実験的数学教材による授業展開

〜今年度(平成23年度)の教室の風景から〜

          数学科 堂薗幸夫

 

1 はじめに

 

 教材研究を進めていると,生徒にいかに分かりやすく伝えるか,または,いかに印象に残すことができるか,更には,素材の理解をどれだけ深められるか,という教材のツボとも言うべきポイントによく出会う。しかし,実際の準備の時間不足やその時の仕事の過多を言い訳に,その理想を実現できないことが多い。今年度は,あまり過剰な準備をせずに,授業の中にスムーズに実験的な要素を取り込みたいと当初から考えており,自分の理想的な展開ができた教材をいくつか得ることができたので,写真や実際のプリントなどを提示しながら報告したい。興味関心を持たすことが出来,その教材が「分かった」=「腑に落ちた」状態になることを期待しつつ,ひいてはそれが本当の理解につながることを信じ,日々の工夫の報告として,タイトルは「実験的数学教材」とした。

 

 

2 具体的な例

 

 (1) コンピュータを使った動的な授業

 かつてから自分のテーマとしても実践し続けているが,動的なグラフが理解の手助けになるとの理由から,コンピュータでグラフソフトを利用してきた。

 今年度もプロジェクターとPCを接続し,黒板に直接投影して,チョークで書き込みながら授業を行った。これは,例えば複雑なグラフや,グラフを動かしながら見せたい場合には非常に効果的である。写真は,数学Tの2次関数である。グラフの残像を残しながら,次々と表示させている。利用しているPCも通常のノートパソコンではなく,タブレットPCと呼ばれる板状のものである。プロジェクターに接続するためにUSBケーブルが伸びてはいるが,手に持って自分自身が自由に動きながら使える点もプレゼンテーションの立場からは効果的である。

【参考】オンキヨー国内メーカー初Windows 7搭載タブレット型スレートPC TW217A5

 

 

 

 

 

 (2) 折り紙による2次関数の表現

 本来は数学Cの分野の2次曲線にあたるが,数学Tの2次関数の学習中に先につながるものとして実験させながら提示した。数学Uの軌跡の分野にも通じるところである。ものを投げあげたときの軌跡が放物線であるという定義を最初は使うが,一切何も投げずとも放物線は得られるという,言うならば「頭を揺さぶる」テーマであった訳である。

 数学的には包絡線(エンペローブ)と呼ばれ,微分の接線の概念も含んでいる。中には,折り紙を繰り返し折るという実験をしながら,直線群が放物線をじわじわと現してくるところに,思わず「おぉ」と感嘆の声を上げる生徒も見られ,疑問や不思議さが,その理由を知りたいという学問的知的欲求につながる効果があったと思われる。

 

 

 

 

 

 

 

 

【参考】筑波大学教育研究科 放物線の定義の指導に関する授業研究 

     −ユークリッド原論と折り紙を題材として

 

 

 (3) 楕円の作図方法

 数学Cの楕円の授業の際に利用した実験器具が以下のものである。楕円の定義として「2つの焦点からの和が一定な点の描く軌跡」があるが,それを黒板上で表現するために次のようなものを使った。磁石にひもを取り付け,そのひもをピンと張るようにチョークで軌跡を残していっただけのものであるが,まさに楕円の定義を表現している。

 更にその後,楕円の定義を理解するために,同心円の重なる図をかいたプリントを配布した。生徒たちには例えば和が10の交点を▲印,和が12の交点を●印をつけよ,と指示して机間を巡視した。そこに距離の和が一定な点が浮かび上がってくることが見て取れる。隣の生徒と見比べながら,実体験を伴いながら定義の確認が出来た様子であった。

 

 

 

 

 

 

 (4) サイクロイドの実演

 100円ショップで見つけてきたものが,フラフープのおもちゃである。直径50cm程度の円を探していたが,求めていたものがまさにこれであった。黒板の隅から隅までに大きくダイナミックにかけるこの教具は,これまで高校数学の授業現場では利用されたことのない,画期的なものであると自負している。

 チョークをセロテープで貼り付け固定し,黒板の受け皿の部分を転がしている。これは印象に残るという意味では効果絶大であった。

 更にプロジェクターとPCを利用した,アニメーションとしてのサイクロイドを提示した。

 生徒のこの世代は,コンピュータゲームに触れながら育ってきているので,グラフィックなどは抵抗なく受け入れる素地ができていると思われる。しかし,印象的だったのは,今までの私は,普通はコンピュータで提示したあと,実験的に行うという順序をとっていた。 そのため,最初のコンピュータの美しいグラフに,感嘆の声を上げる生徒がいたが,このサイクロイドのテーマでは,あえてアナログ的なフラフープを先に使った。そのダイナミックさに,生徒は驚きの声を上げていたが,まとめとして提示した美しいコンピュータグラフィックを見ても,そこまで驚かなかったことである。やはり実演というものは,目の前で見る手仕事の方こそリアルなものであり,より印象に残り,理解が深められることを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 (5) 空間ベクトルの理解のために粘土細工とダンボール錐と折り紙多面体

 四面体を黒板ではなく,モデルとして理解するために,竹ひごと紙粘土を準備した。実際に長さを調整しながら,竹ひごを6本準備し,それを粘土で接着したモデルがこれである。そもそも空間図形を板書すると言うことは,3次元を2次元に押しつぶしていることになる。分かっている生徒にとっては確かにその立体がイメージはされるだろうが,そもそも立体的概念が分かっていない生徒には,いくら投影図が美しくても実感としては残らないであろう。計算はまた次の問題とはなるが,重心の位置関係や垂線の重要性など印象に残ったと思われる。

 更に,別の空間ベクトルの指導の時間には,ダンボールをカットして直角三角形を3つ作り,テープで貼り合わせた。直方体の断面を指導する際に利用したが,やはりイメージという点では,時間もかからず,すとんと理解できる様子が見て取れた。

 また別の時間には,折り紙で正八面体を作った。プリントを配布し,切り抜き,折り,完成まではわずか5分程度である。さまざまなトピックスを含んだ数学の本からの引用であったが,小学校以来の“図画工作”の時間に,真剣に,楽しそうに,作成している様子が印象的であった。空間ベクトルの理解を深めるためには,黒板の2Dより,PCの擬似3Dより,本物の3Dのほうが手触りとして理解できると思われる。

【参考】「意味がわかれば数学の風景が見えてくる」野崎昭弘著

    ISBN978-4-86064-297-6 価格 定価3,045

 

 

 

 

 

 

 (6) 立体の通過領域のコンピュータグラフィックス

 これは,実験的な道具を利用することなく,すべてコンピュータ上で行ったものである。立体の通過領域というテーマの問題では,具体的なものを提示することが難しく,コンピュータだけで作業を行った。このようにコンピュータソフトのみで,擬似3D的なものを作り出すことはできる。現実的な作業として,立体の通過領域を,具体物で製作するには時間的余裕がないのが実際であろう。適宜使い分けていくという意味においては,理解を助けるものには間違いないだろう。

【参考】フリーソフト 関数グラフソフト3D-GRAPES 1.59

 

 

 

 

 

 

 (7) 一次変換による延び縮むネコ

 一次変換の計算は出来る。しかし,それが図形的に何を表しているかは,ひょっとすると大学生にとっても本質が理解されているは疑問である。一次変換の授業のラストとして,小沢ネコと呼ばれる図形を改作したものを利用して,このようなプリントから実験を行った。これは,一次変換による写像を見事に表現しているものである。 最初は単なる点が点に移動するだけの計算であり,単調なものであったが,それらの点をプロットしていくと,やはり具体的に変形されたネコの図が浮かび上がってくる。そこには斜方座標系への変換の要素が見て取れ,一次変換とはまさに「変換」であるということが明らかになる。また,Δ(det)も単なる計算ではなく意味ある数値との認識につながった。

【参考】2010大阪府立大学理学部情報数理科学科オープンキャンパス体験講義から

   「行列の国のアリス - 平面の1次変換と行列式」

 

 

 

 

 

 

 (8) 区分求積法の立体モデル

 積分で体積を求める際に,回転体は空間内の立体的なイメージを持つのが難しい。そのため,写真のような円盤をあらかじめ作っておき,それらを重ね合わすことで,立体的なものを構成し,ある図形が回転した際のモデルとした。100円ショップの発泡スチロールを,半径を変えながらスチロールカッターで切り抜き,重ねただけで,材料費も数百円程度しかかかっていない。また,数学的な内容としてはこの後に続く区分求積法のイメージづくりにも役立っている。例えば,面積は細長い帯を集めるということが,同様の発想で,円盤の面積を集めることで球の体積になることが分かる。立体的な空間認知能力の必要とされるこの分野では,実際に手に持って眺めるという操作は非常に意味のあることである。

【参考】お茶の水女子大学附属高校2006年度公開研究会 錐体の体積を区分求積法の考えで求める

 

 

 

 

3 まとめ

 

 以上のように,実験的に取り組み,生徒自らが理解を深めていくような教材を利用してみた。生徒の中には実際の入試問題との違いに驚きを見せるものもいたが,概ね取り組みは良かった。小学校から中学校までは,数学といえども数量の概念をつかむために,実験を取り入れた理科的な授業は多いだろう。しかし,高等学校の教育においては,やはり「問題を解く」ことが重視され,時間的な余裕も難しいために,黒板とチョークだけで展開される授業が多くなることはやむを得ないことである。しかしながら,そうしたことが表面上の模範解答をただ暗記するような学習になってしまっている可能性は否定できない。今年度の自分のテーマとして,実験的なことが本質的な理解につながるとの仮説をたて授業展開をしてみた。もちろん板書や暗記を一切排除したわけではなく,理論と実験のバランスの良い授業がベストであろうと信じている。10割が黒板とチョークのみでは良くないだろうし,10割がコンピュータのみでも良くないだろう。

 具体物が,頭の中に「動きのある観たイメージ」や,「手で触った感覚のイメージ」として残るということは,忘れ難いものになるだろう。昨今,インターネット利用の結果から,どこにいても座ったまま作業のないまま本物に触れた気になってしまうことが多い気がする。そうではなく,触感のようなリアルな五感を使った感覚は自分の操作とともに印象に残ることであろう。本物が持つわくわくするような空気感を授業の中で伝えたいものである。

 

鹿児島中央高等学校  数学科 堂薗幸夫(どうぞのゆきお)

http://www.synapse.ne.jp/dozono/  dozonopo.syapse.ne.jp H24.1

 

 

 

戻る?