frower2006年  3月のフィールドノートから

*3月3日(金) 名瀬市金作原
 
日本冬虫夏草の会の皆さまが来島中で、フィールドワークをなさるというので同行させていただくことにした。
 なにを探すにも、目線というものがある。鳥を探すには鳥目線、虫を探すには虫目線、植物を探すには植物目線。一本の木
を見上げている自然愛好家がいるとする。端からは同じように観察しているようでも、その人がなにを目当てに探しているの
かで、観ている対象が違う。鳥好きは梢に止まる小鳥を観ているのに対して、虫好きは葉の裏のカミキリムシを観ているかも
しれないし、その間に植物愛好家は着生ランを探している、といった具合に。そこで冬虫夏草目線である。冬虫夏草愛好家は
ひたすら地面を凝視する。湿った土の間から、あるいは落ち葉の堆積の中からにょきにょきと伸びた子実体を探しているので
ある。広大な大地をつぶさに探索して冬虫夏草を見つけるのは、素人にはなかなか難しい所業である。そうそうにギブアップ
して、その道のプロにまかせる。
 この日見つかったのは、コガネムシタケにイトヒキミジンアリタケ、それに菌生冬虫夏草のタンポタケなど。思ったよりも地味
な冬虫夏草ばかりであったが、冬虫夏草ウォッチャーの生態を観察できたのが一番の収穫。


▲コガネムシタケ。中央部に見えるのが甲虫の幼虫の頭部。


▲イトヒキミジンアリタケ。チクシトゲアリの胸部から子実体が伸びている。


*3月12日(日) 住用村住用ダム
 
森はすっかり新緑の季節。山を遠目で望むと、常緑広葉樹特有の重たい緑にところどころパッチワーク状に若々しい緑が
交じって美しい。若竹に萌黄に浅葱。さまざまヴァリエーションの緑がひとつも森を構成している。濃い緑、淡い緑、赤みがか
った緑、漂白したような緑。さながら緑の品評会である。
 森の中に足を踏み入れると花たちが春を謳歌している。エゴノキの手裏剣みたいな花、アマシバの綿毛のような花、アオ
モジの黄緑色の花。足元にも、ナンゴクホウチャクソウの香気のある花やリュウキュウコスミレの可憐な花が。そんな中、ひ
ときわ異形な花が地面からむくむくっと頭をもたげている。ガラス細工を思わせるギンリョウソウである。この腐生植物、分布
は北海道から沖縄まで、日本全土をあまねくカバーしている。光合成を行わないこの植物にとって、日照量や気候は生育条
件にあまり関係ないのだろうか。


▲地面から伸びてきたギンリョウソウ。名前のとおり、銀の竜に見えるか?


*3月21日(火) 宇検村某所&奄美市根瀬部
 毎年オオトラツグミの一斉調査の時期にはアマミセイシカがその清楚な花を咲かせる。ことしもすでに咲いているという情報
を得て、宇検村のポイントに行ってみた。毎年チェックしている斜面のセイシカは花の付き具合がいまひとつであるが、沢沿い
の木のほうはすでに7〜8部咲き。聖なる紫の花でセイシカ、なんと詩的なネーミングだろう。実際にはそれほど紫がかっては
いないが、数あるツツジ科の花の中でもその美しさはトップクラスだと思う。奄美大島の固有種であり、大切にしたい植物なの
に、盗掘が絶えないのはいたましい。
 ツツジといえば、渓流沿いにはケラマツツジが咲きはじめたが、根瀬部の山にはタイワンヤマツツジの群落がある。こちらも
花が見ごろかもしれないと思い、出かけてみた。こちらはまさに満開である。この植物は屋久島以南に分布するが、やはり園
芸用の盗掘のために自生地は減っている。嘆かわしい人間の業……なんとかならないものか。


▲渓流沿いの斜面にさくアマミセイシカ。


▲奄美市の文化財になっているタイワンヤマツツジ。


*3月25日(土) 奄美市某所
 
大学でアメンボの研究などをやっていた関係で水生半翅目の昆虫には興味がつきない。実は奄美に住む前からぜひ見て
みたいと思っていた水生半翅目の昆虫が3種いた。エグリタマミズムシとアマミオヨギカタビロアメンボ、そしてアシブトメミズム
シである。このうち前2種は来島初年度に比較的簡単に見る機会に恵まれたものの、最後の1種だけは情報も少なくここまで
ずっと見逃していた。海浜に住む夜行性昆虫なので、浜辺に行ったときなどときどき石をめくったり打ち上げられたゴミの下を
探ったりしていたのだが見つからず、奄美大島には実はほとんどいないんじゃないか、と諦めかけていたのだ。
 ところが前日奄美の動植物について造詣の深い研究者の前園さんから、アシブトメミズムシを見つけたとの一報をいただい
た。さっそく見せてもらうと、まさに長年見たいと思い続けていたあの虫である。採集地を教えていただき、本日生息状況を確
認に行ってみた。現場は奄美北部によくある白砂の広がった変哲のない砂浜である。本当にここがという疑問を覚えながら
も、はやる気持ちを押さえきれずに手当たり次第石をひっくり返す。ところがなかなか見つからないのである。出てくるのはム
カデやフナムシ、ハマダンゴムシ、ミミズ、徘徊性のクモなどが多く、たまにハサミムシやハネカクシ、コガネムシ類の幼虫など
にも行き当たる。30分も経ったころだろうか、探しているポイントが違うんじゃないだろうかと感じながらなにげなく手近の小さ
な石をひっくり返すと、なにか丸っぽくて薄っぺらい物体がぽろっと転がった。もしやと思って砂を払うと、これがなんと擬死の
ポーズをとったアシブトメミズムシではないか。一度ポイントがわかると次々に見つかるという現象は昆虫採集にはよくあるこ
とで、案の定、こつを覚えると隠れていそうな場所の検討がおおまかにわかるようになってきた。
 それにしてもかわいい。歩行性の小型のタガメのような形もキュートだし、捕脚をたたんで残り4本の脚でちょこまか歩くようす
もラブリーである。意地悪をしてひっくり返すと後脚をふんばって起用に起き上がる動作など、見飽きることがない。長い間待っ
た甲斐のあるステキな昆虫に出会えることができ、自宅までの帰路の車中で笑顔が絶えることはなかった。


▲体長8ミリほどのアシブトメミズムシ成虫。
 

フィールドノート トップへ