第87手 「『校長先生のお話』を聞く その1」
〜普段、どんな聞き方していますぅ〜?〜



シ〜ンと静まりかえった体育館に
司会の先生の高いトーンの声が響くのである。

「校長〜先生のお話!」

軽く一礼して、ステージに上がるのである。
ペタ…ペタ…ペタ……
体育館履きの音が体育館に軽やかに響くのである。

ステージに上がると、中央の演台に向かうのである。
演台の前で立ち止まり
一端、背筋をピンッと伸ばし
全校生徒をサッと見渡すのである。

その間約1秒…。

背筋を伸ばしたまま無言で軽く挨拶をする。
再び、頭が上がった瞬間
再度、全校生徒を
サッと見渡すのである。

一歩前へ進み出て
ポケットからメモを取り出す。
メモを広げて演壇の上に置き…
再び、全校生徒を
サッと見渡すのである。
ここが
「眼力(がんりき)」の見せ所である。
「眼力」で、全校生徒の集中を自分一点に集中させるのである。



「え〜、今日は皆さんに二つ、お話をします。」

「今朝、校内を廻っていて気になったのですが…」

「最近、校庭や中庭にゴミが目立つようになりました。」

「気がついたゴミは、拾いながら歩いたのですが…。」

「約、20分間で…」(ガサゴソ、ガサゴソ)
(演壇の下からゴミ袋を取り出しながら…」

「こんなに、集まってしまいました。」

「皆さんは、コレを見て、どう思いますか?」

15秒ほどの沈黙である。

「ゴミの中身はというと…」

「授業で使ったプリントに、お菓子の紙くず…」

「ボールペンの壊れたモノに、ペットボトル…」

「タバコの吸い殻などもありました…」

再び15秒程度の沈黙である。

「これを、全部皆さんが落とした、捨てたとは思いません。」

「学校には様々な人が出入りしています。」

「学校の御近所の方や、品物を納める業者の方々」

「それに、皆さんのお家の人たちですね。」

「まさか、タバコの吸い殻は、当然君たちが捨てたハズはないですよね。」

「もしも、そうであればこれは大変な事だというのはわかりますね。」

「この凸凹中学校には、そんな不心得な生徒はいない…と私は信じています。」

「しかし、授業で使ったプリント類は、明らかに君たちの中の…」

「誰かが…捨てた、又は、落としたわけですよね。」

「お菓子の包み紙はどうでしょう…近所の小さな子どもかもしれませんよね。」


「ここで、私がお話したいことは…」
「君たちにゴミを捨ててはイケマセンよ…ということではありません。」

「そんなことぐらい、小学生でもわかっていますね。」

「今さら、君たちにお話する必要はないでしょう。」

「一部の人を除いたらね…。」

「私が言いたいのは…。」

「なんらかの事情で校内に散らばったゴミが…」

「ずっと、そのままになっていたことなのです。」

「これだけの多くの生徒の皆さんがいながら…」

「本当に誰も気付かなかったのでしょうか。」

「私は、それが残念でなりません。」

「本校の校訓の一つに…」

「時を守り、場を清め、礼を正すという言葉がありますね。」

「これは、時と場と礼をキチンとすることで…」

「相手の信頼を得るような人間になって欲しいという願いから」

「今から30年前に校訓として定められたモノでしたね。」

「コツコツとした小さな誠実の積み重ねは…」

「いつか相手の心に大きな信頼となって現れるものですよね。」

「さあ、今朝私が拾った、このゴミは…」

「今の本校の本当の姿を現しているのではないでしょうか。」

「このようなゴミが散乱したままの学校が…」

「保護者や地域や卒業生の方々から信頼される学校になっているでしょうか」

「皆さんは、どう思いますか?」

「今一度、一人一人が、よく考えて欲しいと思います。」

ゴミ袋を演壇の下に置き、再び全校生徒をサッと見渡す。

「え〜、次に…」

「最近、学校の御近所に住む方から、一本の電話がありました。」

「その方は、とても感激していらっしゃいました。」

「校長先生、本当に凸凹中学校の生徒さんは優しく思いやりがあるんですね…」

「と、いきなりおっしゃるものですから」

「私もすっかり、驚いてしまいました。」

「どうしたんですか?何があったのでしょうか?と私が聞くと…」

「実は…と、詳しくお話をしてくださったのです。」

「その方は、毎朝早くにジョギングをされているそうです。」

「ある朝、途中で気分が悪くなって…」

「道路脇にしゃがみ込んでいたところ…」

「本校の男子生徒が声を掛けてくれたそうです。」

「その男子生徒は、背中をさすってくれて…」

「最後は家まで背負ってくれたそうです。」

「名前は教えてくれなかったそうですが…」

「そのとき着ていた服が本校の制服だったようです。」

「本当に感謝しておられました」

「その後、その方はしばらく入院をされたそうですが…」

「先日、無事に退院し元気に家に帰ることができたそうです。」

「そして、わざわざお礼の電話をしてくださったんですね。」

「私も実にうれしいでした。」

「この凸凹中学校の生徒全員が感謝されたかのようにうれしいでした。」

「今日は、その嬉しさを皆さんに伝えたくて…」

「この場でお話をしました。」

「こちらの方も、ぜひ皆さんで考えて欲しいと思います。」

「優しさとは…思いやりとは…なんでしょうね。」

「これで、私の話を終わります。」



一度、全校生徒をサッと見渡し
腰からポッキリ折れるような会釈をする。

頭を上げると再び全校生徒を見渡す。

メモをポケットにしまい演壇を離れる。

ステージからフロアへの階段を下りる。

ペタ…ペタ…ペタ……と
体育館履きの音が体育館に軽やかに響くのである。

いつもの自分のポジションに戻ると
司会の先生の声が響き渡るのである。

「生徒指導主任の先生のお話」

先生方の列から
ジャージを着た若い先生がサッと前に出て
タンタンタンとステージへの階段を上っていくのであった。



どこの学校でも見る…
多いところでは週に一回はお目にかかる光景である。

そんな見慣れた(見慣れすぎた?)光景の中に
「勉強」のタネが潜んでいるのである。

タネを明かせば…である。

校長先生のお話は
「国語の生きた聞き取りテストの問題文」なのである。

多い学校では週に一度
少ない学校でも月に一度は
タダで受けられる「聞き取りテスト」なのである。
(もっとも「有料の聞き取りテスト」は模擬試験くらいのものである。)



実は…である。

「校長先生のお話」には普通、
「原稿」がある。

「文書」として手書きやワープロで原稿を作る校長先生もいるが
「メモ」として話の順序や構成を考える校長先生もいる。

また、文書にはしないが、
頭の中で考えを巡らせながら
「お話」をシミュレーションする校長先生もいる。
形になっているか、そうでないかは別として
必ず「原稿」は存在しているのである。


それは、
ナゼか…
「校長先生のお話」は
「計画的」なのだ。

早い校長先生は数ヶ月前から…
遅い校長先生でも2〜3日前くらいから…
「お話」の原稿をしっかりと「練る」のである。

決してステージの上で
思いつき、思い出しながらの
やっつけ仕事をしているワケではないのだ。



しかし、「お話」なので
残念かがら
「うまい」「うまくない」の違いは出てくる。

「お話」の苦手な校長先生だっていらっしゃるのだ。

人間なのだから、そこは仕方がないのである。

しかし、そんな「話のうまくない」校長先生だからこそ
必死の思いで
「お話」の中身を考えている
のである。

見えないところでジタバタと
「練習」をしているのである。

全校朝会の朝には
きっと逃げ出したくなるような気分になっているのである。

それでも、全校生徒の前に「立つ」のだ。
学校の中で自分を叱ってくれる人は誰もいないのに
毎週、毎月、
必死に考えた「原稿」を携えて
ステージに昇るのである。

本当に必死な思いであろうと思う。
「頑張れ、校長先生!」である。



それはさておき!

校長先生の「お話」には「原稿」があるのはわかったとして
もう一つ、「校長先生のお話」の中には
とても大事なモノがあるのだ。
それは
「思い」である。

西洋の言葉で言うなら
「メッセージ」である。

「これをわかってもらいたい!」
「これを考えてもらいたい!」
「これをどうしても伝えなければ!」

などなどである。

逆に考えると…
「思い」のない「校長先生のお話」は
絶対に存在しない…と言ってもよいくらいなのである。



だから…
「生きた聞き取りテスト」になりうるのだ。

それも、放送の音声だけでなく
直接にアナタに見える
「表情」「動作」付きで表現される。
これらは
「聞き取りのためのヒント」と考えてよい。



「だって…うちの校長先生、話が長いし、下手だし〜ぃ…」

だからこそ、「聞き取りテスト」になるのである。

実際のテストでスピーカーから流れてくる文章は
決して
「上手な文章」ばかりではない。

これは、「長文読解」の問題もそうなのだが…
テスト問題のほとんどは
「悪文」が基本なのだ。

だから、
「テスト問題」になるのである。

伝えたいことが全員にキチンと伝わる
「良文」ならば
全員が満点を取ってしまうのである。

これでは、テストにならないのである。
優秀な人にしかキチンと伝わらない文章は
「悪文」である。

それを覚えておいて欲しい。

(法律などの文は、その典型である。)
(普通の人にはサッパリわからないような文になっている。)
(これが「悪文」でなくて何なのだ!)




それはさておき!
最初に紹介した
「校長先生のお話」である。



問題:「校長先生は何を言いたかったのか」
である。
できるだけ短い文章で簡潔に
校長先生の「思い」をまとめなさい…

である。



コラコラ! 読み返してはイケナイ。
Uターンは禁止である。


実際の校長先生のお話と同様に
メモも取れないし、聞くチャンスは1回だけなのである。




え…?

「ゴミがあって悲しかったけど…生徒がほめられて…嬉しかった…」って?


う〜ん……
3点である。
もちろん、100点満点中の
3点である。

では!
次回において
「正しい『校長先生のお話』の聞き方講座」
を実施するのである。

(…って、本当にヤルのかなぁ…である。)

(ヤルとも〜…である。)
(早い話が「聞き取り力」UP講座よね。)


  

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