妊婦とATLについて

疫学と病因

 HTLV-I(human T-cell leukemia virus)は,成人T細胞白血病(ATL)の病原ウイルスとして発見されました.このウイルスの特徴として,西日本に多い(鹿児島県で約5%の人が保有)こと,また家庭内集積があることがあげられます.

 現在,感染経路は母児感染と夫婦間感染にしぼられています.母子感染では母親の母乳中に含まれるリンパ球のHTLV-Iが授乳を介して高率(14〜50%)に母子感染することが報告されています.

 一方,夫婦間感染は夫の精液中にHTLV-Iウイルスが証明され,夫から妻への感染が裏付けられています.しかし,成人後に感染してATLを発症した例はみられません.

 また近年,ウイルスの存在が明らかになってからは,ウイルスに感染した血液の輸血は行われなくなったため,輸血感染はみられません.
 HTLV-IキャリアのうちATLを発症するのは年間1,500人に1人程度です.

診断と検査法

 通常は血液によりHTLV-I抗体検査を行い,陽性か陰性かを診断します.

HTLV-I妊婦への対応

 西日本の多くの産婦人科では,妊娠初期の血液検査でHTLV-I抗体のスクリーニングを行っています.陽性者にはさらに精密検査を行い確認します.

 陽性者に対しては,HTLV-IはATLの原因ウイルスであること,その発症頻度はわずかであること,また,HTLV-Iが母乳を介して母子感染することを説明し,人工乳,凍結母乳による母子感染予防法があることを説明し,妊婦さん本人に哺乳方法を選択してもらいます.

キャリア母乳の取り扱い

 HTLV-Iキャリア妊婦より出生した児に人工乳哺育を行うと,感染率は4〜5%程度に減少します.しかし母乳中には人工乳には無い,免疫物質が含まれているため,母乳哺育を希望する妊婦に対しては凍結母乳哺育法が勧められます.具体的な方法としては,母乳バッグに母乳を採取して家庭用フリーザーで一晩凍結後,室温で解凍し,加温して児に与えます.

 人工乳や凍結母乳で哺育しても母子感染率はなお4〜6%存在しますが,これは胎内感染とも考えられています.

 哺乳方法の選択としては,そのまま通常の母乳哺育,短期(3ヶ月)母乳哺育,凍結母乳哺育,断乳して人工乳哺育などがあります.母乳をそのまま与えても100%感染するわけではないこと,断乳して人工乳を与えても100%防ぐことは出来ないこと,感染したとしても発症するのはごく一部の人であること,子供の病気ではないこと(発症する場合,感染から55年),また母乳のメリット,直接授乳のメリットなど,総合的に判断して母親本人が哺育方法を選択すべきと考えます.

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