性病その12:HIV感染症

はじめに

 エイズの病原体であるHIV(human immunodeficiency virus,ヒト免疫不全ウイルス)によって引き起こされる感染症の経過全体(感染から,エイズ発症,そして死亡まで)をHIV感染症と呼びます.HIVは体内の免疫担当細胞に感染しこれを徐々に死滅させていくため,やがて免疫機能の障害を引き起こすようになります.免疫不全状態に陥ると,体内に以前より生息している弱毒の病原体(カリニ原虫,サイトメガロウイルス,トキソプラズマなど)が暴れだし,ちょっとした風邪程度でも重症化して肺炎を引き起こしたりします.また,体内に本来備わっている癌に対する免疫が破壊されてしまうために悪性リンパ腫,子宮頸癌,直腸癌,カポジ肉腫などの続発性悪性腫瘍が生じたり,脳の機能が障害されて痴呆症状を伴ったりするようになります.

エイズの社会的側面

 この病気の歴史は1981年に米国カリフォルニア州で流行した原因不明の免疫不全症の報告に始まります.この原因不明で当時は治療薬もなく死に至る病であったエイズは市民に恐れられました.さらに,この病気がゲイや麻薬常用者という社会的偏見,差別の対象であった人々に多かったことや,エイズ末期患者が痩せ衰えて死を迎える様子,カポジ肉腫など皮膚病変の映像が報道されるなどによって,この病気に対する恐怖やマイナスイメージが一般市民に深く刻み込まれました.

 その後,原因ウイルスが発見され,エイズという病気あるいはHIV感染症の全体像が医学的に解明されてきました.また治療薬が開発され,この病気の予後が改善されてきたましたが,現在でもなお社会的な偏見,差別の対象であり続けていると思われます.それが感染者,エイズ発症者の社会生活から日常生活に至るまでの活動をひろく障害しており,さらに療養も制限しているのが実状といえるでしょう.また,病気に対する偏見差別は感染を疑った者の検査受診を踏み留まらせ,結果として感染者の発見の遅れにつながっていると考えられます.同様に,発症しても患者自身が医療機関を受診しようとしない大きな原因ともなっていると思われます.感染者がこのまま不特定多数の者と性交を続けたら感染はさらに増え続けることにもなります.

HIV感染症の病期

 治療方法が確立していなかった以前でも,感染から発症までの自覚症状がない期間は約5〜10年あるとされてきました.感染以後の自然経過から病期は,1初期感染,2無症状期,3エイズ関連症候群,4エイズ期の4期に区分できます.

 感染の後,一時的に感冒様症状がみられることが多いですが,これらの症状は自然に治ってしまい,症状のない時期に進みます.この時期では帯状疱疹や口腔カンジダ庄などが出現することもありますが,多くは本人も病気を自覚していませんし病院を訪れることも少ないです.しかし,この間もウイルスによってリンパ節破壊が徐々ではありますが確実に進んでいきます.適切な治療を受けなければ病気が進行し,免疫低下をきたしエイズとなります.しかも本人が感染を自覚していなければ,知らないうちに二次感染を引き起こしてしまいます.

感染の特徴

 このウイルスは感染者の血液,男性の精液,女性の腟分泌液に存在しますが,涙,汗,便,尿には感染性のあるウイルスはいません.実際の感染経路としては,性行為,輸血や血液製剤の投与,母子感染の3つに絞ることができます.一般にいわれているように,公衆トイレの共用やプール,蚊,キスなどといった通常の社会生活では感染しません.我が国での感染経路は,以前は血友病患者治療のために開発された非加熱血液凝固因子製剤に混入していたウイルスによるものが主でした.しかし,厚生労働省エイズ動向委員会の報告によれば,最近では性行為による感染が大半を占め,とくに日本人男性の国内での感染(異性間,同性間性行為)増加の傾向が指摘されています.

 現在ではHIVの感染源(血液,精液,腟分泌液),感染経路がいずれも明らかとなっているので,感染防止対策は容易と思われるかもしれません.しかし感染される可能性のある機会があっても,HIV検査を受けずに自分が感染したことに気付いていなければ,性行為を中心に感染がさらに広がっていきます.HIV感染者との性行為による感染率は0.1〜1.0%と報告されていますが,1回の性行為で感染した例もあります.

診断

 HIV感染症の診断には,手技的にも比較的容易で100%近い検出率を示す患者血液を用いたHIV抗体検査が一般に採用されています.

治療

 大きく分けて3つ
 1.HIVの体内での増殖を阻止するための抗HIV療法(化学療法).
 2.感染症の進行によって出現してくる日和見感染症に対する予防.
 3.免疫不全に伴い生じるエイズの諸症状の治療.
 です.

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