伊仙中学校にたいする鹿児島県弁護士会の勧告書


勧  告  書
1996年(平成8年) 7月  日
鹿児島県弁護士会             
会  長   染川周郎       
 鹿児島県弁護士会子どもの権利委員会
委員長    向 和典       
伊仙町立伊仙中学校
       校長殿
勧告の趣旨
 貴中学校は、男子生徒の髪型について一律に「丸刈り」とする強制力のある規制を行い、丸刈り以外の
髪型で通学していた申し立て夫婦の長男 A 君に対しては校長及び多数の教諭により多数回にわたり
「校則で丸刈りと定められているのだから丸刈りにするように」「ルールはルールだから」等と校則の尊守
を強要してきた。
 しかしながら、かかる丸刈り規制及びそれを前提とする指導は憲法・児童の権利に関する条約・教育基
本法のいずれにも抵触しているばかりか、教育目的にも反する重大な事態も招くなど、子どもの人権を著
しく侵害しているので、すみやかに丸刈り規制を廃止されるよう勧告する。
勧告の理由
 頭髪は身体の一部であり、髪型の自由は、幸福追求権に由来する人格的自己決定権として憲法第13
条によって保障されるほか、表現の自由・人身の自由として憲法第21条・第31条によって保障されてい
る。
 また、子どもの権利条約(政府訳 「児童の権利に関する条約」、以下「子どもの権利条約」という)は、
子どもの発達段階に応じて子どもの自立的能力を正当に扱い、将来の独立した権利行使を準備する発達
保障的な実体的権利として、即ち自己決定権につながる子ども固有の権利として意見表明権の保障を規
定している。 そして、子どもに関するすべての措置をとるにあたっては司法上及び行政上の手続きにおい
て子どもの最善の利益が確保されなければならないとされている。 
 さらに、教育基本法は「教育は人格の完成を目指し・・・個人の価値をたっとび・・・自主的精神に充ちた
心身ともに健康な国民の育成を期して行わなければならない。」としている。
 髪型の問題は、発達途上にある子どもにとって最初に遭遇するであろう自己表現としての具体的手段の
問題であり何よりも子どもの自律的判断能力が尊重されなければならない。まして髪型は、服装の問題な
どと異なり、学校生活から離れた状態でも常時子どもを規制するという問題としての特殊性を内包しており、
これを規制するにあたっては強度の合理的理由(教育目的と規制目的及び規制手段との間の合理的関連
性が顕著に認められること)を必要とすると言わなければならない。
 しかるに、貴中学校の丸刈り校則の存在理由(規制目的)については、貴校校長も端的に指摘できない
ほど曖昧なものとなっている。
 そして貴中学校側が丸刈り校則を正当化する理由の一つとして主張している「非行防止のため」という見
解に対しては、そのような実証的検証が為されておらず問題のすり替えにすぎないとして厳しく批判が加え
られている。(熊本地裁判決昭和60年11月13日)
 
  また、貴中学校側が丸刈り校則正当化のもう一つの理由としている「地域社会の伝統である」という点
についても、すでに鹿児島市内の中学校や徳之島内の高校では全て長髪化されていて実体としての社会
基盤が変質しているうえ、格別丸刈りと結びついた文化的事業が継承されているわけでもない。そして「地
域社会の意向」という漠然とした概念でもって子どもの意見表明権や自己決定権を封圧するという発想は、
何よりも「子どもに関する措置をとるにあたっては子ども最善の利益が確保されなければならないとする子ど
もの権利条約第3条に真っ向から抵触するばかりか、子どもを教育の主体として尊重し自主的精神に充ちた
国民の育成を目標にしている教育基本法第1条にも反する考え方といわなければならない。
  このように貴中学校側が主張している丸刈りの規制目的そのものに合理性が認めらrないばかりか、髪
型の選択の余地そのものを完全に否定する丸刈り規制は、規制手段としても合理性が全く認められないと
言わなければならない。
  次に、貴中学校は、本件丸刈り校則が客観的に意見・無効でありながら、校則を守らない A 君に対し
て朝礼や全校集会等の席上で規律の攪乱者と見なして他の生徒の面前で公然と批判し、丸刈り校則の
尊主を強要してきた。また、申立人ら夫婦からの丸刈り校則是正申し入れに対しても、「まず A 君に校
則を守ってもらっていったん丸刈りになってもらわないことには校則の改正はできない。たとえ悪報でも法
は法でありルールに従わない生徒からの要請はルール破りで学校にたいする挑戦だ」等と、校長自ら丸
刈り校則の合理性欠如をある程度自覚していながらなお且つ執拗にその校則尊守を要求し続けてきた。
 しかしながら、言うまでもなく学校生活は校則によってのみ規制されるものではなく、憲法・子どもの権
利条約・教育基本法その他の関係法令によって規律されているものであり、そのような上位関係法体系
との整合性を全く無視して単に校則の権威のみを押しつける指導のあり方は、子どもの自主性や主体性
を踏みにじり子どもに対して誤った民主主義的秩序の考え方を招くものとして強度の違憲性を帯有してい
ると言わざるをえない。
  まして何度となく多数の生徒の面前で A  君を規律の攪乱者として起立させたり、授業時間中に 
A 君だけを教室から別の部屋に移して教師数名により丸刈りにするよう説教したりして A 君を威嚇し
授業の妨害までした貴中学校の一連の対応は、もはや学校ぐるみによる生徒に対するいじめとしか言い
ようがなく、教育関係者としてもっとも恥じるべき重大な人権侵害行為と言うほかない。
  かかる貴中学校側の違法な対応により、人間として当然のことを要求したにすぎない A 君の若い
心は傷つき、誤った観念に支配されている伊仙という地域社会に失望してついに家族全員で自由な風
土を求めて伊仙を離れていったものと推認されるのである。
  そして貴中学校側の子どもの権利に関する無理解と誤った対応がついには A 君を地域社会から
はじき出してしまったことは誠に遺憾と言うほかない。
  以上の次第で、貴中学校の丸刈り校則は憲法・子どもの権利条約・教育基本法のいずれにも抵触
する無効なものであるが、これにより現実に教育目的にも反する重大な事態を招いた上、子ども(多数
の生徒)の基本的人権が現在でも侵害され続けている状況にあるので、すみやかに丸刈り規制を廃止
するよう勧告する。                         以上