店主のつぶやき あまみ庵の店主:森本が雑誌や新聞に書いた文章を掲載します。

琉球新報:落ち穂(H3.11)

 『南島文学発生論』

 「胎児よ胎児よなぜ躍る 母親の心がわかって恐ろしいのか?」夢野久作は「ドクラマグラ」を右の歌で始めていた。

 胎児の夢をくぐりぬけていくと、生命の進化から発生までを遡(さかのぼ)ることができる。谷川健一は「南島」(奄美・沖縄)の呪謡世界の深い闇を遡(そ)行することによって、南島文学の発生から古日本文学の淵源に至る壮大な書物をうちだしてくれた。近著「南島文学発生論」は、沖縄学のベクトルを明示する意味において画期的な書物である。谷川はこれまでの沖縄学の主流であったノロやオモロ中心の首里的視座を離れ、離島や寒村に生きる民俗文化、ユタやカンカカリヤの枕詞(まくらことば)などを足がかりに島々の固有の時間軸を遡る。それによって彼は南島と古日本に通奏していた呪謡世界のありさまを導いてくる。多様な谷川民俗学にあってライフワークたる彼の「南島論」は、今後各界で論争の書とならざるをえない。

 それにしても「日本」から「南島」と呼ばれる奄美・沖縄は、日本(天皇制国家)を異(同)化したり相(絶)対化しやすい格好の場所であるらしい。柳田國男、折口信夫、柳宗悦、岡本太郎、島尾敏雄、吉本隆明…。私たち南島人は日本を「内地」「本土」「祖国」と呼称する。植民地(外地)として日本人から三国人と呼ばれていたアイヌ、朝鮮、台湾、琉球。日本の正統な歴史から一貫して排除されてきた三者は、一方では日本に同化させられてきた歴史も共有する。父なる歴史のちがいは双方の現在的な課題であるこよにかわりはない。

 谷川のいう共有する母なる民俗も、南島と日本の特殊な関係に限定して読むのではなく、文学の発生という人類史的観点から接する時、谷川の著作は東(南)アジアから広くはガイア(地球神)思想にまで遡行可能な普遍的な労作として読む事ができる。

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