これは、1970年頃、枕崎を中心とした集団が発行していた同人誌の文集に載せたものの再録です。
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*「波」第13号 掲載 昭和44年7月号
土くれのうた 上村巌
大地の温かみが足にいう
早く種蒔けもう春だ
今年は少し深植えをしろ
五月にゃ雨が少ないぞ
かんかん照りの梅雨になりゃ
白砂はぱさぱさ足弾く
それでも根っこにゃ水はある
土の臭いにむせながら
来る日も来る日も地を這って
爪は笹繰れ草汁染みる
お天頭様よもう少し
日を和らげてくれないか
おいらの背中の塩の地図
毎日毎日広くなる
草がこそこそ喋ってる
腹がふくれりゃねむくなる
命が危なきゃ花を付け
肥えた実を付け死ねるけど
秋の台風おそろしや
海なり震えて聞くばかり
畑に木の壁欲しくなる
霜の柱を踏みながら
凍えた土に堆肥すき
ハウスのストーブ調子良く
オリオン星座に照らされて
町に野菜を送り出しゃ
黎明近いか鶏の声
暮れのあしたの冷え渡る
ゆうべと今日
ゆうべ晩中
ぎゅふ・ぎぇーふ ぎゅふ ぎゅふ
が・ぎゃーーほ がががぎゃーほ
かは かは かは ぎぇーふ
ぎゃほ ぎゃほ ぎゅーひゅ
きゃほ きゃほ きゃほ きゃほ きゃっほ きゃっほ
ぎーーーーっふぉ
くっふ くっふくっふ
ぐーっ・ふ ぐーっ・ふ ぐーっ・ふ
ぐげーふ・ぐげーふ・ぐげーふ・ぐげーふ
ぐきゃ ぐきゃ ぐきゃ ぐーっふ ぐきゃ ぐきゃ ぐきゃ
げく げく げく げくっ
けっ・けっ けっけっけっ
(丑満で終った
背戸の小川のガマのささやき)
今朝
いひ ははははっ うふふっ
けっへっへっへっへっへっ へへへへへん
あっはっはっはっは おっほっほっほっほっ
想像を
とほほほほ ちひひひ ちょほほ
てへへっ ふんふふん
ちゃ(た)ははーーーー一ひっひっひっひっ
いひゃはーー ぎゃっはっはっはっ
ぎゅひょっ えっへっへっへっへっ
いひひっ くふっ くっくっくっくっ ふふっ
ぎゃっはっはっはっ べっへっへっへ
てっひっひ ちゃっはっはっ ばはっ だはは
うふぉっ うひょっはは>^W>_}^u_ ほほん
ひひっ へん へへん へへっ
うふふふふふ うへへへへ くくくっ
うっふっふっふっ ひひっ ははっ けへへっ
ひょほ・・・・・・・・ ふふっ ぶふっ
ぶろっはっはっはっはっ ひぇっへっへっへっ
ぶふぉっ かんら かんら ぶぁぉっほっほっほっ
おほっほっほっほほほほほ きゃっきゃっきゃっきゃっ
けっけっけっけっけっ かっかっかっかっ
ぶぇっへっへっへっ ぶっふっふっふっ
うわっはっはっはっは
あーーぁ腹がいたくなった
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波 第14号 昭和44年9月号
幼春
1957年1月27日は激しい季節風が吹き荒れる朝であった。吉野安志は、四日後に高校入試を控えた日曜日であったが、弟の満、幼友達で四才年上の左官見習いをしている横田春巳と笠瀬の山に草刈りに行っていた。笠瀬は坊の岬の東側にあって、黒潮の流れの中に突き出ている上、寒気は坊の岬に遮られて直接吹き付ける事がないため、完全な無霜地帯になっているので真冬になっても木々の隙間にススキが青々と伸びている野原が至る所にあった。しかし、家からの道は三キロメートル以上あり、途中は険しく急な坂の上り下りがある足場の悪い道のため、滅多に人が行かない場所であった。
安志は草を刈る手を休めて、地の笠瀬の頂上から坊の岬に荒れ狂う季節風の様を眺めていた。遥か水平線上に浮かぶ甑列島の辺りから這うように飛んで来る黒雲の下に潜んでいたような北西の季節風が激しく海原を掻き撫で、波頭を欠きちぎっていく。風に追い立てられた波は坊の岬に打ち寄せて砕け散り、岬の巌を吹き昇る風に抱えられてカーテンの様にゆっくりと天に向かって立ち昇り、百メートルの巌上にある灯台の高さを越えると急に水平に動き、東に向かって吹き散る。風は山ひだを駆け下り、駆け昇っている。
緑の山肌が突然陽光をはねて白く輝き、頂きから次第に駆け下り、山ひだの尾根の向こうに消える。しばらくすると、その尾根の頂きの松の木が枝を折り返されて激しく揺れ動き輝きが走る。また輝きが次の山ひだを走る。雲の影が山の斜面の輝きを追うように走ってくる。季節風が山並みの上で波乗りを楽しんでいるようであった。
遠い山ひだの間は白いアメーバーが山の一つ一つを嘗め尽くして来るようにゆっくりと見えていた動きが、山ひだを一つ越える毎に白い輝きは次第に視野の中で大きく広がり、雲の影を際立たせながら斜面を駆け下る早さを増して迫ってくる。
谷の向こうの斜面をあっと言う間に駆け下った白い輝きは、谷を飛び渡ったかのように勢い付いて麓から尾根の頂き近くの草刈場までの百五十メートル余りを、シャーという音と共に木々が激しく揺れ動き、全ての木の葉が天に向かって引っ張られたように立ち、風にもぎ取られまいと枝にしがみ着いてブーウ・ブルブルブルと音を立てて震え、塩風にしごかれた葉面はテカテカに光り、陽の光りを受て白い光の波となってアッと言う間に迫り、眼前一杯に広がり、スウォーッと激しい風が吹抜ける。身の回りの空気の塊が一瞬風の吹いて来た方へ動き、透き通るような緑の静寂が広がる。
しばらく激しい風の舞いに見とれていた安は吹き戻される風で我に帰って草を切り始めた。サクッ・サクッ・サクッ、草刈場に片膝を衝き、寒風の中で伸びている緑のすすきを安志が根際から切っている音だけが辺りを支配していた。
十時はとっくに鳴った。サイレンの音は警防団の屋根の上から笠瀬までの三キロメートルの山波を越えて、風に吹き消されて途切れ途切れに聞き取れた。
「おーい、もう戻ろうやー。」
下の方から春巳の声が聞こえてきた。
「よーぉ、後ちっとで止むっが。」
安志は切った草を鎌で押さえて立て膝のまま振り向き応えた。
「満ぅ、もう一気戻っで切った草を集めて来んか。」
笠瀬の鼻側の方で草を切っていた弟の満に声を掛けた。
「よぉー、俺ぃは草を切り過ぎたいこは。持っきらんかもしれん。」
潮鳴りの音と共に返事が帰ってきた。
安志達三人は、刈り取った草を三つの山に束ねて尾根の山道まで運び出して、カルコにくくり付け始めた。
「今日ゅは第二開洋丸が戻って来る日じゃねえ。」
春巳がロープを引き締めながら顔を上げて言った。
「うん、水揚げを澄ませて十時半頃いな枕崎んの港を出て坊ノ浦さえ回航すったっち清次兄んさんな言わったど。」
「そいじゃえば、もう、そろそろ笠瀬ん鼻を回って行っ筈っじゃあせんけねえ。」
「俺いや、先っから、もう通っじゃろ、もう通っじゃろと思う方で草を切いごったもんじゃっで手を切ったいこわ。まだ血が止まあんとこわ。二開洋はまだ通わんど。ずっと見とったたっどんま。」
満が、春巳と安志がカルコにくくっている場所の笠瀬の鼻側に草を運んで来て指をくわえて言った。
「もう十二時前やってぇ、遅しか過ぎやいねえ。」
春巳が道から見通せる笠瀬の鼻の先の海上を見ながら言った。
「時化とっで今日ゅは戻って来んたあせんかい。」
満が言った。
「潮が大河の如つなって逆巻く格好で流えておいもんねえ。あえんた事ちゃ滅多になかもんねえ。はあよ、あん運搬船ぬ見てみえよ。あんた俺ぃ共んがここい来た時、丁度笠瀬ん鼻ん沖っで近道つすい如、あん潮ん流えん中さえ入って来たたったどん、二時間以上掛かって反対ぃ冨貴崎んの沖っずい流あかさえておわいは。音ん分なポンポン、ポンポンち太っとか音がしとったっどん、結局前進距離はマイナスじゃっであは。あん船が走っとっ早さよかも潮が流えとい早さが早かちゅう事っじゃっどがよ。」
安志が言った。
「風ん強かさは夕べよかも、なつなっとったっどんねえ。そいでも、岬っの鼻ん潮ん巻っきゃ上がい方はちっとそっとんもんじゃなかどねえ。灯台の高さよかも高っこ上がっちょったっで百メートル以上あっちゅう事じゃっどがよ。火の神んの沖っで波んが太っとかとを見て枕崎んの港い引っ返したとかも知れんど。」
春巳も冨貴崎の沖に流されて行ってしまった運搬船を見て言った。
「あぁ、あっこいはあよ。二開洋は冨貴崎っの鼻さえ回っ所ぃじゃあいは。」
海側に目線を置いていた安志の視界に第二開洋丸の真っ白い船体がヘクラの木の枝越しに黒潮の海に鮮やかに光って見えた。
「かねてなか、わっぜへたを通っとったっねえ。沖ばっかい見たで分からんにゃった筈っじゃあい。木の影ぃなっとったたいはねえ。」
満は自分が真っ先に見つけたかった清次兄んさんの船を安志に見つけられて悔しそうな表情で、体を側に寄せて来て爪先立ちヘクラの木の枝越しに首を左右に振って第二開洋丸の船影を探した。
「あぁ、今枕崎んの立っ神んの鼻ん所ぃじゃあいはねえ。」
と納得したように言った。あしこたいと灯台の下でな、潮ん早さが全然違ごわいはねえ。坊の岬んの灯台から開聞岳ずいや線ぬ引っ張った如沖きゃ大時化、へたは凪ちゅう感じやっであはねえ。」
後から来て見ていた春巳が満の肩に手を置きながら言った。
「あの辺たいを通えば風は早かで山ん上を跳ね飛んで、山ん影ぃなって船ぃな当あん訳じゃあいはねえ。」
満は春巳を見上げながら言った。
「どら、早う戻っど船と俺共んとどっちが早かか競争をすうさ。」
春巳が満の体をぐっと右に向けて押してマイケ掛けた草の方へ歩き始めた。
「うわ、ここから戻ってな、御身ぁ、素駄で戻っても半時間にゃっど。今日ゅの草は湿ぃが多かで、船い、えっちっつこ。船あ後二十分もすえば戻い着っどお。」
安志は、草の輪をカル子にしっかりと組み合うように並べながら言った。
「そん時か船が坊の浦ぃ入港すい汽笛を鳴あかすっ時っずい、どこずい戻いちっかしてみえばよ。」
満が春巳に言った。
「よっしゃ。早よマイケて戻っが。」
安志もその気になってシビ縄を引き締めた。その時、満が、
「あ痛っ。」
と声を上げた。
「切ったとこいが痛かとやぁおぅ。」
安志は心配になって満の所に行き、手を取ってみた。血が傷口から湧くように流れていた。心臓がズシーんと打たれたように感じた。
声を聞いて草をマイケ終っていた春巳も寄って来た。
「草切ぃけ来とって鎌で手を切いなんどち、草がなかとじゃなしと、本にもう馬鹿じゃあいねえ。草を切っ時ぃ草から目を離すっでよ。堅か物んに刃が引っ掛かった時引っ張った弾みで手を切ったっど。」
春巳が年長者の威厳を見せるように言った。安志は満の指から流れている血が多いことが不安になった。
「俺が血止めのまじないゅ、いっかすっでしてみれ。こんヘクワん葉を三枚取って重ねて、そん傷ん上い載せてね、呪文ぬ唱うったっど。文句はねぇ、血止め、血止め、血止め、血は親の形見なり、血は親の形見なり、血は親の形見なり、ち言うてねぇ、ふうふうふう、ち三度息ぅ吹っ掛けて見え。血やぴしゃっち止まっが。」
安志は、大き目のヘクラの葉を引きちぎって満に渡しながら説明した。
「なんちや、も一っ度言わんと覚え切れんない。ない止めやったけ、あ、血止めじゅったいね。そいかぁ先ゃないじゃったけね。」
「血止めち三度、親の形見なりち三度、そして息く三度吹っ掛くっとが三度。必ず止まっが。騙かさえた積もいでして見れ。」安志に言われて、満は神妙な顔で口の中で呪文を唱えながらやり始めた。その時、安志が思い出したように言った。
「あ、忘えとった。東さえ向こて礼を三度せんと、いかんとじゃった。そん次がまだあったとじゃった。手を三度上さえ上げて、そいから血止めを言うて、親の形見なりを言うて、息く吹っとが済んでから、十ずい数んずっとじゃった。最初からやり直しじゃ。」
満は困惑しながら、そばにあったへくわの木に目線を落として言った。
「早よう言わんもんか。もう他けななかったか。もう一っ度新か葉を取ってせんな、血で汚れたいこわ。呪文の数っが多かで覚え切れんごたい。」
「一回稽古をしてからやってみれば、すらすらちしがなっとよ。稽古をしてみれよ。そいをしとっ間いあっこが草をまいくっがさ。俺ぃよかも、どっさい切っとっが持っきっどかいね。」
安志が笑いながら言った。
「血が止まらんかも知れんで、持っきいひこ持ってくれんもんか。べたっと寝ておったもんにゃっで、ごいごい切ったたっどん、開洋丸ぃが氣になったもんにゃっで、切いながら沖く見た途端にごいちやってしもて、いろいろすっどん血が止まらんにゃったいは。」
満は摘み取ったへくわの葉を傷口に載せながら安志に言った。
「そえんた怪我をした時ぃな、気張っとわんに早ょ言わんこてま。怪我か太かえば病院に行かんな済まんかも知れんたっでそぁ。今からは怪我をした時は一気声を出していっかせんなよ。良かか。血止めが出来ても傷が長かで、また出た時っがならんであんまい持たん方が良かろで、軽いこないごっちまいけ直して積まんな済まんないさ。時間が掛かっで、そぃの間ぃ血止めをちゃんとして見れ。必ず止まったっで。しっかいと握ってすったっどそわねぇ。」
安志は満がへくらの葉を傷口に載せたものをしっかりと整えてやりながら言った。そして、満が切った草を半分近くに減らし、満のかるこに載せて括った。春巳は黙って安志を手伝った。満の分を終わって安志の背負う分をかるこに括り付けようとしたが草が多すぎて載せ切れない状態であった。
「こいだけん草をげんして持っ切いもんかい。弁財天の下ん坂はきっかで、こい程んこんの草をかるては登い切やんで俺ぃも半分な持ってくうっで、分けてまいけ直さんか。」
春巳は持て余し気味の安志の状態を見兼ねて言った。安志は春巳の好意に従うことにして草を分けた。春巳は草切りが非常にうまい青年であったので、びっくりするほどの草を切っていたが、それでも満の草の半分を自分の草の上に載せて括り付けてくれた。草の量は春巳の背丈以上の盛り上がりになった。余りの量の多さに安志は南ヶ迫から弁財天の下までの胸を衝くような急坂を思って息が止りそうであった。しかし満が怪我をしながらも切った草を粗末にする気持にはなれなかった。
春巳が安志のマイケる様子を見て心配そうに言った。
「草はどっさい切ったが、綱は足っかよ。」
「横ん綱があっで我が家ずいどま持つっどだいよ。」
安志は、少し残った綱で少しでも安定に草を支えられるようにシビ縄を掛けた。その間に春巳が満の草をカル子にマイケてくれた。
「さあ、済んだど。げんかい。血はまだ止まあんかい。」
安志は草をかるこ括り付けるしび縄を引き締めながら、満の握り締めている手を見て何度か聞いた。一心に呪文を唱えていた満は促されるように血で肌にこびり付いたへくらの葉をそろっと引き剥がして覗いた。
「止っとっ。嘘やっち思うとったどん本の事て止まっとわいこわ。こわぁ。」
満が血だらけの人差し指を差し出した。ねっとりとした血糊が掌までこびり付いていた。血が止って大きく開いている傷口の深さに身震いを感じた。そして、満に慌てて注意した。
「まだ、血が止ったばっかいやっで余んまい動かさんに居わんか。動かせて傷が動けばまた血が出て来っかも知れんど。今度出た時ゃ止めがならんこっなっで、動かさんにおれよ。手を下さえ下げんに胸ん所ぃ持っち上げておわんか。痛かどが。」
安志は胸が掻き毟られるような気持ちを堪えながら満に言った。
「うんにゃ。今は痛こわなかごたっ。」
満の傷口を安志は手拭で縛ることにした。満の手拭よりも自分の手拭いの方が汚れがなかったので、傷口を少し堅めに縛った。
「もう二開洋はいかせんかい。」
春巳が安志の処置を見ながら言った。
「うんにゃ、まだ行かん。俺ゃ、あっこなんどがマイケとい間、血止めをしながらずっと見とったどん笠瀬ん鼻いな出て来んど。」
満が言った。
「おかしかねえ。あいから時間がわっぜ経っとっはっじゃあよ。ないごてけねぇ。」
春巳が首を捻って言った。春巳は太陽の位置を確かめて、太陽の光に射られた目をショボショボさせながら、
「あいから二十分は経っておっどねえ。」
「じゃっどねえ。」
安志の動作に吊られるように春巳も太陽の位置を見て言った。
しばらく三人の間は聞き耳を立てるように二開洋の音を求めて沈黙が支配した。運搬船の音だけがポンポンと高く聞こえていた。二開洋のシャシャシャン、シャシャシャン、シャシャシャン、シャシャシャンという新造船特有の軽快なエンジン音は交じっていなかった。聞き耳を立てると潮鳴りが大きくなったような錯覚を感じた。
「まさか、沈んだとじゃなかろうね・・・」
何気なく言って安志は自分の言葉の恐ろしさに息が止まった。
「沈んだ・・・・」
満も思いも掛けぬ言葉に復唱するように言い掛けて安志と顔を見合わせた。髪の毛が逆立って行くのが分かった。
四年前に同じ寒い季節の暴風で、水平線の彼方の小宝島で遭難した第十一漁栄丸の事故が思い浮かんできた。安志にとっては良い思い出ではなかった。
四年前二月十二日は、無霜地帯の坊津でも凍えるような烈風が前夜から猛烈に荒れ狂った。親子ラジオも夜明け方から七時前まで配線が切れてしまい、止まっていた。部落の青年立ちが総出で断線箇所を修理し、七時のニュースから聞こえるようになった。ところが切れ切れに聞こえるニュースの最後に、隣の利夫兄さんが乗り組んでいる鰹漁船第十一漁栄丸が漁を終えて帰港中、強風を避けて仮泊していた小宝島で座礁、船体は三つに大破して、地元民が総出で救助活動に向かっていると言ったのであった。 驚いて、弟の満と一緒に隣のオソメおばさんの家に走って行き、放送のことを話した。オソメおばさんの家には既に船主からの連絡が入っていた。オソメおばさんはもう利夫兄さんが死んでしまったかのように声を上げて泣いていた。
オソメおばさんの家の親子ラジオは、線が切れているらしく聞こえないと言うことであった。
困惑して言葉を失っていると、ニュースを聞いた親戚の人達が集まってきた。おばあさん達ばかりであったので、オソメおばさんの調子に引きずり込まれるように涙を流し始めた。一番後から入ってきた千代松ばあさんが声を上げて泣いているオソメばあさんを叱って、
「あっこは、何いを勘違げをしとっとや。利夫は今一生懸命助かろうち頑張っとっ所いじゃっち言うとい、あっこが泣けば、助っかいもんも助っかあんごっなってしもわいそあ。我が家ぇ居い者んな、いけんな時も気をハシッと持って頑張っておらんな済まんたっどぉ。メソメソしとったいち済んもんかよ。仏壇に線香を上げて御先祖さあぃも、どうか利夫を助っけっくいやったもんせち、頼んみゃげんこてま。泣ておい暇があいもんかい。」
と言い放った。千代松ばあさんは若い時に旦那さんを船の遭難で亡くしていた。安志はこの厳しい言葉に救われた思いがした。普段はとても優しい千代松ばあさんが実際はとてもしっかりした心を持っている事にびっくりしていた。
千代松ばあさんの意見を聞いていた利夫の姉の千賀子姉さんが急いで仏壇に蝋燭に火を点もし、線香を上げた。仏壇が明るくなって心なしか気分が落ち着いて、オソメばあさんがボソボソと心細い心境を語り始めた。安志と満は目配せした。
「俺ぃどんが漁協に行たて、げんなっておっか聞いて来っが。」
と言って入口に向かった。
「よお、そえんしてくえよ。家に何人集まっても、年んなもんばっかいで、やっせんで、いけんなっとっか見て来てくえがなえば、あぃがたかが、やっとやっどん頼んがねぇ。」
千代松ばあさんが言った。満が重いいたどを音を立てて曳き開けた。まぶしい光りと共に冷たい風が吹き込んで来た。上がりかまちに腰掛けていたおアサおばさんが髪の毛を煽られて、首をすくめて丹前の衿を引き寄せた。
「あよーぉ、寒んか風やあい。一宮どんの坂道ちゃ風がわっざえか、当っとっで、吹っ飛ばさえんごっ気を付けて行けねぇ。あっこどんもやっとやっが。はってな者んが居わんで力ぃなってくれねぇ。頼んでねえ。」
と言うと、手を膝に置いて頭を下げた。安志は軽く会釈して満に続いて板戸を締めた。その時、八時前のローカルニュースの時間になっている事を気付き、家に戻って満にラジオを聞いてから行こうと呼び掛けた。満は先に行くと言ったので、安志は自分だけ家に戻りラジオのニュースを聞いた。ニュースはすでに第十一漁栄丸の遭難関係のニュースを終っていた。安志はもう一度ニュースが繰り返されるように祈った。
「始めの方を繰り返します。」と前置きして第十一漁栄丸関係のニュースが放送された。しかし、内容は午前七時のニュースと同じ内容であった。やはり、漁協がニュースは早いかも知れないと思い直して、下浜の漁協に走った。
漁協は海岸側の石垣に打ち寄せるて叩き付ける波が高く飛び散って、建物の屋根を大きな渋きが洗っていた。漁協の建物の中に入るのは風が止まった瞬間に戸を開けて飛び込まなければ状態になっていた。風が止まる瞬間を掴めない女の人達が建物の蔭に身を潜めるように張り付いていた。高い波が三回続いた後に一回小さな波があることを確かめると、安志は満に合図して高い波しぶきが漁協の屋根の上を越えて、渋きの足が漁協の板壁に叩き付けた瞬間を見済まして漁協のガラス戸を開け、風と共に中に飛び込んだ。それまで入るタイミングを図り兼ねて、入りそびれていた人達が後に続いて入って来た。
漁協の中は外の風の強さが別世界のことのように静かであった。重苦しい空気が支配していた。安志と満は居場所を探した。満が安志の右手を引っ張って居り場所を指さしたので、片隅の方に行った。大人達が漁協の職員に事態を説明してくれるように求めた。宮野原職員が黒板に書いてあるものを指さしながら、
「今ん所ぃや、こしこん事っが分かっちょっ所ぃやっと御座ぃ申さおさ。連絡も警察電話しかなか所ぃじゃって、県警本部ぃ聞いてみい申したぁ、遭難現場は人が住んで居る場所ん反対側ぃなっちょって、高っか山を越えて絶壁ぃなっちょっ所ぃゆ、ロープで降りて行って救助活動をしておって、思う如っ助っけがならん状態じゃっち言う申さい見いやい。真夜中の遭難じゃったもんじゃっで、島には懐中電灯が駐在所ん備品が一っあるばっかいで、島民は蝋燭と強盗ん明りで救助活動をして貰ろとる状態で、満潮になれば崖下まで波が打ち寄せて避ける場所もなか危険な状況で、二重遭難を覚悟の状態で決死的な活動をして貰ろうておると駐在の巡査どんから報告があったち言うて県警本部から連絡を貰い申した。巡査どんも現場の指揮をしておる合間に連絡に走る状態で、充分な連絡が出来ん風じゃいもん御座いもんで、次の連絡が待っちけんに居っ所い御座い申しと。県警本部には枕崎警察署長経由で家族が安否を気遣って漁協に集まって居るから、出来るだけ細かい情報を教えて欲しい旨の要請を漁協長名でし申したで、あいかぁ、もう二時間余ぃ経っとっで、もういっき何か言うて来っち思と御わんど
んなあ。宮田組合長と長浜漁業労働組合長が食料や衣類を持って小宝島に警備船で向かう準備をしけ家ぃ戻って居い申しとご。衣類も持っがない限い持って行かんな、島民の皆さんの物を借りて着ているちゅう事御わしたで。」
「如何んなっちょっどかいねえ。」
聞いていた夫人達が、ため息と共につぶやいた言葉に漁協の空気は再び重苦しいものに変わった。その瞬間、海面が擦られているような音が聞こえたかと思うと板壁が大きなハンマーで打ち据えられたような音がして、潮しぶきがガラス戸を叩き、隙間から吹き込んだ。みんな息を止めた。みんな虚ろな目を宙に泳がせて厳しい救助活動の様子を思い描いているようであった。
安志と満は宮の原職員が指さした黒板を確かめるために説明を聞いている人々の後ろを小さくなって通り抜け黒板を見つめた。
第一報 二月十二日午前零時三十分頃 鹿児島県坊津町宮田水産所属第十一漁栄丸 は、大島郡小宝島北部の島陰に仮泊中、強風で北部の岩礁に座礁、大破沈没。乗 組員は海に投げ出され、地元民が総出で救助活動中なるも深夜荒天で難航。
第二報 救助十一名 死亡四名 氏名未確認
第三報 救助者十九名 死亡六名
氏名が白紙に書き出されていた。
名前を読んで行くが、目指す竹下利夫兄さんの名はなかった。ほんの僅かの白紙の余白が広く見える。何度か読んでいると無限に広がって行くみたいな錯覚を感じた。
気が付くと、土間に吹き入る風と雨水は漁協の室内の温度をますます下げていった。入口の下から水が流れ込んで土間一面に水溜が出来て、水溜に浸かっていた下駄の鼻緒から水がにじみ上がってきて足袋を濡らし、足先の感覚を奪っていた。亡くなった人も増えている状況の中で、寒さで震えることさえもはばかられるようで、寒がりやの安志は体が震えるのを必死で堪えていた。激しい波風の中で、雲の切れ間から陽が差し入るのか、時々室内が光りに満ちた感じになるようになっていた。満に合図して漁協の建物の西側にある車庫へのドアから外へ出てみた。
丁度その時に正面にある茹で小屋の南面の板壁に低く差し入る陽光が当り、吹き付けた潮風が乾いて塩が結晶しているのか白く光って、暗がりに慣れていた目を射た。
「うおーぉ、まぶしーぃっ。」
と、安志は目をしょぼつかせ額に手をかざして視線を地面に落した。
茹で小屋の海岸側の石垣の隙間から海水が湧き出すように地面に吹き出していた。下浜の先にある長瀬の上を高い波が越えて長瀬と西の尾の海岸の間を通った潮とがぶつかり合って高い波になり、下浜の海岸の石垣に打ち寄せているのが見えた。打ち寄せた波は石垣の隙間を埋めて隙間に埋まっていた小石を茹で小屋と漁協の間の広場に吹き上げていた。大きな波が来ると石垣の一番上の面から潮が吹き上げ始め、叩き付けた波が高く舞い上がっていた。
安志と満は潮を含んだ強い風のため身体中が塩漬けになりそうな感じに、慌てて漁協の中へ引き返した。書き出された紙の中身は変化がなかった。カウンターに火鉢がいくつか出され、それぞれに人の輪が出来ていた。しばらく人の出入りが止まった。
タオルを頬被りした老人が瀬を丸めては入って来た。その後から潮っぱい風が吹き込んで壁に張ってあった紙が外れてカサカサと鳴った。有田職員が、
「あぁ、宮野原君、紙んぬ張い治えてくえんかはぁ。ひっちゃえたど。」
と指示した。宮野原職員が、
「また書っ足さんな済まんがと思て、軽う止めてあったもんにゃっでなあ。もう直きニュースが始まいもんで、それで書き込みをしてから張い申そうかいな。」
と言って紙を巻こうとした。
入って来た老人は、ガタンと音を立てて戸を後ろ手に閉めて、「ズッ」と鼻水をすすり、不精髭に付いた鼻水を親指の甲で拭い、オロオロした目をアチコチに落ち着きなく流した。唇は力無く開き、小刻みに震えていた。宮野原職員の手にしていた貼紙を見つけると、
「どわよ、いけんなっとっとかい。見やせてみえよ。」
と人垣を分けて前に出た。
「おやっどんも出てごわったなあ。大変な事ちないもしたおこわ。」
と宮野原職員が困惑したように紙を広げ始めた。
「宮野原君、紙は出しておいて、書き治さんか。こんな時に紙の出し惜しみをせんに来ておいやい皆さんに分かり易いようにして差し上げんか。経費ん事ちゃ後で考ぐえば良かよ。非常事態じゃったっで、出来っだけん事はせんな済まんたっでよぉ。組合長には俺ぃが後で言うが。」
と有田職員が椅子にひっくり返ったままで言った。
「そんなら、こんた後で裏ぃ書っ事ちしもんそ。」
宮野原職員は呟きながら、皺が寄ってしまった紙を広げて黒板に張り付けた。
老人は、張り付けるのが待ち切れないように、見え出した紙の端から小さな声を出して読み始めた。
「おーぉ、順一ゃ助っかったねえ。・・・・・・
・・・・・光夫も、ん・・・・・・
あぁ、義人は死んだとや、やぃやねえーぇ。子は産んまえたばっかいやったちゅうといねーぇ。こわ済まんにゃったねーぇ。内っ方がむいね事っじやねーぇ。あいた、強志もやー。屈強な者んずい死んちゅわ、わっぜ強か時化じゃったたっどねーぇ。またも、ふんなぁねーえ。むいなかねーえ。」
と呟いた。回りの声が揺れ、人垣が割れて老人が出て来た。人垣の視線は老人を追っていた。老人の目尻は濡れていた。有田職員の居るカウンターの踏み石に上がろうとして、つと背を屈めると「フン」と手鼻をかんだ。
満が、
「ひっちゃ、きっちゃなかねぇ。」
と安志の手を引っ張って揺すりながらささやいた。老人は極自然な動作で鼻水で濡れた手を
踏み石に擦り付け、筒袖の衿を摘んだ。安志も思わず笑い掛けて、足元の水溜に堕ちた鼻水が生き物の様に広がって来るのを見て、慌てて後込みした。
「そいから何いも言て来んかい。」
と有田職員に聞いた。皆の神経が有田職員の口元に集まった。
「おぉ、こわ寒んか所ぃ、おやっどんも出て御わったなぁ。大変な事ちない申したおこわ。警察の電話がなかなか繋がらんちゅう事っじゃいもんごわんで、警備船が現場い着いて捜索状況を連絡しがないごっち、手旗信号手を上陸させ申したちゅで、保安部と無線で交信をすっとをば傍受して聞いておったっどんなあ。名前を言わんとなあぁ。まとめて連絡すっとかもなあ。保安部にはこっちで傍受させてもろでちゅう許可は取ったと御。とにかく現地は連絡を取いにっか場所やっちゅで、情報の掌握が早う出けんたっどだいなあ。」
有田職員はようやく姿勢を正して語った。
「よーぉ、あしこは掛かいの悪いか所ぃじゃったっでよ。傍は瀬が多かたっでよ。時化方が早かったで避難が出けんにゃったたろかいねえ。浜も波んが披っすっ所ぃじゃったっで、助っけ方も思た如くにゃ行かんじゃろごたいが。」
「現地は連絡も思う如は行かんたっち考げ方をなぁ。」
「うん、じゃっとよ。連絡よかも助け方て掛かっちょっとじゃろでねえ。」
「もう、そろそろ連絡が入って来やせんどかいなあ。」
「しかし、六人も死んだちゅはねえ。無為なか、ふんなあ。」
「寒んか上い、風が止まらんでなあぁ。風ばっかいでん治まれば、助かったっどんなあ。」
「ほんにまぁ、こえん寒んかもんかねーぇ。」
と言って、チュッと鼻水をすすった。モールス信号が無線機室から聞こえてきた。
「今、無線が入って来たおはなあ。」
「助っかってくうえば良かがねーぇ。」
語尾が震えて、息を止めて、カウンターの上に置いた両手の指を強く組み合せて腕を延ばし、頭を腕の間に入れて祈るようにうつ向いた。安志も吊り込まれるように目の前がボワーッと霞んだ。みんなもシーンとなってうつ向いていた。モールす信号音だけが高く低く漁協内に流れていた。まるで、波間に浮きつ沈みつしている乗組員達が助けを求めている様のようであった。安志はうつ向いたまま両手の拳を強く握り締めて「頑張れよーっ」と念じ続けた。静寂を破るようにフォーッと風が走り、あられが人間の願いをアザ笑うように漁協の板壁に叩き付けた。
十一時のニュースが始まり、ラジオの声が大きくなった。混信のビートに埋もれてアナウンサーの声は切れ切れに聞こえていた。アナウンサーの声を聞き逃すまいと神経が尖って来るのが分かった。身動きも出来ない緊張が漁協内に広がっていた。
第十一漁栄丸の遭難のニュースが最初であった。救助者の名前を読み始めた。『竹下利夫、竹下利夫』心の中で繰り返していた。二十に名まで読んだ。心臓の鼓動がだんだん大きくなり、耳にドキッ、ドキッと感じた。『二十三名と言ったな。最後だ。出て来るかな。』と不安が余切った。
「あ、言うたっ。」
満が小さく叫んで安志の手を握った。胸が周期外に『ドキッ』と強く打ったように感じた。
「うん、言うた。じゃっどん同じ名前の人がもう一人船に乗って居てややこしいという話を聞いた事がある。どっちじゃっどかいねえ。」
安志は満に小声で言って、板切れにすがり付いて牡蛎だらけの岩場に泳ぎ付こうとしている姿が黒板に浮かんで消えた。去年の夏、先浦尻で水泳をしていた時、激しい
渦に巻き込まれて水中に引き込まれた時の恐怖が蘇って背中を撫で、ブルッと震えた。「名前を書て出さっとずい見て戻っどったっどがよ。」
満が安志の心配を察したように言った。
「うん、聞っ違ごたかも知れんで、確かむっが。オソメおばちゃんぬ糠喜くぶさすっと済まんでね。」
と語っていると名前が半紙に書いて張り出された。
一枚目・・・竹下利夫の名前はない。
二枚目・・・やはりない。
三枚目・・・ない。
四枚目は五人しかない。・・・・・・・・あった。
竹下利夫 二十五歳。後ろから二番目だ。
「あった。」
満が握っていた左手を揺すって言った。
「やっぱいじゃったね。良かったが。」
年齢からして間違いはなかった。もう一人の竹下利夫は二歳年上であると教えられていた。やっと安堵した。
「早ょいっかせけ戻ぉさ。」
満が先になって走り出した。岸壁に当って立ち上がった大波のしぶきが、漁協と茹で小屋の間を走り抜けたのを見澄まして外に出た。路地をあられが走り、崖下に白く溜り始めた。あられが走った後を追うように二人は走った。漁協に向かう人達が、背を丸めて道脇の家の壁に沿うようにして小走りに行くのと擦れ違った。
一ノ宮ん坂の五十二段の石段を駆け昇った。安志はこんなに早く昇った経験はなかった。満は奥の深い石段が歩幅に余って一つ一つ昇って遅れた。踊り場の所で安志は満の走りに気付いて立ち止まり、そのまま待った。息が弾んで胸が弾けそうであった。背を屈めて息を整えていると背中に汗が流れた。満がやっと踊り場にたどり着いた。安志は満が息を切らしているのを見て、
「ちょっち、休まんかさ。」
と言うと、満は手を膝に衝き、背を屈めて息を整えた。安志は満の息が静まるのを見計らって満に手を差し延べて、
「さあ、手を引っ張っで。」
と言った。満は差し伸べられた手に体重を掛けるように握った。安志はその手を強く握って、
「しっかいと握っちょえよぉ。走っどぉ。」
と合図して走り始めた。残った三十三段の階段をもどかしい気持ちで昇った。昇り詰めると満が先に走り出した。安志は後ろから満に合わせて走った。
家への坂を一気に駆け下った満が、オソメおばあさんの家の入口の古い板戸を焦って斜めに引っかけて開け兼ねて、少し開いた隙間に口を当てて、
「おばちゃん、利夫兄んさんな助っかっておわったどぉー。」
と叫んだ。三歩遅れた安志が板戸に手を添えて開けた。満は自分が入れるだけの隙間が開くと体を横にしては入り込み、上がり口に這い昇って、
「あんなぁ、利夫兄んさんななぁ助っかっておわっど。」
ともう一度言った。
「本にやぁ。」
焦っていた縁者達が声を揃えて念を押した。
「うん、同姓同名の人が乗って居わっちゅう事っじゅったで、ラジオで言うたとを紙に貼い出さったとで年齢も確かめてきたたっど。」
と安志が言うと、
「えーぇ、そこまでしてきたかい。感心にゃった。オソメ婆ぁ良かったねーぇ。」
と千代松婆あさんが言うと、オソメ婆あさんは泣き出した。びっくりするような大きな声だった。それは今までに聞いた事のない高くて奇妙な体を絞ったような声だった。 オソメ婆あさんの奇妙な声を聞いた安志は『こーりゃ、別人にゃったぎい重大責任じゃあいこは、年ゅ確かめんなすまんどこわ。』と不安になり、
「利夫兄んさんな二十五歳じゃったいなあ。もう一人の人は年が二つ違ごたいなあ。」と確かめた。
「二十五やー。ええ、よおーよおー、満で言えば二十五じゃあいさねえ。」
オアサ婆あさんがオソメ婆あさんを宥めながら言った。安志はホッとした。同時に背中の汗の冷たさが体を震えさせた。
「やっとやったが。上がって茶を飲まんか。」タキ姉さんが言った。修理が終ったらしい親子ラジオが鳴り始め、ニュースが始まり十一人死亡と言った。荒波にもまれ、岩間に挟まれた白い死体を想像した。その白さは水泳の時の足の裏の色だった。冷たい霙が叩き付ける波打ち際に漂う死体、『毛布でくるんで貰えたかなあ。寒いだろうなあ。』と思うと涙が込み上げて、安志は心にゆとりがないことを感じた。出された茶も飲まず、
「汗をけたで着替えて来っで、寒んこなったおこわ。」
と断わり家に帰った。
家では祖母が心配して待っていた。
「朝飯も喰わんに、出て行ったまんま、戻っても来んにどこをさえとったとや。心配しとったがこわ。」
とたしなめた。既に十一時を過ぎていた。着替えをして朝食を取り、毎日の義務の草切りに出かけた。出掛けに、オソメ婆あさんの家の前を通ると、千代松婆あさんが出て来て、
「うんだ、来っち思て待っとったとに、どけ行たとったかい。茶は出して待っちょったっど。飲んでから行かんか。」
と言ったが、安志は、
「おおきに、今飯しゅ喰て来た。草切いけ行っで良かで。」
と応えて、歩き始めた。千代松婆あさんはオソメ婆あさんの家に引っ込むと、茶菓子を袋に入れて持って掛けてきた。
「今から行けば遅うなっで、さあ、こいゆ持って行かんか。」
と袋を安志に押し付けた。安志は千代松婆あさんの気持ちに礼を言って袋を受け取った。何もない時代に精一杯の心であった。
助かった利夫兄さん達はそれから四日後に、警備船で枕崎に着き、帰って来た。家に着いた利夫兄さんに遭難の苦労を労いに行くと、利夫兄さんはケロリとしていた。それを見ていると遭難の日の自分達の気持ちが悲しかった。
しかも、遭難の時の事情聴取が繰り返し行われている間に、利夫兄さん達が見張り役をしていた時間に充分な監視をしていなかった為に次の人がブリッジに立って前方を見た時、すぐ目の前に三角形の大きな黒い山が見えたので急いで漁撈長と船長に連絡したが、手を打つ間もなく座礁したことが遭難の原因だったらしいと回りの人から聞かされた時、胸がむかつくのを堪え切れなかった。面白くない思い出となっていた。
あの日も寒かったし、雲間の洩れ日で木の葉がギラギラと光っていた。春巳が、
「ちょっち黙っとってみえよ。船ん音は聞こえんけね。」
と言った。静寂の中で、木のざわめきと百メートル下の桶ミナの波打ち際の真石同志が、波に揉まれてカラカラと音を立てているのが岩場に木霊して聞こえるだけであった。耳を撫でる風の音までがゾワゾワとささやくように聞こえた。風が静まると耳の中で『ドクッ、ドクッ』と脈の音が聞こえた。『もし、二開洋が沈没した時きゃ、草はうっちぇて、いっかせけ行かんな済まんが、南んヶ迫ん坂を走って昇えば、我が家ずい走い届じっどかいね。途中で誰いかオセが居えば良かたっどんねえ。』
と不安が心を横切った。
「見いけ行たんみよ。」
耳をそば立てていたが、何も聞こえない状態が続いたのに我慢が出来なくなった満が声を上げた。ダランと垂らしていた手をギッと握るや、笠瀬の鼻に向かって、つっと走り出した。三人はほとんど同時に走り出していた。
満が先頭になり、春巳、安志の順に狭い釣り道に低く這うヘクラの枝を跳ねるようにして飛び越しながら坂を駆け昇った。三人がほぼ同時に笠瀬の鼻に立った。
「あっ、おった。」
満が笠瀬の鼻の下の海面を指さして、大きな声で言った。
「あーぁ、良かった。」
安志は満の指さす足元に近い絶壁の際を波に揉まれながら海岸に沿うように舳先を沖に向けつつある第二開洋丸を見下ろしながら、笠瀬の鼻の岩の隙間に根を下ろし、這いつくばっているヘクラの木の上に座ると、
「あーぁ、良かった。心臓が止まったごたったいこわ。」
と言った。
「わっざえか、まーぁた、へたさえ曲ったたいごっじゃあいこわ。」
春巳が手を腰にやって立ち、少し長く伸ばし掛けた髪の毛を風にもて遊ばれて、気持ち良さそうに目を細めながら言った。
「まあた、あしこ、へたを通っとっとに、チャップン、チャップンじゃっでぁはあねえ。おとおしかどだいはあ。」
と安志が言った。桶ミナの小さな入り江の方から、海面が強い風に吹き付けられて白くなった海面が第二開洋丸の方へ広がって行った。黒潮の濃い藍色に第二開洋丸の真新しい白色の船体が鮮烈であったが、その海面まで風が吹き付けて白く包まれると、第二開洋丸の舳先は左に大きく振れてしまい、エンジンの音が大きくなり、舳先を風の方に立て直しているのが見え、まるで悪魔がもて遊んでいるようであった。
「坊津港でな、一っ番大型船じゃったっがはあねぇ。ここから見えば伝馬ん子んごとあぁいはぁ。」
「かねてじゃえば、枕崎んの港を出てから真っ直ぐ南下して、立っ神んのずっと沖から西さえ向きを変えて、坊の岬っから千メートル位沖に合わせて来い分けじゃっで、今まで見た事んのなかコースじゃっどねえ。」
「やっぱい、あん岬っ鼻から真っ直ぐ流えちょぃ、太河ん如ぁぃ流れん中は昇い切やんにゃったたっどねえ。」
「無理やったおねえ。あん流れん中は潮の流え方が早かし波んが高っかで、入ったがせごっ、向きも変えがならんままになって開聞岳ん沖っずい流されて行っ事っじゃっどだいよ。仕様がなかで、坊の船だけがどこが浅瀬かを知っとっで火の神んと立っ神んの間ん瀬戸を通って入り江ん鼻をギリギリで交わして風を山ん蔭を使こて避くい方で笠瀬ずい来とったいは。」
「伝馬船にょかもヘタを通ったっで時間が掛かい筈っじゃあい。」
「かねちゃ、こえんヘタは通らんたっがはあねえ。」
「ここん、笠瀬ん鼻でも、あえんチャップンチャップンすっが、岬っの鼻を曲い切っどかいね。」
「ビサ瑚の傍らから駒走りの浜ん先っずいや沖の時化が嘘ん如ベタ凪状態じゃっどん《市っゴ爺がマクイ》からは岬っの《猿ぃの穴》い当った波んが乗し掛かい如して東さえ流えとい高っか壁ん如なっとっでやはぁねーぇ。」
第二開洋丸はおよそ三度に一度寄せる大波に空中にほおり投げられ、その後ろの海面に叩き付けられていた。三人は第二開洋丸が高波にもて遊ばれながらも波の壁を越えて海面を切り裂き、真っ青な黒潮の海面に船の三倍以上の真っ白い波しぶきが広がる度に、力んで足を踏んばった勢いで体を左右に揺すって、それぞれ観察した事を思い思いに口にしていた。
「うわーっ、いんまんこて、ミヨセを突っ込まいは。」
「船ん中は潮がゴッゴッ流えちょわぃはぁ・・・・。」
「沈ませんかよ・・・・。」
「危んなかねえ・・・・。」
言葉が途切れ途切れになっていた。安志は唾をゴクリと飲み込んだ。第二開洋丸が波の坂を昇り、前進し切れないまま、クリッと舳先の向きを変えられながらツーッと滑べり落ちるようにして谷へ下る度に居たたまれない気持ちであった。
もはや、口を開く暇がなくなっていた。
「んにゃ、こわ大丈夫かい。船ん長さよかも波んの高さが二倍はあっど。船は我がよか三倍以上坂を登っとっとと等っ事っじゃっで、流ぁかさえとっとん如たいは。岬っの潮ん散ぃ方を見えば、風が先ぇよか強こなった様な塩梅ぇじゃが。」
春巳が身を乗り出しながらうめくように言った。
「余んまい、そえん前さえ出っと、ひっちゃうっがそぁ。」
満が春巳の汗で濡れたバンドを引っ張りながら言った。
「あーぁ、早う戻ろち思とったとい、身動っも出来んないこわ。俺共んが目の前で沈んでくうんなねぇ。」
春巳は満が引いた力に体を委せるようにして尻を下ろして言った。
「岬く回い切っ時っずい見取ってみっど。」
安志は言いながら太めのヘクラの木の枝を握り締めて百メートルの断崖の下の海を覗き見た。桶ミナの小さな入り江は石がゴロゴロとしていた。波が打ち寄せると一メートルを越える石が動き、カラカラカラカラと軽い音で鳴って響いていた。
打ち寄せた波は渚で泡立ち、泡の縁取りの先はすぐに黒潮の青黒い色を薄めて吸い込まれるような青緑色になって鼻まで続き、鼻の回りは白く逆巻いて、泡が底に達してから横に広がっている感じだった。頭を波間に出していない岩礁の回りも同じ様に泡立ちが底まで広がって見えていた。第二開洋丸はその泡立ちの少し沖を通り抜けて行った。強い風が渡ると青緑が消えて灰色になり、海一面がギラギラと陽光を跳ね返していた。
「海んの潮がねばっ濃か感じやあせんけね。」
と一緒に覗いていた満が言った。
「いよいよ岬っ鼻じゃっがねえ。げんなっどかいねえ。」
春巳が咳き込むようにして言った。
「岬っの鼻ぃ出れば風が当ったっでねえ。今んまま行けば風に向い合ったままで、ちっと右から当っとっとを岬っの鼻で右さぇ舵ゅ切やんな済まんで風を横から受くい事ちなっどねえ。」
と言って安志は唾を飲み込んだ。春巳が、
「出た時っと一時ぃ九十度船ん向くば変えんな済まんで、なお危んなかねえ。」
「さあ、げんなっかな・・・・・。あーぁ。ちっと沖っさえ向きを変えたいは。やっぱい岬っだけは大回りじゃね。」
と息を継ぎ損ねたような喋り方で、言って喉を大きく慣らして唾を飲んだ。
「うわあーぁ、流えん中け入ったあ木の葉ん如ああいは。」
「あーあぁっ、あーぁ、ビックイしたあ。ミヨセかぁ突っ込んでしもわいはぁ。」
安志は叫んだ。
「外ぃ出とっと洗ぅ流さえてしもわいねえ。」
満が飲み込むように言った。
坊の岬の猿の穴の下の瀬に打ち寄せた潮が高く巻き上がり、ツイッと方向を変えて第二開洋丸に叩き付けた。第二開洋丸は波の坂を昇って行くが昇り切れぬままに押し戻されるように横へ滑べり始めた。
「あー、やっぱい風で向きがグリッち変わってしもたいは。」
春巳も声を詰まらせていた。
第二開洋丸は大波に挑戦を繰り返すようにしながら、とうとう坊の岬を越えた。
「あー、見えん如なったーー。」
満がほっとしたように言った。
「あしこ傾びても、ひっくい還らんとじゃねえ。あいが鉱石っ積ん船なら、何時っの昔ぃずんべっとっどねえ。」
安志は鰹船の驚異的な安定性に感心していた。
「あーいた、だえたいこわ。手が汗をけた。こわ。」
と言って春巳が左手を出した。草汁がにじんでいた。春巳はその手をズボンに擦り付けて拭いた。
「手に汗握る大実演ちゅう所ぃじゃったね。運搬船なとうとう火の神んの沖ずい流されたがはあ。」
安志は言いながら顔が火照っているのを感じた。やはり、微かに手が湿っていた。
「どわ、戻っど。太陽がもう南んになったど。十二時が鳴って居わせんかよ。」
春巳が噛み砕いたヘクラの葉をプッと吐き出して言った。
日向ぼっこの後の様なけだるさが体を包んで足が重かった。
「腹が減ったねえ。」
満がつぶやいた。カル子の場所の戻って行くと足元で二匹の紋白蝶が舞っていた。人の気配で高く舞った蝶は木を越えて舞い上がったが、寒風に押されて笠瀬の浜の方へ落ちて行った。
安志は満のカル子を起こしてやり、満が力を入れないで立てるように草を後ろから持ち上げてやった。
春巳は先に草をからって歩き出した。安志の草がその次になっていたので満を先に行かせる余地がないので、先に歩くしかなかった。満を草を持ったまま待たせておいて、自分一人で草をからう事になった。
ズッシリと重い草を背中に載せて立ち上がることは容易ではなかった。体をペシャンコにしてカル子を引き倒し、這いつくばって体から離れたところにある草を手に撒き引っ張って反動を付け、ジワッと草の重みの全てを背中に載せて、ゆっくりと前進しながら立ち上がって行った。余りの重さで、カル子の位置を跳ね挙げて調節する事も出来なかった。カル子がギシギシときしんだ。安志は下りの道を指先に力を入れながら怖わ恐わと歩き始めた。
安志は笠瀬から南が迫のだらだらの平坦な道を腰を曲げて運びながら、後ろを見向けないままで、何度も何度も満の手の傷から出血が始まっていないかを聞いた。満は心配させないように気遣っているのであろうが
「大丈夫じゃっちよ。血は止っとっど。」
と気丈に答えた。
それを目で確かめようにも、一歩歩くごとにかるこがぎしぎしときしむ程の量の草を背負って、左右の草木が迫っている狭さの空間では向きを換えて確かめる事も成らず、深い息をつきながら歩いた。越瀬ヶ浦の上にある木の生えない所でやっとの事で向きを変えて満の手を取って見てみた。巻いていた手拭いを解いて見ると絞め方がきつ過ぎたのか指先の色が悪かった。安志は指先を軽く撫でてみながら、
「指んの先きゃ痛かぁなかかい。痺えとわせんかい。」
と聞いた。
「うんにゃ。げんじゃいなか。」
満は強気に言ったが、顔には痛みを堪えている表情があった。安志は痛々しい思いで、
「ちっとばっかい緩めて巻いて置こかい。弁財天の登い道ぃ掛かった時ぃ踏ん張って登い方て、傷っが動て血が出て来っかも知れんで、塩ヶ浦が見うっ所いでもう一っ度締め直してくるっで。血が出っ時はどこでも良かで言えね。」と言った。
そして、満を先に歩かせて様子を見れるように、山側の木の枝を引き寄せて山の斜面に体を寄せて満と入れ代わった。
安志は歩き始めると、今日書く予定の遠い大阪で働いている母への手紙で、満の事を何といって知らせればよいのかと思い悩んでいた。満が怪我をした事を書けば母の心配はどれ程だろうかと思うと足は重く、先を歩く満にさえ遅れ勝ちであった。
南が迫に掛かった時、満は坂の赤土がぬかるんで足場が悪い場所でぐみの木を掴んだ時、ぐみの木の刺を傷口に当てたため悲鳴を上げた。下り坂で重い草を背負っていて止まる事も出来ないまま塩ヶ浦が見えるわずかの平坦部まで駆け降りていった。
安志は、足場を踏みしめて一歩づつ用心深く降りて満がいる平坦部に着いた。その場で傷を見ようとしたが塩ヶ浦へ吹き降ろしていく季節風の通り道になっていたため吹き飛ばされそうであった。
「ここはだめじゃっ。弁財天側の影ですっが。風が切れた時ぃここを通り抜けて行こう。吹き飛ばされんごと気を付けて走れね。」
安志は、急に強く吹き付けてきた風に足を踏ん張りながら、満が風に吹き飛ばされないように草を後ろから支えて言った。
「俺ぃは草が少んなかで大丈夫やっが。行っで、放して良かど。」
と、満が風に負けないように気合を入れるように叫んで走り始めた。満は強まった風によろけながらも駆け抜けた。
「そこん陰の段の所に草を降ろせ。そこで手拭げを締め直すっが。」
安志は少し下がって木立の陰に入り風の吹き抜け口から間を置いた。風はなかなか治まらなかった。安志は痺れを切らして風に逆らって風の中の入って行った。
吹き続ける風に向かって体を立て、足を斜めに進めた。風の道には、前夜久し振りに纏まって降った雨が、弁財天の坂道を洗い流した山の崩れ石が松葉と混ざってぼこぼこと溜まっていた。踏ん張った足は体の四倍以上ある草が受ける風の力を支え切れず溜り土の中に埋まった。思わずよろけた。突然強い風が吹き付けてきたため安志は動けないまま風に立ち向かうように体を前屈みにして風圧に絶えた。踏ん張っている足の下からは、松の鉱木をズリ落とした後の葛篭山の谷底までの赤い絶壁が広がって見えていた。心持ち弱まった風の力に逆らい、よろけながらも必死で絶壁から少しでも距離を置くようにして足を踏んばり、弁財天側の登り口に変わることが出来た。
「危なかったねえ。強か風が来たもんねえ。はらはらしたが。飛ばかさえたぎい葛篭山ん谷ん底ずい、ひっちゃうっでやねえ。風が全然弱まらんもんねえ。」
満が人差し指を握りしめたままで言った。
「今日ゅの草切いは命っ掛けやったいこわ。」
安も柔らかい足場で踏んばり損なって痛めたような感じがした右足に重い違和感を感じながら答えた。満が草を下ろしていた横に下ろそうとしたが高さが合わずに失敗した。仕方なく、少し高い位置に下ろして満の手拭を締め直してやることにした。手拭は南ヶ迫の下り坂で赤土の足場で滑べり、よろけて手を衝いた時に汚れて、血が微かに染みていた。
「どわよぉ、血が出ておいごたっが。大丈夫かい。ぐんのんの刺が立ったとやせんかい。ばい菌が入らんな良かがねえ。痛とうはなかかい。」
安志は満の顔を見て尋ねた。満は口を一文字に結んで首を横に振った。しかし、手拭を解いていく間、満の指は微かに震えて解くのが痛々しかった。最後の一巻は口にくわえて唾液で湿らせてやっと剥ぐことが出来た。
傷口は皮は白くなって盛り上り、中は肉がパックリと開き、中心部には白いどろどろが縮んでいるように見えた。余りの傷の大きさに安志は愕然とした。
「うわーぁ、こえん太て傷っじゃったとかい。せえは、血が出ておったもんにゃっで分からんにゃったとやねえ。草はもうこけうっちぇて戻わんか。後でもう一っ度俺が取いけ来っで。こいから坂がきっかで血が止まらんごっなっと済まんで。」
「良かで。持っ切っが。」
満は安志の心遣いを済まなさそうに言った。声にはいつもの元気がなかった。安志は手拭を変えた方が良いと思い、今になれば汚れは付いているが満のものの方がましだとだと思い、取り替えて巻き付けた。
「草は、春巳兄んさんが弁財天のすもっ場所で待っつけんに居っじゃろで、あっこがとを先ぃ持って行っが、そして春巳兄んさんと戻っておれ。我が分は後から取りけ来て戻っごっすっが。兎に角ここん坂はきっかし、足元が悪いかで力を入れれば傷が動いて良うなか。ここだけは一人で歩け。」
安志は満に嫌応を言わせない口調で言った。満は不満気に、
「腹も減ったどがよぉ。無理せんち良かど。」
と言った。
「大丈夫やっで。春巳兄んさんが待っちけんでよ。早う上ずい上がいちかんないかんで先ぃ行たて居え。」
安志はそう言うと満の草を背負い歩き始めた。満は最初は不満気であったが、間もなく先に立って歩き出し見えなくなった。
安志が南ヶ迫の近道の口に昇り着いた時、満がいたので、
「春巳兄んさんが所いな行かんにゃったとや。」
と言うと、
「行たっ来た。待っとっち言ぅたで、いっきせけ来たとこいよ。」
「わざわざ言ぅけ来んち良かもんぬ。走ってさいけば汗をけて本の事ちばい菌が入やいそあ。言うたなら良かで行かんか。走らんたっど。ゆっくいと行けよ。」
「うん、分かった。ここずい来とっち春巳兄んさんに言け行っで。」
安志に促されたことも忘れたかのように、満は弁財天のすもっ場所に走って行った。弁財天の坂を息を切らしながら昇り着くと、春巳は草を山積みにしたかる子にもたれ掛かっていた。安志が横に草を下ろすと、さも待ちかねていたように、
「長ごう掛かったが。先に満と戻っでね。」
と、言った。安志は春巳兄ぃを待たせた事を気を揉んでいたので、
「うん、満を頼んで。俺ぃは後から戻って来っで。下ずい下がって持って来んと済まんで遅うなっで頼んが。」
と、言って再び弁財天の坂を降りて行った。
草を置いてあった南ヶ迫の口に駆け降りた時、十二時のサイレンが鳴っているのが微かに聞こえた。急に空腹を感じた。
下ろしてあった草は、風に吹き飛ばされて低い所に転げ落ちていた。草が重すぎて持ち上げようとしても動かず、山砂利が流れ積もって水を含みグジュグジュの道で坂の勾配を利用してかる子を立てて尻が濡れないように正座のまま肩緒を肩に当てた。しかし、草はビクリとも動かなかった。肩緒を外して立ち、かる子を手前に倒して支え切れるギリギリまで前傾状態にして微妙なバランスのまま体を入込み、肩緒を掛けて前に引いた。草は重みで体の上を越え、カル子は右の方に傾きながら前にひっくり返してしまい、体は身動きも取れない状態になった。
やっとの事でカル子の下敷状態から這い出した。ズボンは溜った山砂利からにじみ出した泥で汚れていた。右に偏って倒れた原因を調べると、溜った山砂利にカル子の足が食い込んで倒れて来る方向が違っていたのを、余りにも多い草の重みのため体の位置では支え切れないことが分かった。
安志は堅い山の斜面までカル子を引きずって行き、山なりの斜面に合わせて体を置き、もう一度カル子を倒し気味にして肩緒を引いた。草の重みがずっしりと背中を押し潰すように掛かってきた。倒れる方向をしっかりと捉えて、更に体を低くしてカル子が背中に静止するように加減した。カル子の動きが止まったのを確かめて肩緒に掛かる重量をゆっくりと増すように前傾度を深くし、腕をガマガエルのように曲げた。
カル子が水平になり、草の重みの全てが背中に掛かり息が詰まるようであった。息を大きく吸い直し、腹に力を蓄えて、四つん這いになり、向きを山側に変えた。足を引き寄せて踏ん張り、手に掛けていた加重をゆっくりと足に移して行った。
足に加重を移してソロッと左手を左膝に当てて支え、右手もゆっくりと右膝に支えるようにした。充分に伸ばし切っていない膝をゆっくりと伸ばしていった。膝がくじけそうになるのを爪先に力を入れて支えた。歩ける状態まで伸ばし切れたのを確かめて、急坂の人道の方を昇るのを諦めて、遠回りを承知で馬道の方に回った。
馬道は田代の田圃に行く馬が多く使っていたが、裏作の麦の手入れは人手だけの季節で通りが少なく、溜った山砂利にズボズボと足を取られた。焦らないようにゆっくりと登った。最後の曲りに掛かった所で、末次郎爺いさんが馬を引いて来るのが見えた。馬道は馬が一頭通れる巾しかなかったので、人道との合流の少し広い場所に差し掛かっていた末次郎爺いさんに、
「末次郎おじさーん。一っ時っ、待っとってくえめっごぉー。」
と、あえぎながら叫んだ。
「よおー、よー。良かが。待っとっで。せかんちよかで上がって来んか。馬が喜くっ良か草じゃっが。わっぜずばっと切ったねえ。草いずんべっとっがそわ。今日ゅは爺ぃさんが喜ばっがそわ。」
と、言いながら馬の轡を取り、馬を山手の方に寄せて待ってくれた。待っている間必死で駆け登って人道の口の木に体を寄せ着けて馬を交わした。
「おおきになー。」
息が弾んでいたのでやっと一言だけ礼を言った。
「うん、うん。気を付けて戻れよ。」
と言って、末次郎爺いさんは青草の臭いに興奮し目の色を変えている馬の鼻を山側に寄せながら、安志に馬の積荷が当らないようして下って行った。
安志は、心持ち傾斜が緩やかになった坂を腰を折ったまま登りながら、満の怪我を母になんといって書くべきか再び考え始めた。南ヶ迫の近道の口を曲って勾配が極緩やかになった所で、ふっと考えが閃いた。
『今度だけは黙っていよう。傷が治ってから事実を書いて送ろう。そうすれば、心配しなくて済むはずだ。』
頭の中はそうすることで決着した。その時初めて手に握っていた参考書を思い出して開いた。参考書と荒れた地面の小石を見分けながら弁財天の坂を登って行った。
弁財天からは平坦な道が続き、馬葬山の迫から再び急な下り坂である。馬葬山の坂口までの間、安志はひたすらに参考書に目を落し続けた。大阪で働く母の苦労に応えるのは勉強しかないと考え、学校の行き帰りや野山に行く時いつも手には問題集や参考書を握っていたので、足場の悪い道を歩く時も不自由をしないようになっていた。
馬葬山の急坂の頂上でもう一度休み、坊の浦から吹き上げて山越しになった風が斜面を馬葬山の角を吹抜けるのが涼風の様に紅潮した頬を撫でた。運搬船のエンジンが音高く聞こえて来たので木立の隙間から覗いて見ると、第二開洋丸が通ったコースと冨貴崎沖の太河の流れの間ぐらいの手前側を前進し始めたのが分かった。
安志は体が冷え切らないうちに下ろうと重い草を這いつくばって背負った。楠の枝が昨夜からの季節風で引きちぎられて巻き付いた葛でぶら下がり、風の度に大きく揺れ、足元には葉が舞っていた。両側の木が繁って瀬戸のようになっている道を風が吹抜けて来ると腹が減った体は支える力が尽きて後ろに押された。
馬葬山の坂から更に急坂の柴山から背戸ノ坪尻の坂を下り、楯小屋の平坦部にたどり着くとほっとした。楯小屋の塵捨て場を通ると上之坊から中坊番所までの人家が一望の下にあり、坊の浦は外海の大時化が嘘のように真っ青で静かに見えていた。
へとへとの状態で道の脇の土手に草を下ろして、残りの道順を目で追い、上之坊の真中の自分の家の屋根瓦を見つめていた。休みを取っていると下から満が上がって来た。
「腹が減ったどかよ。唐芋を持って来た。喰わんかさ。」
満が差し出す唐芋を受け取り、皮を剥くのももどかしく口に入れた。喉の奥につかえているのを満がおかしくて土手に尻を落して笑いころげた。やっとの事で飲み下した安志は、
「どら、早う戻っど。」
と言って、カル子を引こうとしたが、後ろに倒れた草は動かなかった。満が土手に上がり、後ろから押して持ち上げてくれてやっと上がった。
吹き続ける西風に寄り掛かるようにして下り坂を下って家への道を急いだ。
「唐芋を喰たあ、元気が出た。」
と満に声を掛けて下った。
家に帰り着くと思いっ切りよく草を下に後向きにひっくり返った。頭の芯がジーンとして空が一回転した。ちぎれ雲が長い影を落しながら視界を通り抜けて行った。安志はしばらくの間通りすぎる雲を眺めていた。満が隣の清次兄さんと語っているのが聞こえてきた。清次兄さんの船は無事に坊の港に入っていたようだ。
安志は春巳に持って貰った草を取りに行かなければと思い立ち上がった。体が伸びていくような感覚が足から身体中に広がって行った。喉の渇きが激しく沸いてきた。
家に入り、ハンズの水を柄杓ですくい、一息に飲み干した。塩壷から一摘みの塩を取り、下に載せた。塩の辛みがおいしく感じられた。
丁度春巳が満の草を持って来てくれた。春巳は笑いながら、
「わっぜ、遅しかったが。草が重っかって、ぐりっとへたばったど。」
と言った。
「うん、参った。腹が減ってヘトヘトよ。草が青かで重っかった。やっぱい、笠瀬ん草は良かいねえ。今頃青かすすきがあっとは笠瀬ばっかいじゃっでよ。難儀はしたどんからん、馬ん元気さが違ごて来ったっど。」
「うん、わざわざ持って来てくれて、おおきに。笠瀬から遠か道つば持って来てもろて重っかったどかよ。あっこが取っても良かったたっどん。」
「馬鹿を言なちよ。満が痛か目をしながら切った草を我がもんに出来ぃもんかよ。気を使わんで良かたっが。そいじゃね。だれんごっせいよ。」
「おおきに。難儀をさせて。」
安志は帰り始めた春巳に礼を言った。春巳は手で応えて帰って行った。安志は冨貴崎の鼻から坊の岬を交わす迄の間の大波に持て遊ばれて進むのを心配して見ていたことを語ろうと隣の清次兄んさんの所に行った。
「良か草をどっさい切って重っかったねえ。遅しかったがぁ。」
顔を合わせるなり、清次兄んさんに先に声を掛けられた。
「御身達よっかも先ぃ戻って来っ積もいじゃったどん、御身達の船がチャップンチャップンして走っとをズンベィやせんどかいち心配して坊の岬く交わすっ時っずい見とったもんにゃっで、えっちかんにゃったおこわ。わっざえ時化じゃったが、げんじゃいなかったこ。」
「あしこ位ぇん時化がげんあっつかい。沖ぃ行けばずっとあのえんた波んばっかいじゃったっど。鰹っじょ船は大時化でもズンベアンごっ出来けておっで心配はいらんとよ。運搬船なひっくい返えってしもどんねえ。」
「大変やったんなあ。」
「おーぉ、船ぃ乗っとは命っ掛けじゃったっどお。勉強を一生懸命して、偉か人にならんな。俺ぃ共んが如勉強をせんな鰹っじょ船ぃしか乗いがならんどお。勉強はちゃんとしておっかぁ。勉強をせんなー、母さんな、お前達つ学校ぃ出さんな済まんち、そわ、難儀をしておわったっどお。甘えとったいち済まんたっでねえ。」
清次兄んさんは力を込めて言った。
「しとっちご。」
安志は、矛先が変わったのに慌てて返事をした。笠瀬の鼻で手に汗握る思いで見ていたものは、清次兄んさんの言葉であっさりと笑い飛ばされてしまった。鰹船に乗り組んでいる人達のたくましさに圧倒されてしまった一瞬であった。そして、春巳が自分の体の体重の二倍ぐらいの草を苦も言わず持ち帰ったことにも圧倒された。働く人間達のたくましさを見せつけられた幼い一日であった。
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*「波」 第15号 昭和44年11月号掲載
「猫」
ねこよ お前はもう親じゃないか
なのに親のふところに顔さし入れて
すーっ すーっと 寝息を立てる
まるで 幼い日のように
親のふところを求める
母のふところは温かいかい
おまえを安らけく
眠らせる母の胸は
そんなに素晴らしいものかい
坊津の冬
パラパラ パラパラ あられが瓦を叩く
スゥオーォ スゥオーォ 柿木泣いた
コチコチ コチコチ 目覚し時計
サラサラ サラサラ ペンの音
トクトク トクトク お湯踊る
チョロチョロ チョロチョロ お背戸の小川
コトンと風が雨戸を叩く
静かに更ける冬の里
夜更けて続いた若人等のどよめきも
久しく絶えて過ぎたり
山野に満ちた子供等の声も細ぼそり
人の歴史の限り拓き継れた大地も荒れた自然に呑まれ
押し寄せる自然の足音に心を冷やし
息を殺して住む里あわれ
草木に埋もれるその日間近く
静かに更ける冬の里
猫がクゥーと寝息を立てた
母さんコソっと寝返り打った
柱がピシッと振るえて縮む
蛍光灯がブーンとうなる
どこかの時計が十二時打った
霜の降る音聞こえるような
星の足音聞こえるような
静かに更ける冬の里
俳句
《サイクリングの途路
琵琶湖を後に西近江路中山峠の急坂を敦賀へのとき》
名月が
案内して行く
峠道
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*「波」 第16号掲載 昭和45年1月号
随筆「辰さん」
十二月始めから交通事故で入院している。病室は大部屋である。
同室者は三人、二人、一人、二人、五人、二人、三人、五人と変動する。
この中で、最初から同室して変わらぬ人はおしで辰という。私と同じ坊の上之坊の住人で、若い時から三年前まで鰹船に乗っていた人で、五十五歳である。三年前、脳卒中で倒れて入院し、先はないとまで噂されたが、近頃は充分歩行活動も出来るようになっている。この人の兄弟五人のうち三人が唖であった。辰さんが兄弟のうちで最も社会性を持っている。
同じ上之坊に別に二人唖がいた。一人は女で、既に亡くなった。もう一人は私とは割合に親しく、道で会うと手を挙げて挨拶を交わし、公民館で遊んでいると、近付いて来て、体験をいろいろ身振り手振りで話してくれたものだ。こんな事で、小さい頃から唖の人とのコミュニケーションの交換はある程度可能であった。
辰さんは、若い頃から鰹船に乗っていたので、ざっと四十年近い間、いろいろな船員と限られた空間の中で平穏に社会生活を営んでいたことになる。
喧嘩事があったのを、私が知っているのは、唖の兄との喧嘩だけである。全く静かな人生だと思う。あるいは私の知らない時点で起伏があったかも知れないが、船頭が自分の船に乗ってくれるように頼みに来るほど勤勉な人柄であったことだけは確かである。道であったときは軽く会釈していたので、私が怪我で入院と知ると、いろいろ聞いて心配してくれた。
私の知るところでは、唖は産まれたとき、あるいは、その後の成長時に聴力が弱くなり、言葉の基である発声をコントロールする訓練を体験出来ないため、複雑な舌の調整が出来ず、単純な発生しか出来ない人が主であると聞いた。確かに五人は皆難聴である。
ここで、産まれたときから難聴であると補聴器の力を借りない限り、唖個人には言葉がないことになる。
ところで、唖は記憶が良いという身辺の定説がある。自分がとうの昔に忘れたことを覚えていて飛んでもない目にあったという例がいくつかある。言葉と記憶について、かねてから引っ掛かりを持っていたのであるが、入院以来、同室者と辰さんの共通体験の話をきっかけにして、この引っ掛かりはますます広がってしまった。
最近記憶と言えば電子計算機の記憶があるが、これは、0(off)と1(on)の組み合せである。全ては、有るか無いかに分けられるが、人間にはああであったようでもあり、こうであったようでもありという中途半端な記憶もある。
余談になったが、入院中に辰さんの記憶を見せてくれるような対話が同室中の患者の祖母と甥との間で交わされた。それは20年以上前の船員時代のことであった。
同じ船に乗り合わせていた時、ある男に叩かれたこと、その男は年少の船員を必ず叩く男であったこと、船主は長浜友吉であったこと、その時のいきさつ、叩かれた場所や叩かれた身体の部分と、実に良く覚えていて、もちろん身振り手振りでやるのだが、叩かれた方の本人は、
「よう、よう、そして、こえんしたとよねえ。」と、これまた身振り、手振りで応答し、仕舞には、余りにも良く覚えていることに笑い出してしまった。
ひるがえって、私自信の記憶力を考えると、今覚えたことをすぐに思い出すことは最も苦手とするところである。これは小さいときから変わらない私の弱味だ。だから、私は多人数での討論は苦手である。多分上がっているためであろう。今、自分で言ったことさえ忘れていることもあり、冷汗をかく思いがするし、恥ずかしいことだ。所が一週間ほどすると状況は違ってくる。記憶として鮮明になって来るのだ。あの時、自分はこう言い、誰がこう応じたと、その時は全く記憶の対象にならなかったことが、自分自身、驚くほどの鮮やかさで思い出せる−−−と最近までは思っていた。
これに疑問を持つようになったのは、写真を撮ることが多くなってからである。特に、集団の写真を撮ると、ありゃー、 こんな積もりじゃなかった。」「これが、もっとこうなっている筈だったのに。」とカメラのファインダーで全体を覗いている筈でありながら、いくつかの部分を見るだけで、一つ一つの細かい部分は省略しているのだ。
この結果を自分が鮮明と思っている記憶の一場面を再生して、例えば、色彩について、あの部分は何色をしていたか、どんな光線が当っていたか、等を検討してみると、全く御粗末である。誰がどんな着物を来ていたかさえおぼろげな事が多い。対面して語った人でさえも全く駄目である。だが、言葉の方は大略を覚えている。それも、面白いもので、一つの言葉を思い出すことから次から次へと、その場面の展開が再生してくる。それでも原因場面での所用時間よりずっと少ないと言うことは全部を思い出している訳ではないことになる。
竜頭蛇尾に終りそうだが、唖は一体どんな記憶の仕方をするのだろうか。また、その再生は何を介してやっているのだろうか。記憶するための概念となる言語が存在しない以上、観念的な記憶方法は成り立たないことになる。言語を介して記憶を呼び戻すのでないとすれば、言語に変わる何かがなければならない筈である。辰さんの古い記憶が鮮明なしかも克明なものであることからすれば、映写フィルムのような画面のままの記憶になっているのだろうか。であるとすれば、われわれ言語によって記憶する健常の人間の記憶と比べると膨大な記憶容量があることになる。その秘められている能力は、健常の人間よりも桁違いに高いものがあることになりそうであるがどうなのであろう。
辰さんは、病院が海のすぐ近くにあるため、毎日のごとく、いか釣りに行く。それもでたらめに行くのではなく、特定の条件下、詰まり、いかが最も良く釣れる潮時を見計らって出かけ、多い時は3〜4杯釣ってくる。釣る場所も心得ていて、潮の流れの状態を観察して、その時に釣れる場所にしか行かないらしい。餌木も不自由な手で小刀を駆使して自分で作る。
だが、この辰さんにとって不便なことが一つある。対者との共通事項以外は話題が成立しにくいことである。身振り手振りだけでテーマが誰のことであるかを分かることは希であるから、2・3日前も、一生懸命説明してくれるのであるが了解することが出来ず、
「誰のことか、さっぱり分からない。」と笑い出してしまった事があった。
唖の人と対して感じることは、好き嫌いが明確であると言うことである。実に徹底した激しさである。だから、時に恐怖を感じることもある。ヒョッとした事から猛けった感情に対して冷却効果のある表現方法がないからである。過去に私が見聞したものでも弁解の余裕すらないらしい。感情を抑制する機構が完全でないから急激に激昂に至るのであろう。 表現にミスがあって誤解が発生したとき、表現のミスを訂正する方法がないことと共に、私共一般が、自分の意志の表現方法、相手の表現の理解の仕方に不慣れな点が多いことは、時として不幸を生む結果になる。それが唖に対して私達が持っている不安であり、唖の人の好き嫌いの激しさになると思う。特に唖という障害に対して軽蔑の心を持っている人に対しては激烈な反応を示す事を何度も見せられた。
これを通じてふと思うことは、私達は祖先の造り上げた言葉の鎖でなる文化に取り囲まれて生きている間に、その言葉を使えない者を異端視する意識が私達の心に巣喰っているのではないか。それは、文化を受け継ぐ私達のおごりではないのかということである。
私達の文化には、今なお当人自身の責任に帰すべからざる原因による身体障害のため弱者となった人の生き得る空間を創っていないと言うことは、生命に対する謙虚さを失っていることに原因があるのではないか。こう言う私自身もそれ程深く考えを掘り下げたことはないのが正直に所である。
私達自身の文化の中に弱者を温かく包んで生きる本当に高い文化を創らなくては。一人一人の人間は本当に弱々しい存在なのだから。
どうも本題は忘れ勝ちのようであるが、記憶には言葉が主になるものと、映像が主になるものとあるように思う。映像だけ、言葉だけと言う記憶よりも、映像と言葉がない交ざりながら、どちらかの比重を大きくしているのだろう。この記憶を再生するとき、映像だけを思い出しても鮮明な映像というものは、なかなか表れてこない。言葉に変換して思い出すしかないようだ。言葉にして映像の記憶の不足部分を補い、映像を更に鮮明にする。だが、唖の人の場合は一体どうして場面、人柄、その他抽象的なことを覚えているのだろうか。言葉がないと言うことは、人間に共通する因子(言葉)で記憶することは出来ないことになる。となると、映像だけで記憶するのか。それが好きか嫌いかの明瞭さになるのか。その原因を第三者の伝える事は難しい。唖の人にとって感情は顔にあらわせるが、記憶は客観的に表現できない。だから、言葉を使わずに第三者にそれを伝えることは難しい。
言葉の価値は重大である。言葉を使わずに過去の場面の記憶を伝えるとすれば身振り手振りしかないが、その場面に関する共通の体験のない者にとって何程が伝わるのだろう。下より、過去の場面を言葉で伝えても、伝わったものは心の抜けた残り粕のような気がしているから、身振りが言葉になったことは一歩前進の程度であって完全な進歩ではないと思っているが皆様はいかがであろう。
どうもピントが合わない。治療を受けながらでは思考が集中しないのかなあ。辰さんの目は日暮れの雲の切れ間の色合いを何と見ているのだろうか。脳裏に帰来するものは何だろうか。彼と接する人々は、その多くの人が彼を見下げて対応している。
だが彼は五十五歳の今日まで堂々と働いて生きてきた。それをしも人々は笑うのか。若々しかった彼も今度の病気で随分老けて見えるようになった。日々の身振り手振りの語らいの中で彼の未来について、彼自身不安を持っているようだ。それは金への依存心の傾斜を深めている行動によっても伺われる。
彼の心に悲しみという言葉はない。楽しいという言葉もない。しかし、彼は生きてきた。瀬血が来期染みの中で、自分の力で生きた人だ。彼の生涯の起伏には、私達では想像も出来ない波乱もあったろうが、それは誰にも語られることなく失われる。私達には言葉しかない。言葉で表されないものはなかなか理解出来なくなっている。人の心を推し量る想像力は私の心からはとうに揮発してしまい、カサコソと音を立てそうなひからびた心だけが残っている。
言葉なくしては初恋の人の顔さえも思い起こせぬ。父の顔も、もはや微かな輪郭を言葉で描くだけ、映像を結ぶことはない。その同じ頃の記憶を、言葉を持たない辰さんは一人の人物と会った瞬間、その人物と共有する場面の記憶を思い起こして見せた。私にも同じ頃、つまり戦争中、具等萬に狙われ、小川野中に逃げたり、警戒警報に排便途中のままあわてて防空壕に逃げ込んだこと、中天まで真っ赤な夕焼けの西の空を真っ黒にする程南下して行く米軍機にガタガタ震えたことなど、動かない映像としての記憶もあるにはある。しかし、これは記憶を繰り返して思い出したことによって内容が深まったものに過ぎず進歩はない。
言葉は私達にとって何なのだろう。言葉の便利さは私に何を与え、何を奪って行ったのだろうか。私は言葉の金縛りに合っているのではないか。言葉に振り回されて大事なものを失ってはいないか。言葉を万能視して寄り掛からず、言葉を厳しく見つめ直すことが必要ではないか。そうしなければ楽しい筈の思い出すら失ってしまう。
どうやら、前書きだけの文になってしまった。寝てばかりの日々は、思考の気力をなくさせるらしい。いずれ、改めて深めたい。中途半端な文で紙幅を埋めること申し訳なし。
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父親の魂に導かれてきた女性
施術を受ける患者は、自分の意志ではなく、魂に導かれて来る人が結構ある。
私の所に施術に来る人を限れば、寧ろ、そういう人が多いと思う。
今年7月に来た人の時は、実に鮮明であった。
当日、午前11時過ぎ、大分県佐伯市からрェあり、
『明後日の施術の予約は二人の予定が一人しか来れなくなったので
済みませんが宜しくお願いします。』と、いう事であった。
この電話を受けた瞬間、「これは、天の世界で扱ったキャンセルのようだな。子のまま生かしておこう。」と、思い、予約を削除しないで置いた。
それから一時間半後、開聞町からの予約のグループが来た。
二人の予約の予定が、一人都合が悪くなって、おばあさんを連れて来たという。
そのおばあさんの娘が、一緒に来ていた。
施術を見物に来たとのこと。
実は、この娘は大阪府の高槻市に住んでいるが、
次の日が父親の49日で帰省していたが、父親が亡くなった日、
通夜の席で私の施術の話が何度も繰り返して出たのだという。
それが母の施術があるということで、つい、一緒に行きたくなって付いて来たとの事。
目の前で、母親の問診表を書いている手がおかしいのを気付いて観察して、
「貴方の手は身体とのバランスが取れていないのはどうしてですかねえ。
握りが身体に比べても、腕の太さに比べても小さ過ぎて身体と合わないように思うんだ けど、錯覚かなあ。」と、聞いた。
『アラー、ばれた。』と、言いながら手を隠すような仕草をした。
「ばれたって、気になる言い方をしますねえ。何かあるのですか。」と、覗き見ると
『40年前に囲炉裏に落ちて火傷をして、指先は焼け焦げてないんです。
火傷の後が引き連れて開かないものだから。』と、言って開かない掌を見せた。
「悪い事を言いましたねえ。でも、その火傷の引き連れは完全に無くなりますよ。
傷も奇麗になって、指も元のように普通に動くようになりますよ。」と、説明した。
『私、手の火傷の事はいいの。もう、諦めてるからどうとも思わないけど、主人の腰を治 して欲しいなあ。』と、夫の施術の予約をして、一緒にいた姪の方の施術を始めた。
10分ほど経った時、母親(82歳)が、
『今日は、お前が治して貰え。私は、また後で連れて来て貰うから。』と、
思い詰めて表情で言った。母娘は、しばらく譲り合っていたので、
「あのなあ、母の心を生かす準備はさっき出来ているよ。
明後日の昼にキャンセルが入っているから、なんかおかしいと思ってそのままにしてあ る。明日の49日に続けてというのは大変かもしれないけど、上の方で遣り繰りしたん だが、キット。意地を張らないで母の心を生かせば。」と、説明した。
『えっ、母の心って、何ですか。』と、施術中の姪が尋ねた。
「母の心っ、分からんかなあ。子供を火傷をさせた親は、生きてる限り自分を責めるのだ よ。どこかに治せる所はないかと思い続けているのさ。それが、目の前で奇麗に治りま すなんてやられて、自分が施術するどころじゃ無くなるのは、目に見えているがね。」
『おばさん、今日はおばさんが施術をして貰えば、ばあちゃんは、あたしが明後日連れて 来るが。なあ、ばあちゃん、それで良かがな。』と、みんなを連れて来ていた、もう一 人の姪が言った。
『うん、そうしてくれ。頼むが。』と、母親が言った。
「よっしゃー。母の心が生きたぞーー。施術しますか。」
『ハイ、お願いします。御免ねえ、おかあさん。私は見物だけの積りだったけど。』
こうして、彼女は施術を受けた。
施術が終った時、握ったままだった掌は、指が全部開き切って、
引き連れも殆どなくなっていた。その掌を見つめていた彼女は、
『これは夢ではないのよねえ。本当なのよねえ。あーーぁ、何か夢を見ているみたい。』
何度も握ったり開いたり繰返しながら言った。
『良かったねえ、ばあちゃん。おばさんをさせてーーー、』と、言って、下を俯いてしまった。誰も言葉を継げなかった。
「おじいさんは、男だから口に出して言うことはなかっただろうけど、ずーーっと貴方の 手を見て心を痛めていたのだろうなあ。それが、死んだ日に、自分の通夜に来てくれて いる人達の口から繰返し繰返し、私のことを教えられて、きっと、天の遥か上の方に、
娘の施術が出来るようにしてくれと頼みに行ったのだろう。だから、キャンセルの電話 を貰った時にすぐ分かったんだろうなあ。丁度貴方達が家を出る時間ですよ。あれは」
と、説明した。
祖先が私達を見守り続けるのは、何年なのかは分からないが、20年以上であることだけは確認している。
手を合わせるだけで、コンタクトできるのだろう。その様な例が結構存在している。
困った時、祖先を思い、手を合わせるだけでいいのである。
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仏さんに護られていた女性
前に紹介したのは、魂の抜けた女性であったが、
今度は仏様が護ってくれていた女性に出会った。
件の女性は以前に大分市で施術した事があったのであるが、
その後施術の予約が取れないままになり、長い間施術をしていなかった。
完全に元気な身体に復元させるには余りにも症状が重く、施術は未完了で終った。
その事がずーっと気になっていたが、連絡してみる事もないままであった。
最近になって、その姉が交通事故に遭い、
鞭打ちの症状が治まらないため施術を求めて坊津まで来た。
姉が最初に施術を受けたのは、股関節が痛く大腿骨の頭が潰れてしまう病気であったが、
その原因を発見した直後であったので、再発のない身体に回復させる事が出来た。
私が家にいる事を知った姉が、施術に来た時、妹が苦しんでいる事を知らされた。
ドライブの途中、彼女を施術する事になった。
沢山の花が飾られている部屋の佇まいを誉めると、
彼女は苦笑しながら、身体の調子が悪い日が続いたため、
見舞いに来てくれた人達が持ってきてくれたものだという。
部屋の奥の飾り棚の上に江戸時代に隠れ念仏に使ったと思われる
阿弥陀の像が安置されていた。
余程の事でない限り、施術をする事がないのに何故だろうと思っていたが、
この阿弥陀像が日々に手を合わせて拝んでくれる
まだ若い女性の苦しみを解いてくれるように私を呼んでいたのだろう。
身体が思わしくない娘に、父が祖父が大事にしていた形見だからと与えたものだという。
最初は押入に仕舞っていたが、能力のある人に見て貰ったら魂のあるものだと言われて、
飾り棚の上に安置して朝晩に拝むようになったのだという。
仏に向かって手を合わせる事で、彼女は私に通信していたわけである。
私は、いつも天の世界に護られている人達を施術しているのを感じるが、
この女性も、正しく、天の世界の力によって健康を回復して行くのである。
只、手を合わせるだけの行為の中に、
私達を見守る天空の世界の力を呼び出す事が出来ているのだろう。
全ての宗教において、その信ずべきものと対峙する時、手を合わせるのである。
私達が知っている宗教を説いた人達は、
私達に天空の力の存在を教えるための使い人であったのだろうと思う。
それ故に、彼等は己が生きた時代の人々に理解して貰える言葉で
天の世界の存在を説いたのである。
仏陀において、キリストにおいて、マホメットにおいて、その時代の苦しむ人々に
生き生きと伝わる言葉で、希望を説いた。
今日に至る間において、また然り。
父・母が手を合わせる姿に倣い、子は手を合わせる事を覚える。
その意味は後から分かるのである。
苦しむ時、天空に向かって手を合わせてみれば良い。
私達を案じてくれている祖先が手を差し伸べてくれるであろう。
祖先の供養の日は、時間を都合して参る事である。
その日、間違いなく祖先とのコンタクトが成り立つであろう。
祖先は、言葉はなくても何をなすべきかを分かり、その為の事をしてくれる。
手を合わせていた女性は、その事を教えている。