第14スキル
「アナタが嫌(キラ)われているかもしれないワケ」
 〜 「ツェ」ねずみ君の場合 〜



突然ではあるが…
童話を紹介するのである。

今から約60年前に
宮沢賢治先生によって書かれた
少年少女向けの童話である。


最初は,主人公のネズミ君の愚かさを
ゲラゲラと大笑いしながら読んでいただきたい。
(あまり笑うコトはできないかもしれない)

二回目は
,ネズミ君の性格や行動を
哀れみながらながら読んでいただきたい。


そして
三度目は…

実は…
ネズミ君は,アナタ自身ではないのだろ〜か…と
これまでのアナタの人生を振り返りながら
読んでいただきたい。



なお,童話の文章や文字,句読点は
ほんの少しだけ
今の時代に合わせて書き直してあるので
どうぞ御勘弁である。


それでは はじまり…はじまり…
である。



「ツェ」ねずみ
作:宮沢賢治


ある古い家の,真っ暗な天井裏に,
「ツェ」という名前のねずみが住んでいました。

ある日ツェねずみは,きょろきょろ四方を見まわしながら,
床下街道(ゆかしたかいどう)を歩いていますと,
向うからイタチが,何かいいものを,たくさん持って,
風のように走ってまいりました。

そして「ツェ」ねずみを見て,
ちょっと立ち止まって,早口に言いました。
「おい,ツェねずみ。お前んとこの戸棚の穴から,
 金米糖(こんぺいとう)がバラバラこぼれているぜ。早く行ってひろいな。」

ツェねずみは,もうヒゲもピクピクするくらい喜んで,
イタチにはお礼も言わずに,一さんにそっちへ走って行きました。



ところが,戸棚の下まで来たとき,
いきなり足がチクリとしました。
そして,
「止まれ!誰かっ!?」
という小さな鋭い声がします。

ツェねずみはびっくりして,よく見ますと,それはアリでした。

アリの兵隊は,もう金米糖のまわりに四重の非常線を張って,
みんな黒いマサカリをふりかざしています。
二,三十匹は,金米糖をかたっぱしから砕いたり,とかしたりして,
巣へ運ぶしたくです。
ツェねずみは,ブルブルふるえてしまいました。

「ここから内へ入ってならん。早く帰れ。帰れ,帰れ。」
アリの特務曹長(とくむそうちょう)が,低い太い声で言いました。

ねずみはくるっと一つ回って,
いちもくさんに天井裏へ駆け上がりました。
そして巣の中へ入って,しばらく寝転んでいましたが,
どうもおもしろくなくて,おもしろくなくて,たまりません。

アリはまあ兵隊だし,強いから仕方もないが,
あの
おとなしいイタチめに教えられて,
戸棚の下まで走って行ってアリの曹長にけんつくを食うとは
何たるしゃくにさわることだ
とツェねずみは考えました。

そこでねずみは巣からまたチョロチョロはい出して,
木小屋の奥のイタチの家にやってまいりました。



イタチは,ちょうど,トウモロコシの粒を,
歯でコツコツかんで粉にしていましたが,
ツェねずみを見て言いました。

「どうだ。金米糖がなかったかい。」

「イタチさん。ずいぶんお前もひどい人だね,
 
私のような弱いものをだますなんて。」

「だましゃせん。たしかにあったのや。」

「あるにはあっても,もうアリが来てましたよ。」

「アリが。へい。そうかい。早いやつらだね。」

「みんなアリがとってしまいましたよ。 
私のような弱いものをだますなんて,
 
まどうて下さい。まどうて下さい。

「それは仕方ない。お前の行きようが少しおそかったのや。」

「知らん知らん。
私のような弱いのをだまして。
 
まどうて下さい,まどうて下さい。

「困ったやつだな。人の親切をさかさまにうらむとは。
 よしよし。そんならおれの金米糖をやろう。」


「まどうて下さい。まどうて下さい。」

「えい。それ。持って行け。
 てめいの持てるだけ持ってうせちまえ。
 てめいみたいな,ぐにゃぐにゃした,男らしくもねいやつは,
 つらも見たくねい。早く持てるだけ持って,
どっかへうせろ。」


イタチはプリプリして,金米糖を投げ出しました。
ツェねずみはそれを持てるだけたくさん拾って,おじぎをしました。
イタチはいよいよ怒って叫びました。

「えい,早く行ってしまえ。
 てめいの取った残りなんか,ウジムシにでもくれてやらあ。」


ツェねずみは,いちもくさんに走って,
天井裏の巣へもどって,金米糖をコチコチ食べました。



こんな具合ですから,ツェねずみは,
だんだん嫌われて,誰もあまり相手にしなくなりました。

そこでツェねずみは,仕方なしに,今度は,
柱だの,
壊れたチリトリだの,
バケツだのと
交際をはじめました。



なかでも柱とは,一番仲よくしていました。

柱がある日,ツェねずみに言いました。

「ツェねずみさん。もうじき冬になるね。
 ぼくらはまた乾いてミリミリ言わなくちゃならない。
 お前さんも今のうちに,いい夜具のしたくをしておいた方がいいだろう。
 幸い,ぼくのすぐ頭の上に,
 スズメが春持って来た鳥の毛やいろいろ暖いものがたくさんあるから,
 いまのうちに,少し降ろして運んでおいたらどうだい。
 僕の頭は,まあ少し寒くなるけれど,僕は僕でまた工夫をするから。」


ツェねずみはもっともと思いましたので,
早速,その日から運び方にかかりました。

ところが,途中に急な坂が一つありましたので,
ねずみは三度目に,そこからストンところげ落ちました。

柱もびっくりして,
「ねずみさん。けがはないかい。けがはないかい。」
と一生懸命,からだを曲げながら言いました。

ねずみはやっと起きあがって,
それから顔をひどくしかめながら言いました。

「柱さん。お前もずいぶんひどい人だ。
 
僕のような弱いものをこんな目にあわすなんて。」


柱はいかにも申し訳がないと思ったので,
「ねずみさん。すまなかった。ゆるして下さい。」
と一生懸命わびました。

ツェねずみは図にのって,
「許してくれもないじゃないか。
 お前さえあんなこしゃくな指図をしなければ,
 私はこんな痛い目にもあわなかったんだよ。
 
まどっておくれ。まどっておくれ。
さあ,
まどっておくれよ。」

「そんなことを言ったって困るじゃありませんか。許して下さいよ。」

「いいや。
弱いものをいじめるのは私はきらいなんだから,
 まどっておおくれ。まどっておくれ。
さあまどっておくれ。」


柱は困ってしまって,おいおい泣きました。
そこでねずみも,仕方なく,巣へかえりました。
それからは,柱はもう恐がって,ねずみに口を利きませんでした。



さて,その後のことですが,
チリトリは,ある日,ツェねずみに
半分になった最中(もなか)を一つやりました。

するとちょうどその次の日,ツェねずみはお腹が痛くなりました。
さあ,いつものとおりツェねずみは,
まどっておくれを百ばかりもチリトリに言いました。
チリトリももうあきれてねずみとの交際はやめました。


又,その後のことですが,
ある日,バケツは,ツェねずみに,
洗濯ソーダのかけらを少しやって,
「これで毎朝お顔をお洗いなさい。」
と言いましたら,ねずみは喜んで,
次の日から,毎日,それで顔を洗っていましたが,
そのうちに,ねずみのおひげが十本ばかり抜けました。

さあツェねずみは,早速バケツへやって来て
まどっておくれまどっておくれを,二百五十ばかり言いました。
しかしあいにくバケツにはおひげもありませんでしたし,
まどうというわけにも行かず
すっかり参ってしまって,泣いてあやまりました。
そして,もうそれからは,一寸も口を利きませんでした。

道具仲間は,みんな順ぐりに,
こんなめにあって,こりてしまいましたので,
ついには誰もみんなツェねずみの顔を見ると,
急いで脇の方を向いてしまうのでした。



ところがその道具仲間に,ただ一人だけ,
まだツェねずみと付き合ってみないものがありました。

それは,針金を編んでこさえたねずみ捕りでした。

ねずみ捕りは,全体,人間の味方なはずですが,
近頃は,どうも毎日の新聞にさえ,
猫といっしょにお払い物
という札をつけた絵にまでして,広告されるのですし,
そうでなくても,元来,人間は,この針金のねずみ捕りを,
一ぺんも優待したことはありませんでした。

ええ,それはもう確かにありませんとも。
それに,さも触るのさえ汚いようにみんなから思われています。

それですから,実は,ねずみ捕りは,
人間よりは,ねずみの方に,よけい同情があるのです。
けれども,大抵のねずみは,なかなか怖がって,
そばへやってまいりません。

ねずみ捕りは,毎日,やさしい声で,
「ねずちゃん。おいで。今夜のごちそうはあじのおつむだよ。
 お前さんの食べる間,わたしはしっかり押さえておいてあげるから。
 ね,安心しておいで。
 入口をパタンと閉めるようなそんなことをするもんかね。
 わたしも人間にはもうこりごりしてるんだから。おいでよ。そら。」

なんてねずみを呼びますが,ねずみはみんな,
「へん,うまく言ってらあ。」
とか
「へい,へい。よくわかりましてございます。
 いずれ,おやじやせがれとも,相談の上で。」

とか言ってそろそろ逃げて行ってしまいます。

そして,朝になると,顔のまっ赤な下男(げなん)が来て見て,
「また入らない。ねずみももう知ってるんだな。
 ねずみの学校で教えるんだな。
 しかしまあもう一日だけかけてみよう。」

と言いながら新しい餌と取り替えるのでした。



今夜も,ねずみ捕りは,叫びました。

「おいでおいで。今夜のはやわらかなハンペンだよ。
 えさだけあげるよ。大丈夫さ。早くおいで。」


ツェねずみが,丁度,通りかかりました。そして
「おや,ねずみ捕りさん,ほんとうにえさだけを下さるんですか。」
と言いました。

「おや,お前は珍しいねずみだね。
 そうだよ。餌だけあげるんだよ。そら,早くお食べ。」


ツェねずみはプイッと中へはいって,
むちゃむちゃむちゃとハンペンを食べて,
又プイッと外へ出て言いました。

「おいしかったよ。ありがとう。」

「そうかい。よかったね。また明日の晩おいで。」




次の朝下男が来て見て怒って言いました。

「えい。餌だけとって行きやがった。ずるいねずみだな。
 しかしとにかく中へ入ったというのは感心だ。
 そら,今日は鰯(イワシ)だぞ。」


そして鰯を半分つけて行きました。
ねずみ捕りは,鰯をひっかけて,
せっかく(つとめて)ツェねずみの来るのを待っていました。



夜になって,ツェねずみは,すぐ出て来ました。

そして
いかにも恩に着せたように
「今晩は,お約束通り来てあげましたよ。」
と言いました。

ねずみ捕りは少し
ムッとしましたが,無理にこらえて,
「さあ,食べなさい。」
とだけ言いました。

ツェねずみはプイッと入って,ピチャピチャピチャッと喰べて,
又プイッと出て来て,それから大風(おおふう)に言いました。
「じゃ,あした,また,来て食べてあげるからね。」
「ブウ。」
とねずみ捕りは答えました。



 次の朝,下男が来て見て,ますます怒って言いました。

「えい。ずるいねずみだ。
 しかし,毎晩,そんなにうまくえさだけ取られる筈がない。
 どうも,このねずみ捕りめは,ねずみからワイロをもらったらしいぞ。」


もらわんもらわん。あんまり人を見そこなうな。」
とねずみ捕りはどなりましたが,
むろん,下男の耳には聞こえません。
今日も腐ったハンペンをくっつけて行きました。
ねずみ捕りは,とんだ疑いを受けたので,一日
ぷんぷん怒っていました。



夜になりました。ツェねずみが出て来て,
さもさも大儀(たいぎ)らしく,言いました。

「あああ,毎日ここまでやって来るのも,並大抵のこっちゃない。
 それにごちそうといったら,せいぜい魚の頭だ。いやになっちまう。
しかしまあ,せっかく来たんだから仕方ない,
 食ってやるとしようか。ねずみ捕りさん。今晩は。」


ねずみ捕りは針金をプリプリさせて怒っていましたので,
ただ一言,
「お食べ。」と言いました。

ツェねずみはすぐプイッと飛びこみましたが,
ハンペンの腐っているのを見て,怒って叫びました。

「ねずみ捕りさん。あんまりひどいや。このハンペンは腐ってます。
 僕のような弱いものをだますなんて,あんまりだ。
 まどって下さい。まどって下さい。」


ねずみ捕りは,思わず,はり金をリウリウと鳴らす位,怒ってしまいました。
そのリウリウが悪かったのです。

「ピシャッ。シインン。」

餌についていた鍵が外れてねずみ捕りの入口が閉じてしまいました。
さあもう大変です。

ツェねずみは気が狂ったようになって,
「ねずみ捕りさん。ひどいや。ひどいや。
 うう,くやしい。ねずみ捕りさん。あんまりだ。」

と言いながら,針金をかじるやら,
クルクル回るやら,地だんだを踏むやら,
わめくやら,泣くやら,
それはそれは大さわぎです。

それでもまどって下さいまどって下さいは,
もう言う力がありませんでした。

ねずみ捕りの方も,痛いやら,しゃくにさわるやら,
ガタガタ,ブルブル,リウリウとふるえました。
一晩そうやってとうとう朝になりました。


顔の真っ赤な下男が来て見て,こおどりして言いました。

「しめた。しめた。とうとうかかった。
 意地の悪そうなねずみだな。
さあ,出て来い。小僧。」




おしまい…である。

さぁ…アナタは自分の中に
「ツェ」ねずみ君の姿を見ることができただろうか…?

え?「そんな邪悪な心は,絶対に持っていない」って?

そうだろうか…

最近,世の中のアチコチで
「ツェ」ねずみ君らしいの姿をたくさん見かけるのだが…


気のせいだろうかぁ〜ン?





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