第6笑  近未来空想科学冒険妄想三文小説 「宅習が消えた日」


ボクは人混みのアーケードを避け,狭い裏通りに出た。

いきなり一匹の黒いネコが道を横切った。やたらと太ったネコである。
ネコはしばらく道の端をヨタヨタと歩いていたが,やがてゴミ箱の裏に姿を消した。
通りは静まりかえっている。



気がつくとボクは,古い雑居ビルの地下へ続く階段の入口に立っていた。

どうしよう・・・一瞬ためらったが,
周囲に人の気配がないのを確かめ,ボクは静かに階段を下りた。


湿った重たい空気と,カビの匂い・・・。
一枚の木製のドアが,ボクの前にある。
ドアには一枚のプレート。
ボクはプレートの文字を目で追った。

「マックの店・・・」

ひとすじの汗が頬を伝う。ボクは意を決してドアノブに手をかけた。

小さな軋みをたててドアが開く。

ボクは,店の中へ足を踏み入れた。



店の中は薄暗かった。狭い店内は飾り気が無くはなく,カウンターだけ。
壁紙は,はがれかけ,下からはコンクリートがのぞいている。

バタン・・コチッ・・・ドアが閉まった・・・オートロックか!?
思わずボクは振り返ったが,ドアはシンとしていた。

部屋の中では一人のオヤヂがグラスを磨いていた。

頬からアゴにかけて無精ヒゲ。
汚れたニットの帽子をかぶり,
お世辞にも上等とは言えないグレーのシャツに
黒皮のベストを着ている。
ボクの他に客はいない。

「おや・・・お客さんかい・・・何にします?」
オヤヂが無愛想に言った。

「えっ?」

「えじゃないよ。なんか飲みに来たんだろ。」

「・・・・」

「アンタ・・・見慣れない顔だね・・・何にする?」
オヤヂは,ちらっとボクを見ただけで,再びグラス磨きを続けた。

ボクは少し戸惑った。
声が出ない・・・。

もう一度オヤヂが聞いてきた。
「何にするって・・・聞いてんだけどなぁ・・・言葉わかるかな・・アンタ」

「あ・・・いや・・・」

「な〜んだ・・・ちゃんと口はきけるんだ・・・」

「・・・・はい」

「で,注文は?」

「あ,あの・・・数学の問題集を・・・」

オヤヂの手の動きがピタリと止まった。

「問題集?・・・アンタ,何,寝ボケてんだい。ここは喫茶店だよ?」

「でも,たしかにココで・・・」

「な〜にバカ言ってんだい! そんなモノはここには無いよ。よそを当たってくれ。」
オヤヂは少し険しい顔になり,怒鳴り口調で言った。

「でも,ここで手に入るって聞いたんだ」

「誰だい! そんな迷惑な冗談を言うヤツは!」

「誰って・・・友達からだよ。ここで数学の問題集が手にはいるって」

「そりゃ,アンタ・・・だまされたんだよ。」
オヤヂは無愛想に背中を向けると,またグラスを拭き始めた。

「でも・・・」

しばらく何も言えずに立ちつくしていたボクに,オヤヂが言った。
「でも・・じゃないですよ,お客さん・・・アンタ,自分が何言ってるかわかってるんだろうね?」

「・・・わかってる・・・つもりだけど・・・」

「わかってるんなら,さっさと帰った方がイイ。悪いことはいわない。帰んな!」


「でも・・・ボク・・・勉強したいんです。」

再び,グラスを磨くオヤヂの手がピタリと止まった。
重い沈黙の時間が流れる・・・。


その沈黙を破ったのは,ボクでも,オヤヂでもなかった。


突然,ドアを激しく叩く音がした。

ドンドンドン・・・! ドンドンドン・・・!

「開けろ! このドアを開けるんだ!」

「そこにいるのはわかっている。スグにドアを開けて出てこい!!」

ドンドンドン・・・!!

「開けないと,コチラ側からぶち破るゾ!!!開けるんだ!!」



その声より速くオヤヂの体は反応していた。

ヒラリとカウンターを飛び越えると,ボクに走り寄り,手をつかんだ。オヤヂは言った。

「ほら,言わんこっちゃない。アンタつけられてたんだよ。こっちだ!!」

オヤヂはボクの手を,グイッと引っ張ると,店の奥の方へ走り出した。

ダン! ダン! ダン!!

「開けろ!!開けるんだぁ!!」


今度はノックじゃない。複数の人間がドアを蹴破ろうとしている。

「どこへ行くんですか!」

店の奥の床にある隠し扉を開け,中に飛び込もうとしているオヤヂに言った。

「どこへって,のんきだね。アンタ・・・状況がわからないのかい」

「わからないわけじゃないんだけど・・・」

「グダグダ言わんで,さぁ,こっちに来い!!」

ボクがオヤヂに穴の中に引きずり込まれるのと同時に,店の入り口のドアが蹴破られる音がした。

パシュッ! パシュッ!と空気がはじけるような乾いた音がした。

催涙ガス弾だ。

シュー・・・

ガスが放出される音・・・。

続いて,ガスマスクと黒のコンバットスーツを身につけた数人の厳つい男達が一気になだれ込んできた。

「隠れても無駄だ! 抵抗をやめて出てこい!!」

「文教省勉強用図書取締第5機動部隊だ!観念して出てこい!!」

「問題集不法所持の容疑だ! 強制捜索する。出てこい!」


オヤヂは隠し扉の内側から鍵をかけると,下水道へ通じる地下トンネルを走り出した。
漆黒の闇が僕らを包み,
どこまで走っても出口は見えなかった。

オヤヂに手を引かれて走りながら,
ボクは昔,「としょかん」という昔の建物のガレキの中で読んだ古い新聞記事を思い出してた。

 西暦20×5年9月11日,我が国は,国際連邦特別緊急理事会の強い要請により,学校外での全ての児童生徒学生の勉強(いわゆる宅習)を全面的に禁止する法律「学校外勉強禁止法(禁勉法)」を公布した。
 これは,エネルギー枯渇に伴う各国の経営状態の危機的状況を考慮し,国家間の学力格差を是正するための取り決め「鎌倉議定書」に基づいたものである。

 2030年代後半から,国家間の学力差が拡大し,国際的な問題になった。
 それにより,特定の国家に必要以上の経済・軍事・政治上の権力が集中することを恐れた国際連邦は,「鎌倉議定書」の発行により,各国の学力レベル平均化を試みた。
 当時まだ,学力先進国の一端に座していた我が国は,現在の学力レベルを今後5年間で50%削減するという厳しいノルマを突きつけられた。

 政府は中期的学力抑制策として,全児童生徒学生に,学校外での学習を一切禁止し,最低限の学力のみを学校内で取得することを認めた。
 同時に放送局や出版社等の一連のメディアを統括し,一切の学習に関連する書籍の発行及び販売,放送を禁止したのである。

 既に出回っている参考書・問題集等は無条件に強制回収が行われた。いわゆる「参考書狩り」である。以後は学習関連書籍の不当所持は重犯罪として罰せられることになった。

 なお,この学習関連書籍の強制回収及び不法所持の摘発は,円滑かつ迅速に行うことを旨とし,通常の公安組織とは異なる「文教省直属の勉強用図書取締特別対策本部(いわゆる「マル勉」)」が所管している。

【よい子のニュースかいせつ】
 私たちの国の子どもたちは,国さいれんぽうの人たちの話し合いで,「ちょっと勉強しすぎ」だと決まりました。
 勉強する国と勉強しない国があると,世界てきにつりあいがとれません。
 勉強する国が,世界中のゆたかさを,ひとりじめにしてしまうかもしれないからです。
 私たちの国はテストの点すうが高かったので,ちょっと勉強をお休みすることになりました。
 ですから,学校いがいで勉強してはいけないのです。
 じゅくも,家ていきょうしも,法りつで禁止になりました。
 おうちに問だい集や参考しょをもっている人は「マル勉」のオジサンにとどけなくてはなりません。
 うっかりもっていたり,かくしていると,「マル勉」のオジサンがつかまえにきます。よい子のみなさんは,おべんきょうは学校の中だけにしましょう。



20×6年4月1日,ボクたちの世界から宅習が消えた・・・。

つづ・・・・
ない



・・・たぶん・・・


それにしても・・・笑えないのである。(反省・・・)
  

直線上に配置