店主のつぶやき あまみ庵の店主:森本が雑誌や新聞に書いた文章を掲載します。

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『奄美学の水脈』

南海日々新聞社編 発行人 照屋全芳 発行所 ロマン書房本店
発売元 海風社・旧奄美古書センター現「あまみ庵」
1993年4月10日発行・2719円(税抜き)・330ページ

『奄美学』とは何か?その指標を示す基礎的研究文献の解題を集成する。

奄美で古本屋を営んでいる私にとって、本書は、文字通り私が商いをするための航路を導いてくれる水脈〈澪・みお〉=指標になっています。

本書に収録されている奄美に関する基礎的な研究文献の解題の数は、百十二編、百二十冊。すべて奄美の『南海日々新聞』に掲載されてきたもので、執筆者も奄美在住・出身者に限定されています。私にとってありがたいことは、文献(初版)の成立(刊行)年代順に配列されていて、復刻、再刊、所蔵などについても可能な限り付記されていて検索しやすいことです。

本書の企画から編集、奄美での出版祝賀会までを見届けてから、その足でついに琉球弧から旅立っていった、奄美をこよなく理解していた関根賢司氏は、「むろん重要な著作・論文のすべてを網羅したわけではない。いずれ『続・奄美学の水脈』を企画して不備を補いたい」(「凡例」)と述べていますが、その任を負うべきは、氏の置き土産を享受している奄美在住の私たち自身に他ならないと思っています。

本書収録の百十二編のうち二十三編を担当していて、執筆者たちの中核的存在である山下欣一氏は、「島尾敏雄、伊波普猷と、その二人を取りまく奄美の先学たちの一群によって、かろうじて命脈を保つことができたのが、奄美研究の基礎となる文献類の刊行・収集・保存の作業である。それらは、先学の血と汗の結晶であることもしるべきであろう。後進の我々が、まず奄美の文献について知ることから着手するのは、学問の王道である」(「はじめに」)と本書の意義を強調しています。

ところで「奄美学」というのは、ふしぎな学問で『沖縄大百科事典』にも、『鹿児島大百科事典』にも出てきません。なぜでしょうか?たとえば『沖縄大百科事典』では「沖縄学」の項に、「奄美研究や先島(宮古・八重山)研究などの地域研究をも包括しそのうえで沖縄の総合的・体系的な全体像を志向する学術的性格をもつと同時に、沖縄の人々のアイデンテイテイを追求する思想的性格をも包括している」という風に、奄美の研究やアイデンテイテイを「沖縄学」の一部に包括しているからです。

ところが『沖縄大百科事典』発行の十年前の1974年に、名瀬市では「"奄美学"に関するシンポジウム」が開かれて討議されているのです。当時から奄美のアイデンテイテイのために「奄美学」の樹立を強く提唱していた山下欣一氏に対して、島尾敏雄氏は、「市民権を得ている『沖縄学』よりは、琉球弧やヤポネシアの視点から『琉球学』の方向に、そして『奄美学』は、『琉球学』に至るまでのプロセスとしてあってもいいのではないか」という注目すべき発言をしています。

「奄美学」も「琉球学」も『大百科』などでは認知されないままですが、本書『奄美学の水脈』の存在は、今後の奄美・先島を含めた「琉球学」研究にとって「奄美学」を避けて通ることの困難なことを主張しているのです。

(森本眞一郎)

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