2002年8月の編集日記

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八月踊りの季節  8.31

今日は、奄美大島北部の地学巡検感想文を書いていました。原ハブ屋さんの駐車場にみえる花崗岩の断層は素晴らしいそうです。ハブのショーをみせるより、この花崗岩を売ったほうが儲かるよといったのは、琉球大の加藤先生。また、神の子にある枕状溶岩の規模はとてもすごいといっていましたよ。このあたりは火山活動が活発で、溶岩が海水と出会ってまるくなったのが、枕のようにみえることから枕状溶岩となったようです。笠利教育委員会の方で、また看板をちゃんとたてて、説明をたてなければいけません。杭だけうってあっても、何が何だかわからない人がいっぱいのはずですよね。
 などとラフ原稿をかいていると、あれれ、黒沼くんというマルティカンパニーのプロデューサー(若い!)が遊びに来て、いろいろしゃべってしまいました。彼、今度奄美を題材に奄美の人たち出演の映画をつくるそうです。以前、一村の映画をつくるとかで3億円の資金援助をお願いしていった人がいましたが、今どうなっているのか知りませんが、面白い映画を作ってね。それが奄美の特産品になれば、また奄美発信ができて面白いですね。そういえば、秋から始まるNHK朝の「まんてん」で元ちとせちゃんが、主題歌を歌うそうですね。彼女はいったいどこまで上っていくんだろう。
 で、ブキさんからの情報で名瀬市浦上の節踊りに太くんと行って来ました。ブキさんも、東さんも山田道夫さんも、吉田和代さんもいろいろいっぱい知っている人がいまして、とっても盛り上がり!!いやあ、年配者と壮年団と青年団と?4団体が町内を八月踊りを踊っていろいろな経費を集めるムチモレなのですが、聞く所によると300万集めるとか。すっご〜い!!きのうは、なんと浴衣の上にカッパをきながら踊ったとか。このエネルギーが奄美のエネルギーなのですね。踊りもよかったけど三味線や太鼓の六調もよかった!黒沼君、今度じっくり見て、映画に是非反映させてくださいね!!

台風15号奄美直撃 8.29 

またまたやってきました台風。今度は狙ったかのような奄美直撃!!せっかく長寿食研究会の講演会だったのに〜!。ま、これは中止ではなく、延期ということにいたしましたが。それにしても、午後2時半ころの名瀬の瞬間風速が40メートル近かったのにはびっくり。またまた台風取材をしていたわたくしの車はユレユレユレ〜、なのでした。ひえ〜!海に落ちたらどうしようと思いながら、ハンドルをにぎりしめていましたよ。仮免で走っていた時を思い出しました。これは大熊漁港です。笠利用集落では、防波堤に高波が押し寄せて道路まで海水が飛び掛っていましたね。これから、巻き返しがきそうなので恐いです。植木も倒されたままにしてあります。だって、寝かせておいた方が安心だもの。

 16号の原稿依頼  8.28

口頭では少しずつお願いしだしているのですが、ホライゾン16号の原稿依頼をはじめております。今回は、いろいろ変更がありまして、初めに謝らねばなりません。予告だからあんまり詳しくかかなければいいと思うのですが、何故か乗っているときは書きたくなっちゃうのですよね。まず、長寿の秘密特集は今回は調査中となるため、時期尚早のため予定変更。手作りの奄美は、気分一新で新企画に変更です。なにに代わるかというと、島唄の周囲。三味線と島唄を育てる後継者たち。民話館も島唄に関するもの、芳賀先生にもあっと驚く島唄の風景、南日本新聞などの特集では出てこない奥深い奄美の世界に少し触れてみようと思います。10号で、島唄を特集しましたから、さしずめ今回は第2弾です。文学特集にも、少し味付け役をお願いしようと思っております。なんだか、楽しくなりそう。
 明日は台風が直撃だけど、明日で原稿依頼は完了させる予定。う〜、こうやってまた年の暮れまで走っていくのですね。おおおおおそろしや〜!

大浜海岸にて  8.27

今日は海洋展示館の興さんに会いに大浜海岸へ行って来ました。サングラスを透してみる海の色はエメラルドに輝き、サンゴ礁までみえるのに、裸眼だと反射してしまって、その美しさが写真にでなくて残念。でも、なかなかいいでしょ。ここへくるとソフトクリームが食べたくなってしまう条件反射に近いものを感じてしまいます。で、1ケ食べてきました。バニラ。
 台風15号が近づいているようです。お昼にとおり雨が降ってきて、少し潤ったようです。
そうそう、昨日、奄美長寿食文化研究会に入会。29日に「地域座談会」と称して、元鹿児島大学学長の井形昭弘先生の「長寿と奄美の食文化」と題して講演があるので、南海日日、大島新聞を久留さんと、大島支庁の奥田さんといっしょに回りました。午後3時から奄美サンプラザで会が始まります。台風と重ならなければいいのにと思いました。でもなんか直撃の感じ。
 久留さんの考えは、とても面白いと思います。奄美から2人も長寿世界一になったし、100歳以上の人口が奄美諸島での割合が日本のなかでも際立って高いのは、食文化に関係しているのではということで、本郷かまとさんにも取材してきたのです。彼女は奄美の発酵食品である味噌、ミキ、きび酢に関心を抱いていますが、是非、いろいろ調査してホライゾンでも取り上げたいですね。こうご期待。

お盆の送り  8.24

 昨日は旧盆の送りでした。太くんの郷里は龍郷町円。お昼には実家に帰り、料理の手伝いをしてから夕方、簡単に食事をし6時すぎにちょうちんをもってお墓に行きました。去年は結構暑かったような記憶がありますが、今年はそれほどでもなく、少し早めに繰り出したので、墓参りにきた集落の人たちの顔もわかり、笑顔で挨拶することができましたよ!あまり遅くなるとだれがだれだか、そしてお墓が10カ所も回るのですがどこだっけと、迷ってしまいます。結婚して20年、いまでもなかなか覚えられません。だめですねえ。それにしても長男の嫁さんは大変です。無駄のない素晴らしい動きですよ。次男、三男の嫁(わたし)はてんでダメ。ま、奄美の人間でないのも理由ですが、ウエ子姉さん、尊敬しちゃいますよ!
 隣りのおばあちゃん、92歳だったでしょうか。ツネ子ばあちゃん、お墓に入ってしまいましたが、元気でおどりが好きだった姿が、なつかしく思い出されます。円にくれば幼子を抱いたわたしをよく励ましてくれたなあ。ホント、元気がでたんですよ。ありがとう!!
 お墓の帰り、道路が拡幅された道から、海が見え、夕日がとっても美しくて、思わず船のシルエットを入れて撮りました。魚釣りをしていたお兄ちゃん、毎日、40〜50cmのチヌを釣るそうで、夕方から夜中までねばるといっていましたが、名瀬へ帰るときにはいなかったから、それまでにはまたまた大きなチヌが釣れたかもネエ。そう言えば、大潮だったから昼には、魚篭やガラス箱を手に、イノーで魚釣りする姿を見かけました。車からは、元ちとせちゃんの島唄がテープで流れ、その風景にホントなじんでいました。そういえば、しくしく痛んだお腹に、ミキに氷を入れてレモンを絞り薄めたら、すっごくおいしくって、初めてミキが好きになりました。何回かお代わりしました。みなさん、ちょっと試してみて。おいしいよ!初めてのかたにお薦めです。

美しい島  8.23

イゾラベッラの佐平さんから、メールを頂きましたので、転載しますね。うわ〜、やっぱり意味がわかるとイメージがぐんと広がりますね。素晴らしいです。

イゾラベッラとはイタリア語で“美しい島”という意味です。
映画グランブルーにも登場した、実在する島の名前です。
山羊島のようにちょっととびだした、小さな島です。
AMAMIという言葉はイタリア語でAma mi、私を愛して!!
という意味になります。
なのでうちの看板は“美しい島、私を愛して!”とかかげています。

イザラベッラってどういう意味?  8.22

なぜか分かりませんが昨日あたりから、お腹が痛くて、まさか自立神経失調症というわけでもなく、下痢までもないのですが、しくしく痛いのでした。息子は突然ジンマシンのようなものが体中にでき、なにか食あたりかとも思いましたが、詳しくはわかりません。そんななか、イザラベッラというイタリア料理店へ行ってきました。先日入れなかったのですが今日はなんとかセーフ。ゴテゴテ飾っていなくて。はじめは殺風景かなと思いましたが、シンプルがやはりいいなと思うところです。
 名瀬市内のオリンピックスーパーの駐車場に忽然とできた、レストランです。若いときヨーロッパを旅したことがある太くんによれば、本格的なお味とのこと。うん、おいしかった!!。奄美の地場産野菜を使っていればなお結構。そういえば、イザラベッラってどういう意味か聞き忘れました!!そのうち。ホライゾンでも奄美食材にこだわったレストランや小料理店などを特集できたらいいなと思っています。食はみんなとても興味があるところですから。情報がありましたら、お寄せください。

マングローブでカヌー漕ぎ  8.18

今日は息子を連れてマングローブカヌーをしてきました。昨日、買ったサングラスをかけてみると色がまた違って見えて、う〜ん、いい感じ!!私の場合、鼻が低いのでメガネが落っこちてきてしまうのが悩みの種だったけど、さすが光学堂でかったメガネ、1500円と安いにも拘わらず、ちゃんと補正をしてくれてケースにいれて、磨く布までもらっちゃった!ありがとう。
 で、いったマングローブは何年か前にカヌーで漕いだ事はあったのですが、久しぶり。できるかなあとおもったら、これがなんと自分でもいうのはなんですが、うまい!!そういえば以前大島海峡エコツアー(瀬戸内教育委員会主催)で、かなりシーカヤックをこいだことがあって、それで基本が身についているのだわ〜と感激してしまいました。自転車と同じかもね。コツをつかんでいたわけ。ふふふ、伊達に年重ねなかったってか?
 ま、ちょっと物足りない探検だったけど、久しぶりのマングローブ内部はよかった!。人がいっぱいでしたから、鳥の鳴き声などは聞こえなかったけど、以前、アイランドサービスの荒田さんにお世話になったときには、アカショウビンやらルリカケスの声がしたりしましたよね。そうそう、満潮だけでなく、干潮にも出かけていって、シオマネキやらミナミトビハゼやら観察しましたよ。ここは生命のゆりかごといわれるくらい様々な生物が生きているのです。以前、沖縄の西表島のマングローブに行きましたが規模が膨大しぎてカヌー体験はできませんでした。ここは手ごろな規模なのでいいのでしょうね。
 で、ついでにちょっと提言。マングローブ館の中で、マングローブに関する資料などをもっとおけばよいのに、お菓子やシャツなどもお土産ばかりでしたね。「生命めぐる島」(ホライゾン編集室)はうってつけの資料なのにと思いました。あれはいい本ですよ〜。イメージではない奄美像がしっかり描かれています。

夜は商店街が盛り上がる!!8.18

昨日は名瀬市商店街祭りでした。商店街に活気を取り戻そうということで、初めての踊りイベント。すごい熱気でした。そういえば、シンポでさっきまでいっしょだった泉和子さんも、はや浴衣に着替えチヂン片手に参加しているのには驚き!奄美パークの西村先生やら、商工会議所会頭の伊集院さん、寿カラーのブキさんもお見かけしましたよ。みんな、すごいねえ。商店街の活気は地元の創意工夫で乗り切ることですね。写真は大久保商店の前、なかなかいい写真でしょう?

琉球とう真景シンポ  8.17

今日から、沖縄名護市に寄贈されていた「琉球とう真景」が奄美でも公開されました。9月1日まで。この絵は、「南島雑話」が描かれたよりももう少し古い奄美が描かれているのではということで、今、奄美研究者のなかでは沸いています。描いたのは京都四条派の岡本豊彦というのですが、この人、奄美に来たという記録がいっさいないというところがミステリーなのです。そして、何故、沖縄の名護市に寄贈されたかというのも。この辺の謎を議論する場として今日が設定されたと思いますが、う〜ん。面白かった〜。シンポらしいシンポで、各専門家が推論や持論を展開するのが謎解きみたいで面白かった。とても美しい鹿大助教授美術史専門の下村美保先生は、当時、大島代官であった本田ちかざねという人が、絵師を伴って下絵になるものを描かせ、それをもとに岡本豊彦が描いたのではと推論されました。描かれているものが奄美の産業だったり、大きなイベントだったりと奄美の紹介になっているのです。もともと薩摩藩では狩野派が主流だったのに、京都四条派の岡本にお願いするには、コーディネイトした人物、(これを京都見聞役だった税所文豹だったのではとも推論されました?)がいたのではというのです。この推論に原口泉先生は絶賛していましたね。
 林蘇喜男さんは、絵に描かれた代官仮所を今の裁判所と拘置所あたりとして、その前後の名前まで調査した結果を発表しました。いわく、宇検仮屋、西仮屋、本仮屋、東仮屋、瀬名仮屋、笠利仮屋です。琉球大学の津波先生や弓削さんはでも、この絵がすべて正しいと見るのは難しく、琉球松、豚、芭蕉布などの描かれ方が事実と違うとのこと。下原先生も、これは岡本が絵師として描いてしまったのではということです。う〜ん、面白い。こうやって琉球、奄美、薩摩の交流史が見えてくるのですね。こう言うシンポをもっともとやって欲しいと思いました。

海にて 8.15

昨日は、仕事と家族サービスをかねて瀬戸内町の海へ行ってきました。そこはプライベートビーチみたいに全く誰もいないです。濃密な時間ですよ。海の色は青く透明度も美しいのはもちろん、砂がパウダースノウになる前の中粒で、先日いった江仁屋離れの砂とちょっと違うのだと思いました。
 もちろん、太クンは写真を撮りまくり。で、息子と私は岩石集め。かなづちを忘れてしまったので、縄文人のように、石で石を割っていましたよ。もう、手が真っ赤。
 太くんは息子との約束だった、海辺でキャッチボールもしました。たった15分くらいでしたが、思い出にはなったかも。うらやましいなあ。やっぱりシマッチュ、クバ笠が妙に似合っている太くんでした。
 私は海岸探検。もしやなんか発見できるのではと思いながら歩くのはドキドキしますね。左写真は私の自画写真。なかなフォトジェニックではありませんか?でも、太陽が真上で、ギンギンぎらぎら。上半身は重装備だったのですが、足だけカバーしていかなかったので、火ぶくれしてしまいました。ヒリヒリします。
  行き帰りはわたしが運転したのですが、いやあ、帰りが眠いのなんのって。帰ってきて夕食を作ったらダウンでした。太くんが後片付け。幸せ!zuzuzu〜。




あった〜!! 8.13

 ずっと探しつづけていた三脚の雲台がありました!う〜、よかった〜!また太クンにしかられなくてよかった〜。まったく、あいつは自分にやさしく他人に厳しいやつなので、大変なのです。ま、でもよかった〜。これからはカメラにつけたままにします。ブキさん、そういうことでお世話にならなくてもよくなりました。いやあ、今日はグリーンストアで、緑くんにお会いしました。船漕ぎ優勝おめでとう!ってね。ま、ちゃんといえなくて、すごかったねえ、おめでとう、ホームページに書いちゃいましたよなんていっていた私でした。今日は豪華な夕食でした。オボソカツオの刺身、鯨の刺身(なんと一皿160円)、焼肉でした。すごい。
 明日は奄美の岩石標本作りに挑戦しようと思っています。岩石標本作りは小石を拾ってくればいいと安易に思っていた私。汗水たらさねば、得るものはないのですよね。でも、頑張れるかなあ?

 

三太郎祭り 8.11

 昨日は住用村のお祭りでした。三太郎という人が、峠御茶屋をやっていたのですが、違う所に路が移動してしまったために、つぶれてしまったらしい。それで三太郎峠というようになったとか。いまではヒカゲヘゴの群生地としても知られています。まだ読んでいないのですが、彼の伝記を書いた本がでましたね。
 住用といえば、マングローブ。付近の内海公園で祭りはありました。今回はじめて行ったのですが、相撲大会が盛大です。延々4時間もやっていました。団体戦では住用が優勝。東城あたりは笠利の赤木名。瀬戸内古仁屋と並んで強い力士が出る有名なところ。みんな熱が入っていますよ。
幼稚園児から始まりましたが、もう、回しをつけているだけでかわい〜い!!勝ったのか負けたのかもわからない子たちです。じいちゃん、ばあちゃんが大喜びでした。
 奄美のすごいところは、各集落ごとに土俵があること。昔から豊年祭には必ず、奉納相撲をしていたからでしょう。今では相撲部の人数は俄然少なくなっていますが、全国に知れ渡っていると聞いています。なんせ、全国優勝も何回もしているものね。徳の島からは、初代朝潮、旭道山がでましたよ。
 余興の美鈴ちゃん!かっこよかった〜。公民館講座の講師をやっている(23歳くらいかな)美鈴ちゃん。実は中学生の時、紬のモデルをお願いしたことがあります。市役所の人に大人気で、すごい不思議な色気があのころからありましたもんねえ。いやあ、よかった〜!奄美高校の六調太鼓も感激もの。でも、島唄の森山百合子さんのかさん唄が、住用でどうなのかなあとは思いました。だってね、「いとう」という島唄の音階が全然違うの。え!!って感じなのです。今度機会があったら聞いてみてください。あ、でも中村瑞希ちゃんの「いとう」はそういえば、森山さんとは違ったです。なぜなんだろう。

みなと祭り  8.10

今日は瀬戸内町の夏祭り。パレードの撮影に行ってきました。名瀬市の奄美まつりよりちょっと寂しいけれど、個性的なものがあるような気がします。デジカメでは撮りきれなかったけど、かつおの神輿、ソテツのみこし、小さいけど、ハブ神輿もありましたねえ。6時半までと思っていたら、5時で終ってしまいました。もしかして、笠利ナンコ大会に走れるかと喜んだのですが残念、電話で聞いたら、もう、終わったって!8時までのはずだったのでは?で、またまた嘉徳廻りで帰ってきました。青久嘉徳線がアスファルト工事していました。え?!
 さっきまでテレビでなつかしのメロディを聞いていたのですが、三沢あけみさんが、奄美のバスガイド、福崎道代さん?のリクエストを読まれながら登場しましたね。でも、あの当時はわからなかったのですが、(だって10歳の私は、奄美を知りませんでしたもの)、歌詞は奄美なつかしゃなのに、あの紫のハチマキは沖縄よねえ。絣も沖縄よねえ。三沢さん、紬大使でプレゼントされた大島紬をいつかテレビで着て欲しいなあ。これはきっと紬協同組合の方達の想いでしょう。

子供の居ぬまに 8.10

この2〜3日我が家のこどもは全員出払っていません。こどもがいないとセイセイしますが、ちょっと寂しいですねえ。昨日は、ぎりぎりまで仕事して、太くんとワインを2本も飲んできてしまいました。実は最近名瀬市のオリンピック駐車場跡にすごい立派なイタリア料理店ができたので、いったのですが、予約のみでした。残念!今度予約してご報告しますね。で、知り合いのアリソンへ行きました。カントリー料理だっけ?けっこうおいしいです。みなさん、行ってください。白久さんがオーナー。すごくやさしくて、きのいいお兄さんです。私達、結構よくしゃべるんですよ。よく食べ、よく飲み、よくしゃべる!帰ってから酔っ払っていたけど、ちとせちゃんのテレビみました。みなさんも、みましたか?
 で、今日はなんと、私一人!!でも、朝から夜まで予定が入っていますから、なんとか紛れるでしょう。今日、これからティダネシア塾、でも、午後からは、瀬戸内の祭り、できれば、笠利のナンコ大会にもいきたいなあ。でも、南から北まで、走ったら2時間はかかるよねえ。う〜ん。交通渋滞もあるしなあ。

諸鈍シバヤ  8.8

昨日は加計呂麻島へ行ってきました。朝早くから、出かけたので疲れたア〜。一昨日のマヤさんの告別式には島尾敏雄さんの故郷福島県から、助役が急きょ、来られたそうで、昨日は加計呂麻島呑之浦などを回っていかれたようです。そうそう、瀬相の待合所に置いてもらっているホライゾンもなかなか人気のようで、私、取材兼納品に伺いました。いやあ、天気がよくってねえ、またまた色黒を塗り替えるところでしたよ。なので、暑いけど長袖の上にジャケットを着て、行きました。日記にはまだ載せられないような素晴らしい景色を見て、知り合いの諸鈍の区長さん、中林さん宅にお邪魔してきました。いるかなあと思って恐る恐るいったら、いる〜!!。なんで〜!と思ったら、諸鈍シバヤ(この地域に伝承されている国の重要無形文化財)の突然出演依頼がきて、ま、本来ならば断るのだけど、どうしてもという議員さんがたがいうので、その準備をしていたところでした。ラッキー!!子供が作ったお面を見せてもらったのですが、これがうまい!大人より上手くつくっているではありませんか。やはり、鉄は熱いうちに打て!こうして、伝統が受け継がれているのですネエ。あ、ちょっと太くんからのпB新穂花へいってきますね。

 夏に逝った島尾マヤさん 8.6

真夏の暑い日に、貴方は天に帰っていったのですね。事務所におかあさんのミホさんときてくださった事が忘れられません。ずっと手を振っていましたね。貴方のように美しい心をもっていない私は気恥ずかしいような感覚でした。精一杯生きていたあなたをみんな忘れません。みこころ教会の鐘の音がから〜ん、カラ〜ンと寂しげでしたね。

奄美まつり 8.5

奄美まつりは、島唄大会に始まり、舟漕ぎ、パレード、八月踊りで幕を閉じました。始まるまでは本当に祭りがもり上がるのかなあと思っておりましたが、始まってみるとあっという間に終ってしまいましたねえ。実は、我が家には、俳優の大和田信也、五代路子さん家族がお客さんで見えていて、いっしょに夏の奄美を楽しんだのでした。五代さんは、八月踊りがすごく気に入ったようで、各円陣ごとおどり歩いていました。びっくり!あんなに飛び入りで踊ってしまう有名人はいないのでは?だって、取材ではなく、全くのプライベートなのですよ。実は大学で民俗関係の授業も受けた事があり、奄美は古語が生きているということをご存知なのでした。踊りも大好きで、お住まいの横浜では、祭りの踊りの審査員を務めていらっしゃるそうで。なあるほど。
それにしても、素晴らしい溶け込み方でしたネエ。翌日にはすっかり、いろいろな方に知られてしまいました。

回復のきざし?  8.3

 もう、すっかり書く気にならないほどしょげていたのです。すみません。何故とはきかないでね。自分の欠点との戦いなのです。で、ですね、ま、仕事も上の空だったですが、今日、船漕ぎで、サーファー連の「手広スパンクス」が優勝したと聞いて、回復しそう!!うれしかった〜!!緑さん、おめでとうございます。実は先日、赤木名の「ガジュマルの樹の下で」という素晴らしい名前の居酒屋でお会いしましたねえ。(そこでは是非「イカ墨の油そうめんを食べてみてください。おいしいよ!)美女2人に囲まれて。なんかゴキブリの話で盛り上がっていたようですが、うんうん、サーファーが集まるお好み焼き「満月」のお兄さんがいっていたように、サーファーは、みんな若いし体が軽いし、波乗りがうまいから良い線いくかもよ!!とのことだったので、もう、注目していたのです!!いやはや、おめでとう!!緑さんのおかあさんは、奄美レディストライアスロンで有名な秀子さん。運動神経は親ゆずりなのでしょうね。
 以前ホライゾン11号で、サーファーをとりあげたことがあります。なかなか反響がよくて、奄美で初めてプロサーファーになった森哲太クンもかっこよかったけど、サーファーの人たちの言葉がよかったですね。きれいな海で泳ぎたいからとかれらはゴミを拾うのです。強制ではなく、みんながそんな気になるというのがいいですね。
上は昨日みたちょっと印象的な花火。で、今日の船漕ぎは残念、カメラにおさめていませんでした。
あとでポジを入れ込みましょうね。

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