第五話 「先生さようなら、みなさんさようなら」

***1***



「きりーつ、れーい」
 日直の恵理ちゃんの号令で、みんなが一斉に頭を下げる。
 やっと今日も終わった。
「あー、つっかれたぁー」
 肩をこきこき鳴らしながら、ランドセル片手に日向が私のところへやってくる。
 おばはんか、あんたは。
「秋葉、今日はどうするの? 遊んで帰る?」
「小春次第かな」
 私はランドセルに教科書を詰め込みながら答える。
 最後に机から縦笛を取り出し、しばし思案を巡らす。
 どうすっかな、これ……。
「消毒すればまだいけるんじゃなーい?」
 他人事だと思って、笑いながら冗談交じりに日向はそう言うけれど。
 普段から自分が口につけているものを胡桃木みたいな変態男に凌辱されてみろ。
 実際きついよ? マジで。
「とりあえず……捨てる」
「新しいの買うんだ?」
「それはそれですごくもったいないのよね……」
 だって、あと半年もしないうちに卒業して縦笛自体必要なくなってしまうのだ。
 それなのに新しいのを買うなんて、無駄金にも程がある。
 なんとなく私は、ケースから笛を取り出してみた。
 全体的に、パリパリに乾いた粘性の物質が付着しているように見える。目の錯覚かもしれないが。
「日向、あなたこれを見てもまだ消毒すれば使えるなんて言える?」
「ごめん、あたしが悪かった、だから早くそれしまって」
 あからさまに汚いものを見る目つきで、日向は言った。
「丘野、麻生。お前たちはひとつ勘違いをしているぞ」
 いつの間にやってきたのか、胡桃木が日向の隣に立っていた。
 あれだけ今日は暴行してやったのに、なんでこいつはこんなにピンピンしてるんだろう……。
「俺はなんらおかしいことはしていない。好きな女子の所持品に性的興奮を覚えるのが正常な男子。あるべき姿なのだ」
「あんたのは色恋とかじゃなくて、ただのフェチシズムでしょうが」
 頭を抱えて、私は言い返してやった。
 そもそも胡桃木が私にばかりちょっかいをかけてくるようになったきっかけは、今年の春頃まで遡る。
 当時、私は体操着を盗まれた。
 犯人はもちろん胡桃木だ。
 体操着はちょうど一週間後に戻ってきた。
 紙袋に詰め込まれ、堂々と胡桃木から手渡される形で。
 そのときのこいつの言葉を、今でもはっきりと覚えている。

『ありがとう、とても素晴らしい匂いだった。また嗅ぎたい』

 私はしこたま胡桃木を殴った。
 それからしばらく鉛筆が握れなくなったという、切ない後日談が残る。
 どうやらそのときに、奴の中にあるマゾっ気も覚醒させてしまったらしい。
 それ以来、胡桃木は『あの体操着の匂いが忘れられない』というだけの理由で、女子に対して臆面もなくセクハラ行為を働くようになった。主に私を集中的に。
 いい迷惑だ。
「これに懲りたらもう私にちょっかい出さないで。どうしてもやりたいなら他の女子にしなさい」
 私の言葉に、おいおい、といったような目で日向が見てくるが、気にしない。
「他の女子か……」
 前髪を掻き上げながら、ふっ、と笑ってみせる胡桃木。
 殺してぇー。
「連中は怒るか泣くか、ふたつにひとつだ。麻生に至っては、楽しんでいるようにすら思える」
 あぁ……確かに日向はそんな感じだけど。
「お前だけなんだ。俺を気絶させるくらい殴ってくれるのは」
「……少なくとも、あんたのそのストレートな物言いだけは嫌いじゃないわ」
 言っていることは最低だが。
「丘野、あまり見くびるなよ」
 こめかみに指など添えながら、気取った仕草で胡桃木が告げてくる。
「直球勝負だけが俺の売りじゃない」
「いや、別にそういう意味で言ったわけじゃないんだけど……」
「俺は今日、お前の想像の一歩先を行ったのだ」
 びしっ、と奴は私の縦笛を指さしてみせた。
「舐めただけだと思ったら大間違いだぞ」
 ぷつん――と。
 私は確かに、頭の中で糸が切れる音がしたのを聞いた。
 右手から右肩まで、痺れるような衝撃が突き抜ける。同時に、何かが破裂する音。ぶつかる音――落ちる音。
 気が付けば、笛の破片にまみれて胡桃木が床に横倒しになっていた。白目を剥いて、完全に昏倒している。
「……次やったら気絶どころじゃ済まないわよ」
 聞こえてはいないだろうが、私はそう宣告して、残った笛の柄の部分を投げ捨てた。
 ふと周囲を見回すと、クラスメイトたちの呆気にとられた視線がこちらに集中していた。きっ、と睨み返してやると、蜘蛛の子を散らすように彼らは教室から出て行った。残った者は、まるで何事もなかったかのような素振りで友達との談笑を再開する。
「なんか胡桃木くん、今日はハイペースだねぇ。発情期なのかな?」
「気持ち悪いこと言わないでよ……」
 殴られることが性的興奮に繋がるというのなら、それはありそうな話ではあるけども。
「おねぇちゃーん」
 と。
 教室の入り口の方から、マイピティエンジェルの声がした。
「いますかー?」
 小春が戸口から顔を覗かせて、教室の中を見回していた。
「こは――」
「あーっ! 小春ちゃーん!」
 小春に声をかけようとしたとき、声を張り上げながら数人の女子が小春の方へと駆け寄っていった。
 …………あれ?
「どうしたの? お姉さん探してるの?」
「え? あ……はい。一緒に帰ろうかと思いまして」
「かわいーっ、ぺこっておじぎしたよ、おじぎ!」
「もっかいやってみせて、ねぇ、もっかい!」
「はぅ……えと、その……」
 上級生――同い年だが――に囲まれて、小春はすっかりしどろもどろな様子だった。顔を真っ赤にして俯いている。
 昼休みになればいつもウチのクラスに遊びにくる小春は、ここではちょっとした有名人だった。特に女子からの人気が高い。私が側にいなかったら、連中はすぐにこうやって小春に構いたがるのだ。
 何故だか分からないが。
 小春を取り巻いている女子らの喋り声が聞こえてくる。
「でも不思議よねー」
「うんうん」
「丘野さんの性格がちょっとおとなしくなるだけで、どうしてこんなに可愛らしく見えるのかなー」
 ……理由判明。
 なんだ? まるで私が性格ブスみたいな言われようじゃないか。
「ねぇ、小春ちゃん、今度さ、ウチの丘野さんと交代してみない?」
「あー、それいい! おもしろそー!」
 なんかとんでもないことを言い出した奴がいる。
「そんなっ、わたしにお姉ちゃんの代わりなんて無理です……よぅ」
「そんなことないって! おんなじ顔してるんだからバレないよ、絶対!」
「授業だって、ついていけないですし……」
「任せて、あたしたちが手とり足とり教えてあ、げ、る。なんちゃってー!」
 何がなんちゃってだ、ボケが。
 私はこめかみあたりの血管が疼いたのを自覚した。
「あはは、小春ちゃん大変だねー。秋葉、どうするの?」
 相変わらず日向は状況を楽しんでいるようだった。
「どうするも何も、これ以上は私がキレる」
 特に意味なく日向の肩を叩いてから、私はなるべく気配を殺して彼女らに近づいていった。
「お姉さんっていつも家ではどんな感じなのー?」
「えっと……特に変わったことはないと思いますけど……」
「てゆーと、暴れてるの!? 小春ちゃん、秋葉ちゃんに乱暴されてたりとか!?」
「や、そんなことないです! 優しくて……すごく大切にしてくれています」
 紅潮した顔はそのままで、両手の指を絡めながらぼそぼそと小春は答えた。
 いい子だ……本当にいい子だよ、あなたは。
「妹さんにだけは優しいんだよねー、秋葉ちゃんって」
「麻生さんが丘野さんのことをシスコンって呼ぶ理由がわかるわ……」
「家で小春ちゃんにべったり甘える丘野さん……うわ、想像するだに寒気がっ!」
 それに比べ、ウチのクラスの女子どもは言いたい放題だった。
 よく分かった。
 私がこのクラスでどう思われているのか、よーく分かった。
「ほんと、双子でも違うもんよねー」
「小春ちゃんも知ってるでしょ? ここでの秋葉ちゃんのこと」
「今日の昼もやってたしねー」
「あれ見てどうなの、妹としては実際?」
「え……その、あぅ……」
「少なくともあなた方よりかはいい人だと思いますよぅ、お姉ちゃんは」
 その言葉に。
 女子どもは一瞬、凍り付いたようだった。
 追い打ちをかけるように、”私”は小春の声真似を続けた。
「分かったら、もうわたしには近づかないでくださいね。平たく言うと、とっとと消えやがれこの雌豚共、みたいな?」
 さすがに、小春の口が動いていないことで状況を察したのか、彼女らは一斉にこちらを振り向いた。
 自分たちの背後に立っていた私の顔を見て、揃ってひきつった笑みを浮かべてみせてくる。
「お、丘野さんっ!?」
「いや、あのね、秋葉ちゃん、今のは冗談のようで冗談じゃないみたいなっ!?」
「聞こえなかったのですか?」
 往生際悪く言い訳してくる彼女らに対して私は、胸の前で両手を合わせ、首を傾げながらにっこりと微笑みながら告げる。
「仕方のない人たち。ではもう一度だけ言いますね。さっさと失せろや下座虫どもが」
 ざっ――と、彼女らは同時に小春と私から距離を置くと、
「あ、あはははっ! ご、ごめんねー」
「ま、また明日ね」
「それじゃっ!」
 自分たちの机からランドセルを拾い上げて、逃げるように教室から出ていった。
 ……ふぅ。
「お姉ちゃん……いくらなんでも言い過ぎですよ……」
 呆れ顔で、小春が睨んでくる。
 そんな眼差しも激しくキュートだった。
「でも、小春だって困っていたでしょう?」
「う……それも少しは……ありましたけど」
 そうつぶやいて頬を軽く膨らませ、そっぽを向いた小春の肩を、私はおもむろに引き寄せた。
 驚いた顔で妹が見つめ返してくる。
 可愛すぎ。
 キスしたい。
 けれど、それは抑え込まなくてはならない衝動だった。
 私は微笑みながら、囁いた。少しだけ甘い色を乗せて。
「小春の困った顔なんて見たくないの。そのためならどんなことだってするわ。それでも私は、あなたにとっていけないお姉ちゃんかしら?」
「ちょっ……お姉ちゃん、人がっ……見てます……よ」
 耳まで赤くした小春は、再び顔を逸らした。
 もう大半が下校したとはいえ、まだ教室には何人かの生徒が残っていた。ここからではその様子を確認することはできないが、背中に突き刺さるほど視線が集中しているのが分かる。
 確かに傍目から見れば、今の私たちはとても妖しい関係に映ったかもしれないが……。
 むしろ今の私にとっては、それは快感にも成り得た。
「そうやって……お姉ちゃんがわたしを困らせるのは、いいんですか?」
「あなたを困らせていいのは私だけ。だからいいのよ」
 愛していいのもまた、私だけ。
 小春の肩に置いた手をゆっくりスライドさせて、耳たぶを優しくつまむ。
 ぴくっ、と怯える小動物のように小さく小春が震えたのを感じた。
 抑えなければいけないのに。
 抑えられない。
 私は、小春を抱きしめ――
「っ!?」
 ようとしたその寸前、小春のすぐ背後にあったナイフのように鋭い眼差しと目が合って、私は思わず半歩ほど後ずさりしてしまった。
「ち、千歳ちゃん……いたんだ」
「はい。いました」
 千歳ちゃんは、怜悧な声で答えてくる。
 今しがた私がクラスの女子どもにやったのと似たようなことをされてしまった。
 多分、この子は狙ってそうしたのだろう。
 見た目に似合わず、意地悪な子だから。
「小春。もういい」
「……はぇ?」
 千歳ちゃんに肩を叩かれて、小春が間の抜けた声をあげる。
 妹は両手を胸元で組んで、きつく目を閉じていた。何かに覚悟を決めるように。
 ……覚悟、ねぇ。
 小春もさすがに察したわけか。
 あぶないあぶない。
 後でフォローを入れておこう。
「まぁ、妹との信頼関係の再確認をした、ってことで……日向、帰るわよ」
 誰にともなく言い訳をして、私は一旦、自分の席に戻った。
 ランドセルを持ち上げたところで、私は日向がじっとこちらの顔を見ていることに気が付いた。
「……にへっ♪」
 露骨なまでに嫌な笑い方をする奴だ……。
「はいはい、言いたいことは分かってますよ。明日、聞いてあげるからとりあえず帰りましょう」
 日向を連れて教室の出口へ向かう途中、恵理ちゃんが机に向かって何か書き物をしている姿が見えた。
 気になって、つい話しかけてしまう。
「恵理ちゃん、帰らないの?」
「うん、日直だからね」
「あ、そうか」
 そういえば日直には、一日の最後に日報を書くという仕事があったんだった。
「それに……」
 と、恵理ちゃんは視線を床に落とした。
「この笛の破片の後始末もしないといけないし」
「……ごめんなさい」
 あまりにも切なげに恵理ちゃんがつぶやいたものだから、私も思わず深々と頭を下げて謝罪してしまった。
 その破片の上で倒れてる胡桃木のことはどうでもいいのかなぁ。
 などと些細な疑問を抱きながら、私は小春たちと家路に着いた。



***2***



 学校を出ると、整然たる並木道が私たちを出迎えた。
 樹々を見上げると、緑と茶色の葉っぱが目まぐるしいほどに混在している。
 時期も時期だ。もうすぐ残った緑の葉も色を失い、枯れ葉になって散っていくだろう。
 私はどちらかというと、恥ずかしげに枝を露出した姿の方が好きだった。
 根本的に、冬が好きなのだ。
 それに対して、小春は夏が好きだという。
 お互いに、自分の名前からひとつズレた季節の方が好きというのは、なんだか”らしくて”微笑ましく思える。
 まぁ、そんなことはどうでもいいのだ。
 並木道を抜けると、すぐに車道に出る。少し行ったところに横断歩道があるのだが、通学中の生徒は基本的にこれを渡ってはならないということになっている。
 いくら小学生だからといって、ナメられたものだ。
 確かに低学年の子なんかは、調子にのって車道に飛び出そうとしているのを何度か見かけたことはあるけど。
 高学年の生徒でもたまにいるけどさ。
 だから朝と下校時間、横断歩道の前には、いつも一定の時間まで先生が交代で立っていた。
 私たちは適当に先生に挨拶して、それよりさらに十数メートルほど先にある歩道橋まで歩いた。
 学校に通うためだけにどうしてこんなに遠回りをしなければならないのか。
 なんてことを道すがら千歳ちゃんに言ったら、『何様ですか?』というような目で睨まれた。
 相変わらずキツい子だ。
 歩道橋を渡りきったところで、「そういえば」と、思い出したように日向が口を開いた。
「小春ちゃんと千歳ちゃんってさ、処女?」
 私は、グーで日向の後頭部を殴り倒した。
「なにすんのよーっ!?」
「下級生にいきなりそんな質問をするあなたが悪いのよ」
 頭を抱えて非難の声をあげる日向に、私は冷たくそう言い返した。
 あまりにも唐突な内容の質問に、我が妹は真っ赤に染まった顔をぶんぶんと横に振っていた。
 千歳ちゃんの方は……あらあら。
 こちらも頬を赤くして、うつむいてしまっていた。
 見た目だけなら私たちより年上に見える彼女がこんなふうに照れている様子は、なんだか少し可笑しかった。
「あ、間違えた。今のナシ」
 と、慌てて日向が言い直してくる。
「二人はもう、生理ってきてる?」
 あぁ……そっちか。今日の体育の時間のときの話だ。
 初潮と処女。語感的に間違えやすくはあるかもしれないけど。つか、普通間違えないけど。
 多分、日向の頭の中に初潮という単語はなかったと思われるので、そういった間違え方ではなかっただろうが。
「いえ……まだですけど」
 朱に染まった頬はそのままで、千歳ちゃんが小声で答える。
 へぇ。それだけ発育していて、まだですか。
 確か女の子は九歳まで女性ホルモンが分泌しないように脳が制御していると聞いたことがある。ホルモンが分泌されると同時に、徐々に女性らしい身体つきへと成長していくのだそうだ。それに伴い、生理が始まる確率も高くなっていくという。
 つまり千歳ちゃんの場合は、ホルモンは分泌されまくってるけど初潮はまだこないという、微妙な時期なのだろうか。
 そもそも早熟な発育とホルモンには、あまり関係性がないとか?
 よく分からない上に、脳レベルの話なので、どうでもいいといえばどうでもいい話である。
「ほー、へー、ふーん」
 不躾極まりなく、千歳ちゃんの身体をじろじろと嘗め回すように観察する日向。
「……な、なんなんですか、麻生先輩……」
 千歳ちゃんは、自分の身体を抱えるようにして数歩ほど後ずさった。
 それを追いかけるように、日向の手が伸びる。
 わしっ、と。
 彼女の手は、千歳ちゃんの胸に触れていた。というか、揉んでいた。
「ひゃあっ!?」
「うっわ、すっげーこれすっげー」
 最初はからかうだけのつもりだったのだろうが、変態化した日向はすっかり千歳ちゃんのおっぱいに夢中のようだった。
 というか日向。その言葉遣いはどうかと。
「やめてくださいってば!」
 と、声を裏返らせながら、日向の手を振り払う千歳ちゃん。
 そのまま、さっ、と小春の後ろに隠れてしまった。もっとも、小柄な身体の小春では、千歳ちゃんを隠すには不十分すぎたが。ついでにいうと、困ったように笑う小春が可愛かった。萌え。
 日向はというと、まるで夢を見ているかのように呆然と自分の両手を見下ろしていた。
 そして今度はその手を――私の胸に押し当ててきた。
「…………」
 無言で。
 私は、日向の横っ面をひっぱたいた。
「はぶっ!? あにすんのよーっ!?」
「それはこっちのセリフよ」
「ただちょっと神と凡人の差を比較してただけじゃないさ!」
「自分の胸でやりなさい、そういうことは!」
 日向の抗議に、私も思わず声を荒らげて言い返してしまう。
 どうしてこいつといい胡桃木といい、本能で行動しようとするのかしら。
「やー、人体の神秘が光を超えて見えちゃったわけさ。うん」
 腕を組んで、日向はうんうんと何度もうなずいた。
 言わんとしていることは分からないでもないが、言葉自体はめちゃくちゃだった。
「ん、でー」
 日向はにたり、と目を細めて、今度は小春の方を見やった。
「小春ちゃんはどうなのかなぁー?」
 まぁ、こいつのことだ。
 恥ずかしがってもじもじするだけでなかなか答えようとしない小春をいじめて楽しもう、とか思っているんだろうが。
 そんな期待を裏切るように――
「はい、ちょうど先月から」
 小春はあっさりと、返答したのだった。
「……………………」
 まるで時間が止まったかのように、その場に硬直する日向。
 千歳ちゃんも、びっくりしたような眼差しを小春に向けている。
 私は――姉妹な上に、同じ家に住んでいるのだ。血がどうのと大騒ぎしている小春を生で見ているので、どうということもなく。
 ぶっちゃけそのとき小春が身につけていたパンツは、洗濯して私の机の奥底にしまわれている。うっすら残る赤い染みを、いつまでもマイ妹の記念の証として保存しておきたかったのだ。
 絶対に、何があっても小春には教えられないが。
「……マジっすか?」
 やっとの思いで絞り出したというような声で、日向が尋ねる。
「はい。双子でもやっぱり、こういうところでは差が出るんだなぁって驚いてます」
 頬を掻きながら、小春は少し困ったように微笑んだ。
 双子だからといって、何から何までが同じだというわけではない。それが肉体的にはっきりと浮き出てしまったことが、小春にとっては残念であり、不安なのだろう。
 そんなデリケートな小春の心を、日向ごときが理解できるはずもなく。
 日向は何を思ったのか、唐突に小春のスカートをまくり上げていた。
「ひきゃぅあっ!?」
「ほんとにマジでこんなにちっちゃいのに血ぃとかびしゃあって垂れたり弾けたり漏らしたりっ!?」
 小春の悲鳴を無視して、日向は支離滅裂なことをのたまいながら、我が妹の下半身をまじまじと凝視する。
 そりゃあ、私も小春も、同い年の子たちと比べると小柄な方かもしれないけどさ。そこまで驚くことはないだろうに。
 通行人が何事かとこちらを振り返ってくる。その中には、ウチの学校の生徒もいた。
 あー、もう、この馬鹿は!
「ちょっ……麻生先輩ってばぁ! やめてくださいー!」
「うわー、人体すげー、マジすげー!」
 千歳ちゃんのときとあまり変わらないことを叫んでいる日向の脳天に、私は勢いよく足を振り下ろした。
「っ…………!?」
 かかと落としを食らって、声もあげられずに日向がその場でもんどり打つ。
 どうしてこいつといい胡桃木といい……めんどいから以下略。
「大丈夫? こは――」
 私は、大衆の面前で豪快にセクハラされて怯えきってしまっているであろう妹を受け止めるべく、天使の翼さながらに両腕を広げてみせた――が。
 既にそこには、てきぱきと小春のスカートを直し、軽くはたいて皺を伸ばしてやっている千歳ちゃんの姿があった。
 それから彼女は、小春の肩を抱いて自分の方に向き直らせて、
「小春、大丈夫?」
「あ……うん、へいき」
 …………。
 思いっきり先を越された。
 というかそれ、まんま私がやろうとしていたことじゃないか。
 しかもなんか少しいい雰囲気だし。
 くっ……この泥棒猫がっ……!
 そんな怨念の籠もった目で千歳ちゃんを睨んでいると、彼女は私の視線に気づいたのか、勝ち誇ったように一瞥をくれてきた。
 …………。
 あぁ……久々だ。
 胡桃木以外の相手に、こんなにも殺意を覚えたのは。
 勝者と敗者の間で不可視のせめぎ合いが行われている中、小春だけがいつも通り、花のように微笑んでいたのだった。

 それから小春がぽつりと漏らした一言。
「もうなんか、下着を見られるくらいなら慣れてきちゃってるわたしが、ちょっと怖いです」
 ……一体どんな学校生活を送っているんだ、マイ妹よ。
 激しく気になるので、今度こっそりと様子を見に行こうと決意をした、そんな帰り道でしたとさ。



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