1997年8月19日の種子島東方の地震と
 その後の地震に関わる地震雲の観察録

 8月には、26日に熱海市に行きました。会議の後の時間を使って、熱海から深夜の下田までの計測と終電車がなかったので、下田から天城峠・韮山経由で熱海のホテルまで タクシーで帰りました。
  地震エネルギーは空っぽでした。次の日は東京から盛岡 まで新幹線で行ってトンボ帰りして鳴子の地震エネルギーが高い事を確認しまし たら、その夜にグラリでした。
  この時に福島県にも地震エネルギーの集中がある 事と埼玉の高さを見てかえりました。空間とトンネルとでエネルギー差が大きい でしたので、新幹線の路線から距離がある事を考えました。
 なお、伊豆の地震エネルギーは帰りの飛行機からの観測で、伊豆半島の南側に ピークがある事を確認していました。1日後の事ですので突然の変化といえます。
 今年になって長野への行き帰りのバスで計測しているデーターから、山梨・長 野・静岡の地震が予告どおりの期間に発生したようでした。
 これらの結果からいえる事は、岩盤の強度が鹿児島と東日本で違うという事で す。鹿児島はというより西日本はデーター値にして7.5位にならないと大きな地震が 起きないのに東日本は6.5以上になると地震が発生するという事です。
  西日本 は高エネルギー蓄積の大地震になり易いが東日本は低レベルでの連発エネルギー 消耗型といえるのではないでしょうか。
<以下ひこばえの登録文>
  事前に連絡できなかったが 19日深夜の地震は、上空に現れた巨大な地震雲で予告されていた。 17日午後2時30分の東京行きの飛行機から快晴の空に いくつもの地震雲が見られた。
   種子島沖・四国沖・遠州灘沖・房総半島南とあり、房総のものは時間単位の差し 迫った色であった。 特に種子島沖の上空のものは、大きさや厚さが阪神大震災の時の地震雲に匹敵す るものであった事と、色が黒ずんで時間が差し迫っていると感じた。 東京のホテルに着くとすぐに出発前にインストールしていたパソコン通信ソフト を動かしてみた。
   ところがどうしてもつなぐことが出来なかった。深夜まで掛かって色々設定を変えてみたが失敗の連続で断念した。 ホテルの交換機を通す方法がうまく行っていない結果であった。 翌日患者を見ながら、何とか警告を伝える方法がないものかと悔やみ続けた。
  ずっと 気にしていたので、今までしたことのないラジオをつけっぱなしで、施術をした。 前日も東京では伊豆沖の群発地震のニュースが主で種子島の地震のニュースは短 い。19日深夜、最後の患者を見ている最中に地震のニュースが始まった。 なんとなく感じてパソコン通信の段取りをしていったのに、使えない道具になっ てしまった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ーーーーーーーーーーーーーー・   地震雲の現れ方に2つの大別できるものがあることが判ってきた。
   10月14日の朝、佐伯市の地震エネルギーは前夜は低かったものが急に上昇し、 やや高めであった。 福岡市の患者を見るべく大分・日田のコースを予定したが、地震エネルギー源 がどこにあるかを確定の為に、竹田・阿蘇・やまなみハイウエイから日田を通る ことにした。
   [やまなみ]の北端に近い頃、由布岳の地震雲に気付いた。湯布院 町を見下ろす駐車エリアでビデオ撮影を繰り返して、軽食後、目を上げると雲が 消えていた。
 九重インターから大分自動車道に入り、玖珠パーキングエリアでアナログ携帯 電話によるパソコン通信で湯布院の地震雲の様子からの地震の予告をしようとテ ストをしたがうまく行かず、時間を消耗した。
  この間にパーキングエリアの東側と南側の雲の色が変化するのを見て、ビデオ で撮影しながらテストを続けた。その最中に宮崎県と大分県の境で地震が起きた ことをテレビが放送した。  直前までの経路の地震エネルギーデーターの変化が当然のものと感じた。
 また、地震の発生直前に明白な雲の変化として確認できることが明らかになったといえた。これは、昨年5月の連休開けに阪神大震災の余震の直前に加世 田市で目撃したものと同じ現象である。
 16日に飛行機から見たものとは違う性質のものである。この時のものや阪神 大震災以前に阪神の上空に2年以上前から見えていたもの、また、喜界ヶ島沖の 地震以前に坊津から南の水平線上に現れていたものは、短時間の変化が無く、地 震が発生するまで現れ続けており、地震発生後消滅した。
 今回も坊津から見ると種子島沖上空に見え続けており、繰り返してビデオで撮 影している。 いずれにしても事前に警告できず残念。 20日夜9時帰鹿後、帰宅せず、残存エネルギーを測るべく空港から佐多に行き、 田代・内之浦・志布志・宮崎・延岡・大分県竹田・熊本・鹿児島・指宿・枕崎を経 由して坊に帰った。
   大隅半島の圧力エネルギーは低く、宮崎県北部から大分県で予てになく高かった。 ただし、大分県分は、10日深夜の計測で異常に高く、13日深夜の計測でも高 かったが、翌14日昼過ぎに起きた地震でも、19日の地震でも開放されていな かった。
   10月は10日に宮崎経由で佐伯まで行き、続いて11日は四国に渡り、宿毛か ら松山・高知・坂出と調べたが、以前の数値が高い場所が松山市南部に移動して いたのが気になっていた。 21日の九州東部の計測の結果は、もっと大きい地震が延岡から松山市を結ぶ線 上で起きる可能性が高くなったことを示しているように思う。

                 JBC02555   上村  巌