コンピューターに怒られて

大工の徳さん〈上園田徳市〉 TOM UESONODA USA

 還暦になってコンピューターを初めた。200ドルで中古のコンピュたーが手に入ったからや。欲しい、欲しいと思っていたが手が届かんかった。

今までは大工だったからハンマーばかりを使っていた。指先は硬くなっている。今度は指先をハンマー代わりに使う、重量感が違う、釘をハンマーで打つんじゃなく、ボタンを指で軽く押すのだ。釘は打ち損ねたら曲がるだけだが、コンピューターはボタンを打ち間違えたら怒りよる。怒る機械って初めてや。

 慣れないから間違ったボタンを何回も押す、その度に「エラーが発生しました」と怒りよる。その怒り方がワシは気にくわん。簡単に、「アホンダラ、また間違いよった」みたいな怒り方をしたらいいのや。理屈っぽく、難しい聞いたこともない法律の専門用語みたいな言葉で怒りよる。顔中皺だらけのメガネをかけた神経質そうなオッサンに怒られてるみたいや。何回もまちがったボタンを押すと、すぐ怒りよる。一つも見逃してくれへん。「どれか一つのボタンを押してください」というので、押しても元に戻らん。腹立っていらいらするから、何回も押す。今度は「同じボタンを何回も押すな」という。まるでワシの様子をどこかで見てるみたいや。

 ある時はペケペケのボックスを開けてペケペケのツールバーをクリックしろと怒鳴る。そのボックスを探すのが難儀や。いくらそのボックスを探しても見つからん。大工の道具ボックスみたいに何時も見えるところに置いといてくれちゅうね。苦労してそのボックスを探したら、ノミも鋸もハンマーも何も入ってない。同じツールでも大工のツールとえらい違いや。そのツールを探しても使い方がわからん。手引書を見てもわからん。その手引書はわかる人が書いてあるからや。手引書はわからん人が書いたほうがいい。

 時間がたつと、変なやつが出てきよる。そんな時はこっちも怒ってダブルクリックする。そしたらセーフモードになって怒った顔で出てくる。セーフモードって知らんからビクビクしながらやる。毎日コンピューターに怒られた。嫁はんにもこんなに毎日怒られたことはなかった。でもは手引書と睨めっこしながら歯を食いしばって頑張った。専門用語を何回も読んで、書いて、英語の単語を覚えるよに覚えた。そしたら慣れてきた。コンピューターの言う通りしたら怒らんようになった。コンピューターは間違ったことをしなかったら絶対怒こらん。何でも言うとおり聞いてくれる。ほんまに賢い、気が利く、昼夜休みなく働いてくれる。怒られて腹がたって、ハンマーで叩いたろうかと思ったこともあった。でも叩かんでよかった。辛抱してよかった。

 エッセーを書くように仕事と思って頑張った。仕事をせんと嫁はんに怒られるからのう。続けてよかった。タイプライターも禄に打ったことがない還暦の大工でもコンピューターが使えるようになった。慣れもある。毎日、根気よう触っていたら、怖くなくなってくる、情が沸いてくる。やっているうちにわかってくる。車の運転と似ている。今は朝、昼、晩、コンピューターでエッセーを書いている。新しい世界が開けてきた、もう一度、若い別嬪さんに会えるかもしれんぞう。会えるといいなあ。コンピューターに怒られても、諦めたらアカンね。続けたらできる、やればできるねん。

大工の徳さん  TOM UESONODA