店主のつぶやき これまでの「店主のつぶやき」をあらため、アナログメディアに書いてきたものを収めています。
更新は少ないかと思いますが、バックナンバーを読まれた感想などもお寄せください。
2001年は、地元紙・「南海日々新聞」の「リレーエッセー・つむぎ随筆」に1年間(8回)連載の予定です。ここでも、同時掲載いたします。

南海日日新聞つむぎ随筆
 二〇〇一年八月八日付       
        
一書懸命


  「兄サン、事務所のさら(新品)の本棚をこれで埋めてくれんかねぇ。夕方までにな」
  聖徳太子が三人もほほえんでいる。大金だ。
  「でっ、どんな本を―」
  「経済や法律もんで!」
  ぼくのカマチは宙を舞う。
  本棚には二百冊ほどはいる…古本は半額で約五百円…十万円だ…店頭の見切り本で
なら……。            
  「ぬぁにぃ、事務所の棚に百円本とマンガをだとぉ!」
  「では百科事典や全集ものでは―」
  「よし!どうせ飾りだ!」
  ぼくは化石のような本たちをテカテカに磨きあげ、事務所開きの応接間に飾りたてた。
  平成の始め、大和・沖縄の地上げ屋とのセコいしのぎの一コマだ。
  本の細胞は紙だ。カミに寄りつくホコリを清めて、再び世に送り出すのが古本屋の渡
世だ。

  古本の売り買いはだんだん(様々)だ。
  「森村誠一ぬぅ本ばぁ五千円分がち売店がり届きてぃくりらんかい?いじ(出)ららんちょ!」
  電話で注文の入院患者さんから。
  「いつものように物々交換してこいと…『鬼平犯科帳』シリーズを返品しますので…『御宿
かわせみ』と交換を…」
  差し入れを頼まれたらしいご婦人。
  「夕方、家内が売りにきた松下幸之助の本の中にお札はなかったかね?」
  はたして、福沢諭吉と夏目漱石がふし目がちにかくれていた。
  「高いけど売れますかな?」
  『天皇写真集』『美の美百華』『日本女性の外性器』など三万円以上のあやしい豪華本た
ちをかしこみ拝みながら、ぼくはただならぬ妖気を感じた。モノ自身が語りだす存在の不思議さ。

  さて、奥の院には郷土誌だ。
  小部数で非売品が多い奄美の部落(字)誌や調査報告書、資料集や自費出版本などは深
海魚だ。古本屋という網を張っていてもすなど(漁)りにくい。
  一方で、『榕樹(がじゅまる)』『ルリカケス』『きょらじま』『ホライゾン』『しまがたれ』『いじゅん川』
『キョラ』などの雑誌群と、あいつぐ写真集は奄美の現在を切り取る紙ガミだ。それとシマウタや芸能の
新しい潮流――。
  創作や研究などの営為の背景には、それぞれのシマ(郷土)ならではの暮らしぶりがある。
  ぼくとしては、シマグチ、シマジュウリ、シマ踊りをはじめ、歳時習俗などを日常の中に紡い
でいきたい。
  子どもたちになかなかつないでいけてない一人として、最近とみに思うのである。(了)


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