諸外国の数学教科書の一考察

〜韓国,台湾,中国,カンボジア,タイ,オーストラリアの教科書から〜

          数学科 堂薗幸夫

 

1 はじめに

 これまでにいくつかの国を訪問してきた。前任校では毎年夏に海外研修と銘打って旅に出ていた。それは,「奄美高校平成21年度研究紀要あまみ」において報告したとおりである。その中で自分への土産として旅をした国の数学の教科書を購入して帰ってきていると言う記述をしたが,今回この鹿児島中央高校研究紀要においてはそこに焦点をあてて,旅行をした主にアジア諸国を中心とした諸外国では,どのような数学教科書でどのような教育が行われているか,また日本と同じ部分,違う部分を,コメントを入れながら考察してみた。それがこの原稿の主題である。

(研究紀要あまみから引用)

 また,旅行の際に必ず探すものがある。町中の書店に入り数学の書棚を覗いている。時に古本屋だったりするのだが,教科書(主に高校生の利用しているだろうと思われるもの)が販売されていないか,そこの学生がどのような学習をしているのか,問題集,参考書の類を自分へのお土産として購入して帰っている。数学では数式やグラフがかかれているため,分野の特定や難易度の判断が出来る。カンボジアではクメール語の独特の文字だったり,タイでもタイ語の独特さがあるが,不思議と数字が生き生きと語りかけてくれる。数学は世界共通の言語である。今まででもっとも印象に残っているのは,台湾の古本屋で見つけた大学入試用と思われる参考書で,その学生が余白に一生懸命微分積分の計算過程を書き綴っているものを手に入れたときである。日本の高校生の学習にきっと役立つ日が来ると信じて収集している。

 我々は教育上の研修という点から,職業上現在利用している教科書ではない他社の教科書や,様々な問題集を利用している。そういったことを繰り返しながら多角的な観点を養い,見落としている部分はないのかなどをチェックしている。今回の諸外国の数学教科書を研究することは私にとっては単にその延長線上にあるものだが,なにせ国が異なれば教育環境や視点,教育の方針といった根底から異なっているため,日本では学ばない手法やテクニック,逆に国が変わってもまったく変わらない数学の真理とでも言うべき内容などを散見することができた。以下,その国の教科書の特色的な部分を取り出し,コメントしている。国別に並べてある。

 

 

2 これまでの訪問先

 1994年(平成6年) スペイン………ガウディの遺産サグラダファミリアとギター

 1995年(平成7年) アメリカ西海岸………サンフランシスコの港町とケーブルカー

 2000年(平成12年) 韓国(ソウル)………北朝鮮板門店軍事境界線を訪ねて

 2002年(平成14年) カナダ………バンクーバーへ修学旅行引率

 2004年(平成16年) 韓国(釜山)………博多から高速船で出水高校数学科での科旅行

2005年(平成17年) 台湾(基隆,台北)………琉球弧を船による台湾までの旅

2006年(平成18年) カンボジア,ベトナム………悠久の歴史を訪ねアンコールワットへ

2007年(平成19年) 香港,マカオ,深圳(シンセン)………深夜特急の始まりを訪ねて

2008年(平成20年) バンコク,クアラルンプール………アジアの歴史タイとマレーシアへ

2009年(平成21年) オーストラリア(シドニー,ウルル)………地球遺産ウルル

 

 

3 韓国

大学入試用の問題集

 

 日本のセンター試験にあたる大学入試用の問題集と思われる。解答を選択肢から選ぶようになっているが,当然知識がなければ正答は選べない。5択になっている。

 お隣の国というだけあって文化的にも近いのであろう,翻訳すれば日本でもすぐに使えそうな雰囲気を持つ。

【内容画像】

【解説】

 平方数を自然数の和として捉えて発問している。例として,1+2+3+4+3+2+116であるということが示してあるために難しくは無い。しかし,選択肢として出ているものは,別の考え方をすると出てきそうな紛らわしいものである。

 日本では数列の項目にあたり,数学Aや数学Bとして高校1年〜2年生で学習する。

 自然数の和は,ガウスがまだ小学生にあたる年齢のときに,1から100までの和5050をあっという間に求めて教師を驚かしたという話が有名である。

その方法とは,

を,

と逆に並べた上で,辺々加えて

を得て,2で割り,

として求める方法である。

この問題集にはその記載は無いが,中央部にその表現とよく似た部分がある。

 Key pointとして掲載してある(1)(2)(3)はよく知られたものである公式である。しかし,日本では,(3)を暗記するような事はさせておらず,以下のようにして導くのが通常である。

から,2つの公式を組み合わせて解く。

 

【内容画像】

【解説】

 これは平面ベクトルの問題であり,全く日本と同様と考えてよい。センター試験にもよく出題されるパターンの問題であり,ハングルは読めなくても,日本の高校2年生ならば普通に解ける基本的などの教科書にも出てくる内積の問題である。

 日本よりも高い大学進学率を誇る韓国では,受験戦争は非常に激しい。「大学修学能力試験」,略して「修能(スヌン)」と呼ばれ,日本のセンター試験に近いものである。国立,私立関係なくこの試験を受験する必要があり,この出来次第で希望の大学に行けるかどうか,また希望の人生を歩んでいけるかどうかまで決まってしまうとも言われる。


 

 

4 台湾

大学入試用の問題集

 

 大学入試用の問題集と思われる。

選択肢から選ぶ構成ではなく,オーソドックスに問題を並べており,ノートに解くように作られている。

 購入したのがいわゆる古本屋であり,ご覧のように,受験勉強で利用した書き込みがなされており貴重である。台湾の文化は,歌謡曲なども日本を参考としており,この教科書も例外ではない。問題には日本と大きく変わったものはない。

【内容画像】

【解説】

極限の問題である。日本でも類題は毎年どこかの大学で出題されている。13は部分分数分解と呼ばれるテクニックで,極限の問題ではあるが数学Bの数列の分野である。(2)においては更に数学的帰納法で証明せよとの出題も見られ,日本の教科書どおりである。{ }を使う場面であるが[ ]で処理するところが多少異なっている。

 

【解説】

残念ながらこの受験生は間違いが多いようである。空欄補充の形態ではあるが,計算過程をしっかりとしなければ解くことはできない。7は高次関数の最大値,8は3次関数でできる台形の面積,9は3次関数において定義域が定められたときのa,bを決定する問題,10は分数関数,11は球に内接する円錐の最大値の問題である。関数に関する基本的な変形から微分へと続くところで,入試問題演習としては日本の高校3年生にとっても良問である。日本では2年生以降で学習する微分積分の分野に当たる。

8はグラフまで与えてあるが,以下のように台形の面積を求め,その3次関数の最大値を求めることで解決する。設定を含めよくあるパターンの問題である。

 漢字文化を持つ我々としても,中国や台湾の数学の教科書は式だけでなく,問や説明にも,なんとなく理解できるところが多い。例えば表記上「関数」と「函数」との差異があるが,「函数」は中国で英語functionを音訳したものであり,日本でも昔はこの表記が使われていた。funの音訳で「はこ」という意味である。数学の文化に留まらず,大陸からの様々な文化の流入といったものに,その昔の遣唐使,遣隋使に代表されるような遥かな海を渡ってきた長く悠久の歴史を感じる。


 

 

5 カンボジア

高校生向けの教科書

4種類

 問題集ではなく,一般的な教科書と思われる。分野別に冊子が別れており,内容は高度なものまで扱っている。図,グラフが豊富である。

【内容画像】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                       

 

                       【解説】

                        左は三角比の定義である。から始まり,などと続く。日本の高校では扱わないところまでをやっている。定義にあたる部分であるので大きな変わりは見られない。しかし,右側の不等式の表す領域の分野では,通常斜線は共通部分しか引かないのが常だが,(1)の範囲を右上がり斜線,(2)の範囲を右下がり斜線,その共通の部分を求める領域としているところは文化の差異を感じるところである。中央部のxyの増減表のような切片を表す部分も日本ではあまり行わないが,参考とすることが出来そうである。カンボジアは,ポル・ポトのクメール・ルージュによる圧制によって文化の断絶が存在する国である。アンコールなどの遺跡の観光政策に頼らざるを得ない国ではあるが,この数学の教科書を見る限り,日本と同程度の充分深い内容を扱っており,復興への道筋になる事を信じたい。

【内容画像】

【解説】

 x軸周りに回転させた回転体の体積を求めさせるために,積分の計算をさせる問題の解説である。内容としては,日本の高校3年生にあたる標準的なものとして考えてよい。カンボジアのクメール文字と数式と回転体のイメージ図とが非常に美しいバランスをなしている。数学が世界共通用語として認識できる良いページであると思われる。普通の生活をしている日本人にとってクメール文字が読める人は皆無と考えても良いだろう。しかし,その全く読めない我々にとっても(つまり高校生にとっても)このページがいったい何の計算をしていて,何を求めようとしているかは一目瞭然である。数学が世界共通用語ということはこのあたりから認識できる事である。

 ある曲線をxの範囲を定めておいて,x軸周りに1回転させると図のような回転体が作られる。その体積を求めることは,古くはワイン樽のなかにどれだけワインが入っているのかという疑問に端を発している。歴史的にそういったことがヨーロッパのライプニッツらの積分学の基礎となっており,区分求積という手法を生み出している。

 カンボジアでは積分の計算の中で,日本と異なる表現方法が見られる。インテグラルは同じだがその後である。下のとおりであるが縦棒を引くだけの,あっさりした記号である。

カンボジア  

 


 

6 ベトナム

中高校生向けの教科書

4種類

 一般的な教科書。図,グラフが豊富で,内容は高度なものまで扱っている。初等・中等教育が6歳から始まり,小学校5年間,中学校4年間,高等学校3年間の12年制ある。学年が表紙に記載されている。

  

【内容画像】

 

【解説】

 2円の位置関係を,半径のRとrとから場合分けして調べている。中心OとOの位置関係とを比較することで2円が共有点をもつかもたないかを決定する。右側のページ中央には,そのことを一覧表にしたものが掲載されており日本と同じ表を見ることが出来る。ベトナム語で書かれた真ん中の列のタイトルである“So diem chung”は“共有点の個数”であることが類推される。ちなみにベトナム語での「数学」が,本の表紙でもある「TOAN」である。
【内容画像】

 

【解説】

 角錐の体積を底面積をβのような記号を使って表現している。最初にあるVの公式のようなものを見たことがなかったが,その証明として次ページにわたって変形を記載してあり,なるほどと思うことであった。しかし暗記するほどではなく理解を深めるといった観点から意味あるものだろう。

 論議のスタートとしては,通常の底面積×高さ÷3で始まるのだが,高さの比と底面積の比が2次元だから平方となる性質を利用して,もとの錐の全体の高さh1と切り取られる錐の高さhとの比の平方が底面積の比となっている。その部分が,黒矢印    の部分にあたる。ここからh1とhとがそれぞれ底面積とhで表され,さらに代入するとの因数分解から,分母のの部分が約分されることになり表題の公式のようなものが生まれる。なんとも技巧的な,しかしうまい変形であると思える。

 カンボジアと同じように,ベトナム戦争で失われたものも多い国ではあるが,数学は決して簡単単純なものではなく学習が進められている様子が伺える。ベトナムの生徒の好きな授業ベスト4は,数学,国語,生物,地理であるらしく,高校生のうち数学や理科で優秀な成績を収めた生徒が各省や中央政府に表彰されるといった制度もあるようだ。旅行中,街中で民族衣装のアオザイを着た女子高校生のような集団が,教科書を片手に談笑しながら登校している風景を見て,数学が好きかどうかは推察できなかったが,何ら日本と変わらないものを感じた。


 

 

 

7 中国(香港,深圳)

入試用の問題集

 

 

 分析例題集というタイトルや解題研究というタイトルから想像できる。

 分野別に問題とその模範解答が掲載されているが,中国の伝統的な手法なのか技巧的なものが目立つ。

【内容画像】                         

【解説】

 技巧的なものが目立つと書いたが,まさにその代表的な例といえよう。

 三角形の三辺に成り立つ関係から,三角形の最大角を求めさせようとする問題である。もっと簡単な条件を与えて計算させる事は日本でもよく見られることであるが,@Aのように一見何の関係があるのか分からない式が与えられたときの技巧的な式変形である。

 文字を減らしながら,相互の辺の関係を調べつつ,最大辺を求め,正弦定理か余弦定理で最大角を調べていくのであるとは想像はつくのだが,いかんせん与えられた式が分かりづらいものであるために,アクロバット的に見える。

 おそらく結果から条件式を逆に作り上げたのだろうが,このような計算力を養うような問題も意味があるものであろう。中国の数学オリンピック上位入賞の原動力を感じる。


 

 

 

8 タイ

 参考書的な教科書代わりの本と思われる

 

 表紙の柄は多色刷りで美しいが,中身は単色の一般的な参考書である。理論の説明から練習問題を入れ,段階的に書かれている。

 文字がカンボジアのクメール文字と似通っているが,文字の歴史としては,インド→カンボジア→タイという流れがあるようである。言語学としても興味あるところである。

 

【内容画像】

 

【解説】

 微分学と積分学の接点でもある区分求積法について述べられたページである。まさに書かれているとおりであり,左側でこれからやるべきことを述べ,右側で公式化し更に練習問題につなげている。やはりタイ文字は何一つ分からないが,数学的にこの中で言っていることは高校生に十分理解できるものである。記号として,

については日本の教科書どおりである。

 まだ庶民にとっては高級品だが,パソコンが普及し始めており,自作DOS/V機でハンドメイドのものが多い。数学に関するグラフソフトの解説書のようなものも見ることが出来た。

 

 

9 オーストラリア(シドニー)

大学入試用の問題集

 

 [HSC」(Higher School Certificate)は,ハイスクール卒業後に行われるNSW州(ニューサウスウェールズ州)の大学入学統一試験のことで,日本でいえばセンター試験に相当する。HSCはオーストラリアの中でもNSW州のみの呼び方であるらしい。

【内容画像】

 

【解説】

 センター試験に相当する高校卒業・大学入学の資格試験のような位置づけなのであろう。問われている内容も,重箱の隅をつつくような出題ではなく,明らかに教科書の例題程度の高等学校の学習をしっかりしてきたかの確認の意味であると思われる。

 日本においても秋口から書店に並ぶセンター試験過去問集のシリーズと同様に,シドニーでもHSC受験の生徒にとっては過去の出題傾向を探る大切なものなのだろう。Marksとは得点で,この出題で12点あるということである。マークシートの□埋め形式の数字の塗りつぶしではなく,計算させその答を問う出題形式である。

 このように年度別に並び,数ページ後に模範解答が掲載されており利用しやすそうである。また言語も当然英語であるため,発問も理解でき,日本の高校生にとっても英語と数学の両方を一緒に学べるひょっとすると良い教材かもしれない。

 教育制度は,初等教育:Year1からYear6までの日本の小学校と同じ6年間のシステム,中等教育(中・高校):一般的にハイスクールと呼ばれているが,ちょうど日本の中学校と高校を合わせた形態である。Year7 Year10この期間は義務教育,Year11 Year12この期間は高等教育機関に進学する生徒のためのコースである。

 教育課程を調べたわけで無いので一概には言えないが,日本と比較すると例えば(a)(d)などは微分積分を学んだ高校3年生に良い出題であるが,(b)の平行四辺形の問題は,錯覚と内角の和が180°を利用するだけの中学生(高校入試程度)の出題であり,難易度の差を恣意的に入れているのか,大学入試という観点から広く出題されているのか意図があるのだろうと思われる。ただし,(d)(A)に出るは,日本では高等学校では扱わず大学初年度になる。


 

 

 

10 まとめ

 各国の数学教科書をこのように眺めていると,いろいろなことを思い浮かべる。もちろん,その本を購入した異国の書店書棚を思い出し,名勝観光地のことも思い出されるのだが,それだけにとどまらず,数学というものがいかに文化として遍く広まっているのか,数学を学ぶということはいったい何なのかを考えさせる。記述したように,数学は大雑把に言えば,数式とグラフとイメージ図と表とで記述されており,その国の言語を知らずとも何が書いてあるのかは理解できる。人類の作り出した偉大な自然言語としての価値があるとも思える。あるいは異星人との交流が仮にあるとすると,失われた言語に対してのロゼッタストーンのような意味を持つのかもしれない。すると,数学を学ぶということは,つまり人類の歴史,人類そのものを学ぶことにつながるのではないか。

 教師はともすると,受験に役立つかどうかを観点に,点数が取れるものが優でそうではないものは劣と無意識のうちにも決めがちである。そうではなく数学の背景や歴史的に見てどこに起源を持つのか,この計算がどのような意味を持つのか,また文化や国境が数学にあたえる影響とはといった,数学の「本質」と同様に,「周辺」に気を使って「面白さ」を伝えなければならないと考えている。そういった積み重ねがつまるところ本当の学力になり,多面的な理解を深める事になるのではないかと常日頃思っている。

 振り返ってみると,この原稿の意図するところはこういったことにまとめられるかもしれない。

1.数学は世界共通,宇宙共通の文化である。

2.歴史が教育に大きな影響を与える。

3.多面的な異なった角度からの視点が大切である。

 いかがであろうか。

 今回は一部の資料の一部のページを切り取って分析したに過ぎず,もっと別の方法もあったかもしれないが,機会があればさらに追究してみることも面白いだろうと考えている。またもっとグローバルな視点で,例えば南米,アフリカといった日本の裏側に位置する国の事情も,距離的には遠く実際の旅行は難しくても,インターネットを活用することによって,有意義な資料を収集できる可能性は高い。考察してみたいと考えている。数学とは文化追究浪漫である。

 

 

 

 

 

 

 

 

鹿児島中央高等学校

 数学科 堂薗幸夫(どうぞのゆきお)

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H23.1