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bP.正月に門松を立てるのは


bQ 鶏になったうそつきの占い者
笠利町 鶏由来(にわとりゆらい)
 鶏は占いをする人間からなったという。昔、親のいない子供二人がおった。本当に感心な子供たちであった。ある日、田んぼへ行って籾(もみ)を投げて来た。それがやがて上等の苗になって植え付ける頃になったので、二人は仕事の段取りなどをして、田をかき、あるいは田を耕したりしていた。
 ある日、占い者が田の道を通ると、二人が、苗はどうして植えたらよいでしょうかと聞くので、「根元は上にし、先は下にして土に押し込め。」と教えた。二人は、その通りに植えた。ところが、他の人の苗はますます伸びて稲穂が出るのに、自分たちのものは腐って跡形もなくなってしまったので、二人とも田の畦(あぜ)で泣いていた。するとそこへ通りかかった爺(じい)さんが、どうして泣いているのか尋ねた。「人のものは稲になるのに、自分たちのものは腐れてしまった。もうこれからは何を食べていくのか。」と泣きながら訴えた。「稲の植え方は、いったい誰が教えたのか。」「ある人から教わった。」「そんなら、泣かなくてよい。今度は、苗の落ちているものを二、三本でもよいから、根もとは下にして先の方は上にして植えなさい。」爺さんはやさしく教えてくれた。そして、「まずお初を炊いて食べて便所へ行って、トゥートゥーと呼ぶがよい。そうしたら、お前たち二人にうそを教えた人は鶏に化けて、汚いものやごみなどをあさって食べるようになるから。」と言って立ち去った。
 やがてたくさんの稲ができた。二人は、爺さんの言いつけたとおりにした。すると、本当にうそを教えた人は、鶏に化けたという。そしてその人の財産は、二人のものになり、幸福に暮らしていくことができたそうだ。
(原話「奄美大島昔話集)

 奄美諸島では、鶏を呼ぶときには「トゥートゥー」と声を出す。占いをする者は、「トゥキトゥリャ 」と言う。
笠利町のホームページ 笠利町で鶏といえば烏骨鶏