今月の一押し
['98.09]
「奄美、もっと知りたい」神谷裕司著
 1997年7月・南方新社発行
 四六版・336P・1,600円+消費税
表紙
  これまでの奄美関係の本は、歴史、民俗などの高度に専門的な本か、もしくは観光ガイド的なものがほとんどだった。私は、専門的すぎず、かつ通り一遍ではないアマミのガイドを書いてみたいと思っていた。シマンチュ(島の人)や、島出身の本土在住者が読んでも、新たな発見があるだろうと、多少の自負はしている。(まえがきより)
<<目次>>
はじめに
第一章 ノロとユタ
第二章 薩摩と琉球
第三章 島唄と新民謡
第四章 島尾敏男と田中一村
第五章 自然と開発
第六章 ヤスとトク
第七章 紬とサトウキビ
第八章 浜降れと八月踊り
第九章 鶏飯と山羊汁
第十章 釣りと飲み方
おわりに
参考文献
人名索引
 「ワッツ ア ワンダフル ワールド!」と歌いたくなるくらい、奄美は野鳥たちの楽園だ。日本の野鳥種は五百五十五種だが、奄美にはなんと半数以上の二百九十一種もの記録があり、その約九割は渡りに関係しているそうだ。  人間の渡り鳥も、本物に負けてはいない。名瀬市は土地がら渡りの旅鳥が多い。平成八年度の転出者は三千六百十九人。約八百人はシマの留鳥になれ(なら)ない春の高卒鳥、残りは転勤鳥と出稼ぎ鳥、迷鳥も少なくない。

 転勤鳥の神谷さんも朝日新聞の名瀬通信局長(鳥?)として三年あまり、ホーイホーイと鳴くヨシガモみたいに、トカラから沖縄まで島々を渡って来た。今年の北帰行で彼は、奄美への片思いのレブレターとして『奄美、もっと知りたい』を遺した。ぼくらシマ鳥の意表を突く「現代版・奄美入門書」だ。

 彼は赴任中、私の店にもヌーボーと立ち現れてくれた。ちょうど一年前だが、彼から「専門的すぎず、かつ通り一遍ではない奄美のガイド」を「キーワード形式」で一緒に作ろうと誘われたことがある。結局はシマのスネィフリドゥリ(怠け鳥)のぼくなどに愛想をつかして、彼は自力で本書を産んだのである。

 「ノロとユタ」「薩摩と琉球」「島唄と新民謡」「島尾敏男と田中一村」「自然と開発」「ヤスとトク」「紬とサトウキビ」「浜降れと八月踊り」「鶏飯と山羊汁」「釣りと飲み方」という二項のキーワードで章を立て、三年間の現地取材が元ネタだから当然ブイン(新鮮)そのもの、切り口も本音でズバリ鮮やかだ。そのうえ読みやすい。
 たとえば、「奄美以上の離島苦にさらされたのがトカラ列島だ」「奄美の人たちには、沖縄に対する二律背反的なものを感じる」「優しさとうらはらの過酷さ、内に閉じた集落の排他性」「政争の激しさも奄美文化の一つ」「大島紬はなぜか悲しい」「焼酎で乾杯を!」「味はやや落ちる魚が多かった」「『優しさ』こそが奄美の最大の魅力」等等、シマの地鳥とは異質の、旅鳥固有の視線や表現に出くわすごとに、彼がシマの留鳥と組まずに一人で自由に飛んだのはほんとに良かったと思うのだ。

 本書巻末の約百冊の参考文献と、二百五十一人の人名作品は、神谷さんのアマミでの自画像を映し出すものだ。彼があと二年留鳥でいたら。あの名越左源太大センパイのように『現代版・南島雑話』をものにしていたかも、とここまで書いたらホメゴロシか。

(本処あまみ庵代表:森本眞一郎)
(南海日日新聞掲載の書評より転載)


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