」とか,
「そうしなければいけないミタイだし…」といった理由で
最終的に「こうしよう!」という決断をするコトも多い。

つまり,
本音では

「やりたくないんだけど…」
「それほどやりたくないな…」
「別にどっちでもイイんだけど…」

というような
「思い」であって
それでも
「みんな,やってるし…」
「いろいろなことを考えると…」
「やっぱり,やらなきゃいけないらしくて…」
「さんざん迷ったんだけど…」

というような考えを経て
結局
「やる」と決断した場合に
それをやりとげるための
エンジン「意志」なのである。



特にイヤイヤながらも,それをやり遂げるためには
よほどの
「強い意志」が必要になってくる。

急な長い坂を登るためには
強力で頑丈な
高性能エンジンが必要なるのだ。



もちろん
「本当にやりたい」という
強い
「思い」で,「やるっ!」と決断する場合もある。

そういう場合は,それほど強い「意志」を必要としない。
「本当にやりたいコト」「やる」のだから
車に例えれば
平地や下り坂を走っているようなものである。
後は「飽きる」コトや「やり過ぎる」コトに注意しながら
物事を進めればヨイのである。



一般の車の「エンジン」には色々な種類がある。
型が新しい,古い…
使用期間が長い,短い…
排気量が大きい,小さい…
あと…
バルブの数やシリンダーの数や配置やカムシャフトの数や
吸気・排気構造の違いや着火構造の違いなど
ホントに色々あるが
ここでは割愛(かつあい)である。


人の
「意志」にも色々なタイプがあると想像する。

岩のように頑強な「意志」から
豆腐やコンニャクのように軟弱な「意志」まで
いろいろあると想像する。

「意志」の強さは,その人がそれまでに経験した
苦労や努力の大きさに左右されるのかもしれない。

性格や経験に影響を受けるのかもしれない。

それはそれで,色々御意見はあるだろうが
だからと言って,失敗するたび
「自分は意志が弱い」と決めてしまうのは
「いかがなものか…」
である。

それで全てが
解決し,終結
そして,
停止してしまうだけである。

何をやってもうまくいかないとき…
「どうして,いつもこうなんだ?」
「あ,そうか…私は
意志弱いから…」

ホラね…謎が解けてしまうのである。
そして,今後も同じコトが繰り返されるのである。
延々と「意志の弱い」人生が続くのである。



そこで,もう一度,スタート地点に返って考えてみる。



人が何かを
決めるとき
まずはそこに
「思い」がある。
「こうしたい」「こうしたくない」という「気持ち」である。

例えば
「○○高校へ行きたい」とか
「良い成績をとりたい」とか
「やせたい」とかという
「思い」である。

この
「思い」を持つのは「本音の自分」である。

そして,色々考える。
「○○高校へ行くには,よほど勉強しなければならない。」
「勉強するのは,キツイだろうな。」
「いやだなあ…」
「でも,○○高校へ行ければカッコイイからなぁ。」
「□□さんも○○高校へ行くって言ってたし。」
「親も○○高校なら喜んでくれるだろうし。」
「でも,今の成績じゃ,ちょっと無理だし。」
「勉強しなければ,成績は上がらないし。」
「勉強しても,間に合わないかもしれないし。」

などなど
などなど
などなど…
ホントに色々なコトを考えるのである。
「思う」のではなく,「考える」のである。

そして,最後は
決断する。
「よし,絶対○○高校に合格するぞ!!」
「そのために,毎日○時間は勉強するぞ!!」


ここで決断するのは,
「本音の自分」ではない。

「本音の自分」を一段階レベルアップさせた
もうひとりの自分…
すなわち
「理想の自分」が「決断」するのだ。



「本音の自分」「理想の自分」の意見が一致すれば問題ない。
それほど強い「意志」を必要とせず
物事を成し遂げようと行動できる。

しかし,ほとんどの場合
「本音の自分」の意見と
「理想の自分」の意見が食い違うのである。


つまり
長く急な坂道を登らなければならなくなるワケだ。

食い違わない人は十分に気を付けたい。
「本能のままに生きている」状態であり
ほとんど獣(けだもの)状態である。


そこで,
強力エンジンの出番である。

「意志が強い」人は,最後まで勉強をやりきるし
「意志が弱い」人は,途中で勉強をなげだすことになる。



だが,この
強力エンジン
先に書いたように
誰もが持っているワケではない。

お叱り覚悟で言わせてもらえば

ほとんどの凡人は
「強力エンジン」など持っていないのである。


「強力エンジン」無しに
長い急な坂を登ろうとするから
挫折するのは当然のコトなのだ。
嗚呼…無情である。

しかし,現実には
「どうして,あの人はあんなに意志が強いのだろう」
と思うような人がいる。
「私も,ああだったらなあ」
うらやましく思える人がいる。
まくべんだって
いつもいつも,うらやましがっている。




なるほど,そうですか…
その人の
「意志」が強く見えるワケですな。
エンジンが
高性能に見えるワケですな。

その人の
「意志」が強く見えるのは
実は…
その人の
「思い」が強いからなのである。
(ココが今回のお話の核心ネ!)

エンジンが「凡人」のエンジンなら
「強力な燃料」を供給すればヨイのである。
「強力な燃料」とは,すなわち「強力な思い」なのだ。
「本音の自分」が感じている「思い」を強力にすればよいのだ。

強く思えば,エンジンは力強く回る。
思いが弱ければ,エンジンはヘロヘロになる。

「何度やっても途中で挫折する…」

その原因は
「思い」の弱さにある場合が多い。
決して「意志」の弱さではないのだ。



逆に考えれば…

何度ダイエットに挑戦しても失敗する人は…
最初から,そんなに「やせたい」とは思っていないのである。
せいぜい,
「できるなら,やせたいなぁ」とか
「やせた方がいいかなぁ」程度の「思い」しか持たずに
決断しているからなのだ。

だから
「やせたい」と思ったら…

「本当に,やせたいのか?」
「なぜ,やせたいのか?」
「なぜ,やせる必要があるのか?」
「やせなければ,どうなるのか?」
「やせなければ,本当に困るのか?」
「困るのを防ぐ,他の方法はないのか?」
「やせるより大切なコトはないのか?」
「どんなに苦しくても,やせなければならないのか?」

などなど,などなど…

そういった,
真剣勝負自問自答を繰り返し
それでも
「やせなければならない!」
「思い」が最高レベルまで強くなったら
「やせよう!!」と決断すればよいのである。

強い「思い」は,高性能のガソリンとなり
アナタの平凡なエンジンを力強く回すのである。

そして…
力強く回った経験を持つエンジンは
一つ二つと経験値を積み重ね
より
力強く,より長い時間
回し続けることができるようになるのだ。

いつの日か…
アナタの周囲の人間がアナタを見て思うのである。
「どうして,あの人は意志が強いのだろう」
ってね!!



最後に「おさらい」である。

アナタの度重なる挫折は
アナタの意志の弱さによるものではない。
アナタの「思い」の弱さにあるのだ。


もう一度,アナタの「思い」について
真剣勝負の自問自答を繰り返してみることを
オススメしたい。






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