勉強法いろいろ:第35手:十の巻
「美板書先生」と「汚板書先生」
〜 先生の板書とノートの取り方の関係 〜


先生方が黒板に文字や図を書くことを
業界用語で
「板書」という。

板書がウマい先生もいれば,そうでない先生もいる。

文字の「ヘタ・ウマ」ではない。
1時間の勉強内容のまとめ方の「ヘタ・ウマ」である。



あなたの先生の「板書」をよく観察してもらいたい。

授業が終わって,板書から1時間の流れや重要事項が「よくわかる」のなら
その先生は
「美板書先生」と考えて良い。


その先生の板書は,そのままノートに書き写す価値有りである。

もちろんそのノートは家での復習の強力な道具になる。



一方
授業終わりの黒板が「意味不明」の場合は用心である。

「汚板書先生」である。

その板書は,そのまま書き写しても何の役にも立たない。

そんな場合は,授業中の先生の「説明」や「板書」を
手がかりに,自分でノートを工夫してまとめまければならない。

これは大変ムズカシイ作業である。
高校生でも大学生でもムズカシイ作業なのである。

だったら,どうすれば良いのか・・・

道は2つに1つである。
どちらもイバラの道である。



【第1の手】

この際,スッパリと覚悟を決めて
先生のメチャクチャ板書を全てメモする。

書いちゃ消し,書いちゃ消しする先生もいる。
それを,かたっぱしからメモしていくのである。

先生の説明より,ノートに力を注ぐのである。

そして,家に帰って,ノートのまとめ直しである。

学校で使うノートは「メモ帳」くらいに考えるのである。

家でノートをメモを手がかりに再生するのだ。

教科書に書かれていることも重要な手がかりとなる。



【第2の手】

ノートは,先生の板書をそのまま写さず,最低限のメモだけにする。

そのかわり,先生の説明に集中するのである。

その場で,「全て覚え込んでやる」という気合いで説明を聞くのだ。

こちらも家に帰り,メモと記憶,教科書をたよりに
ノートを再生するのである。



この2つの手は,めんどうな方法であるが,
復習として,大変効果がある方法でもある。

特に,
「20%と80%の法則」の精神で実行すると良い。
(20%と80%の法則の詳しい説明はココである。)

念のために付け加えるが,「中途半端」が一番良くない。

「ノートはなんとかまとめたつもり」
「説明もそこそこ聞き取ったつもり」


これは,「わかったつもり」への片道切符である。

「意味不明のノートと,消化不良の知識を持っているだけの人」
のできあがりである。




最後に「汚板書先生」の
名誉のために・・・

「汚板書先生」も決して悪い先生ではない。

あなたは多少の苦労はするが
あなたの情報を探したり,まとめたり,活用する能力を
確実に伸ばしてくれる先生なのである。

こちらも「愛すべき」先生である。


 

直線上に配置