勉強法いろいろ:第35手:弐の巻
「やさしい先生」と「きびしい先生」
〜 自分の中の「甘え」との闘い 〜


「先生の性格」は,アナタの「勉強への心構え」に大きく影響を与える。

最もわかりやすい「先生のやさしさ・きびしさ」で考えてみよう。



あなたの先生は「やさしい型」か「きびしい型」か?

他の性格の分け方もそうだが
「この先生はやさしい」とか「この先生はきびしい」と単純に決められるものではない。

普通,一人の先生の中に「やさしい」と「きびしい」があって
時と場合により変化する。

いつも「やさしい先生」はいないし
いつも「きびしい」先生はいない。
(ごくまれにイル・・・)

それは十分承知の上で
あえて,
「この先生はどっちかなぁ」と考えてもらいたい。
これは,このコーナーを読んでいく上での
「お約束」である。



アナタが「先生を選ぶことができる」としたら
どちらの先生を選ぶだろうか。

勝手な「まくべん」予想では,80対20の割合で
多くの中学生は「やさしい先生」を選ぶ。

逆に
アナタではなく,アナタの親に選ばせたら,
ほとんどの親が「きびしい先生」を選ぶ。
ここがオモシロイところである。

オトナは,よく
「自分にきびしくありなさい」と言うが,
それがナカナカうまくいかず

ついつい
「自分にアマく,他人にキビしく」ありがちなのが中学生なのであり,
オトナもまた同様である。

悲しい性(さが)である。



さて,そんなことよりこんなことより

先生が「やさしい」場合に,あなた自身が気をつけなければならないことがある。

先生のやさしさに
「甘えない」
「油断しない」
「つけ込まない」

ということだ。

宿題をやらなくても「しかられない」から・・・OK!
発表しなくても「しかられない」から・・・OK!
テストの点数が思わしくなくても「しかられない」から・・・OK!
授業中の無駄話も「しかられない」から・・・OK!
提出物を出さなくても「しかられない」から・・・OK!


先生の「やさしさ」に甘え,油断し,つけ込むようになると,
結局は自分がダメになる。

やさしいだけの先生は,アナタがダメになりかけても,
特に気にしない(できない)ので,
アナタやいよいよホントにダメになってしまうことになる。

実際にダメになった場合は,多くの中学生が,お決まりの言葉をつかう。
「どうして,あのときキチンとシカってくれなかったの!」

とんでもない話である。

先生の「やさしさ」に甘え,油断し,つけ込んだのは自分自身である。
それに気づいていないから,出てくる言葉である。



先生が「キビシイ」場合にも,あなたが気をつけなければならないこともある。

先生のきびしさに
「甘えない」

ということである。

何のことか「意味不明」の人もいるだろう。

つまりは,こうである。


きびしい先生の授業は,油断ができない。

かなりの緊張と集中力で授業を受け,宿題もやり,復習もする。

定期テストはもちろん,小テストにもかなりのプレッシャーがかかる。

そこまでは良いのである。

問題は,そのプレッシャーがなくなった時に発生する。

つまり
先生のプレッシャーがなければ,自分で集中できなくなる。

その先生の授業ではイイのに,他の先生のときにはダメだ・・とか,
進級や卒業で,その先生の授業を受けなくなったら集中できなくなったとかである。



クラス全体の雰囲気で考えるとわかりやすい。
きびしい先生のときには全員が集中。
やさしい先生の授業では全員が豹変(ひょうへん)して騒ぐ。


中学校では,よくある風景である。


それが
先生のきびしさへの「甘え」である。

常に「きびしさ」というロープでしばってもらっていないと,
自分で自分をコントロールできなくなっているのだ。

「きびしい」先生の授業を受ける場合には
本当に「自分にきびしく」なければならないのである。



 

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