当サイトは参加者の一人JG6BKB/田中氏の依頼を受け、JH6QILが編集し公開するものです。内容は全て田中氏に確認してあります。

Update 2001/07/31

ペディションは終了しました。


インターネット事情 アフリカ インターネット事情

 その前に、シンガポール空港国際線の話を。シンガポール国際空港トランジットホール(第2ターミナル2階(出発ロビー))のほぼ真ん中付近にビジネスセンターがあります、ここではWebメーラーのチェックや自前のPCでのAOL接続が可能です(コネクタはNTTタイプでOK)、殆どのPCに日本語IMEがインストールされていますので、日本語(漢字仮名交じり文)を読むことはできますが日本語FEPがインストールされていないため、書くことはできないようです、料金はWebメーラーのチェックと2〜3通の送信で1米ドル程度。 余談ですが、第1ターミナル(街から遠いターミナル)にはプールがありますので、シンガポール市内見学をする時間が無い場合はプールで一泳ぎされては如何でしょうか(7米ドル程度で現地時間2330まで営業しています、プールサイドでビール飲むのも一興です。)

 さて、本題のアフリカ。まず マラウィについて。
 マラウィには5社くらいのISPがあり、一長一短があるようです。接続速度は28kbs程度と遅く、接続回線も少ないため、イライラさせられます。また、大きな街ブランタイアにもインターネットカフェはみませんでしたので、旅行者はビジネスセンターを設置しているホテル以外ではメールのチェックは難しいです。私が2週間滞在した、ゾンバにはマラウィ大学のキャンパスがありましたが、インターネットカフェはありませんでした。家庭に電話を引いているのは外国人が殆どで、一般にはまだ普及していません、携帯電話のサービスも開始されていましたが、特定の人たちが利用しているくらいでした。

 次にジンバブエ。
 首都ハラレにはインターネットカフェが2軒ありました、平日の昼間は利用者が多く1時間〜2時間待ちです、料金は30分で約100円。各ホテルにはビジネスセンターが設置されており、やはり同じような料金でサービスしていました、私が宿泊したブロンテ・ホテルにもPC5台が設置され、日本語IMEは7Q7KZがダウンロードした1番と私がダウンロードした4番で表示可能です。接続速度はやはり28kbs程度で遅く感じました。

 南部の観光都市(ジンバブエ第2の都市)ブラワヨには1軒のインターネットカフェがあり、入り口に近いPCにはなぜか日本語FEPがインスト−ルされていて読み書きができるように設定されていました。多分、近在のJOCV職員が使っているのでしょう。またジンバブエでは夜間の外出は危険が大きいため外国人はほとんど出歩きません、そのためかインターネットカフェの営業時間は平日0800〜1700、土曜日は午前中、日曜日は休みです、家庭にまでインターネットが普及していないため夜間の方が速度は速いそうです。携帯電話は普及が始まっていました、やはり、電話機そのものがまだまだ高いようですし、電話料も高く庶民はまだ使えません。

 お次はモザンビーク。
 私が滞在したベイラにはインターネットカフェは見あたりませんでした、まだそこまで普及していないようです。首都マプートのテルミナス・ホテルではビジネスセンターはありませんでしたが、入り口ロビーにPCが1台設置され無料で開放されていました、こちらはプリンター付きでプリントももちろん無料。室内にはPC接続用のコネクタ(NTT仕様と同じ)が用意されており、簡単な設定で自分のPCをホテルのLAN経由インターネットに接続可能でした、もちろん電話料金はかかりません。このテルミナス・ホテルは開店して間がなく、新しい機能をふんだんに取り入れていました。とても10年前まで内戦があり、経済が破綻した国とは思えない発展ぶりです。携帯電話は普及が始まったばかりという感じで仕事以外には使っておらず、普及はまだまだのようです。

 最後に南アフリカ、と言ってもケープタウンのお話です。
 ヨハネスバーグ国際空港にインターネットカフェのような設備があるかどうかは不明です、真剣に捜しませんでした。ケープタウン空港では国内線、国際線共見あたりませんでした。市内は見学しましたが歩いてはいないため不明。宿泊したウオーターフロントは治安が良く、夜間カメラを持ち歩いても心配が要りませんでしたがインターネットカフェは見ませんでした。ホテルの一部屋にPC1台が設置され無料で開放されていました、接続速度は不明ですが56kbs以下です。コネクタはNTTタイプでOKです。ここは5年前に開店した最新のホテルでしたが、ドライドックの直ぐ横で昔の倉庫を改造したような感じで、内装とサービスは五つ星の素晴らしいホテルでした。携帯電話は広く普及しており、学生風の若い男女も日本国内と同じように携帯電話を持ち歩いていました。

 最後に喫煙家には耳の痛いお話。
 最近、愛煙家は受難の時代ですが、国際線の機上では全席禁煙が主流というより全ての便が禁煙です。空港ターミナルのエアーコンディショニングされた部屋で喫煙できたのはベイラとヨハネスバーグ(喫茶店内)くらいのもので大変厳しい状況です、(シンガポールはオープンエリアと小さな喫煙所(これが煙がもうもうと立ちこめ臭いうえに冷房が効いていません。)のみ)海外旅行を計画されている人、この際禁煙されてはいかがでしょうか?。

追加です。

 電話用コネクタはNTTタイプのモジュラーで対応可能でしたが、電源プラグは各国まちまちですので、秋葉原や最近は国分の「ハンズマン」あたりにも変換プラグが売っていますのでA,Bどちらのタイプか調べてから出発して下さい。電圧は殆どの国が200〜240Vですのでそれなりのアダプターが必要ですが最近のPCは100〜240V対応の電源アダプターを標準装備しているようです。笑い話ですが、イギリスタイプのコンセントは安全装置付きの3本足です、ごついプラグが必要ですが変換プラグでもOK、ただし、安全装置を解除しないとプラグを差し込めないようになっています、この安全装置解除に「割り箸」が威力を発揮しました、変なところで変なモノが役に立ちます、日本食も見捨てたモノじゃありません。

 思い出しついでにもう一つ。
 ジンバブエでは首都ハラレと南部のブラワヨで電源プラグの形状が違っていて面食らいました、幸い、変換プラグで何とか対応できましたが、おもしろい経験でした。日本でも東西で周波数が違いますがプラグは一緒なのでビックリでした。後日、ブラワヨのプラグを画像で紹介します。

運用報告 呼んでいただいた局ありがとうございました。交信できなかった局申し訳ありませんでした。
C9からの信号が弱かったのとCall signが似ていたため、ご迷惑をかけました。
7Q7で約1,000QSO、C93で約3,000QSOでした。C9はC93ETが約1300QSO(PSK31が52QSO、40mが約100QSO)なお、40mはすべてC93ETです。C93ENが約1500QSO、C93DUが約300QSOくらいです。

RTTYは結局運用しませんでした、(PSK31で52QSOのみ)
100W+DPではパワー不足。JAからの信号は良く見えましたが。
6mも運用できませんでした。
アフリカで聞いた信号はJAがやはり強力でした、Wは数局しかQSOできませんでした。
15m/20mのビーコン(W1AW)も聞こえませんでした。

C93ANにzLogとMMTTY・PSK31のインターフェイス+FT−100を置いてきましたので9月からのDXシーズンにはC93ANが運用してくれることを期待しています。

7Q7YL、C93ANを含む今回のQSLは全てJG6BKBが発行します、
ビューローあるいはダイレクトで請求をお願いします。9月初めまでには発行できるように準備中です。

'96〜'97にかけてC93ANとQSOされてまだコンファームされていない局がありましたらデータをお送り下さい。またジンバブエにSASEを出された局への返送を依頼されましたので近日中に発送いたします。

アイボールできた局
7Q7KZ 7Q7YL Z22JE C93AN C91A ZS1NF

JA1EYL、JE6LIE、JH6QIL、JA7JT他各局お世話になりました。


JG6BKB分のQSO内訳 7Q7CW
  Total CW SSB
  699 364 334
7MHz 69 68 1
14MHz 68 0 68
21MHz 494 228 266
24MHz 68 68  


C93ET
  Total CW SSB RTTY
  1365 911 402 52
7MHz   100    
14MHz   5 1  
21MHz   1149 401 52
24MHz   106    

※若干不確定な部分あり
 

C93ANのアンテナ C93ANのアンテナです。
右側が80−40−20−15−10m用で高さが約8m。左側が30−17−12m用で高さ約9m。その上が6m八木で高さは約9.5m。八木のビーム方向がJA(インド洋)です。80−10のアンテナは椰子の木(20m)とマンゴの木(約10m)に吊してあります。WARCはTVアンテナにくっつけて張り、6mはTVアンテナ用ポールに固定しました。C93ANの自宅は左側の2階部分のみです。シャックは自宅の東側、窓際にあります。




Z22JE訪問記

2001年6月26日(火)

 ジンバブエ共和国ハラレ市内にて5年前から会いたかったDudley Z22JEに会う機会がありました。約束の午後2時ちょっとすぎに半ズボンに半袖シャツという軽装の英国風紳士Dudley(Z22JE)が、宿泊先のホテルに我々3名(JG6BKBJJ6VOVJR6XIW)を迎えにきてくれました。
 彼の車(赤いサニーで年式は相当古い)で一路自宅へ向かう。ハラレ市の中心部から約20分、高台の閑静な住宅街の一角でJA方向(Wのロングパス方向)に開けた絶好のロケーションに18m高の自作2段クランクアップタワーが立っていました。タワー上にはTA-33が上がっており、タワー頂部からは40/80minvVeeが張ってありました。訪問する前日には40mSSBで数局のJAがログインされていました。また、現在は使用していないサテライト用の2m/70cm用の八木が庭先にあり、6m用5エレ八木は2階建て自宅の屋上に設置されていました。2m用に八木2本もありました。自宅ではMargaret夫人が笑顔で迎えてくれました。
 挨拶もそこそこにDudleyの案内で早速シャックへ入り、無線機(Yaesu FT−101ZD×2、FT-221Collins KWM-275S-332S-3KWM-1、各バンド毎に100W500Wクラスの自作アンプ)が整然と並んでいました。彼のお気に入りはシリアル1500番台のKWM-1でもう一台500番台のKWM-1があるそうです。このKWM-1を使って21.305mhzCQを出していたJA8COEDudleyがコールし、59−58で交信、Dudleyが直ぐに私(JG6BKB)にマイクを預けてしまいましたのでほとんど私がオペレートすることになりました(ゲストオペ)、JA8COEの好意でこの周波数を使って5局程のJAと交信しましたが、JAの信号は安定してハラレに入感しており快適に交信できました。たくさんの局に呼ばれましたが時間がなく申し訳ありませんでした。15mのコンディションはアフリカ側から見ると1230UTCくらいから1600UTCくらいがベストですがアフリカのローカルタイムは14301800でフェードアウト直前にならないとQRVできないという状況があり、すれ違いが発生しています。辛抱強くCQ アフリカを叫んでいれば、誰かが応答する可能性はあります。
 
Dudleyはパソコンを使っていないため、zLogMMTTYPSK31を持参したPCを使ってデモンストレションを行いました、RTTYは以前にマシンを使って運用していたようですがメンテナンスと騒音のため現在は運用していません。
 また、CWについてはストレート・キー、エレキー、パドルもすぐ使える状態ですがほとんど運用していません、DudleySSBで交信できた際にお願いしても多分やんわりと断られると思います。
 シャックには5バンドDXCC、各WARCバンドのDXCCアワードがピンナップされており、以前に増してアクティブに運用しています。
 また、6mで交信(コンファーム)したJA局のQSLカードを拝見しましたがほとんどが/JR6からの運用でした、いかに沖縄が地域的に優位であるかを実感しました。
 その後、旋盤や工作機械が所狭しと並んでいる工作室やリペアパーツが整然と並ぶ部屋を案内してもらいました。
 Dudleyは過去にEMEで約700局と交信しているそうですが現在はHF帯が主で、6mは1957年に初のAF〜W交信を成功させています、90エンティティーをコンファームしてDXCCまで一息だそうです。
 私は日本出国前にDudleyに手紙を出し、可能ならZimbabweから運用できるようにお願いしましたが、今回は残念ながら実現しませんでした、Dudleyの話では、今まで1米ドル/年だった免許料が一挙に60米ドルに値上げされたため、現在弁護士を立てて政府と交渉中であるが最悪の場合は法廷闘争も辞さない情勢であり、ライセンスの発給はできないそうです。また、アマチュア人口も350局を数えた時もあったようですが現在はわずか58局がIARUに登録されているのみであり、アクティブな局は5〜6局にすぎないようです。
 Dudleyは現在ジンバブエアマチュア無線連盟の会長職にありますが会長は毎年5月の総会で選挙により選出されるそうです、彼の妹Z21JEは30年以上にわたって会長秘書として連盟に勤務しているそうです。
 夫人お手製の夕食をいただき、午後9時前に再び
Dudleyの運転でホテルに送ってもらいました。
 Dudley宅で、当日到着したQSLカードを見せてもらいましたが、5月25日前後に日本で投函されたエアーメールが届いていました、以前は日本からは約1週間で届いていましたが現在は約1ヶ月かかっているようです。Dudleyは住所にHarareを書かずにChisipite Zimbabweで送って欲しいそうです。今年になって新しい国際郵便局がハラレ国際空港近くにできたため、Harareが書いてあると、ハラレ市内に行ってしまいChisipiteの郵便局に回されるのに1週間以上かかるそうです。
 ハラレ空港も国際線ターミナルが2001年4月に開港して見違えるようにきれいになりました。ただ、入国ビザ30米ドル、出国手続きに20米ドルは変わりません。
 ハラレ市内の賑わいは5年前と変わりありませんが新しくイーストゲートが開店していました。インターネットはジンバブエでも普及しつつありますがモデムの接続スピードが28.8kbsと遅くイライラさせられました、インターネットカフェが市内中心部に2軒ありましたが、平日の昼間にもかかわらず、1時間以上待たされました。日本語IMEをダウンロードしたマシンがブラワヨ(南部に位置するジンバブエ第2の都市)のただ1軒のインターネットカフェにあり送受信とも日本語環境を使えました。多分JOCVの隊員がダウンロードしたのでしょう。




Information

--2001/07/08--

C93ET/JG6BKBからのメールをここに転送します。

Forwarded by Shin-ichi Kusumoto <jh6qil@po.synapse.ne.jp>
----------------------- Original Message -----------------------
Date: Sun, 8 Jul 2001 12:30:45 +0200
Subject: モザンビークの状況
----

こんばんは。
ベイラに来て10日が過ぎました、
天候は毎日晴天が続いています、気温は25度〜18度くらいで過ごしやすいです。
明日、9日2030utcにベイラを離れ、マプートに向かいます。
今までに約2000局以上をログインしました。
90%くらいがJAです。
アンテナは80/40/20/15/10m = 15m High DP
30/17/12m = 13m High DP

20mのコンディションがパッとせず、Wはほとんどログインできませんでした。

3人とも元気に過ごしています。
安心して下さい。
あとちょうど1週間で帰ります、
ここまではいろいろありましたが、順調に進んでいます。
マフォルガ孤児院の見学を済ませ、先日はベイラの孤児施設のペンキ塗りをしました。

今日は午後、DP(80−10m)の最終調整を済ませてからQRVします。
40mも約100局をログインしています、が、やはりアンプが欲しいです。
JE6TSPとPSK31もQSOできましたが、RTTYは無理です。
良く読めますが、なにせ電波が弱いので届いていないようです。
6mはアンテナの組み立てを終了し、上げるだけにしておきます。
9月〜10月のコンディションが良い時期にTVアンテナに沿わせて上げられるように設定して帰ります。



--2001/07/05--
 C93ETからのE-MAILで、今度の週末に21MHzor14MHzでRTTYに出る予定であるとのこと。ただ、メインの仕事である、孤児院の訪問、現地の無線設備の設営等が大変忙しく、十分なサービスはできないかもしれないとの事。

--2001/07/04--
 00:26JST、やっとC93ENとQSOできました。21.295/SSB。この日はその後、C93ETが01:00頃〜出ましたが、だいぶ信号が弱くなっていました。RTTYについて週末にリクエストをしておきましたが・・。本日、40mについてアナウンスしていましたが、7/06、01:00現在、クラスタではレポートがありません。

--2001/07/02--
大体以下のパターンでQRVしている模様。
 21:00JST 21.005 CW
 22:30JST 21.230 SSB その後、21.295など。
不規則な停電や、メインである孤児院訪問などがあり十分なサービスができないでいるようですがご勘弁くださいとのこと。6mのアンテナはまだ上がっていないが、40mのDPはあがった模様。C93ETは特に40mが好きなので出てくると思われる。20Z〜21Zくらいに注意。ベアフットにDPなのでCWでも苦しいと思われるが。
QRP指定の時は必ず指定を守ってください。


--2001/06/29--
JAからの
3人は無事モザンビークに着いた模様で、6/29の22:30頃、21.005でQRVを開始した模様。
C9 DX Pedition was started on 29 JUN 13:30Z 21.005/CW.


--2001/06/21--
JAからの3人はマラウイを立ち、ジンバウエに到着したそうです。しばらくジンバウエに滞在し観光他を行い、いよいよモザンビークからの運用は6/30からの予定です。なお、7Q7KZ、7Q7YLはしばらくはQRVを続けますので各局よろしくお願いします。

--2001/06/17--
7Q7KZが14MHzのRTTYにQRVした。今回のJAオペの指導でこれからもアクティブにQRVしてくれるのを期待したい。

--2001/06/16--
7Qでの滞在は予定通り、6/19迄だが実際には6/18で運用は終了するとのこと。当然ながら7Q7KZと7Q7YLはこの限りではない。

--2001/06/12--
今日は7Q7YLが21MHzでQRVしていた。当局は聞いていないがかなりのパイルになったのでは。

JG6BKBからの連絡では、
1)40mはJAの日の出頃(1930Z)に聞く。
2)6mのアンテナは未だ上げていない。
3)WARCはQRVできるが、ほとんど何も聞こえないと。

--2001/06/11--
23時JSTに21.025で7Q7ENが出ています。概ねup2で聞いているようです。
7Q7CWがPSK31で21.070でQRVした。

--2001/06/09--
6/09 00時JSTに21MHzSSBにて試験電波的に最初のQRVを行いました。
The 1st QRV is 08 JUN 1500Z on 21 SSB by 7Q7CW.

6/09 22時頃、21.020 CWで7Q7ENがJAとQSOしていました。信号はあまり強くなかったが当地(鹿児島)からもQSOできました。
7Q7EN is QRV 09 JUN 1300Z on 21.020 CW.The signal is not strong in JAPAN.

--2001/06/05--
予定通り、JG6BKBは6月6日鹿児島空港を出発します。福岡空港で他のメンバーと合流しシンガポール経由でマラウイへ。QRVは早くて8日の夜(日本時間)と思われます。


Period Zomba(7Q) Jun 8 to Jun 19 /2001  
Beira(C9) Jun 30 to July 09 /2001  

Operater&CALL
QTH JG6BKB JJ6VOV JR6XIW JS6QKK(YL) YUKI
Zomba(7Q) 7Q7CW 7Q7EN 7Q7DU 7Q7YL  
Beira(C9) C93ET C93EN C93DU   C93AN

Band,Mode 80-6m(include WARC) CW SSB RTTY PSK31 

No SSTV、No 160m、No SATELLITE

Rigs IC-706MKIIG×1
FT100×1(no amprefire)

Ants DP(80/40/20/15/10m), 2ele HB9CV(20/17/15/12/10m),4or5ele YAGI(6m)

QRG usual DX windows

Log PC Log

QSL info JG6BKB via bureau or direct(JG6BKB P.O.Box7 Hayato 899-5191 JAPAN)

Remarks Our primary mission is support to orphan in Mozambique due to domestic civil war HIV break and other things and will support to JICA person who is YL in Zonba Malawi She is Ham radio operator.

Any more information to jg6bkb@jarl.com





奉仕活動の具体的内容と観光地について

1 奉仕活動

(1)背 景
    モザンビーク共和国は、1992年からの国連平和維持活動(PKO)、1994年の総選挙を経て、20数年間続いた国内の混乱はおさまったようにみえる。
 しかし、2000年1月から2月にかけての集中豪雨による大被害やアフリカ諸国に蔓延しているエイズ(AIDS)のため、多数の難民・孤児が発生し、大都市周辺ではストリート・チルドレン化して治安の悪化が懸念されている。
  
(2)現地の現状
国連の統計で世界の最貧国とされるモザンビーク政府は全世界に向けて援助を要請しているが、依然として復興は進んでいない。
 モザンビーク国内では内戦終結以前から各地にヨーロッパ諸国(特にイギリスや旧宗主国ポルトガルを中心とする)NGOが主として内戦によって発生した難民孤児を救済するために精力的に活動している。

(3)経 緯
1995年春アマチュア無線を通じてモザンビーク共和国マニカ州マフォルガで奉仕活動中の日本人「石川 博之」氏(C93AN)と知り合った「内山 芳樹」氏(JR6XIW)の呼びかけに応じて1996年夏、内山氏を含む4名(現地の状況に鑑み、ゲリラに遭遇する可能性や地雷への対処能力を持つ人に限定)が第1回目の現地訪問と奉仕活動として、各地に散在する孤児院間と本部及び奉仕活動に使用する自動車等に固定・移動用無線局を設置して無線によるネットワーク建設を実施した。その際、想像以上に劣悪な環境にある孤児院等をつぶさに調査した結果、一過性の短期間の活動では役に立たないことを思い知らされ、個人レベルの限界を感じつつも、私(田中 瑞穂 JG6BKB)が長期休暇を利用できる、2001年に、再度現地に赴き、無線ネットワークの維持整備、拡充を図るとともに、孤児院の生活環境の向上や、施設の拡充に寄与することに衆議一決した。幸い、内山氏や友人の協力が得られ、今回の渡航を計画したものである。

(4)2001年の予定
ア)「石川 博之」の活動拠点がマニカ州マフォルガからソファラ州ベイラに移動したのに伴い無線ネットワークをベイラを中心に再構築する
イ)前回、訪問したマフォルガの孤児院に日本の伝統的「紙風船」や日本の小学校等で使用している(中学校進学後はほとんど使わない)ハーモニカ、縦笛等、友人等から寄贈、援助された物資を届けて孤児達の情操教育の一助にする。
ウ)日本出国までに、現地の要望を聞き、施設の維持整備・補修を行う。
エ)マラウィ共和国 ゾンバに2000年12月初旬赴任したJICA職員を慰問、緊急時、日本との連絡用にアマチュア無線局を設置する。

(5)「石川 博之」氏について
「石川 博之」氏は内戦中の1986年英国からモザンビークに入国、途中ヨハネスバーグの神学校で学び聖職者の資格を取得、マニカ州マフォルガにあるNGO孤児施設。「マフォルガ・クリスチャン・ミッション」で主として監理・支援業務を担当していたが、現在はソファラ州ベイラで孤児の収容施設の運営に携わっている。現地でのただ一人の日本人。

(6)JICA職員について
琉球大学医学部3年に在学中、大学を休学して2000年12月から2年間の予定でJICA派遣職員としてマラウィ共和国ゾンバの中学校で数学、物理を教えるため、2000年12月10日出発した。JICAでは緊急時に備えて業務用無線機を装備し、各職員に配備しているが、VHF帯の携帯無線機であるため、遠く本国とは直接連絡できない。留守宅(神奈川県横浜市)に両親がいる。


2 観 光

(1)モザンビーク共和国
ア)マプト
モザンビーク共和国の首都。1996年は見学していないが、今回はライセンスを受領するために1泊し、併せて、市内観光をする予定。
イ)ベイラ
モザンビーク共和国第2の都市。インド洋に面した中部の港湾都市で古くから内陸部への交通拠点として栄えた。ベイラ回廊の出発点でもある。最近、AIDS感染者が急増、それに伴い、ストリート・チルドレンが増えて治安が悪化傾向にある。

(2)ジンバブエ共和国
ア)ハラレ
ジンバブエ共和国の首都。以前はソールズベリと呼んでいた。アフリカ台地には珍しく緑の多い人口約70万人の近代的な街である。2000年5月に総選挙が実施され、野党勢力が大躍進した、治安の悪化が報道されているが、暴動等も沈静化の傾向にある。ヨハネスバーグに並ぶ南部アフリカ観光の拠点として、欧米人にも人気の高い街である。
イ)グレート・ジンバブエ
ここは、首都ハラレからは遠く離れているが国名の由来となった、世界的にも有名な遺跡群が残されている。国連世界遺産への登録も検討されている。観光客用のホテルも整備されている。
ウ)ビクトリア・フォールズ
世界三大瀑布に数えられるビクトリアの滝。前回1996年にも見学したが8月中旬という時期的な関係で充分な水量がなかったので再度見学することにした。世界的な観光地であり、ホテル等の設備も質が高い。

(3)マラウィ共和国
ア)ブランタイア
マラウィ共和国の旧首都。観光政策に積極的な政策を実施しており、友好的との評判である。
イ)ゾンバ
ブランタイアの北部に位置する学園都市。マラウィ大学がある。7Q7KZが運営するHPもご覧下さい。
 7Q7KZ http://cosmos-1.org

(4)南アフリカ共和国
ア)ヨハネスバーグ
1996年には市内観光を行ったが、今回は航空便の乗り継ぎのみで空港ビルから外には出ない予定。
イ)ケープタウン
アフリカ最南端、ケープ・ゴッドのある港町。喜望峰やテーブルランド等観光地が多い。

(5)シンガポール共和国
ア)シンガポール
乗り継ぎ航空便の関係でほとんど1日を観光に利用できる。日本語ガイド付きのバスツアー予約済み。


健康管理について

(1)マラリア予防
出発前に「メフロキン」を必要量入手予定なので服用する。現地は乾期であるが、長袖シャツを着用し電気蚊取り器、蚊取り線香を携帯する。

(2)免疫の獲得
黄熱病(イエローフィーバー、なぜか証明書はイエローカード)、A型肝炎、狂犬病、破傷風の免疫を確保する。

(3)コレラ予防
生水の摂取を厳禁とし、浄水器や浄水剤を携行する。また、今回水の専門家(中嶽 良夫JJ6VOV)が参加するので彼の助言に従うこととする。

(4)地雷への対処
前回同様、道路以外には足を踏み入れないことが肝要である。2000年2月、2001年2月の大雨により、中国製プラスティック地雷が浮遊している可能性が高いので、足跡のないところへは絶対に行かないこと。

ゲリラ、暴動、強盗等への注意を怠らず、常に最新情報の入手を心がける。

(文責:JG6BKB)
  
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