鹿児島の由緒ある教会ザビエル協会にて,おそらく鹿児島では5回目となるリサイタルであった。筆者はその2,3,4,5回を聴いているが,過去の2,4回目のレポートとしては,別にコンサートレポートとして記載してあるので参照されたい。当時は特に意識していなかったことと見識不足だったことともあり,”コンサートレポート”としていたが,正式には”リサイタルレポート”とすべきであったろう。今回からそのタイトルとした。
話は戻るが,フランシスコザビエルを記念して建てられたザビエル教会は,素晴らしい造りで通常ミサも行われているのだろうが,パイプオルガン,高い天井,柔らかな光,十字架や祭壇など荘厳さを感じさせるもので,満員にして詰めて200人ほど入るであろうか?ギターリサイタルには適度なサイズの会場である。そこでリサイタルを開くのも聴くのも,贅沢なものであった。このリサイタルは,デビュー十周年を記念した九州ツアーだろうが,ご承知のとおり出身である宮崎県小林市のお隣の県だけに,実家への帰省を兼ねて?また,古くからの友人との再会をも楽しみにしているのだろうと勝手に推理している。そんな,落ち着きある心理的にもリラックスできる演奏会だったろう。近くということもあり,また今回の宮崎会場は,延岡だけしか組まれていなかったこともあり,おそらく小林からもたくさん来場があったのではないかと思う。会場のキャパシティーから100名以上200名以内の聴衆であった(150ぐらいかな?)
その旧友との出会いの話だが,フォレストヒル森岡さんは当然として,鹿児島のギター教室をしている濱田さんと桐さんのご苦労があって今回のリサイタルが出来上がったことは想像に難くない。その昔,宮崎の若者がバスに乗って福岡までレッスンに行き,濱田さんはJR?に乗って福岡に行き,そこで集った出会いが現在のこの演奏会に結実していたのだろう。私自身,桐さんが後輩にあたり,こんな素晴らしい演奏会を開いてくれたことに感謝しつつ,敬意を払いつつ,そういった縁もあり,ゆったりとした気分で演奏を楽しめた。
さて,長くなった。当日のレポートを順に記載していこう。
18:30の会場時にすでに50人ぐらいは並んでいたであろうか,やはり南九州に限ったことではないが,人気の高さを感じる。しかし,前回の霧島みやまコンセールの際と比較すると,少し年配の方が増えた感じがしたのは,彼の結婚がそうさせただけではないだろうが,一時のブームが落ち着き始めた,あるいは不況もあるのかもしれない。(彼の名誉のために,もちろん若き女性の方も多いのですよ。)
開場後流れるように入ったが,同時に3,4列目の中央の空きと,左右端の最前列との空きを確認し,3.14秒悩んだが,最前列を選んだ。音の抜けとしては正面が適当だろうが,ミーハーなファンの一人として,息遣いや運指を見たかったのでなるべく近くを選んだ。
19:00携帯電話の注意などのあと(これはやはりすべきですよね。リサイタル初心者やあまり経験のない高齢の方などに守って頂きたいことはたくさんあります。後述),いよいよ大萩君が登場する。黒の上下。ラフなシャツはパンツに入れず,アジアンチックな印象も受ける。しかし,いつもの満面の笑顔で,”よかにせさん”(鹿児島弁でイケメン)であり,羨ましい(^_^.)ギターを片手に,金属の足台(もちょっと高級品でも良かったかも)に左足を乗せ,滑らないようなシートを左右の膝に敷くのはいつものとおり。そして,挨拶なく1曲目が始まった。(すみません,始まるまでが長くて)
1曲目は,最新のアルバムのフェリシタシオンから,タイトル曲の”金子仁美:フェリシタシオン”である。ライナーノーツによると,結婚のお祝いとして献呈された曲であり,彼自身も一生思い出に残る引き続ける曲になるのではないかと思われる。やや緊張しながら進んでいく。ミスタッチではないのだが,セーハの不完全さに因る音や間のとり方など,始まったばかりでは会場と空気をシンクロさせるのに,しばらくかかってしまうだろうような手探り感があった。しかし,もちろん名演である。
2曲目は”A.バリオス:大聖堂”である。バリオスの手によるこの作品は,そもそもが礼拝堂から聞こえる音楽をモチーフに,つまりこのような会場の環境をイメージして作られているので,しっくりと来る演奏である。編曲がおやっと思わせるものであったが,その後の彼自身の言葉によると,バリオス自身の手書きの譜面があるそうで通常出回っている版とは若干差異があるようである。私も不勉強であったが,誰かがこの譜で演奏していた気がするのだが思い出せない。バリオスをバリオス自身の譜でバリオス的ホールで聴けること自体幸せなことである。その上演奏者がメカニカルな追求だけではなく,味わいまでをも表現しようとする姿勢に共感できた。まだ,CD録音されていない楽曲なので,今後が楽しみである。
3曲目”F.モンポウ:コンポステラ組曲”が順に,T前奏曲(Preludio),Uコラール(Colal),Vゆりかご(Cuna),Wレチタティーヴォ(Recitativo),X歌(Cancion),Yムニェイラ(Muneira)と演奏される。「コンポステラ」はスペイン北西部ガリシア地方にあるキリスト教の聖地サンティアゴ・デ・コンポステラのことで,この会場(教会)で演奏される曲としては,まさにぴったり来るものであった。前衛的な手法を組み込んだような部分もあり,しかし組曲としてバッハのそれを思わせるような本格的なものであり,非常に絶妙な選曲に唸ったのであるが,ひょっとして初心者に方には難解さがあり辛かったかもしれない。途中外の街宣カーの音声が聞こえてくる。会場が完全なコンサートホールではないためやむを得ない。ライブでは聞こえる音全てが音楽と考えなければならないだろう。
ここで15分のインターミッションが入る。
後半が始まった。後半最初の曲”F.ルコック〜ブローウェル編:組曲イ短調”は,だんだん指も心も温まってきたのだろう,流れるような演奏はいつものとおりである。この曲も会場が教会ということもあり音の広がりを感じさせる正統派の楽曲である。CDを聴きこんでいるものにとってはライブでの演奏は細かい隅々までを注意しながら聞けたが,コンポステラと同様に初めて聴かれた方にとっては多少難解な曲だったかもしれない。組曲の間がインターミッションであった事は理解できる。順に,エアーAir,メヌエットMenuet,ジーグGigue,ガヴォットGavotte,ドゥーブレDouble,パッサカリアPassacailleと演奏される。
曲紹介など話を挟む。自身のトークでも本格的な曲が続いてしまったので,このあとは比較的聞きやすい曲だとジョークをはさみながら砕けた感じで紹介をする。国内外の様々な場所での演奏会の思い出などを話す。人と人の出会いが演奏会を成り立たせていることが感じられる。
曲が始まった。”武満徹〜福田編:翼”である。美しい調べである。大萩君の演奏はこういったゆったりとした歌わせる楽曲に聞かせる間合いを取りながら弾くスタイルが良いと感じる。甘いマスクと宮崎で生まれ育った時間の流れがそうさせているのかもしれない。人間のバックグラウンドはそう簡単に変えられるものではないのかもしれない。拍手と礼に続き,演奏が始まる。”ガーシュウィン〜武満編:サマータイム”である。演奏は武満の技巧的に難しいものを何とも感じさせず,ガーシュウィンの要求するものを出している。その瞬間はギタリストではなく黒人オペラ歌手になっているのであろう。続けて”マッカートニー〜武満編:イエスタディ”が始まる。有名がゆえに難しい。皆が知っているものは些細なミスでも目立ってしまう。
簡単な調弦を済ませすぐに,”渡辺俊幸:つづれ織りの記憶”が始まる。作曲者はNHKなどテーマ曲をたくさん書いている方で,激しさもありキャッチーなメロディが親しみやすい。作曲者がギターではない視点から書いている部分もあると思われきらりと光る。大萩君の美しさ優しさの中に秘めた力強さが十分に発揮された。いよいよプログラム最後の曲,”レイ・ゲーラ:12月の太陽”である。親交の深いゲーラが彼のために書き下ろした曲であり,私も好きな曲である。金子,渡辺,ゲーラに共通するのは大萩君の姿を引き出す素晴らしい音符の列である。作曲者と演奏者が十分理解しあった結晶としてのものがそこにある。
アンコールで再度登場し,濱田さんへのお礼が入る。”11月のある日”が演奏される。11月にこの曲を聴くとなんと贅沢なと思うが,生演奏で聴けるとなると更に満足感を感じる。もう完全に自分のものにした演奏はドラマチックさを盛りたて,切なさを謳いあげる。
濱田ギター教室と桐ギター教室の発展をお祈りしてお届けします,との話で”そのあくる日”が演奏された。12月〜11月〜その〜と作曲者は全て同じではないが「日」の三部作とも言えるこれらを連続して聴けたことがなんとも嬉しかった。これらは相互に影響しあって,いわば現在,過去,未来を暗示しているのかもしれない。大萩君の近況を表すに適していると感じた。
拍手が少しまばらになったところで最後のアンコールと,笑いを誘いながら,聖母マリアを意識した”母に捧げるグァヒーラ”が始まる。教会での演奏会としては計算されたプログラムを感じ,よく練られていると感心する。余韻を残す音に満足できた。
結婚をし更に人間的にも大きさを増してきたと思う。若くなければできない演奏もあるが,だんだんとこなれてきて味わいの深まる音が出てくるのだろう。コンポステラのような本格的な作品からバラードのような作品まで,更にその中に流れる時間を盛り込み,「おめでとう」という感謝の意,古き友人に向けた友情,荘厳な雰囲気での祈りの気持ち,多くのことを含み幾層にも織り込まれた作品をライブで同じ空気を感じながら聴けた事がなんとも嬉しかった。デビュー10年が彼自身の気持ちを新たにさせ,私自身も考えさせられるものであった。
終演後はサイン会となり,やはりたくさんのファンが並んでいた。私も「日」シリーズが聴けて良かったと感謝の言葉を述べて握手してもらった。桐さんに挨拶して出ると,もう21時を過ぎていたが教会の外壁はうっすらと明るく,心豊かな気持ちで帰途に着いた。
いつもの事であるが,お客様皆様へのお願いである。
コンサートの心得を以前も書いたが,また書かしていただく。お互いに気持ちの良い時間を共有するためには,やはり当たり前のことを知らねばならないのである。
近所を通る街宣カーはやむを得ないが,止められる音は出さないように意識しましょう。咳払いごほっと。これはやむを得ません。しかし,演奏中にパンフレットを取り出しざざっと。そして開きがさがさ。片付けるさいにカツーン(投げ入れる音)。足がすりすり。これは止められます。たくさんの方がギターを聴きながらパンフをお読みになっていらっしゃる。何か聖書とか合唱の譜面を睨んでいるような感じだった。演奏をじっと見て,または目を閉じて感じるだけでは,みなさんいけないのでしょうか?また,もし読んでも静かに出し入れしてもらえないでしょうか。携帯音はセーフでしたが,そのほかのことに心を痛めたのでした。
コンサートの心得5か条
1.演奏中足の位置は動かさない。動かすときは空中を。
2.パンフレットは演奏会前,休憩中,演奏会後読みましょう。
3.読みたいときは静かに出し入れ。
4.前にある小物入れに,「カツーン」と投げ入れてはダメだ。
5.とにかく演奏に集中し,他の事は考えない事だ。
以上である。
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