| 台風接近 | 最高雨量 | 最高温度 | 最低気温 | |
これは、私が坊津で記録した気象データーです。(このデーターは農業用気象データーを収集する目的で自宅に設置したZephkr製PCウェザーセンターの簡易雨量計で得たもので、公式のものではありません。)
| 2001年のデーター |
1月 6日現在の積算雨量・・・・・・・・・64mm 1月の初めとしては纏まった雨量。
| 2000年のデーター |
午前10時を基準に計測で表示しています。10時に降雨中の時は、連続降雨として、止んでから記録します。不在で、期間雨量として掲示する場合が多い。
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2000年の雨量
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6月25日 梅雨明けと、思っていたら、激しい雷雨になり、坊津町全域で大きな被害がでた。
6月22日から非常に蒸し暑い。南西からの風で坊の山々に低層運が掛かっている。二週間ぐらい続くが、この状態での降雨は期待できない。既に、ネムノキが開花しているので、久しぶりに坊津だけが梅雨が終わった状態であろう。山の向こうの枕崎や加世田は梅雨が続く。坊津は空は薄曇り状態であり、にわか雨だけが降る。坊津の海岸に、藍色の黒潮の本流が到達したときの空模様である。
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12月 31日現在の積算雨量・・・・・・・2311mm
10月 08日現在の積算雨量・・・・・・・2019mm
10月 01日現在の積算雨量・・・・・・・1971mm
9月 28日現在の積算雨量・・・・・・・・1912mm
9月 14日現在の積算雨量・・・・・・・・1879mm 9/14台風14号が西を通過中
9月 13日現在の積算雨量・・・・・・・・1801mm 9/13小雨あり
9月 12日現在の積算雨量・・・・・・・・1799mm 9/12小雨あり
9月 10日現在の積算雨量・・・・・・・・1797mm 9/7雨
9月 5日現在の積算雨量・・・・・・・・1761mm 9/3大雨
8月 17日現在の積算雨量・・・・・・・・1643mm 晴天が続いて、16日から雨、スコール状態。
8月 3日現在の積算雨量・・・・・・・・1592mm 後の川の流量が多く、激しい雨が降ったことが分かる。
8月 1日現在の積算雨量・・・・・・・・1514mm 7/31夜まで台風6号に伴う断続の雨。
7月25日現在の積算雨量・・・・・・・・1423mm 25日迄豪雨。
7月15日現在の積算雨量・・・・・・・・1206mm 14日降雨。
7月13日現在の積算雨量・・・・・・・・1196mm 13日03時過ぎから、降雨。
7月12日現在の積算雨量・・・・・・・・1175mm 12日05時過ぎ、一塊りの雨が落ちた。1分ほど。
7月02日現在の積算雨量・・・・・・・・1170mm 26日以後降雨なし
6月26日現在の積算雨量・・・・・・・・1170mm
6月25日現在の積算雨量・・・・・・・・1150mm 今日は凄まじい雷雨であった。降雨時間は30分ほどであったが、坊津の谷川を、濁流が暴れた。工事中の国道256号中坊の太鼓橋が流され、深浦の住宅も破壊された。町立病院と九玉神社の間や丸木崎で大規模な土砂崩れがあり、道路が寸断されて、坊と泊・久志・秋目も細切れ状態でいる。衆議院議員選挙もやっと投票用紙を運んだ所もあった。投票開始が3時間遅れたところもあったという。投票時間も短縮されて、投票できなかった人もいた。町内の水損被害も多い。私が所属する消防団坊分団は、未明から非常召集が掛かり、坊ノ浜の谷頭・菖蒲谷の土砂崩れ等の救援活動に当たった。
6月24日現在の積算雨量・・・・・・・・1034mm 今日は激しい雷雨であった。
6月22日現在の積算雨量・・・・・・・・・941mm 今日は曇り。降雨は20日迄
6月10日現在の積算雨量・・・・・・・・・959mm 今日は降り模様。降雨は9日から
6月05日現在の積算雨量・・・・・・・・・847mm 今日は快晴。
6月04日現在の積算雨量・・・・・・・・・829mm 昨日から連続降雨。
6月2日梅雨入り。
5月31日現在の積算雨量・・・・・・・・・659mm 5月30日に纏まった降雨。
5月22日奄美地方は梅雨入り。坊津も外縁の雲に覆われ曇りが続いている。
5月17日現在の積算雨量・・・・・・・・・525mm 5月16日に纏まった降雨。
5月12日現在の積算雨量・・・・・・・・・501mm 5月10日に僅かに濡れた。
5月09日現在の積算雨量・・・・・・・・・496mm 5月01日からぱらぱら雨が降った程度。
5月01日現在の積算雨量・・・・・・・・・493mm 4月30日は纏まった降雨だった。
4月27日現在の積算雨量・・・・・・・・・389mm 2回の降雨
4月19日 今日は朝から土砂降りの雨です。
4月 3日現在の積算雨量・・・・・・・・・301mm 2日は雨
3月28日現在の積算雨量・・・・・・・・・288mm 28日未明から雷雨であった。
3月25日現在の積算雨量・・・・・・・・・264mm
3月1日から3月 7日までの雨量 9.5mm 累計17mm
1月1日から2月29日までの雨量・・・166mm
今冬の雪 今年は、積雪があった 1cmくらいで、1月26日と2月5日の2回
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| 1999年の雨量 |
台風による停電でデーターが消滅。その後、頭が混乱。
8月7日の雨量・・・・・・・・・・・・・・・・1.5mm(99年積算雨量1689.1mm)
8月6日の雨量・・・・・・・・・・・・・・・・112.6mm(99年積算雨量1687.6mm)
5日まで雨無し
8月1日の雨量・・・・・・・・・・・・・・・・32.5mm(99年積算雨量1575mm)
7月30,31日の雨量ナシ
7月29日の雨量・・・・・・・・・・・・・・・・1.7mm(99年積算雨量1542.5mm)
7月26〜28日の雨量・・・・・・・・・193.6mm(99年積算雨量1540.8mm)
7月4日から25日は降水無し
7月 2日〜3日の日間雨量・・・・・・53.4mm(99年積算雨量1347.2mm)
7月 1日の日間雨量・・・・・・・・・・・・・・・1mm(99年積算雨量1293.8mm)
6月30日の日間雨量・・・・・・・・・・・・・・・1mm(99年積算雨量1292.8mm)
6月22日から29日の雨量・・・・・・・・・210mm(99年積算雨量1291.8mm)
6月18日の日間雨量・・・・・・・・・・・・・・84mm(99年積算雨量1081.5mm)
6月9日〜17日の雨量・・・・・・・・・・・・62.6mm(99年積算雨量997.5mm)
6月7日〜8日の日間雨量・・・・・・・・・・・・・・・・・118mm(99年積算雨量925.1mm)
5月27日〜6月 2日迄の積算雨量・・・・・・・・・・・38mm(99年積算雨量807mm)
5月15日〜5月26日までの積算雨量・・・・・・・・・150mm(99年積算雨量769mm)
1月1日〜5月14日までの期間雨量・・・・・・・・・・・・・619mm
| 最高雨量 ....357mm/1日(5時間以下) |
これは、昭和31年6月下旬25,6日頃に計測したものである。空梅雨状態の年で、この計測の日は快晴であり、前日も快晴であった。夜半に起きた短時間の集中豪雨である。前日の午後11時30分までは星空で快晴のままであり、翌日の午前5時30分には日が射していた。家の後ろの下浜川が増水して濁流になっていたことと、校庭は激しい雨が降った後の砂鉄が紋を作っていた。その年は梅雨の雨量が少なかったが、一日で畑の長い土手が崩れているのがあちこちで見つかった。
| 最高温度 ....42.5゜C |
これは、矢張り昭和31年8月2日の午後1時以前に観測されたものである。
この日は朝から温度上昇が早く、特異な状態で、畑仕事に行っていた祖父母が「今日は仕事をする日ではない。」と言って逃げ帰ってきた。南側の戸を閉めて、川風の通る北側だけを開けていた。
昼の気象観測に行こうとする私に、病気になるから外出するなと、くどく言った。私は「こんな日こそ、記録を計って記録しなくてはいけないんだ。今日の記録こそ価値があるのだ。責任が重い日なのだ。」と言って出かけた。
しかし、出掛けに川で濡らした藁草履は行程の5分の1も行かない中坊で焼けて歩けなくなった。温度の低い石の上を探しながら歩いて小学校まで辿り着き、水道で冷やしたが、水道も最初は熱湯が出てきた。塗木教頭が「何をしているのか。」と言うので、「気象観測で中学校に行く所なのだが、暑くて歩けないから藁草履を冷やしている。」と言うと、「えらいなあ。気を付けていきなさいよ。」と励ましたくれた。
中学校に着いて百葉箱を開けると水銀柱は42.5゜Cを記録していた。アルコール温度計は3つとも41.5゜Cを示している。
アルコール温度計を1つとって水道水で冷やしてみようと思った。水道を出そうとするがガランを熱くて回せない。やっとの事で廻った蛇口からは熱湯が飛び散り、本当に火傷をしてしまった。少し温度が下がったと思ったが28゜Cまでしか下がらなかった。それがその日の水温であった。湿度計の湿球の温度も28゜Cであった。
一応、気温よりは温度を下げた温度計であったが、百葉箱に入れるとすぐに41.5゜Cに戻ってしまった。
その日は、5時の計測まで学校で僅かな木陰を探して涼んで過ごした。
帰り道、光景が異様であることに気づいた。
黒松が大王松のように垂れていたのである。その姿は幽霊のようであった。今まで、見たことのない光景で、原爆の投下直後の光景として、描かれた情景と酷使していた。
また、ススキの葉が針のように巻いていた。乾燥した時も巻くが色が違う。広げてみると、乾燥している時は内巻きで白く見えることがあるが、高温の中では外巻きになって、黒く見えていた。一切の葉面の呼吸を止めて照り葉の葉面を外にすることで太陽熱の吸収を止めて、温度上昇を防止しているのだろうかと思った。その葉の色も煮えているように見えた。
松もススキも形が回復するのに2.3日掛かった。
当時では山梨の甲府盆地で記録された41.5゜Cが日本記録の温度であった。日本最高温度記録を更新したことを告げようと思ったが、当日は宿直の先生がいなかったので、次の登校日に気象観測のクラブ担当の先生に話したが無頓着であった。
枕崎に測候所の記録を見ると38゜Cであるが、高台の風通しの良い所でもこれだけの高温であるから、この日がいかに高温であったかが分かる。
| 最低気温 ....−12゜C |
これは年の正確な記憶がない。1972年12月30日が暖かく25゜Cになってヘビや蛙が出てきた後の1973年1月2日のことであった。晴れ渡った空が放射冷却を加速して起こった。正月元日の午後から温度が急速に下がり、午後5時には0゜Cを割り、9時には−8゜Cとなり、翌日、午前4時には−12゜Cを記録した。
翌朝は午前中も低温のままで、多くの植物が枯死した。枕崎市では軒下の医者要らずさえも煮えたようになって枯れた。