なるほど、私たちの親の世代が言うようなあからさまな差別に接したことは、確かに、稀である。奄美の人間だからと言って社会的に不当な扱いを受けたことなど皆無と言ってもいい。旅の空の下にいて、旅の社会の流儀にしたがって生きる限りにおいては、私は旅の人間として受け入れられていると実感する。
しかし、例えば文化などの面で、私の生まれ島である琉球弧の島々のことが、この国の中で同じ目の高さで受け入れてもらえているかとなると、とてもそうではないと思えることが、いまだに多々あるのだ。
私がこの問題について書いてみたいと思ったきっかけは、高校野球である。
もう数年前のことになると思うが、甲子園のアルプススタンドで沖縄代表校の応援団がエイサーをやっていた。それに対して、高野連は「華美にして奇異」であるとして中止させたのである。初めは、呆れて開いた口が塞がらない、といった感じだった。数日・数週間経つにつれて、徐々に自分の中で怒りが増幅されていくのが分かった。
ミニスカートのチアガールは「健康的」で、琉球の衣装は「華美」だと言うわけだな?
チアガールのアンダースコートを写真に収めようと群がるカメラ小僧と応援団との間で繰り広げられる
小競り合いは「普通」の光景で、エイサーは「奇異」なものだと言いたいわけだな?
年月を経た今となっては、そんなふうに毒づくつもりはないが、郷土の、民族の文化を同じ目の高さで受け止めようともせずに「奇異」として切って捨てる人たちの中に差別がないと言い切れるのだろうか?
そんなことが一つのきっかけであった。
そして、琉球よりもさらに小さな文化圏を成している奄美のこととなると、同様の事例は、実は山ほどある。誤解に基づく偏見や先入観、そして差別。そういった事象について、ヒマを見て書いていきたいと思っている。
何故そこにこだわるのかと言えば、まさか無いとは思うが、基地問題に通底するものがそこに? という危惧があるから、というのも正直なところである。
とまれ、トップページに項目だけを上げているくせに、なかなか更新できずにいる現状は確かに申し訳ない。読者もさして多くないサイトではあるが、少なければこそ、より一層読者への責任を痛感しないでもない。
ただ、週末の休みを利用して、預かりものの原稿を電子化することが最優先の課題でもあり、そちらに多くの時間をとられているという弁解をもって、もう暫くの猶予を頂きたい。
May. 06, 1998
Ohguchi Bak