この公園は、宮之城島津家の菩提寺・宗功寺跡で歴代領主の巨大な墓石群があります。
宗功寺は2代目忠長の時に創建し、島津家菩提寺でしたが、明治元年(1868年)の廃仏毀釈で壊されました。
中央の石造りの亀の上に作られた碑は「祖先世功碑」といい、林春斎の文章で5代久胤(久竹)が建てたもので、
この巨大な墓石群は九州一の規模といわれています。
公園内には2代目忠長から16代長丸までその家族も含め33基の墓石があります。
初代尚久の墓は南さつま市の竹田神社の境内に、15代久治の墓は鹿児島市吉野町から平成3年に
この墓地に改葬されました。
宗功寺墓地は昭和50年3月31日に県の史跡に指定されました。
また、養蚕業の先覚者・菅野平十郎の頌徳碑も公園の一隅にあります。 |