坊津は鹿児島県薩摩半島の西南端にあります。 リアス式海岸と云う海に山が入り込んだ地形で風光明媚な町です。 その昔は日本三津と呼ばれた港町でした。 坊港入口に水清く美しい網代浦がある。 この浦に大小二つの剣に似た岩が立っている。 双剣石と云う。 遊覧船での舟遊びや貝獲りを楽しむ好適の場である。 『坊津千軒甍の街も出船千艘の帆に隠る』と云われた薩摩坊津の栄華は計り知れない程の語り草。 町の至る所に往時の面影を見る事が出来ます。 幽玄の世界と思わしき壮大な薩摩富士(開聞岳)の眺め。 遠くに見えるのは大隅半島の山並みです。 ここ耳取峠は古の栄華を偲ぶ坊津への南の玄関口です。

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2016.07.09

LinkIcon昨今スマホからのアクセスが急増していることから、スマホからのアクセスをストレスなく行える様、レスポンシブ対応をさせて頂きました。 併せて見易さの改善を図ると共に、ユニークな十五夜行事について記載の充実を図りました。

2015.07.10

平成27年度の『唐カラ船まつり』情報が多数寄せられましたので、厳選して掲載。 町を挙げてのお祭り模様をお楽しみください。

2014.08.06

わが町のガイドさんと歩く新しい視点での坊津、並びに特産品まつり等、坊津の町おこし活動について掲載させて頂きました。

2013.07.09

鑑真渡来、遣唐使船往来よりも更に古い、神代の時代の伝承について紹介。 併せて国指定名勝「坊津」双剣石の画像を掲載させて頂きました。

2012.12.10

サンゴ・熱帯魚に会える綺麗な浜「あじろ浜」、トロピカルな海で人気上昇中の「坊津の海でのダイビング」等、ブルーツーリズムの一端を掲載しました。

2012.06.08

坊津では近年、首都圏・近畿圏をはじめ、全国各地から高・中学生が修学旅行を兼ねて民泊体験に訪れます。 このグリーンツーリズムの一端を掲載しました。

2010.10.03

全国の皆様に坊津の景観・伝統芸能・歴史を垣間見て頂き、ご理解頂ける様、写真と紹介を掲載。 来春には新幹線も全線開通となります。 是非ともご来鹿賜ります様、初版サイトをアップ致しました。


南さつま市坊津地区の住民や出身者らでつくる「坊津町の活性化と環境保存を促進する会(坊津友の会)」(岩崎佐幸会長、約50人)は、坊津街道(薩摩街道)の起・終点の道標を同市坊泊庁舎の緑地帯に設置した。 除幕式が8日あり、関係者が完成を喜んだ。 
 
坊津街道は古くから九州を縦貫して参勤交代などでも使われ、福岡県から熊本市、出水市、鹿児島市、坊津まで続く道だった。
福岡県筑後市に「旧坊津街道」と記された道標があるのを知った観光ボランティア坊津やまびこ会(現在はNPO法人坊津やまびこ会)メンバーが、2009年11月に同市を視察。 南さつま市では坊津街道の名が知られていないことから、道標建立を検討してきた。
 
坊津友の会は09年4月に発足。 坊津再生のため今年2月末までに約40万円の寄付金を集め、道標設置が事業の第一弾となった。 重複するメンバーも多いやまびこ会の協力も得た。 道標は、ヒノキを使い高さ約1.7m。
 
除幕式で岩崎会長は「埋もれた歴史や宝を保存するための第一回の事業となった。誇りと思える歴史を大事にしたい」。 やまびこ会理事も務める早水廣雄事務局長は「九州新幹線全線開業を前に、坊津街道の起点・終点を表したかった。今後、坊津街道を通じて筑後市の市民団体などと交流していければ」と話した。


坊津は鹿児島県の薩摩半島の西南端にあります。 リアス式海岸と言う、海に山が入り込んだ地形で、風光明媚な町です。 その昔は、三重の津(安濃津)、福岡の博多(博多津)と並んで、日本三津(にほんさんしん)と呼ばれた港町でした。 古代、海上交通の要地で、奈良時代には鑑真が上陸した地でもあります。
 
中世からは島津氏の中国・琉球貿易の根拠地でもあり、倭寇や遣明船の寄港地であったと伝えられています。 海外貿易で賑わった坊津港と共に繁栄を誇り、真言宗寺院の一乗院、寺跡に残る石造りの仁王像が往時の繁栄を今に伝えています。
 
江戸時代になると貿易港としての重要地は長崎へ移り衰退しますが、薩摩藩の秘密貿易の地として、その地位は保ち栄えていました。
 
現在でも、当時の石垣、石畳、石の階段、並びに民俗行事が残っており、当時の面影を残す情緒ある町です。
 
最近では、美しい景観と共に、透明度の高い海岸を利用したダイビング、釣り、まち歩きのメッカとして若者の心を捉えています。
NPO坊津 やまびこ会
観光ボランティア&まちおこし
ここでしか味わえない活魚
逸品料理の店
旅行プランのイメージ創りを
お手伝い致します。
海の幸とブルーツーリズムを
堪能頂ける民宿です。
山と海の恵みを一杯に受けた
「坊津の華」