病気で治療に来る子供の身体をX線写真を通して見つめていると、戦争が世代を越えて爪痕を残しているのを感じる事が多い。

子供会の指導をしていた昭和四十年頃から子供達の顔が身体とアンバランスに太って見える者が多くなっているのを気づいた。この時、私の家の近くの坊泊小学校の校長に話して、子供たちが全員集まり、整列している状態で、正面から観察して見ると、1・2年生と3年生以上で明確な区切りがあった。1・2年生では殆ど全員が大きい顔であるのに、3年生以上は小さい顔の比率が高かった。特に6年生では大きい顔の子は2・3人に過ぎなかった。生徒数は1学級の規模が40人以上で学年で3学級以上の頃である。身近の子供達だけではなく、テレビに映る全国の子供達にも大きい顔の子が高い比率で現れていた。

子供達が学校に上がり始めた時、転んでも手を突かず、顔を傷つける子供の姿が指摘された。それに対する大人の認識と対策はいろいろな活動体験の不足が原因であり、スポーツや社会教育活動で活動の体験を増やせというものであった。当時は私自身が子供会活動を非常に活発に引き受けていた時期であったし、鹿児島県の教研集会にも深く関わっていたので、保健体育分科会等でこれらの話に触れる機会が多かった。この現象の仕組みは私自身では解明しているものであったので、詳しく説明していた。

骨格のズレによる身体の障害を研究していく課程で、顔が太って見えるのは頚椎の一番と二番の間の関節にズレがあり、小脳の機能が低下し、運動能力や感覚の麻痺が起きる事と同じ原因であると判明した。X線写真でズレを確認出来る場合、顔だけが太って見え、咄嗟の時の動作が意識通りにいかない身体であると知っており、当人の出産がスムーズに出来なかったことを家族が確認している。そして、質問を重ねて行くと、母親自身が子供の時に肉体的な苦労をしていた事が関わる事が明らかになった。母親の肉体的な苦労が大きいほど、子供の異常が大きくなっている事が明らかになった。

子供達の顔に起きていた異変は、戦争を挟んだ時期に成長した母親達の傷んだ骨盤から生まれた子供に現れた異常であり、ズレは母親の肉体的苦難に比例していた。いま、子供達の中に同じ形の顔は少なくなっている。

戦争は、戦場に行った男達だけを傷付けたのではなく、後に残された女の子達の身体を蝕み、世代を越えてなお子供が傷ついて生まれ続けている事を知らなければならない。かって、栄えたスパルタカスの栄光が跡形も残さず滅びていった真の原因は、女さえも戦力として戦えない者は価値を認められなかったと言う事で、女さえも男と同じ肉体的鍛練を行ったと言われていわれるが、子供を産む肉体を傷付けた事が、産まれながらにして病弱であったり、運動能力のない子供が生まれた為に戦闘能力で劣る国になって滅亡したのではないかと思うのである。 同じ現象が一夫婦一子制を執っている中国で進行しているのではなかろうかと考えている。苦労を嫌う国民が増える国家とは、悪知恵が国家を取り仕切る社会である。革命でどん底から立ちあげた国家が崩壊するのと、死を前にして毛沢東が崩壊に楔を打ち込んでおいた文化革命の経験者が、崩壊に向かう道を選択した国家体制をどの段階で支える事が出来るであろうか。

子供達は苦しんでいたのに、誰も気づかなかったX線写真が証明する戦争の奥深い罪業であり、平和の大切さを噛みしめるのであるが、子供達は今、体罰とスポーツの鍛練で骨格を歪め、老人病激発の社会構築に向けて直行中である。

鹿児島県川辺郡坊津町坊6510番地

著作者 上村 巖

寂動正体療法研究家